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ラリってボンノー!!〜鬼娘は活力煩悩まみれ、俺は無気力何もない〜  作者: 黒船雷光


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第二十八話:おとなしい視点・大人らしい視線

 大学での講義を追い出された後、羅璃(ラリ)と二人でアパートに戻った。


 頭の中は「無邪鬼」という言葉と、羅璃(ラリ)が人によって見え方が違うという事実でいっぱいで、ダルい。

 疲労困憊でベッドに倒れ込んだが、羅璃(ラリ)の残り数えるほどになった文様と、「(とん)」という言葉が頭から離れない。




 夕方になり、コンビニのバイトの時間になった。

 羅璃(ラリ)も当然のように付いてくる。これも、煩悩解消の一環なのだろう。


 制服に着替え、バックヤードに入ると、いつものように高橋先輩がいた。

 高橋先輩は、俺たちを見るなり、にこやかに挨拶をしてくれた。


「おー、翔平に羅璃(ラリ)ちゃん! 遅かったじゃん。さっき、店長が『今日はどうせ二人とも寝坊だろ』って言ってたぞー?」


 高橋先輩が冗談を言う。

 俺は、昨日今日と立て続けに講義を追い出されたことを思い出し、冷や汗をかく。店長にバレているのだろうか。


「んもう、ミサトさーん! 私、ちゃんと早起きしたもん!」


 羅璃(ラリ)が、高橋先輩に抱きつくようにして甘える。

 羅璃(ラリ)と高橋先輩は、すっかり仲良くなったようだ。他愛のない会話が、二人の間で弾む。


 レジの準備をしながら、羅璃(ラリ)が俺のゲームをつくることになったサークルの話や、天宮司さんとのゴタゴタについて、高橋先輩に話しているのが聞こえてきた。

 羅璃(ラリ)は、天宮司さんのことを「無邪鬼ちゃん」と呼んでいる。

 高橋先輩は、それを面白そうに聞いている。



「へー、翔平がゲーム作るのかー! しかも羅璃(ラリ)ちゃんが主人公なんて、面白いことになったね!」


 高橋先輩は、相槌を打ちながら言った。

 そして、ふと、俺と羅璃(ラリ)を交互に見て、目を細めた。



「…それにしてもさ…本当に、二人とも変わったね」


 高橋先輩の言葉に、俺はハッとした。


 変わった。それは、俺も感じていることだ。

 だが、具体的にどう変わったのか、羅璃(ラリ)という存在がどう変わったのか、そして、それが他人にはどう見えているのか。


 それが、今の俺にとって、一番知りたいことだった。



「…如何(どう)…変わったんですか…?」


 俺は、高橋先輩に食い気味に尋ねた。

 自分の変化を、客観的に知りたかった。

 高橋先輩は、俺の食いつきに少し驚いたようだが、すぐに優しい顔で微笑んだ。


「んー、そうだねぇ…翔平はさ、初めてバイトの面接に来た時…」



 高橋先輩は、遠い目をしながら語り始めた。



「私、正直『本当に人間か?』って思ったんだよね」


「…………は?」


 俺は、耳を疑った。人間か? と…そんなに酷かったのか?!



「だってさ、もう…生気が全くなかったんだもん。

 覇気がない、とかじゃないよ? 生き物としての気配がないっていうか。

 幽霊みたいだった」


 高橋先輩は、俺の表情を見て困ったように笑いながら言った。



「店長もさ、『大丈夫、悪い子じゃなさそうだし、無理だったらすぐ辞めるよ。

 それにウチ、ちょっとメインストリートから外れてるから応募者少ないし、とりあえずやらせてみよう』って言ってたけど…でも、内心はすごく心配してたんだと思う」


 そんなに心配されてたのかと、当時の自分の無関心無気力さに恥じ入った。


「そりゃあ、あの頃の翔平は見ててハラハラしたもんね。仕事覚えも遅いし、声も小さいし。

 私、何度翔平の尻拭(しりぬぐ)いしたか…」


 高橋先輩は、そう言って、苦笑いを浮かべた。

 俺は、顔が熱くなるのを感じた。

 確かに、あの頃の俺は、何をしても長続きせず、バイトでもただ時間を潰しているだけだった。



「例えばさー、仕入れ確認の時」


 高橋先輩は、棚を指差しながら話し始めた。


「翔平、最初は全然商品の数、覚えられなかったでしょ?

