第三十一話:家族禁忌・加速フェイク
サークルで羅璃のキャラクターデザインが好評を博した。
自分の制作したものが受け入られれることの喜びがこれほどまでとは…
次の敵キャラのデザインという新たな宿題をもらってはやる気持ちを抑えて、いつものようにコンビニのバイトへと向かう。羅璃も当然のように付いてくる。
「お疲れさまですー!」
バックヤードに入ると、珍しく高橋先輩が困った顔をして腕を組んでいた。
いつも笑顔で、どんなトラブルも軽やかに捌く高橋先輩が、眉を下げているのは珍しい。
「あれ? 高橋先輩、どうしたんですか? 何か困りごとですか?」
俺が尋ねると、高橋先輩は顔を上げた。その表情は、やはりいつもと違う。
「あ、翔平に羅璃ちゃん。うん、ちょっとね…困ってるんだよ」
高橋先輩は、心配そうに息を吐いた。
「実はさ、私たちのバンド、新曲も出来て、次のライブが決まったんだよね」
「わお! それはスゴイ凄い!いいじゃないですかぁ!」
羅璃が、目を輝かせて声を上げる。
バンドに詳しい訳でもない羅璃も、高橋先輩たちの活動を応援している。
俺と一緒に体感したあのライブの興奮を思い出したように小躍りしている。
「でしょ? それで、みんなで盛り上がってたんだけどさ…ギターのサクラが、ちょっとピンチで」
高橋先輩の言葉に、俺は嫌な予感がした。
サクラ。
つまり、天宮司さくらさんだ。
「サクラの家族に、バンドのことがバレちゃってね。
それで、次のライブに出られないかもしれないって言うんだよ…」
高橋先輩は、肩を落としてそう言った。
「あー…」
羅璃が、小さく声を上げた。その声は、何か心当たりがあるかのような響きだった。
「羅璃、何か知ってるのか?」
俺が羅璃に尋ねると、羅璃はニヤリと笑った。
「んー? 知ってるも何も…この前のことじゃん?」
羅璃は、少し自慢げに胸を張った。
「しょーへーも見たでしょ? 無邪気な私が、あいつの貼ったお札で邪気祓いをされるという…あの屈辱的事件を…」
羅璃は、わざとらしく芝居がかった口調で言う。
「あのね、邪気祓いってさ、あの手の術はさ…失敗すると跳ね返ってくるんだよ。
あいつ、私のこと、邪鬼だと決めつけて札貼ったじゃん?
でも、私は無邪気なだけからね! だから、跳ね返っちゃったんじゃない?
自業自得だよ! あはははは!」
羅璃は、楽しそうに高らかに笑い始めた。
「わ、笑い事じゃないだろ、羅璃!」
俺は、羅璃を咎めた。もし本当に、あの時の札のせいだとしたら、羅璃にも責任の一端があることになる。
高橋先輩は、羅璃と俺のやり取りを、複雑な表情で見ていた。
そして、突然、俺の目をじっと見つめて、ポツリと呟いた。
「…翔平…羅璃ちゃんとサクラってさ…」
高橋先輩は、言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「…翔平に…うふふ…いや、何でもないわ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて結局はぐらかされた。
先日聞いた過去の俺へのサポート具合を考えれば
これまで先輩として見て来た俺の周囲の変化など手に取る様に分かるのかもしれない。
何を見透かされているのか…と思うと、ちょっと気恥ずかしい。
「…翔平…お願い! ダメ元でいいから…仲裁してくれないかな?」
そんな恩師でもある高橋先輩は、縋るように、俺の手を握った。
いつもは頼りになる先輩が、これほどまでに困っている。
俺と羅璃と天宮司さんの関係性を最も近くで見てきた高橋先輩だからこそ、俺に頼んでくれたのだろう。
俺は、羅璃と天宮司さんのことを思い浮かべた。
二人が喧嘩すれば、講義は追い出されるし、サークルにも影響が出るかもしれない。
しかし何より、天宮司さんが困っているのなら、力になりたい。
「…はい…とりあえず、大学で会ったら、話を聞いてみます…」
俺は、高橋先輩の頼みをそのままは引き受けられるか分からなかった。
だが、その糸口がつかめるならという意味で、とりあえず向き合うことを決めた。
羅璃も、俺の隣で、「はぁーい」と気の抜けた返事をして腕を組んでいる。
「本当に? ありがとう! 翔平! 羅璃ちゃんも!」
高橋先輩は、心底安心したように、俺と羅璃の手を握って喜んでくれた。
翌日、大学の構内で天宮司さんと再会した。
講義と講義の合間、俺が声をかけると、天宮司さんは憔悴しきった顔で俺に縋るように事情を話し始めた。
神道の禁忌とヘビーメタルが「死を呼び込む行為」だという家族の一方的な主張。
デスメタル系と勘違いされていることを説得したいが、家族は聞く耳を持たないという話だった。
羅璃は、そんな天宮司さんの様子を見て、ニヤニヤと笑っている。
「ぷぷっ…天宮司さん、あの札の意趣返しだね!
