第二十一話:ツンデレ積んでるデレテレ
サークルで羅璃を主人公にしたゲームを作る、という話になってから一夜明けた。
ダルい。
でも、何かを「作る」という、今まで避けてきた行為に足を踏み入れたせいか、いつもと少しだけダルさの種類が違う気がする。
そして、昨夜の羅璃の「一生とり憑いてやる」という言葉が、頭の中でリフレインしている。
講義を受けようと、いつもの講義室に入り、羅璃と共に席に着く。
ダルい。周りの学生たちの話し声が耳障りだ。
羅璃は隣で、すでにスマホをいじっている。
すると、通路を挟んで少し離れた場所に座っていた人物が、こちらに向かってきた。天宮司さくらさんだ。いつもの、落ち着いた雰囲気のマドンナ。
ライブの時の、白いゴスロリ衣装と黒いリップは、やはり夢だったかのようだ。
天宮司さんは、俺たちの横に来て、そのまま、俺のすぐ隣の席に座った。
隣の席は空いていたけれど、天宮司さんが俺の隣に座るなんて、初めてのことだ。
これは、昨日の約束…監視するため、だろうか?
羅璃が、天宮司さんの存在に気づいたらしい。
ニッと、面白がるような笑みを浮かべた。
「お? なんだよ天宮司さん! 早速やるのか? 同盟なんて結んだけど、もう気が変わったわけ?」
羅璃が、天宮司さんを挑発するような口ぶりで話しかけた。
天宮司さんは、羅璃の挑発にも動じず、すました顔で答えた。
「…同盟は結びましたから。無闇に動いたりしません」
天宮司さんの言葉に、俺はホッとした。昨夜の約束は、有効らしい。
「ただし…」
天宮司さんの声に、緊張が走る。
「羅璃さんから…私に仕掛けてくるようなことがあれば…容赦しません」
天宮司さんの瞳の奥に、神職としての強い意志が宿っているのが見えた。
「へー! じゃあ、なんでそんな近くに来てるんだよ? 別に離れてても監視できるだろ?」
羅璃は、さらに天宮司さんに詰め寄る。羅璃の言う通りだ。監視するだけなら、こんな近くに座る必要はないはずだ。
天宮司さんは、羅璃の質問に、少しだけ視線を逸らした。そして、微かに、頬が赤くなったように見えた。
「…近くに居て…いえ、近くで監視するためです」
天宮司さんは、そう答えた。そして、付け加えた、その言葉に、俺は文字通り、固まった。
「…決して…潟梨君が…あか抜けて…ちょっと…良いな…なんて…思ったからでは…ありません…」
最後の言葉は、ほとんど聞き取れないくらい小さかったけれど、俺の耳にははっきりと届いた。
「…………え?」
俺は、何を言われたのか理解できず、完全に固まった。あか抜けて? 良いな? 天宮司さんが、俺のことを? そんなこと、ありえるのか?
