三十話:ラリ・イン・ザ・ゲーム
アパートに戻り、羅璃のキャラクターの絵を進めていた。
3Dモデルにするから見えない箇所の絵を描いてほしいということだった…
いわゆる三面図だ。
ネットで様々なデザイン画のサンプルを見つけ、見様見真似でペンを走らせる。
隣に羅璃が来て作業を覗き込む。
またセクシーな挑発が始まるのかと警戒したが、羅璃は普通に「いい感じ、頑張れ翔平」と応援してくれた。
その応援が意外にも嬉しかった。
広がるデザイン画を見て、羅璃は嬉しそうに「ヒゲの配管工に私勝てるかな?」などと聞いてくる。
「アホか、そっちは世界レベルだぞ」とツッコミを入れる
羅璃は「絶対勝てるって!私の方が魅力的だから!カートレースだってゴルフやテニスだって負けないぞー!」と意気込む。
そんなスケールの大きな話に、俺も少し楽しくなり、夢を語っていた。「自分の中から出てきたキャラが世界に羽ばたくというのは何と素敵で楽しそうな夢だろうか…」。人は想像の中でなら、どんなことでもできる。
羅璃は、そんな俺の頭をポンポンと叩いた。
「ま、そもそも、私がお前を目覚めさせてやったんだぞ?」と少し偉そうにしながらも、「目覚めて立ち上がり前に進み始めたのは翔平自身だ、自信を持て」と励ましてくれた。
俺の中に、確かな光が灯るのを感じた。
そして、次のサークル活動の日。
サークル部室に入ると、皆が俺の描いた羅璃のキャラクターデザインを囲んで、興奮気味に話していた。
「翔平、マジでこれ描いたのか!? すっげー可愛いじゃん!」
中村山くんが、目を輝かせている。
「よくこのイメージから、このデフォルメキャラに落とし込めたね。バランスも良いし、表情も豊かだし」
寺社杜さんも、心から感心したように言った。
「これなら、きっと魅力的な3Dモデルになるぞ! さすが潟梨!」
山本中会長も、満足そうに頷いている。羅璃のデザインは、皆に好評だった。自分の描いた絵が、これほどまでに褒められるのは、本当に久しぶりで、心がじんわりと温かくなる。
「よし! じゃあ、寺社杜、早速このデザインでキャラクターモデルの作業に入ってくれ!」
山本中会長が、寺社杜さんに指示を出す。
「はい! 頑張ります!」
寺社杜さんは、やる気に満ちた表情で答えた。いよいよ、ゲーム制作が具体的に動き出す。
「えっと、ゲームシステムは、シンプルで、ラリを操作してマップの中を探索し、敵を倒して魂を回収し、ゴールを目指す、というモノだ!」
山本中会長が、皆に向かって、ゲームの基本システムを説明した。分かりやすく、シンプルな内容だ。
すると、プログラム担当の中村山くんが、腕を組み、プロデューサーのような顔で口を開いた。
「会長、流石にシンプル過ぎません? もう少し僕たちが作るならではの特徴が欲しいですよ。例えば、羅璃ちゃんの能力を活かした特殊なギミックとか…」
中村山くんは、流石にプログラム担当だけあって、ゲーム性に対してこだわりがあるらしい。会長は、中村山くんのプロっぽい要求に、少し困った顔をしている。
「中村山くん! 作るものが多いと無理よ! キャラクターモデルだけでも大変なんだから!」
寺社杜さんが、現実的な問題点を指摘し、中村山くんの提案を否定した。確かに、俺たちは素人集団だ。あまり凝りすぎると、何も完成しない可能性もある。
羅璃が、何か口を挟もうと身を乗り出した。いつものように、自分の意見を好き勝手言い始めるかと思った。だが、俺は、羅璃を制するように、そっと手を差し出した。そして、皆のほうを向いて、口を開いた。
「あの…」
皆の視線が、俺に集まる。
「先ずは、シンプルでも良いから…動くものを作りませんか?」
俺は、自分の言葉に、少しだけ自信を込めた。羅璃との会話で、夢を語り合う中で、自分の中から出てきた言葉だ。
「僕たち、未経験者ばかりですし…最初から色々な機能を詰め込もうとすると、結局、何も完成しないんじゃないかと思います。まずは、最低限の機能で、羅璃がマップの中を動いて、敵を倒して、ゴールまで行ける、という土台を作るのが先決じゃないでしょうか」
