第二十四話:デザイン心眼・ダサイの真贋
羅璃を主人公にしたゲームを作る。
俺は羅璃を元にしたキャラクターデザインを担当する。
羅璃は見た目の派手さが十分特徴あると判断した俺は、ほとんどそのままを描いたデザインをもってサークル棟に向かい、メンバーに見せた。
山本中会長は「悪くない」といい、中村山さんは「うーん」と難しい顔をした。
寺社杜さんは、ゲームに落とし込む担当なので具体的にツッコミを入れてきた。
「情報多すぎ」「等身リアルすぎ」「特徴弱すぎ」
3Dのアクションにするといっても、有名なダークファンタジーのゲームの様な、一流のゲーム会社が作る製品版クオリティはどう考えても無理なので、可能な限りシンプルに作る…
という条件がある様だ。
絵が描けるのと、キャラクターデザインができるのでは、そこに意外なほどの乖離があるということを知った。
これまでは、ユーザー視点で特に何も考えずにゲーム画面を見て来た俺にとっても新しい視点だ。
ちゃんとやり切ろうと決めたのだ。向き合うしかない。
寺社杜さんは、部室に転がっているゲーム雑誌から、幾つかサンプルを見せてくれて、ゲーム内容に合わせた世界観を伝えるにはキャラクターの等身やタッチ、色遣いが大切だと教えてくれた。
特に自分たちを含めてマニアックな世代はどうしてもゴチャ付いたリアル系が作りたくなるのは分かるけど、ゲームに反映するためのグラフィック作成の立場からは、あまり細かい造形を求められると作らなければならない質と量がヤバいから対応できないときっぱり言われてしまった。
中村山くんがまあまあ、と言っていたが、実際にグラフィック担当の寺社杜さんから言われると、そこは従わざるを得ないと感じた。
このままサークル棟に籠って意見を聞きながらデザインすることも考えた。
しかし、とても集中することはできないと思い部屋に戻り、机に向かった。
スケッチブックと鉛筆を机の上に用意する。
羅璃はソファで、サークルで中村山さんから借りた昔の携帯ゲーム機で遊びながらくつろいでいる。
「あー楽しみだなぁ~」
チラチラ俺の方に視線を投げてくる…変なプレッシャー掛けて来るのやめてくれないかな…
「あー今、しょーへーは私が期待の重圧をかけてるって思っただろー
ちがうぞーすぐにダルいって、気力が切れちゃうしょーへーをこれでも励ましてるのだ~」
そういうセリフは、ゲーム画面から視線もそらさず言うセリフじゃないんじゃないだろうか…
そう思いながら、コロコロと姿勢や表情が変わる羅璃を改めてみると面白いと思ってしまう。
露出した血色の良い(赤味がかった)肌に残った文様にも目が行く。
いかん、邪な気持ちが頭の中を支配しようとしている…頭を切り替えろ!
兎も角、ゲーム映えを考えるなら、やはり羅璃の初期の姿…全身に禍々しい模様が張り付いていて、まさに「煩悩の塊」といった様子の頃をベースにデザインした方が、キャラクターとしてインパクトがあるだろう。頭の中で、あの時の羅璃の姿を思い浮かべる。
…でも、上手く思い出せない。
何度イメージしようとしても、頭の中に浮かんでくるのは、模様がほとんど消えた、今の羅璃の姿だ。
赤い瞳と角、そしてわずかに残った微かな模様。
それ以外の、禍々しい全身の姿が、どうしても思い出せないのだ。
(…なんでだ…?)
つい数週間前のことだ。強烈なインパクトだったはずなのに。
目の前で羅璃の模様が消えていくのを何度も見てきたせいか? それとも…
慌てて、初めて羅璃に会った日のことを思い出した。
非現実的な状況を解析しようと思って、羅璃の姿をスマホで撮ったはずだ。
その写真を見れば、あの時の羅璃の姿が分かるはず。
スマホを取り出し、画像フォルダを探す。
あった。確かに、元旦の朝、羅璃を撮った写真データだ。
写真を開く。
そこに写っていたのは…ほとんど模様が消えた、今の羅璃の姿だった。
「…………え?」
俺は、自分の目を疑った。何度も写真を確認する。
だが、どう見ても、写っているのは、今、ソファでくつろいでいる羅璃と、ほぼ同じ姿だ。
あの時の、全身にびっしり模様があったはずの姿ではない。
記憶が、曖昧になっているのか? それとも、羅璃の姿は、俺の煩悩の解消に合わせて、過去に遡って記録まで改変される、ということなのか?
