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第四話:原宿ラリってフィーバーパフォーマー

 落とし物の財布を拾い、羅璃(ラリ)に言われるがまま(というより、半ば無理やり)持ち主を探して返した。

 その直後、羅璃(ラリ)の身体の文様が大きく消えた。


 そして、それが俺が「他人の面倒に前向きに突っ込んだ」こと

 つまり無気力だった自分を乗り越えて世界に関わろうとしたことの証だと、羅璃(ラリ)は言う。


「やったー! やったよしょーへー! 私の肌! 見て見て! どんどん綺麗になってる!!!」


 羅璃(ラリ)はコンビニの前で飛び跳ねて喜んでいた。

 街中の人々の視線が再び俺たちに集まるが、羅璃(ラリ)は全く気にしていない。


 その純粋な喜びようを見ていると、さっきまでのダルさや困惑が、少しだけ薄れるような気がした。


 本当に、こいつは俺の煩悩と活力から生まれたんだろうか?

  こんなにも感情豊かで、パワフルな奴が、俺の中から?


「さてと、次はどこ行くー!?」


 羅璃(ラリ)はもう次の行動に移ろうとしている。

 俺のダルさとは裏腹に、羅璃(ラリ)の体力と好奇心は無限大らしい。


「どこって…もういいだろ。家に帰る…」


「ダメに決まってんじゃん! まだ煩悩いっぱい残ってるし…!

 私の文様も全然全部消えてないし! ほらほら、次!」


 羅璃(ラリ)は俺の腕を掴むと、グイグイと引っ張る。

 次にどこへ行くのか全く分からないが、羅璃(ラリ)に主導権があることは明白だった。


「そうだ! お正月だし、原宿とか行こ! 人いっぱいいてなんか楽しそー!」


「原宿…? 人混みなんて一番ダルいんだけど…」


 考えただけで吐き気がした。

 人混み、騒音、他人の視線…無気力な俺が最も苦手とする場所だ。


「いーじゃん! お祭りみたいでアガるし!