  発注の時、必要な数が分かんなくて、適当に書こうとしたり、最悪、発注するの忘れちゃったり…」


 俺は、耳が痛かった。本当にそうだった。

 当時、商品の山を見ても、頭に全く入ってこなかった。


 どうでもよかった。


「そういう時、私がこっそり裏で在庫確認し直して、正しい数に直しておいたり、店長にバレないように『あ、これ私が発注するの忘れちゃったんで、今のうちに入れておきますね!』って言って、さりげなくフォローしたりしたんだよ」


 高橋先輩は、まるで武勇伝を語るように、軽やかに笑った。

 俺は、あの時の自分の無責任さと、高橋先輩の細やかな気遣いに、申し訳なさでいっぱいになった。



「あと、レジ対応もね」


 高橋先輩は、レジに視線をやった。


「いらっしゃいませの声が小さすぎて、お客さんに『聞こえない』って言われたり、袋詰めの手が止まっちゃったり。お客さん、露骨に嫌な顔してる時もあったもんね」


 その光景が、目に浮かぶ。

 俺は、ただ早くこの時間が終わればいい、としか思っていなかった。


「そういう時、私がサッと隣に行って『申し訳ございません!』って大声でフォローしたり、パパッと袋詰め手伝ったり。

 ちょっと長蛇の列になっちゃうと、店長が『高橋、ヘルプ!』って呼ぶんだよ、いつも。

 あの頃は私、レジの神って呼ばれてたからね!」


 高橋先輩は、得意げに胸を張る。

 俺は、当時、高橋先輩の迅速なレジ捌きに、ただ感心していただけだった。

 自分がどれだけ周囲に迷惑をかけていたかなど、考えもしなかった。



「在庫確認や棚卸(たなおろし)なんて、もう酷かったよー!」


 高橋先輩は、苦笑いしながら続けた。


「数字合わせが全然できないから、棚卸の時はいつも私が翔平の分を二重チェックして、合わない数字はこっそり調整したり。廃棄のチェックも、翔平が忘れてて、私が危うく古い弁当捨て損ねそうになったりしたこともあったし」


「…すみません…」


 俺は、本当に申し訳なさで、高橋先輩から目を逸らした。



「極め付けはやっぱり、店内清掃かな!」


 高橋先輩が、屈託のない笑顔で言った。


「翔平、床にモップかけるの、めっちゃ雑だったもん!

  拭きムラだらけで、全然綺麗になってないのに、『終わりました』とか言って。

 私が『あれ、翔平、そこまだ汚れてるよー』って声かけても、『あー、はい』って感じで全然やる気なくてさ」


 そう言われて、当時の情景が鮮明に蘇った。

 俺は、モップをかける行為そのものが面倒で、適当に済ませていた。


「結局、私が翔平がやった後に、こっそり拭き直ししたり、ゴミ箱の袋、交換忘れてパンパンになってるのを直したり。あの頃は、翔平の世話役だったなー」


「それわかるー!」


 羅璃(ラリ)が、俺の隣で声を上げた。


「しょーへー、マジでヤバかったからね!

 目とか死んでたし!

 私が無理やり外に連れ出して、人間にしてやったんだから!」


 羅璃(ラリ)が、得意げに胸を張る。


「そうだね!羅璃(ラリ)ちゃんが来てからは、本当に変わったよ。

 ちゃんと周りを見るようになったし、レジでも笑顔になったし、仕入れもミスしなくなったもんね」


 高橋先輩は、心から嬉しそうに微笑んだ。

 羅璃(ラリ)は、俺の隣で、高橋先輩の言葉に、ニヤリと得意げな顔をしている。



 高橋先輩の言葉一つ一つが、俺の過去の無関心と、どれだけ多くの人に支えられていたかを、痛感させた。そして、羅璃が現れてからの、俺自身の変化を、改めて鮮明に突きつけられた。


 羅璃(ラリ)の身体に、わずかに残っていた文様が、また一つ、スッと消えた。


(あ…)