混乱で、頭の中がぐちゃぐちゃになった。羅璃の存在は、俺の理解を超えている。
目の前にいる羅璃に聞けばいい…
だが、それを聞いたら何かが壊れる気がして…聞けない。
写真を見るのは諦め、記憶と記録に頼らず、状況から想像するしかない、と思った。
羅璃は、煩悩が具現化した赤鬼。煩悩の塊だった。ならば、その姿は…
鉛筆を握り、スケッチブックに羅璃の姿を描き始める。
目に焼き付いた今の羅璃の姿ではなく、煩悩の塊という概念からイメージする。
赤い肌、角…そして、禍々しい模様。悪鬼、鬼娘。
描き進めていくうちに、スケッチブックに現れてきたのは、羅璃の面影はあるけれど、どこか別人のような、邪悪ささえ感じる鬼の姿だった。
禍々しい模様が全身を覆い、表情も、今の羅璃のような屈託のなさはなく、鬼らしい険しさがある。
(…誰だ…コイツは…)
自分で描いたはずなのに、そこにいるのは、俺の知っている羅璃ではない。
羅璃という存在の、もう一つの側面。
俺が、無意識のうちに感じ取っていた、あるいは、羅璃の煩悩が具現化する前の、純粋な「煩悩」の姿なのか。
徹夜で、そのデザインを描き続けた。
混乱と、描くことへの集中で、眠気は感じなかった。
そして翌日。徹夜明けでふらふらになりながら、大学に行った。講義室に入り、いつもの席に座る。
隣には、羅璃が当然のように座っている。
身体が重い。頭が痛い。明らかに消耗しているのが自分でも分かる。
しかし、頭の中で情報が延々とループを繰り返しどうにもならない。
すると、天宮司さくらさんが、俺たちの方へ近づいてきた。
今日のさくらさんは、いつものマドンナとしての姿だ。
さくらさんは、俺の顔を見るなり、微かに目を見開き、心配そうな表情を浮かべた。
「…潟梨君…ずいぶん、消耗しているようですが…大丈夫ですか?」
さくらさんの、俺を気遣う言葉に、ダルい体に応える気力も湧かない。
しかし、さくらさんの視線が、俺の隣にいる羅璃に向けられると、その表情が一変した。
穏やかさが消え、警戒心と、そして…怒りの色が浮かんだ。
「…羅璃さん」
さくらさんが、厳しい声で羅璃に話しかけた。
「遂に…その本質を表したわね…」
さくらさんの言葉に、俺はドキッとした。正体? ラリの本質とは、何だ?
やはり、俺に害を成そうとしている、悪意の塊なのか?
「人の世ならざるものが…人に…無理をさせて…消耗させる…許容できません」
さくらさんは、羅璃を睨みつける。
まるで、羅璃が俺に何か悪い影響を与えている、憑き物か何かであるかのように。
羅璃は、さくらさんの言葉を聞いて、ニッと笑った。
その笑みは、さくらさんの誤解を面白がっているようにも、そして、さくらさんの考えを否定しているようにも見えた。
「はぁ? なに言ってんの天宮司さん。
しょーへーが消耗してるのは、ゲームのデザインで徹夜したからだよ。
別に私が無理させたわけじゃないし」
羅璃は、あっけらかんと答えた。そして、さくらさんに反論する。
「それに! しょーへーは、自分の意思で、前に進もうとしてるんだ!
自分の無気力と向き合って、頑張ってるんだ! それを邪魔しないでくれる?」
羅璃の言葉は、俺を擁護しているように聞こえた。だが、さくらさんは納得しない。
「自分の意思? それこそ、憑き物が唆している証拠!
