第二十二話:コンビニ談義・コイビト談義
ゲームの話が盛り上がる一方…そう、三軒茶屋のライブハウスで「白き堕天使達」のライブを見てから久しく、俺は 羅璃と一緒にコンビニのバイトに向かっていた。
ライブの轟音と熱狂は、まだ身体の中に微かに残っているような気がする。
そして、あの夜、白いゴスロリ衣装でギターを掻き鳴らしていたのが、大学のマドンナ、天宮司さくらさんだった、という衝撃的な事実。
ダルいというより、まだ現実感が薄い。
コンビニに着くと、高橋先輩がレジに立っていた。
俺の新しい格好と髪型を見て驚いていた高橋先輩は、ライブの後で話すのはこれが初めてだ。
「お、潟梨くん!羅璃ちゃん! こんばんは!」
高橋先輩は、いつものサバサバした笑顔で俺たちを迎えてくれた。
ライブハウスで見た、切れ長メイクに黒リップの「ミサト」とは全く違う。
そのギャップが、何とも不思議な感覚がする。
まるで、二人の高橋先輩がいるみたいだ。
でも、どちらも同じ高橋先輩なんだ。
当たり前だけど、それが俺には新鮮な驚きだった。
人の多面性というか、複雑さというか…
今まで、他人のことなんて、表面的な部分しか見ていなかったんだな、と改めて気づかされた。
これも、 羅璃が俺の世界に塗り込めた「色」の一つだろうか。
「高橋美里先輩! ライブ! マジでヤバかったです! 超感動しました!」
羅璃は、バイトに入るなり、高橋先輩に詰め寄って、ライブがいかに素晴らしかったかを熱弁し始めた。
羅璃の、感情をそのままぶつけるような素直な感想に、高橋先輩は少し恐縮している。
「あ、ありがとう 羅璃ちゃん! そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいな」
高橋先輩は、少し照れながら答えた。
「特に、ギターのサクラさん! 超カッコよかったです! しょーへーも感動してましたよ!」
羅璃は、俺も巻き込んで高橋先輩に迫る。
高橋先輩は、俺を見てニッと笑った。
「そう? 潟梨くんも、あの激しい音について来れてた?」
「あ…はい…」
俺は、あの轟音と熱狂に圧倒されたことを思い出しながら、曖昧に答えた。
「そうそう! しょーへーもビックリしてましたよ! てか、ギターのサクラさんって、しょーへーと同じ大学で、しかも同じ講義を受けてる天宮司さんなんですね! 本人から聞きました!」
羅璃が、当然のように、天宮司さんの正体を明かした。
高橋先輩は、もう天宮司さんと話したらしい。
「うん、そうなんだよ。あの後のバンドの打ち上げで聞いたんだけど…
まさか、潟梨くんの知り合いだったとはね。サクラは結構複雑な家庭の事情があるみたいで…
まあ、詳しくは私からは言えないけど、同じ大学なら…」
高橋先輩は、不思議そうに首を傾げた。
「しっかしまさか、バイト先の同僚と、バンド仲間が、大学で繋がってるなんてね。
なんか…不思議な縁がつながっているね」
不思議な縁。高橋先輩の言葉に、俺は考え込んだ。
縁。
人と人との繋がり。それは、偶然の産物なのだろうか。それとも…
隣にいた 羅璃が、高橋先輩の言葉を聞いて、静かに言った。
いつもの騒がしさがなく、どこか深遠な響きがある声だった。
「…縁も…求める心があれば…惹かれ合って…つながるものなんだよ」
羅璃は、高橋先輩の目をじっと見つめた。
羅璃の赤い瞳の奥に、何かを知っているような光が宿っている。
求める心。
羅璃が言っていた、「貪」に関わる煩悩の一つ。
何かを欲し、求める気持ち。それは、人間関係における「縁」とも繋がっているのか。
高橋先輩は、 羅璃の言葉を聞いて、何かを察したようだった。
羅璃の言葉の意味を、完全に理解したわけではないかもしれない。
でも、そこに何か、深い真実が含まれていることを感じ取ったのだろう。
高橋先輩の表情に、微かな驚きと、そして、納得のような色が浮かんだ。
だが、俺には、 羅璃の言葉の深さがさっぱり分からなかった。
「求める心があれば、縁は繋がる」?
どういう意味だ?
羅璃の言うことが、また難解になった。
羅璃は、そんな俺を見て、ニヤリと笑った。
その笑みは、「ほーら、しょーへーはまだ分かってないでしょ?」と言っているようだ。
「…こればかりは…本人が自覚しないと…先に進まないんだよね」
羅璃は、そう呟いた。
それは、俺自身に向けられた言葉だった。
俺が、まだ自覚していない何か。
それが、俺の煩悩であり、 羅璃の模様を消すための、次に進むべきステップなのだろう。
俺が自覚していないこと…縁?