 俺の心の奥底に沈んでいた「無関心」という煩悩。

 そして、他人に迷惑をかけていることへの「無自覚」や「羞恥心の欠如」。


 それらが、高橋先輩の温かい言葉と、過去の自分の情けなさに気づくことで、解消されたのだろうか。



「 まぁ、若者を導くのは大人の仕事って言うけどさ…今だから言えるって話。

 私も結構気を遣って見守ってあげてたんだぞ?」


 高橋先輩が、笑いながら言った。


「でも、『大人が~』は元々店長の受け売りなんだけどね!」



 高橋先輩も、フフッと笑う。

 俺は、高橋先輩と店長の優しさに、また、胸が温かくなるのを感じた。




「じゃあ…羅璃(ラリ)は…」


 俺は、一呼吸置いて、最も聞きたいことを尋ねた。



羅璃(ラリ)は、どう変わりましたか? 今は…どう見えますか?」



 羅璃(ラリ)が、俺の隣で、ニヤリと笑っている。

 高橋先輩は、羅璃(ラリ)をじっと見つめた。


羅璃(ラリ)ちゃんはねぇ…うん」


 高橋先輩は、少し考えてから、ニッと笑顔になった。


天真爛漫(てんしんらんまん)褐色エロカワギャル!」


 高橋先輩の言葉に、俺は思わず吹き出しそうになった。


 天真爛漫…褐色エロカワギャル。なんか、新しいステータスが増えてる呼称だな、これ。

 流石バンドやって曲も作っているという語呂の良さも感じた。

 でも…

(少なくとも…人には…見えている…)


 天真爛漫褐色エロカワギャル。

 それは、見た目が人間であると同時に、羅璃(ラリ)の持つ独特の魅力と性格を的確に表している。

 肌の色が少し違う、というのが褐色という表現なのか、本当に褐色に見えるのか…言及はあったが、少なくとも、俺に見えているような、角や文様だらけの「鬼」ではない、と確認できた。


 やはり、俺に見えている羅璃(ラリ)の姿は、特別なものなのだ。

 天宮司さんの「邪鬼」という分類も、高橋先輩の「ギャル」という分類も、それぞれの視点からの羅璃(ラリ)の「認識」なのだろう。



「ミサト先輩から見て…その…鬼には…見えませんか?」


 俺は、それでも、念のため、直接尋ねてみた。



 高橋先輩は、俺の質問に、一瞬不思議そうな顔をした。

 そして、すぐに、いたずらっぽい笑みを浮かべた。



「え? 鬼? 羅璃(ラリ)ちゃんが? そんなことないよー!」


 そして、高橋先輩は、羅璃(ラリ)を抱きしめるようにして、言った。


羅璃(ラリ)ちゃんは…鬼可愛い!」



「きゃー! ミサトさん大好き!」


 羅璃(ラリ)が、高橋先輩の言葉に嬉しくなって、高橋先輩に抱きついた。


「あ、ミサト先輩…隠れ巨乳?」


 羅璃(ラリ)が、高橋先輩の抱きつきながら胸に頭をうずめて、そう言った。


「や、羅璃(ラリ)ちゃん! 」


 高橋先輩が、流石に困った顔をするが、羅璃(ラリ)は天真爛漫な笑顔で顔をこすりつけながらセクハラをしている。


羅璃(ラリ)! 何をやってるんだ! セクハラだぞ!」


 俺は、パニックになった。これはまずい。周りのお客もこちらをチラチラと見ている。


 すると、バックヤードの扉が開き、店長が顔を出した。


「君たち! 仕事しようか!」


 店長の威厳ある声に、高橋先輩も羅璃(ラリ)も、そして俺も、ハッとしたように姿勢を正した。


「「「はい!!」」」


 全員で返事をして、それぞれの持ち場へと向かう。


 高橋先輩との会話で、俺は、過去の自分がいかに生気がなかったかを知り、その無関心を恥じた。

 少し前の俺だったら、話半分で逃げ出していたかもしれない…。

 でも、先輩がそれを話す気になったのは、ちゃんと改善されていることを認めてくれているということだ。

 まあ、よくクビにならなかったよな…とも思う。

 佐藤店長の大人な対応にも感謝しなければ。


 過去に向き合うのは、実家の時にも感じたことだが、今日の出来事は切り捨てた過去でも今に直結しているという意味では重要なんだと改めて思う。



 そして、羅璃(ラリ)が他者からはどのように見えているのか、その答えの一部を得た。


 羅璃(ラリ)は「天真爛漫エロカワギャル」で「鬼可愛い」。


 高橋先輩は、ずっと俺を陰から支えてくれていた。

 歳の差以上に大人の視点で。

 そんな先輩の見ている羅璃(ラリ)が、自分が見ている羅璃(ラリ)と近しいのは何かホッとする。

 主観は人によって違うなんて、当たり前の話だ。

 今回羅璃(ラリ)をゲームのキャラにすることで客観視する機会を得て気づいた。


 最初から言っていた…し、その通りだけど羅璃(ラリ)は人ではない。

 そのことの意味を、消えていく文様と共に逆に俺の中に深く沁み込んでくる現実として受け止められされていることを実感する。


 ダルい。だが、少しだけ、俺の心は満たされている。

 そして、羅璃(ラリ)の、最後の「貪」の文様が、俺に、まだ先があることを告げていた。


無関心(愚癡系)・羞恥心の欠如・自他未分(じたみぶん)/主観絶対視

(92/108)

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