人が、自らを顧みず、無理を強いられるのは…人の世ならざるものが、悪さをしているのです!」
さくらさんは、羅璃が俺に無理をさせている、俺の消耗は羅璃の悪意のせいだと決めつけている。
神職としての信念に基づいた考えなのだろうか。
羅璃という、理解できない存在が悪影響を及ぼしていると。
「無茶? 楽な道なんて、前を向いて進もうとする人間にはないんだよ、天宮司さん!」
羅璃が、さくらさんの言葉に反論する。
羅璃の瞳には、真剣な光が宿っている。
前を向いて進むことの困難さ。それを知っているからこその言葉だ。
羅璃自身、煩悩を解消するために、俺を無理やり様々な場所に連れ出し、俺自身も無理をしてきた。それは、決して楽な道ではなかった。
さくらさんと羅璃。
どちらも、俺のことを言っている。
羅璃は、俺の成長のために無理は必要だと言う。
さくらさんは、無理は危険だ、羅璃は悪影響だと言う。
どちらも、俺のことを考えてくれているように感じた。でも…
(…この二人の争いが…負荷になってる…)
俺は、二人の間で板挟みになっている。
どちらの言い分も、一理あるように聞こえる。
でも、二人が俺を巡って言い争っている状況が、ダルいし、何よりも、俺の精神的な負担になっていた。徹夜明けの頭に、二人の言い争いが響く。
「…もう…いい」
俺は、小さく呟いた。二人の言い争いを止めたかった。
「…二人とも…俺を…一人にしてくれ…」
絞り出すような声だった。羅璃とさくらさん。
どちらも、俺のことを考えてくれているのかもしれない。
でも、今は、それが重かった。どちらの意見にも、従う気力もなかった。
俺の言葉に、羅璃とさくらさんは、同時に目を見開いた。
二人の間の、張り詰めた空気が、一瞬にして消え失せる。
驚き。
予想外の言葉だったのだろう。
「…しょーへー…?」
「…潟梨君…?」
二人の驚いた声が響く。でも、一番驚いたのは、俺自身だった。
まさか、自分が、こんな風に声を上げるとは思わなかった。
自分の気持ちを、こんな風に、二人の間に割り込んでまで表現するなんて。
今まで、対人関係から逃げてきた俺が。
ダルい。でも、俺は、自分の心からの言葉を口にした。
席を立ち、講義室を出た。二人が何か言っていたかもしれないが、もう何も聞こえなかった。
ただ、この場から離れたかった。
講義室を出て、キャンパスに出る。
冷たい空気が心地よい。あてもなく、校内を歩く。
羅璃はついてこなかった。さくらさんも。
一人になり、考える。
さくらさんと羅璃の言い争い。
俺を思っての言葉だったのかもしれない。
でも、それは、俺にとって、重荷だった。
そして、俺は、自分で自分の気持ちを口にして、その場から逃げ出した。
自分の感情。
どう扱えばいいのか分からない。
さくらさんの心配。羅璃の応援。
そして、自分の心からの「一人にしてくれ」。それらが、俺の中でごちゃごちゃになっている。
(…この気持ち…なんだ…)
他人に気を使われることへの負担。
自分の本音を口にしたことへの驚きと、微かな解放感。
そして、その結果、一人になれたことへの安堵。
昼になって学食に行くと、羅璃が珍しくしおらしく待っていた。
天宮司さんは流石に居なかった。
見ると羅璃の身体に残る微かな模様が、また、ほんの少しだけ薄くなった気がした。
さくらさんと羅璃という、強い存在の間で、自分の意思を表明し、自分の心からの言葉を口にしたこと。
それは、俺の「対人関係への苦手意識」や、「自己肯定感の低さ」、そして「自分の本音を隠すこと」といった煩悩に、変化をもたらしたのだろう。
だが、その感情をどう整理すればいいのか、俺には分からなかった。
嬉しいのか、ダルいのか、安堵なのか、混乱なのか。全てが混ざり合っている。
俺は、自分の感情をどう扱っていいのか困惑していた。
羅璃という存在がもたらした「ラリった世界」は、俺の感情を揺さぶるだけでなく、その揺さぶられた感情をどう処理すればいいのか、という新たな課題を俺に突きつけていた。
愛著・随眠・心不定・他人迎合
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