だから言ったじゃん、私は邪鬼じゃないって! 無邪気な私を邪鬼扱いした罰だよ、あはははは!」
羅璃は、天宮司さんの憔悴ぶりを面白がって、揶揄うように言った。
「羅璃さん! 笑い事ではありません!
私の家族は、本気で私を勘当しようとしているのですよ!」
天宮司さんは、涙目で羅璃を睨んだ。
羅璃の言う「意趣返し」など、冗談でも聞いていられないほど、彼女は真剣なのだ。
俺は、羅璃と天宮司さんの間に挟まれ、居心地が悪かった。
(…どうしたものか…)
人の相談になんか乗ったことのない俺が、こんなデリケートな家族の問題に、一体どうやって口を挟めばいいんだ? 無気力だった頃の俺なら、きっと関わることすら拒否していただろう。
そもそも、そんな能力も経験も俺にはない。
「いや…でも…俺、人の相談なんかに乗ってもらったことないし…逆に乗れる訳ないだろ…」
俺は、正直な気持ちを口にした。この状況は、あまりにも荷が重い。
羅璃は、そんな俺の腕を掴み、目をキラキラさせて俺を焚き付け始めた。
「何を言ってんだ、しょーへー! 因果は結ぶって言うじゃん?
あんたが助けてやんなきゃ、この無邪気鬼ちゃん、路頭に迷うぞ!」
羅璃は、天宮司さんの状況を面白がりつつも、どこか真剣な口調で言った。
「それに、天宮司ちゃん、他に相談できる人もいなさそうだし、これはしょーへーにとっての試練だよ!
な? 羅璃との約束、忘れたのか? 煩悩を解消するって!」
羅璃は、そう言って、俺をじっと見つめた。
彼女の目には、俺を鼓舞しようとする意図が明確に見て取れた。
煩悩解消のための試練。
そうか、羅璃は、この状況も俺の成長のために利用しようとしているのか。
「そんなこと言ってもな…」
俺は躊躇した。確かに羅璃は俺を目覚めさせてくれた。
でも、いきなり他人の家族間の板挟みになって、どうこうできるわけがない。
羅璃は、そんな俺の迷いを見抜いたように、フッと挑発的に笑った。
「しょーへー。これまでのこと、思い出してみなよ?」
羅璃の声には、どこか煽るような響きがあった。
「私が初めて翔平の前に現れた時のこと。
無気力で、クソみたいな毎日を送ってた君を、私がどれだけ無理やり外に連れ出したか。
クレープ食わせたり、服買わせたり、コンビニのバイト続けさせたり…」
羅璃は、俺が過去の無関心を恥じるようになったコンビニでの会話を思い起こさせるように言った。
「そして、ミサト先輩だよ。しょーへーがバイト始めたばかりの頃、どれだけ無気力でポンコツだったか、どれだけミサト先輩がお前の尻拭いをしてくれたか、昨日聞いたばっかだじゃん?」
羅璃は、高橋先輩の名前を出し、俺の胸にグサリとくる言葉を並べた。
「そのミサト先輩が、困ってるんだぞ?
しょーへーは、ミサト先輩の恩に報いる時だと思わないのか?
