第四十六話:告白・独白
完成したゲームは、ネットのゲーム配信プラットフォームを使って、無料で遊んでもらおうということになった。
インディーズタイトルとして集金できる方法も検討したが、山本中会長が「利益を追求するのは、プロになってからで良い」と言ったので、誰も反対しなかった。
その会長のセリフは、プロのゲーム開発者を目指すという、強い決意の現れだと感じた。
配信を開始すると、予想外の反響があった。
シンプルなゲーム性、中毒性のあるテンポと難易度が受けたのだろう。
数名のゲーム系配信者の目に留まり、彼らに紹介されたこともあって、あっという間に数千本のダウンロードに届いた。
ユーザーからの評価もそこそこ良く、想定よりもバズったと言って良いだろう。
俺たちが作ったゲームが、見知らぬ誰かのPCの中で動き、楽しんでもらえている。
その事実に、胸が熱くなった。
その夜、さくらさんも呼んで、サークルメンバーとささやかな祝賀会が開かれた。
メンバーも多くないこのチームは小さな居酒屋に席を取り、これまでの苦労話や、今後の夢を語り合う。
「やっぱり会長はゲーム業界目指すんですか?」
「いやぁ~どうしようか…と悩んではいるよ。叔父さんがゲーム業界の人って言ったけど、色々大変だっていう話は聞いているからね…でも、今回こうやって身内以外にプレイしてもらって生の感想貰った達成感得ちゃうとね…」
「全然否定になってないじゃん…悩んだふりしてもう決めちゃっているんでしょ?」
普段は大人しめの中村山くんがアルコールの力もあってかツッコミがキツイ。
「どうなんだろうな…実際プロの現場ってこんな少人数じゃないだろうし、そんな中でどれだけ自分たちの思い通りのものを作れるのかとか…
まあ、今回だって羅璃君が焚きつけなければ僕らは無為に時間を消費するだけだったしな…」
「そうだそうだー羅璃様に感謝しロー!!」
羅璃は相槌打ちつつさくらさんと話し込んでいた。
俺はグラフィッカーの寺社杜さんと今どきのゲームのグラフィックに関してと、俺の絵柄の目指す方向性などを話したりしていた。
「翔平君はゲームのグラフィッカーに向いていると思う。私も絵を描くの好きで色々勉強したけど、これからはデジタルもやっぱり最低限使えないといけない。私なんかデジタルから入っているけど、翔平君は紙媒体の基礎から入っているから、デジタルに拒否感ないなら伸びるの早いと思う」と熱心に勧誘された。
サークルに誘ってくれた中村山くんも「ゲームプレイするなら…くらいで誘った翔平君が、実は絵が描けたこともびっくりだけど、やっぱり羅璃さん連れてきたことが一番びっくりだったかな。
何より、彼女と一緒の翔平君は本当に変わったよね…まあ、僕たちも引っ張られて変われたよ」
「やっぱり変わったのかな?」
「流石に自覚あるでしょ?」
「そうだね…」
居酒屋の打ち上げはあっという間に時間となり解散となった。
(そういえば、こんな人の集まりに、全く興味がなかったな、昔の俺は…)
「ダルい」と言って、何事にも消極的だった自分が、同じ志を持って一つの目標に向かって集い、協力するという体験が、こんなにも充実したものだということを、初めて知ったかもしれない。
少年サッカーから始めたサッカー青春時代は、結果を求めることだけに必死だった。
勝てば当然、負ければ黙って一人で家に帰る…そんなチーム競技なのに仲間に向き合っていなかったのかもしれない…ことが、ケガに繋がったのかもしれなかった。
この達成感と満足感。
その代償が何なのか、俺はもう忘れかけていた。
羅璃の身体に刻まれていた「貪」の煩悩の紋様は、見える範囲ではとっくの昔に消えていた。
それが、この達成感と関係しているのだろうか?
お酒も入り、ふわふわと心地よい気分になりながら自宅に戻る。
俺の部屋には、いつものように羅璃がついて来ている。
自室に入ると「翔平、お疲れさん」
羅璃は、少しだけ頬を染めて、俺に微笑みかけた。
その笑顔は、いつもの羅璃と同じで、そして、少しだけ、違うように見えた。
羅璃はベッドに腰掛ける俺の前に立ち、「さて」と前置きした。
「年明けから、ここまでのこと、ちょっと振り返ってみようか」
唐突に羅璃は、俺がどれだけ人生の終わりかけていたか、そして、今どれだけ変わったかを語り始めた。
俺は、羅璃と出会う前の無気力な日々を思い出す。
羅璃が俺の煩悩を一つずつ解消していく度に、俺の世界は少しずつ色を取り戻し、人との繋がりを感じられるようになった。
「三毒の中でも『貪』。その中でも、最も翔平に縁がなく、解消も絶望的だった最後のひとつが、今、解消するチャンスだ」
羅璃の言葉に、俺は胸の奥がざわつくのを感じた。
これまでの流れからすると、ゲーム制作を通じて人との関わり合いと自分に向き合うことに関しては、全てクリアしたのではないかという感覚があった。
羅璃との別れが近いことも、心のどこかで覚悟していた。
だが、まだ一つ残っているのか。
しかも、それが「難しい」というのなら、羅璃とのこの関係も続く期待があるということか。
羅璃は、俺からスマートフォンを借りた。
何かメッセージを送って、すぐに俺に返す。
すると、夜にも関わらず、玄関のチャイムが鳴った。
「え? こんな時間に誰?」
俺は、不審に思いながらドアを開けた。
そこに立っていたのは、さくらさんだった。
「天宮司です」
「さくらさん!?」
慌てて招き入れる。
「どうしましたか?」と慌てる俺に、羅璃がニヤニヤしながら頷いている。
さくらさんは、羅璃に憧れているはずだ。さっきもずっと羅璃と話していたではないか。
なぜこんな時間に、まさか俺がお邪魔なのか?