 アンタのその閉ざされた心を開放するには、刺激が必要なんだって! 行くよ!」


 羅璃(ラリ)は俺の返事を聞く前に、すでに原宿方面へ向かって歩き始めていた。


 抵抗しても無駄だ。


 俺は諦めて、羅璃(ラリ)に引きずられるように人混みの中へと向かった。




 原宿の竹下通りは、予想通りのカオスだった。


 色とりどりのショップ


 大音量で流れる音楽


 甘い匂いや香水の匂い


 そして何よりも、人と人との波。

 無気力な俺にとって、それは情報の洪水であり、ただただ疲れるだけの場所だった。


「うっわー! マジ人ヤバいんですけど! 楽しそー!」


 羅璃(ラリ)はそんな喧騒の中で、さらにテンションが上がっているようだった。

 目を輝かせて周囲を見回し、興味を持ったものには片っ端から反応する。


「あのアクセサリー超可愛い!」

「あの服屋さん行ってみたい!」

「んー! なんか美味しそうな匂いする!」


 羅璃(ラリ)に引っ張り回されながら、俺はただただ人波に流される。



 羅璃(ラリ)の目立つ外見のせいで、周囲の視線が突き刺さるのも相変わらずだ。

 まあ、天下の原宿では、羅璃(ラリ)よりも派手な初もうでの着物やロリータファッション、ギャルも羅璃(ラリ)に負けない上げ盛りの女性が沢山いる。

 羅璃(ラリ)はみんなと仲良くなって楽しそうにファッションの話題などを話している。

 通り過ぎる群衆の中にはスマホでコッソリ写真を撮っている奴もいる。



 ダルい。早く家に帰りたい。



 そんなことを考えていた、その時。羅璃(ラリ)が突然、立ち止まった。


「あ! あれなに!?」


 羅璃(ラリ)が指差した先には、路上でパフォーマーがアクロバットをやっていた。

 人だかりができて、歓声が上がっている。


 俺は普段、こういうものを見ても何も感じない。ダルいだけだと思っていた。


 しかし、羅璃(ラリ)は俺の手を掴んだまま、その人だかりに突っ込んでいく。

 無理やり最前列近くまで引っ張り出され、俺は仕方なくパフォーマンスを見ることになった。


 パフォーマーは、身体能力の限界に挑戦するような、とんでもない技を繰り出していた。

 高くジャンプしたり、ありえないバランス感覚で静止したり。


 周りからは「うおおおお!」とか「すげえ!」といった歓声が上がる。


 俺は、初めはただ眺めているだけだった。


 どうでもいい、と。


 しかし、人間離れした動きを見ているうちに、ふと、身体が粟立つような感覚を覚えた。

 それは、感動、というほど大げさなものではない。


 でも、確実に、今まで俺の中にはなかった種類の「何か」だった。

 純粋な驚き、そして、目の前で起きている非常識な出来事に対する、ほんの少しの興奮。


 その、ほんの小さな感情の動きに、羅璃(ラリ)は敏感に反応したらしい。

 パフォーマンスが終わって拍手が沸き起こる中、羅璃(ラリ)が興奮した声で叫んだ。


「ヤバいヤバい! また消えた!!!ラリってボンノー!!」


「え…!?」


 羅璃(ラリ)はまた自分の腕や手首を見て、狂喜乱舞していた。

 俺も慌てて羅璃(ラリ)の身体を見る。


「ひゃっほー」


 さっきコンビニで大きく消えた後、またさらに羅璃(ラリ)の身体の文様が薄くなっている。

 特に、本当に太腿と背中の一部も文様が消えていた。


「マジか…」


 パフォーマンスを見て、ほんの少し「すごい」とか「驚いた」とか感じただけで、こんなに羅璃(ラリ)の文様が消えるなんて。


「やったー! しょーへー! アンタ、今パフォーマンス見て


『すげー!』って思ったでしょ!? 掉挙(じょうこ)(落ち着かない気持ち)

 昏沈(こんちん)(意識の沈滞)が解消されたぞ!


 その『驚き』とか『興奮』とか、今までアンタが目を背けてた感情の一つ!

 それを感じて認めたから、また私の文様が消えたんだよ!」



 羅璃(ラリ)は俺に抱きついてきそうな勢いでまくし立てる。周囲の視線がさらに痛い。



「え、いや、別に抱きつくなよ…」



「いーじゃん! 嬉しいんだもん!

  見て見て! 私の肌、どんどん綺麗になる!

 全部の文様が消えたら、私、もっと可愛くなるんだからね!」


 羅璃(ラリ)は子供のように無邪気に喜んでいる。



 その姿を見ていると、本当に、俺の無気力や無関心といったものが、彼女の身体を蝕む「呪い」だったのかもしれない、と思えてくる。


 そして、俺が少しでも感情を取り戻し、世界に関心を示すことが、彼女を救うこと、そして彼女が言う「自由」への道に繋がるのだろう。



「煩悩…感情…」


 俺は自分の手を見つめた。


 さっきパフォーマンスを見て感じた、微かな驚きや興奮の感覚は、まだ心の奥に残っている。



 羅璃(ラリ)が言うには、それもまた「煩悩」なのか。

 世界に対する無関心や、感情を閉ざしていたこと自体が、大きな煩悩だったのかもしれない。


 羅璃(ラリ)は俺の戸惑いをよそに、「次はあっち行こー!」と次の店に興味を示した。


 人混みは相変わらずダルい。


 でも、羅璃(ラリ)が隣にいて、彼女の身体の文様が俺の感情に反応して変わっていくのを見ていると、全く何も感じないでいた頃の無気力な日常には、もう戻れない気がしていた。



 羅璃(ラリ)が俺の世界に色を塗り始め、そして、俺の煩悩を無理やり剥がそうとしている。



 この、ラリった日常は、まだ始まったばかりだ。

 そして、その始まりは、あの消えた寺で撞いた、百八回目の鐘の音、コンビニでの落とし物の財布、そして…パフォーマーを見て感じた、微かな驚きだった。


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