羅璃との約束もそうだけど、ミサト先輩への義理もあるジャン?」
羅璃の言葉は、まるで熱い杭のように、俺の心に打ち込まれた。
高橋先輩の優しさと、俺が彼女にどれだけ世話になっていたか。
そして、彼女の困っている姿。確かに、あの時、俺は助けを求められ、二つ返事で引き受けた。
(…恩に報いる…か…)
羅璃の挑発的な煽りにもかかわらず、俺は、逃げ出すわけにはいかないと感じた。
「…分かったよ」
俺は、観念して、天宮司さんに向き直った。
「天宮司さん。とりあえず、高橋先輩から聞いた話に、天宮司さんから補足を入れてもらう形で、状況を整理させてください。何があったのか、具体的に教えてもらえますか?」
俺が、具体的な行動を促すと、天宮司さんは、ハッとしたように顔を上げた。
羅璃は、俺の言葉に満足したように、ニヤリと笑っている。
「はい! ありがとうございます! 潟梨君!」
天宮司さんは、縋るような目で俺を見つめた。
俺は、人の相談になんか乗るなど、考えたこともなかった。
だが、羅璃の言う通り、これも俺の煩悩を解消するための試練なのだろう。
羅璃の最後の「貪」の模様が、また一つ、俺に立ち向かうべき課題を提示している。
ダルい。
だが、ここで逃げ出すわけにはいかない。
羅璃との約束、高橋先輩への恩、そして何より、変わり始めた自分自身のために。
「経緯はですね…」
天宮司さんは、俺の真剣な態度を見て、少し落ち着いた様子で話し始めた。
「先日…宮司である父の元に、氏子総代の上之園さんが報告にいらっしゃったのです」
氏子総代。
天宮司さんの実家は、神社の宮司。
氏子総代となると、かなり格式のある人なのだろう。
そんな人がわざわざ宮司に報告、ということは、余程のことだ。
「上之園さんが言うには…
『高校のうちの娘が、どうも蛇メダル?にハマっていて…追っかけをしているようなんです』どうにかなりませんか?と…」
「蛇メダル?」
俺は、聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「ええ…おそらく、ヘビーメタルをそう聞き間違えたのでしょう。それで、娘さんが私たちのバンドの追っかけをしていると。最初は、私も知らなくて…」
天宮司さんは、困ったように眉を下げた。
「続けて上之園さんは、『勉強そっちのけで、流石に親として説教したら…お宅のお嬢さんの、さくらさんがバンドメンバーだと言うんだよ』と…そう父に告げたそうです」
「…………え?」
親同士は露知らず、娘は音楽にハマっていた…が、それだけだと接点が見えてこない。
「それで…父に呼び出されて、事情を聞かれまして…私も誤魔化そうとは思いつつも、これまでの教育で家族に嘘はつけませんから…結局正直に話したら…父は激怒してしまい…」
天宮司さんの声が、震えている。
これまでも、家族にバンド活動を話していなかった秘密であったのは事実なのだろう。
彼女は神職としての矜持と、音楽への情熱の間で板挟みになっている。
「でも、あのゴスロリの衣装とか、メイクでは…すぐに、天宮司さん本人だと分からないのでは?」
俺は、素朴な疑問を口にした。
ライブハウスでは、天宮司さんは普段とは全く違う姿に変身していたはずだ。
「それが…」
天宮司さんは、さらに困った顔になった。
「その子、千明ちゃんって言うんですけど…追っかけが過ぎて、出待ちで…私のノーメイクの普段着を見ちゃったんですよね…多分。それでバレたんだと…」
「…サクラちん、天然?ストーカー対策とかダイジョブ?」
羅璃が、顔を覆いながら呆れたように茶々を入れた。
確かに、少し安直なバレ方だ。
とは言え俺は、問題は想像以上に複雑な事情なので、思わず天を仰いだ。
身内の親しい方(氏子総代)の娘(千明)さんが実は天宮司さんのバンドにハマり、そのバンド活動が家族にバレたきっかけは、追っかけしていたその娘さんよるまさかの「ノーメイクの素顔」の目撃。
「それで、私は父に、ちゃんとした活動だと説明するために、配信している動画を見せたのですが…」
天宮司さんの声が、さらに落ち込んだ。
「そのゴスロリファッションも、暗いライブ会場の雰囲気も、父にとっては全てマイナスイメージだったようで…輪をかけて大激怒でした」
動画を見せても、状況は悪化しただけらしい。
まあ、バンド名は『白い堕天使』だしな…
「歌詞も、基本的に希望を歌っているし…ゴスロリのゴスも『死』という意味を持っているわけではないのですが…父は聞く耳を持ちません…」
天宮司さんは、すっかり打ちひしがれている。
彼女の音楽に対する情熱と、家族への配慮。
その間で、彼女は深く苦しんでいる。
羅璃は、そんな天宮司さんの話を聞き終えると、腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「こりゃもう…お父上に直接会って…話聞くしかないだろ~!」
羅璃の言葉に、俺は焦った。
「そ、そんな無茶苦茶な!?」
相手は、天宮司さんの家族。神社の宮司だ。
俺なんかが、縁も所縁もなく易々と会って話ができるような相手ではない。
羅璃は、俺の焦りを楽しむように、俺の顔を覗き込んだ。
「何度も言うけど…コレはチャンスだ、しょーへー!」
羅璃は、そう言って、挑発的な笑みを浮かべた。
この状況が、俺の煩悩を解消する大きな機会だと、羅璃は言っているのだ。
俺は、天宮司さんの家族と、どう向き合えばいいのか…
ダルい。
だが、逃げるわけにはいかない。
羅璃の煩悩文様は確実に数を減らしているが、それはもう気になっていなかった。
傍観と逃避・恩知らず・義理無視・自己無力感
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