俺の言葉に、山本中会長が、うん、と頷いた。中村山くんも、寺社杜さんも、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したような表情になった。
「…そうだな。確かに、そうだ」
山本中会長が、俺の意見を肯定した。
「まずは、シンプルに、動くものを目標にしよう!」
皆、俺の意見に賛同し、目標を共有できた。そしてあらためて部室の中にどよめきが起こった。
「…あの翔平が…」
「自分で意見言って、まとめ役になってる…!?」
「信じられねぇ…!」
俺が、自分から意見を出し、皆をまとめたことに、皆が騒然となっている。
まるで、珍獣を見るような目だ。俺は、少し照れくさかった。
「なんだよ、コンビニでも同じこと言われたばっかだよ」
俺は、高橋先輩に「生気がなかった」「心配だった」と言われたことを思い出して、照れ隠しにそう言った。
その言葉に、皆がドッと爆笑した。
「あはははは! 翔平、それ、マジで?!」
「いやー、わかるわー! 俺たちも、翔平のこと、心配だったもんね!」
「翔平だけじゃない、俺たちみんな、目くそ鼻くそだったもんなー!」
皆が、自分の過去の情けなさも自覚し合い、笑い合った。俺も、皆の言葉に、思わず笑みがこぼれる。そうか、俺だけじゃなく、皆も、自分の過去と向き合い、少しずつ変わっているんだ。このサークルにいる皆も、俺と同じように、それぞれの「煩悩」と向き合っているのだろう。
羅璃は、そんな俺たちを見て、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「みんなが…元気になって…嬉しい!」
羅璃は、心からそう言って、両手を広げて喜んでいる。
羅璃の役目は、俺に活力を与え、煩悩を解消すること。
そして、その羅璃が、俺を通じて、このサークルのメンバーたちにも活力を与え、彼らが変わり、楽しんでいることに、羅璃自身も喜びを感じているのだ。
羅璃の「貪」は、単なる「欲」ではなく、他者の喜びや活力に触れることへの「渇望」や「繋がりを求める心」なのかもしれない。
羅璃の身体に、わずかに残っていた模様が、また、ほんの少しだけ薄くなった気がした。
俺が積極的に行動し、皆と協調し、そして皆が自分たちの変化を自覚し、羅璃がその喜びを分かち合ったからだろうか。
山本中会長が、ホワイトボードを指差した。
「よし、じゃあ、翔平! 次は、敵になるキャラのデザインを頼むぞ!」
俺は、すぐに「はい!」と答えた。羅璃のキャラクターデザインだけでなく、敵キャラのデザインも任された。自分の絵が、ゲームという形になる。その喜びが、俺の心を満たした。
「やったー! しょーへー! 頑張れ!」
羅璃も、俺の隣で、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「待って! 翔平!」
寺社杜さんが、慌てて俺を呼び止めた。
「敵キャラはね…極めてシンプルに、だよ! 念のため言っておくけど、3Dのグラフィックは大変なんだからね!」
寺社杜さんは、俺の意気込みに水を差すように、念を押してきた。分かっている。羅璃のキャラでさえ大変なのに、敵キャラまで凝りすぎると、本当に何も完成しないだろう。
「はい! 了解です!」
俺は、元気よく返事をした。そして、敵キャラのデザインを、宿題として持ち帰ることにした。
ダルい。
でも、心の中には、新たな目標と、皆との繋がり、そして、羅璃と共に進んでいくことへの確かな喜びが満ちていた。
羅璃の最後の「貪」の模様。俺は、その意味を解き明かすために、そして、羅璃と共に、この「ラリった世界」を駆け抜けるために、前に進み続ける。
痴・慢・瞋・貪(一部)
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