第四十二話:鬼ギャルとコギャル
近くの…と言っても、周囲の喫茶店はライブ参加者で埋まっていた。
結局駅前まで移動して、落ち着いた雰囲気の店に入った。
入り口前で奥さんはどこかに連絡していたが、すぐに合流し、店の奥にある席に五人が座る。
俺、羅璃、宮司、奥さん、そして女子高生。
これは一体何の集まりだろうか?
緊張する俺とは対照的に、羅璃は楽しそうに周囲を見回している。
仏頂面していた宮司さんを、奥さんが肘で軽く小突いた。
宮司さんは帽子とサングラスを外し、開口一番、深々と頭を下げた。
「この度は、さくらのことで済まなかった」
その言葉に、俺は恐縮して身を縮める。
宮司さんは顔を上げ、羅璃のほうをちらりと見た。
「羅璃殿の存在は、いまだに信じられないことだ。
神職に就いてから、あそこまで周囲に認識させるほどの存在を持つ事象に遭遇したのは、生まれて初めてでな…この退魔を成し遂げたなら歴史に名を残せるかと、その功名心に抗えなかった。我ながら、恥ずかしい限りだ」
宮司さんの言葉は、率直な反省の言葉だった。
だが、羅璃はそんな宮司さんを茶化すように言った。
「寝食忘れて神職ついて…今日はこの前のリベンジか?」
なんかラップ?ダジャレ入れてる…怒っているというより面白がっている様だ。
宮司さんは、何とも困った顔をして沈黙する。
どうでもいいけど、パーカーのぶかぶかパンツは今回用に用意したのかもしれないが
似合ってないな…と少し前の自分を差し置いて思ってしまった。
ただ、場に合わせようと必死に宮司さんが用意したのだと思うと、ちょっと微笑ましい。
あの時の宮司としての正装を身に着けて威厳を持つイメージからは想像できない。
そんな宮司さんに代わって話し始めたのは、これまで静かにしていた奥さんだった。
さくらさんの母親なら、俺の母と同じくらいの世代のはずだが、ずっと若く見える。
佇まいも品があり、身に纏う衣装も高級ブランドではないのだろうが、スッキリと着こなしている。
ある意味、さくらさんの初見の印象に近い。
「主人と娘が迷惑をかけたことを、心からお詫び申し上げます」
奥さんは、そう言って頭を下げた後、羅璃を見て、ニコリと微笑んだ。
「それにしても、こんなに素敵なお嬢さんなのに、見る目ないわね、この人は」
そう言って、奥さんは再び宮司さんを肘で小突いた。
宮司さんがグフっとなるのを見て、家庭の事情が透けて見えるな…と思った。
「あ、サクラ母~羅璃のことよくわかってんじゃん…
ってかサクラ母超美人じゃん…この母はあってのさくらか…いいね親子って~」
「あら、ほほほ…お上手ね。主人と違って羅璃さんはお上手ですこと」
さくらさんは外見はお母さんの影響で、中身はお父さんの影響があるのか…
とか余計なことを考えながらこの謎のやり取りを聞いていると…
突然、喫茶店の入り口のドアが勢いよく開き、さくらさんが飛び込んできた。
「お父さん! お母さん!」
息を切らしたさくらさんは、どうやらライブ終了後、慌てて着替えて飛んできたようだ。
流石にゴスロリ衣装のあのメイクのままでは来なかったものの、かなり慌ててきたようで美しい髪の毛も少し跳ねている…
大学構内では清楚で常に澄ましているさくらさんが、意外な面を色々と見せてくれるのは面白いと思う。
こんなことを感じれるようになるのも、|羅璃《ラリ》と関わってからだ…
「もう、ライブ中に二人が来てるの見つけちゃって、パニックになっちゃったじゃないですか!
卿のライブに来るなんて一言も… その後、お母さんから連絡来て、慌てて駆けつけましたよ!