「 何かコンビニで買ってこようか」と出かけようとすると、さくらさんが俺の腕をそっと掴んだ。
「いいえ、翔平さんにお話があります」
さくらさんは、真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「私と、お付き合いしていただけませんか?」
ど直球の告白に、俺は驚きで言葉を失った。
だって、さくらさんは羅璃に惚れ抜いているんじゃないのか?
羅璃は、そんな俺の様子を見て、ニヤニヤと笑いながら言った。
「翔平、いつかの質問、覚えてるか?」
羅璃の問いかけに、俺は頭の中が真っ白になった。
羅璃と、さくらさん。俺は、一体どうすればいいのだろうか?
「ちょ、ちょっと待ってください、こんな突然…一体何が…」
突然の展開に、俺の頭は真っ白になった。
心臓の鼓動が耳の奥にまで響き、「口から飛び出しそう」という感覚が、本当にあり得るとリアルに実感する。
しかし、それ以上の情報の処理ができず、俺はその場に倒れ込んでしまった。
それを見た羅璃は、面白そうに爆笑している。
「ブハハハ! 翔平、固まってるぞ!」
一方、さくらさんは心配そうな顔で、俺に駆け寄ってくれた。
「翔平さん、大丈夫ですか!? すみません、いきなりすぎて…」
恋愛に関して、完璧に意識の外に追い遣っていた俺にとって、こんな恋愛ドラマみたいな展開に実際に巻き込まれても、なお信じられないでいる。
座り込む俺の横に、さくらさんがそっと座り、俺の手を取ってくれた。
その手が、少し震えているのが分かった。
「あの…実は、先ほどの打ち上げの際に、羅璃さんに相談したんです」
さくらさんは、ゆっくりと、その経緯を説明し始めた。
「翔平さんが羅璃さんと初めて大学に来た時まで遡るんですけど…その時、一目見て、翔平さんに人外が憑りついているのが分かったんです」
さくらさんの言葉に、羅璃がフッと笑った。
「サクラは昔から、そういうのが見えるんだよな」
そういうの…って羅璃のことだと思うけど…それ以外も見えたりするのだろうか?
「はい。当時は私も人との距離感の難しさを感じて他人との距離を取っていましたので、最初は単なる宮司の娘としての興味から、羅璃さんと憑りつかれた翔平さんのことを観察するようにしました。
もし、悪鬼羅刹の類で人に仇成す存在なら、祓える自信もありましたし、最悪父に頼むことも視野に入れていました」
「アハハ…サクラ怖ぁ~」全然怖がってない感じで羅璃が茶化す。
さくらさんの言葉は、自分のことでいっぱいいっぱいな俺の特殊な状況に初期から気付いていたという事がわかる。
「でも、羅璃さんを通して、みるみる成長して変化していく翔平さんに、段々と興味が移っていきました。札騒動の時に、二人の関係が深い絆に基づくことに気付いて、さらに引き込まれて…正直、翔平さんの隣にいる羅璃さんが、とても羨ましいとさえ思ってしまったんです」
さくらさんの表情は真剣だった。
「その頃、ご存じの様に自分のバンドのことが親に知られて、いいえ、千明さんの件で騒ぎが大きくなってしまった一件で、自分のことしか考えられなくなってしまい…
羅璃さんをスケープゴートにして父の関心を買って問題の矛先を反らしてリセットできないかと浅はかな一計を案じて実行しましたが、私の悩みも父の思い込みもお二人は何事もなく撥ね返して発端となった千明ちゃんの問題さえ前向きに対処してしまいました。
その時思ったのです。『翔平さんは自身の成長と周囲の変化をすべて受け入れて前を向くことが出来る方なのだ』と…おそらくそのことを目の当たりにされてすでに好意を持っていたと思います。
…その気持ちを羅璃さんの指摘で自覚して…」
さくらさんは、俺の目をまっすぐに見つめた。
俺は混乱していた。
俺は、ただ羅璃の煩悩をクリアするだけを目的に動いたはずだ。
全て羅璃の導きだった。
途中から見える景色が変わっていったことは確かだ。
羅璃は、俺にとっての導き手であった。
彼女についていけば安心だった。
疑ったことも一度ではない。…ってこともない
でも、いつの間にか羅璃は既に俺の生活の一部になっていた。俺の一部なのだという感覚…。
さくらさんは素敵な女性だ。
凛とした普段の姿と、自信に溢れた行動。
でも、実は必死に生きていて、葛藤しながら自分と向き合っている、少し弱いところもある。
そんな面もまた、魅力的に見える。
先ほどの告白で、さくらさんは俺のことを見て、理解して、それでもなお好きであると、純粋な気持ちをぶつけてくれた。
俺は、一体どうすれば良いのか? 羅璃と、さくらさん。
俺は、羅璃の顔を思わず見た。羅璃は、いつものニヤニヤ顔で、俺の迷いを見透かすように言った。
「『考えさせてくれ』とか、この場を誤魔化すのはダメだぞ」
そう言うと…羅璃は、俺の決断を促すように、そして、全ての事情を明らかにするかのように、ゆっくりと、そして重々しく、自分は何者なのかを語り出した。