求める心? 何を求めれば、縁が繋がるんだ?
俺は考え込んだ。
今まで、女性とまともに話す機会も少なかったし、ましてや、異性として意識したことなんて、ほとんどなかった。
恋愛とか、そういうものとは完全に無縁の人間だと思っていた。
女性は、ただの「他人」だった。
無関心だった。
これも、 羅璃が言うところの「色」や「貪」に関わる煩悩、あるいは「無知、無関心」の極みだったのかもしれない。
それが、 羅璃が現れて、天宮司さんというマドンナに褒められ、そして、 羅璃自身から「どっちが好み?」なんて、爆弾発言をされた。
そして今、高橋先輩に「不思議な縁」だと言われ、 羅璃に「求める心」の話をされた。
突然に始まった、この「モテ期」のような状況に、俺は完全に混乱していた。
どう対処していいのか分からない。
女性を、異性として意識する。魅力的だと感じる。
好みを持つ。
そういう感情が、自分の中に生まれているのか?
高橋先輩は、俺の混乱した様子を見て、更に何かを察したのだろう。
優しく微笑んだ。
「まあ、 羅璃ちゃんの言うことは、ちょっと難しいけど…
とにかく、潟梨くんも、 羅璃ちゃんも、なんか、最近すごく変わったよね! 良い方向に!」
高橋先輩は、俺の新しい格好と髪型を見て、言った。
「これからも、色々なことに挑戦して、どんどん変わっていってほしいな! 応援してるよ!」
高橋先輩の言葉に、俺は少しだけ、心が軽くなった気がした。
応援してくれる。
ダルい、面倒だ、と思っていた俺の「変化」を、高橋先輩は応援してくれると言ってくれた。
「もちろん、バンドも頑張るから! またライブ、見に来てね!」
高橋先輩は、満面の笑顔で言った。そして、 羅璃と俺を交互に見た。
「ねぇ、二人を見てるとさ…なんか、新しい曲が書けそうな気がしてきたんだよね」
高橋先輩の言葉に、 羅璃の目が輝いた。
「えー! マジですか!? 作曲もやってるんですね! すごーい! 超感動です!」
羅璃は、高橋先輩が作曲も手掛けていることに驚いている。
羅璃にとって、「創る」という行為は、ゲーム制作の件で、今まさに自分たちが向き合おうとしているテーマだ。
「しかも! 私たちを描いてくれるなんて! 最高なんですけど!」
羅璃は、高橋先輩の曲のモデルになれるかもしれないと聞いて、さらに大喜びしている。
自分のゲームの主人公になることと、高橋先輩の曲のインスピレーションになること。
羅璃は、自分が「特別な存在」として認められることに、強い喜びを感じるらしい。
これも、「承認欲求」という煩悩だろうか。
「まあ、まだアイデア段階だけどね! 二人のおかげで、なんかインスピレーションが湧いてきたんだ! ありがとう!」
高橋先輩は、俺と 羅璃に感謝を伝えた。
感謝される。
まただ。
高橋先輩に感謝されるのは、素直に嬉しい。
その時、店長の声が響いた。
「おい君たち! 休憩は終わりだぞ! 立ち話してないで仕事に戻りなさい!」
佐藤店長に怒られて、俺たちは慌てて仕事に戻った。
羅璃の身体に残った微かな模様は、また、ほんの少しだけ薄くなった気がした。
高橋先輩の「不思議な縁」という言葉、 羅璃の「求める心があれば縁は繋がる」という言葉、そして、俺自身の心に生まれた、今まで感じたことのない「女性を意識する」というくすぶり。
これらの出来事が、俺の中に残る、「縁」や「求める心」
「女性に対する無知や無関心」といった煩悩に、変化をもたらしたのだろう。
「こればかりは本人が自覚しないと先に進まない」
羅璃の言葉が、俺の心に響く。
この、今まで知らなかった感情のくすぶり。
それが何なのか、自覚する必要がある。
そして、それが、俺の次の「煩悩解放」のステップなのだろう。
ダルい。
でも、高橋先輩の応援と、 羅璃の隣で、俺は、また一歩、「ラリった世界」の奥へと足を踏み入れていく。
縁とは。
求める心とは。
そして、この心のくすぶりとは。
考えることは尽きないが、少しだけ、その答えを見つけたい、と思い始めている自分がいた。
慢(高慢)/見取見/邪見覆(悪事を隠す)/誑羅璃の顔周りが細かく消えている気がする…
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