…それから、お父さん…その恰好何?」
捲し立てるさくらさんに、羅璃は揶揄うように言った。
「慌てんなさくら~メイク残ってんぞ」
「え?ウソ!!」
さくらさんは、慌ててスマホで顔を確認し始めた。
そこに、それまで空気に溶け込んでいた女子高生が、突然黄色い声を上げた。
「きゃー! サクラおねー様!!」
上之園千明。この騒動の発端になった、あのコギャル女子高生だ。
つくづく、俺はギャルに縁があるのだろうか…そう思いながら、俺は目の前の状況を見つめた。
さくらさんは、メイクの残りが気になるらしく化粧室に行くと、彼女もついて行った。
静かになったところで宮司さんがことの顛末を語る…
「今日は純粋に娘の活動を見てみたいという部分もあったが、事の発端は彼女、上之園さんのお嬢さん、千明さんの進路の相談を受けたところからが起点になっている。
彼女は娘の所属するバンドだけでなく幾つかのグループの「推し活」というのかな…ハマっているらしく、その活動を重視するあまり学業はよろしくなく、これからの将来も心配という氏子総代の両親から相談を受けている。
今日ここに連れて来たのは娘に合わせてあげる約束の元、話を聞くというのが本題なのだ」
一気に話すと、コーヒーを飲み干す。
「その話の中に…俺…いや、私が介在する場所が見当たらないのですが…」
ちょっと、イヤだいぶ嫌な予感がしながら一応聞いてみる。
「あ、お願いしたいのは羅璃さんですね」
がくっ!…まあ、そうだよな。
羅璃は人によって見え方が異なるようだが、ギャルに見えるのは間違いない。
そんな彼女が、宮司を黙らせる説法語ったら、同族の話なら聞くかもしれない…という感じか…
ダルい…というか、俺関係ない話になってきたぞ…
羅璃の方を見るとこっちを見てニヤついている…あ、コレ絶対厄介な奴。
「しょーへーどうする?羅璃はしょーへーの判断を尊重するぜ…」
「何でそうなる…今聞いた通り、羅璃に依頼が来てるんじゃないか」
「そうだよねーだからだよ~羅璃としょーへーは一心同体だろ?」
「え、決定権って誰にあるの?…俺?」
この状況、無さそうにも見えるけど。
「ご本尊にも協力いただきたい」と宮司さん
え?俺って御本尊なの?宿主ってことで?
「娘の気持ちを解放してくれたその手腕、一度お預けして千明さんの煩悩も解放して頂ければと思います」
さくら母の論理的な冷徹判断…信用されているのか押し付けられているのか分からない。
「しょーへー、まあ、これも所謂『縁』ってやつだよ」
と羅璃の語り口も否定できない方向で固まりつつある。
そこにさくらさんが戻ってきた。メイクもそうだが、だいぶ落ち着いた感じはしている。
だが、腕にしがみつくコギャルはまた別の話のようだ。
「潟梨君、羅璃さん…千明ちゃんを説得して親御さんの悩みを解決してほしいの」
何処から話を聞いていたのか分からないけど…
さくらさんから上目遣いでお願いされるこの破壊力よ…ダルい…
「前向きに…検討します」と政治家みたいな言い訳を述べる。
「おっしゃー千明!ちょっとおねーさんと良いところ行こうぜ!」
いうが早いか羅璃が動いた…政治関係なかった。
「え、私はおねー様とお会いできると聞いたのでここまで来たんですぅ!誰ですか貴女?」
「羅璃だよはっはっは…推し活ってのは、メンバーの私生活に踏み込んで荒らすことか?」
「ち、違います!そんな訳ありません!!私は純粋に推してます~」
「あーん…そこに居るのは白い堕天使のサクラじゃない、天宮司さくらだぞ…プライベートに踏み込んでるじゃねーか」
「え…だ、だって、私のパパの友達の娘なら身内じゃん…プライベートでもいいじゃん」
「おまえは女子高校生だろ?さくらは大学生だ。おめーとは済んでる世界が違うだろ?」
「そんなの贔屓ですぅ~」
鬼ギャルに押されるコギャル…何コレ…これは収集付くのだろうか?




