第四十五話:ゲームクリア・課題もクリア
後日、さくらさんの母親からさくら経由で、千明が高校に復帰したこと、そして軽音部に入部したこと、さらにはさくらと同じ大学を目指すことを決めたと教えられた。
「大学進学とか翔平さんができるなら、私にもできそう」
千明は、そう言ったらしい。
俺は複雑な気分になった。
俺は、羅璃にここ半年で半ば強制的に引っ張り上げられたようなものだが…
しかし、千明にとっては、それが大きな一歩になったのだとしたら、素直に喜ぶべきだろう。
さくらさんは、千明が自分で何かをやろうと決めたことを、心から喜んでいるようだった。
ある日、さくらさんが俺のアパートを訪れ、羅璃に手作りのカップケーキを渡した。
「羅璃さん、本当にありがとうございました。
千明さんが、自分から前向きになって…上之園さんも父も女子高校生の気持ちを動かすことは難しく、同世代とは言えないまでも、若い人の行動が良い影響が出ることの証明になったと…
私も自分を解放するためにバンドを始めましたが、その力や行動で良いことばかりがあるわけではないと改めて反省しました…羅璃さん気づかせてくれて本当に感謝しています」
羅璃は、満面の笑みでカップケーキを受け取ると、自慢げに食べ始めた。
「しょほへー、見てみろぉよ! 羅璃は感謝されてるんんだぞぉ!んぐんぐ…」
いや流石に食べ終わってからしゃべれよ…
羅璃に煽られて、俺は少しだけ複雑な気分になる。
お礼は、羅璃にばかりで俺にはないのか、と。
すると、さくらさんが、小さなラッピングのクッキーを俺に差し出した。
「あの、翔平さんにも…あります」
羅璃がもらったカップケーキと比べると、明らかに小さい。
だが、羅璃のおまけでも嬉しい。
「あ、ありがとうございます! 羅璃のおまけでも嬉しいです!」
俺がそう言うと、さくらさんは少しだけ申し訳なさそうに笑い、羅璃はニヤニヤしながら、俺のクッキーと自分のカップケーキを見比べていた。
千明から解放された俺は、サークルでのゲーム制作に集中していた。
羅璃のキャラクターが画面を動き回り、目玉の妖怪が跳ねる。
ゲームはそれなりに遊べるものになってきた気がするが、何か物足りない。
「何か、物足りないんだよな…」
俺がそう呟くと、中村山くんが頷いた。
「わかる。おそらく、音ですね。効果音はなんとなくサンプルとかフリー素材で賄っているけど、やっぱり音楽がないと、盛り上がりに欠けるよね…」
ゲームに音楽か。言われてみれば当然だ。
羅璃が、フッと笑って提案した。
「だったら、ミサト先輩に頼んでみては? 音楽の専門家だろ」
羅璃の言葉に、俺は「確かに!」と膝を打った。
ミサト先輩なら、きっと素晴らしい音楽を作ってくれるだろう。
コンビニのバイトシフトに入った日、俺は休憩時間中にミサト先輩に声をかけた。
「ミサト先輩、実は、サークルでゲームを作っていて、そのBGMを頼めないかなと思って…」
俺がそう言うと、ミサト先輩は少し考えてから言った。
「うーん、私よりも、それならサクラに頼む方が良いんじゃないかな?」
ミサト先輩の言葉に、俺は驚いた。
「さくらさんが、ですか?」
「うん。どうやら、最近作曲にもチャレンジしているみたいなんだ。
まだ始めたばかりだから、自信ないかもしれないけど、良い機会じゃないかな」
まさか、さくらさんが作曲まで手掛けていたとは。
翌日、大学でさくらさんに相談してみた。
「さくらさん、実は、サークルのゲームのBGMを…」
俺が切り出すと、さくらさんは少し戸惑った様子で言った。
「え、私がですか? うーん、ちょっと自信ないです…」
やはり、そう来るか。すると、隣にいた羅璃が、さくらさんの背中をドンと押した。
「いいからやれよ、サクラ! どんな相談にも乗るんだろ……多分しょーへーが!」
羅璃の無責任な言葉に、さくらさんは俺を見て、少しだけ笑った。
「羅璃さんがそう言うなら…はい、やってみます」
さくらさんの承諾に、俺はホッと胸を撫で下ろした。
後日、さくらさんからゲームBGMのサンプルが提供された。
サークルメンバーで聞いてみると、その完成度の高さに皆が驚いた。
しかし、同時に、何かビミョーな感覚のズレを感じたのも事実だった。
「なんか、違うんだよな…」
山本中会長が首を傾げる。羅璃が、そんな会長を見て、ニヤリと笑った。
「よし、じゃあ、一回サクラにゲームを遊ばせてみるか」
羅璃の提案に、皆が納得した。
ゲームを実際にプレイしてもらえば、きっとさくらさんも、ゲームの雰囲気に合う音楽のイメージを掴んでくれるだろう。
後日、俺はさくらさんをサークル棟に案内した。
以前、宮司さんの件で相談に乗った際に来てもらって以来だ。
さくらさんは、普段ほとんどゲームをしないと言っていたので、ちゃんと楽しんでくれるか少し心配だった。
「えっと…こうやって、弾む目玉を消していくんですね?」
ぎこちない手つきでコントローラーを握るさくらさんだが、シンプルなゲーム性だったのが幸いしたのか、すぐに操作に慣れてくれたようだ。
「あ、消えた! 楽しいかも…!」
画面から目玉を全部消すとクリアという分かりやすいルールに、さくらさんは少しはにかみながらも、楽しそうに笑ってくれた。
数日後、さくらさんから新しい楽曲が提供された。
「どうかな、翔平君…ゲームの雰囲気に合うか、心配だけど」
そう言って渡されたデータを、サークルメンバーで再生してみると、皆から感嘆の声が上がった。
最初の楽曲が洋楽ロックを思わせる力強い曲だったのに対して、新しい楽曲は、和風のポップなテイストを取り入れた、軽快でテンポの良い曲だった。
目玉妖怪が跳ねるゲームのイメージに、ぴったりと合っていた。
「サクラさん、これ、すごい! めちゃくちゃ合ってます!」
山本中会長も大興奮で、さくらさんを褒めちぎる。
寺社杜さんも、中村山くんも、皆が興奮して口々に感想を伝えた。
さくらさんは、ゲームの内容に合わせて、クリアの音楽やゲームオーバーの曲まで、細かく作ってくれた。
そして、その都度、サークル棟に顔を出すようになった。
最初は遠慮がちだったさくらさんも、ゲームの進捗を見ながら、積極的に意見をくれるようになった。
俺も、グラフィック作業で色々と手伝い、チームの一員として貢献できた。
そして、ついにその時が来た。
「できた…!」
山本中会長の呟きと共に、画面には「GAME CLEAR」の文字が表示された。
俺たちは、顔を見合わせて大きく頷いた。
羅璃が、画面の中で「やったー!」と跳ね回る。
長い道のりだった。だが、こうして皆で協力し、一つのものを作り上げた達成感は、何物にも代えがたい。羅璃との出会いから始まった俺の煩悩解消の道のりは、思わぬ形で、俺にこんなにも素晴らしい経験と仲間をもたらしてくれた。
ゲームは、当初の壮大なものではなくなったが、ついに完成したのだ。




