第四十一話:ライブ・アライブ・ファミリーラブ
サークルのゲーム制作も順調に進み、俺は背景画のデザインに集中していた。
羅璃の助言と、皆に必要とされているという感覚が、俺の「ダルい」という感情を薄れさせ、代わりに充実感を与えてくれていた。
そんな中、ミサト先輩から次のライブのチケットを渡された。
俺と羅璃の物語を歌った新曲が披露されると聞き、心からライブを楽しみにする自分がいた。
そして、遂にライブ当日になった。
会場は前回と同じ、三軒茶屋のライブハウスだった。
前回は初めてのライブハウスに圧倒され、ただ呆然とするばかりだったが、今回は少し違った。
慣れというのは恐ろしい。
開場時間に合わせて到着すると、すでに多くのファンが列をなしていた。
今回は先輩達「白い堕天使」がトリという事で、他のバンドも観る余裕があった。
俺は体力がないので、後ろの方でドリンクをチビチビ飲みながら、様々なバンドの演奏を聴いていた。
どのバンドも熱気がすごくて、観客もそれぞれのバンドに熱狂している。
羅璃は、最初から全力で最前列に行ってはしゃいでいた。
赤い瞳を輝かせ、頭の角を揺らしながら、全身で音楽に乗っている。
彼女こそが、このライブハウスの熱狂を体現しているようだった。
ミサト先輩達のバンドの出番が近づくと、会場の人が増え始めた。
俺は、ドリンクを片手に、人の波を眺めていた。
その中に、ふと、慣れない感じのサングラスにキャップを被った中年の男性と、場違いな気品を纏った女性がいることに気づいた。
その二人は、明らかにこのライブハウスの雰囲気に馴染んでいない。
不思議に思って見ていると、サングラスの中年男性が、不意にこちらに気付き、あっという顔をした。
(あ…宮司さん…!)
俺は、一瞬でその男性が天宮司さんのお父上、宮司であることを悟った。
普段着でもないだろう…パーカーに太めのカジュアルパンツ…
頑張って古着を羅璃に選んでもらってきたのを思い出した…
隣にいるのは、きっとお母さん(母上というべきか?)なのだろう。
コートを手にスッキリとしたいで立ちだ。
彼らが、まさかライブハウスに来ているとは。
宮司さんが何か言いたげだったが、直ぐに次のバンドの爆音がその音を掻き消した。
そして、遂に「白い堕天使」の出番が来た。ステージが暗転し、スポットライトが煌めく。
「こんばんわ!! 白い堕天使デス! 今日も皆んなよろしくな!」
ミサト先輩が挨拶すると、会場のボルテージは一気に上がる。
羅璃は、最前列のど真ん中を陣取って、すでに弾けていた。
俺も、羅璃の姿を見て、思わず立ち上がって前に移動しようとする。
だが、時すでに遅し。ファンの壁が厚く、羅璃のところには辿り着けそうもない。
女性ファンが多いので、無理に割り込んで行くのも気が引ける。
諦めて、俺は後ろの方で、ステージを見つめることにした。
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夢を笑う声なんて
Fade away like broken lies
鎖を断ち切るその力は
Already deep inside
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一曲目「光の矢」は、バンドの定番曲らしく、観客もリズムの取り方から合いの手まで揃っていて、会場全体が一体となって盛り上がった。その熱気に、俺の身体も自然と揺れる。
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待っていても誰も来ない
だから今、I draw the bow
光の矢をこの胸に、放て!
Let it go, let it shine, let it fly!
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曲間のMCで、バンドメンバーの紹介が始まった。
ミサト先輩から、ギターのサクラさんが紹介される。
スポットライトを浴びたサクラさんは、テクニカルな演奏をしながら、ステージ中央へと進み出る。
その視線が、ふと、俺と合った。さくらさんは、俺の顔を見て、少しニッコリと微笑んでくれた。
だが、その直後、さくらさんの視線が固まった。明らかに動揺している。
そして、慌てたようにステージの奥へと引っ込んでしまった。
ミサト先輩が、慌ててフォローする。
(…まさか…)
俺は、横を見た。そこには、サングラスをかけた宮司さんが立っていた。
宮司さんも、俺と目が合った。
宮司さんは、俺を見て、小さく「どうも」という顔をした。
どうしていいかよく分からなかったので、俺も適当に相槌を打って誤魔化した。
さくらさんは、家族が来ていることに気づき、動揺してしまったのだろう。
間もなく覚悟を決め直したと思われるサクラさんがステージに戻った。
その顔には黒地に白いバッテンがついたマスクをしていた。
二曲目「月影(Lunar Mirage)」は、少し落ち着いた感じのバラードだった。
ミサト先輩のハスキーな歌声が、会場に響き渡る。
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静けさを裂く 夜の吐息
水面に浮かぶ 銀の月
まるで届きそうな その輝きに
指先を伸ばして ただ…揺れるだけ
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そして、三曲目。ミサト先輩が、マイクに向かって叫んだ。
「三曲目は新曲デス『彩(Color of You)』」
その言葉に、俺の胸が高鳴った。ああ、先輩が俺たちの為に作ってくれた曲だ。
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すべてがモノクロ 意味を失くした街
息をするだけで ただ 時が消えていく
だけど君が現れた瞬間
Everything turned red — and I felt alive
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曲が始まると、全身が泡立つような感覚に包まれた。
歌詞の一つ一つが、まるで映像のように、俺の身体中を駆け巡る。
除夜の鐘から始まった、羅璃との一連の出来事が、走馬灯のように駆け巡っていく。
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綺麗な君が 僕のハートを
鷲掴みにして 壊してくれた
無音だったこの世界が いま叫んでる
「君しか、君しかいない」
見えなかったものが 全部 今、見えるよ
Because of you — 彩が差した
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無気力だった俺。羅璃との出会い。
クレープ、コンビニ、実家、ハルカさんとの再会。
天宮司さんとの出会い。
サークルメンバーとのゲーム制作。
そして、宮司との対峙。
羅璃の身体から消えていく煩悩の模様。
羅璃の言葉、羅璃の笑顔、羅璃の眼差し。
全てが、鮮明に、そして、まるで別次元に飛ばされるような感覚で、俺の意識の中に流れ込んでくる。
「翔平、逝っちゃうんじゃない?」
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燃える君が 僕の世界を
塗り替えてく 静かに確かに
沈黙だったこの空が 今、色を持つ
「君しか見えないよ」
何も見えなかった景色が開く
Because of you — 彩いろが戻った
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羅璃が、以前、俺を揶揄って言った言葉が、ホントにそうなりそうだと思った。
立って意識を繋ぎ止めておくのに必死になった。
この曲は、今の…年を明けてからの俺の人生そのものだった。
そして、羅璃が俺に与えてくれた「色」が、今、このライブハウスの空間で、音となって、俺の全身を包み込んでいる。
曲の間奏中、ミサト先輩がマイクに向かって叫んだ。
「翔平! ラリ!! カマン!!」
「…えっ!?」
俺は、思わず声を上げた。俺と羅璃が、ステージに呼ばれているのか?
最前列で弾けていた羅璃が、人を掻き分けて、あっという間にステージに駆け上がっていく。その勢いに、観客からも歓声が上がる。
「羅璃?」「 ヘイ!!」返す羅璃「 羅璃!」叫ぶミサト先輩「 サイコー」弾ける羅璃
「翔平!」 え?「 翔平!」
観客が、羅璃の名前を叫び、そして、俺の名前も叫び始めた。
羅璃に煽られて、俺もステージに上がらざるを得ない雰囲気になった。
羅璃が、ステージから俺に向かって手を伸ばしている。
俺は、人の波を掻き分け、羅璃に手を引かれるようにして、ステージに上げられた。
頭が真っ白になり、何が起きているのか全く理解できなかった。
スポットライトが眩しい。観客の熱気が、直接肌に伝わってくる。
「翔平!」「はい!」「翔平!」「い、イイェ!!」観客爆笑
だが、俺はすぐにステージから降りた。
こんな大勢の人の前で、何をすればいいのか分からない。恥ずかしさで、顔が熱くなる。
俺がステージを降りた後も、羅璃は舞台に残って暴れていた。
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Burn it down!
灰色の日々なんて
Tear it down!
無意味なノイズに過ぎない
君が!お前が!
Painted my soul with fire!!
WITH FIRE!!
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ミサト先輩の隣で、シャウトしたり、観客を煽ったりと、やりたい放題だ。
会場は、その羅璃のパフォーマンスに、さらに大盛り上がりだった。
羅璃は、本当に、この場の「活力」そのものだ。
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君が見せた景色を
僕も誰かに渡せるように
燃やし続ける この魂を
With the color of you…
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ライブが終わり、俺と羅璃は、興奮冷めやらぬままライブハウスを出た。
外の空気は、まだ少し冷たい。
ライブハウスの出口を出ると、そこに、宮司さんと奥さん、つまり天宮司夫妻が待っていた。
宮司は、まだサングラスをかけているが、その表情は、以前のような険しいものではなく、どこか複雑なものだった。
奥さんは、穏やかな笑顔で立っている。
そして、その隣に、見慣れない女の子が居ることに気づいた。
高校生くらいの、コギャルファッションの女の子だ。
羅璃が、その女の子に気づいた。
「あ、お前、千明だな?」
羅璃が、そう言って、その女の子に話しかけた。
千明ちゃん。
天宮司さんのバンドの追っかけで、天宮司さんのノーメイクの素顔を見て、宮司にバンドの件をバラしたという、あの氏子総代のご息女だ。
宮司さんが、俺たちの方に歩み寄ってきた。
「…少し、話せないかな?」
宮司さんの言葉に、俺は戸惑った。
断る理由も無いが、断れる雰囲気でもない。
羅璃も、宮司さんの顔を見て、少しだけ真顔になっている。
結局、俺たちは、近くの喫茶店に行くことになった。
ライブの興奮で高揚していた気分は、一気に飛んでいってしまった。