隣にいた羅璃が、俺の反応と天宮司さんの様子を見て、ぶはっ! と吹き出した。
「ぎゃは~!!!!!!!」
羅璃は、腹を抱えて爆笑している。
講義室中に響き渡る、羅璃のけたたましい笑い声。
天宮司さんの顔は、みるみるうちに真っ赤になった。
自分が、何を言ったか理解したらしい。
「ちっ、ちがいます!」
天宮司さんが慌てて取り繕う。
顔は真っ赤なのに、必死で普段の冷静さを装おうとしている。
「これは…職務です! 潟梨君に何か少しでもおかしなことが起きた場合、それは羅璃さんの仕業だと考え…封滅するためです! そのため、近くで観察する必要があるのです!」
天宮司さんは、完全に混乱している。
冷静沈着なマドンナの姿が、音を立てて崩れていく。
羅璃は、そんな天宮司さんの様子を見て、さらに爆笑している。
「あははははは! ヤバい! ヤバいんですけど! 顔真っ赤! 超ウケる!」
羅璃の笑い声と、天宮司さんの必死な言い訳に、講義室中の学生が俺たちの方を見ている。そして…
「おい、君たち! 静かにしろ!」
教授の声が、講義室に響き渡った。
教授は、俺たち三人を睨みつけている。
「講義の妨害だ! 出て行きなさい!」
三人とも、講義室から追い出された。
ダルい。本当に、ダルいにもほどがある。
大学に来て、講義室から追い出されるなんて。
全て、羅璃と天宮司さんのやり取りのせいだ。
講義室の外に出されて、天宮司さんは憤慨していた。
「こんな仕打ちを…! 私はただ、責務を…!」
神職として、羅璃を監視する必要がある。
でも、大学の講義中に騒いで追い出されるなんて、プライドが許さないのだろう。
「すいません…天宮司さん…」
俺は、思わず謝った。
俺が羅璃を連れてきたせいで、こんなことになった。
すると、羅璃が俺の袖を掴んだ。
「しょーへー、謝るな」
羅璃の声は、珍しく真剣だった。
「なんでしょーへーが謝るんだよ。何も悪くないだろ」
羅璃は、俺の顔を見上げて言う。
「自分が悪くないことまで頭を下げて…自分の価値を落とすな」
羅璃の言葉に、俺はハッとした。
価値を、落とす?
謝罪は、相手に対する敬意であり、迷惑をかけたことへの償いでは?
でも、羅璃は言う。
自分が悪くないのに謝るのは、自分の価値を低く見ているからだ、と。
「いや、でも…迷惑かけてるのは、お前だろ…俺は、お前の分を謝ってんだ…」
俺がそう言い返すと、天宮司さんが、意外そうに俺を見た。
その瞳に、また何かを見抜くような光が宿る。
「…あなた…」
天宮司さんは、静かに言った。
「…やはり…変わりましたね…」
「いい方にだろ?」
羅璃が、すかさず横から口を挟んだ。
天宮司さんは、羅璃の言葉に、フンと鼻を鳴らした。でも、その表情は、どこか認めるような色をしている。
「…ええ…その…その通りですね…」
天宮司さんは、微かに顔を赤くして、目を逸らした。
羅璃は、それを見て、また笑い始めた。
「ツンデレだ~! 天宮司さん、照れてる~!」
「うるさいです羅璃さん!」
天宮司さんは、完全に羅璃にペースを乱されている。
神職としての威厳が、羅璃の無邪気な挑発によって、揺らいでいる。
「今日のところは…勘弁して差し上げます」
天宮司さんは、そう言うと、足早にその場を去って行った。
顔はまだ少し赤い。
羅璃は「その捨て台詞も百回漫画で読んだ奴~」と挑発を辞めない。
「いい加減にしてあげたら?」
だが羅璃はニヤついた顔のままだ。そんなに楽しいのか?
天宮司さんが完全にいなくなってから、俺は久々に、大きな溜息をついた。
「…ダルい…」
一日が始まったばかりなのに、もう疲労困憊だ。
大学に来て、マドンナに秘密を暴露されかけ、爆弾発言を聞き、追い出され、謝罪について議論するなんて。
隣で、羅璃が俺を見て、キラキラした瞳で尋ねた。
「ねえ、しょーへー」
羅璃の問いに、俺は警戒した。また、何か面倒なことを言い出すつもりだろうか。
「…今日の天宮司さんと…私…」
羅璃は、ニッと笑った。
そして、俺の心臓を直接掴むような、ストレートな質問を投げかけてきた。
「…どっちの方が…魅力的で…翔平の好み…?」
その言葉を聞いて、俺は…固まった。
頭の中が真っ白になる。
魅力的? 好み? 天宮司さんと羅璃、どっちが?
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
天宮司さんは、遠い存在。憧れのマドンナ。
羅璃は…煩悩と活力の塊。異形な存在。
どちらが、魅力的? どちらが、好み?
動揺する。
顔が熱くなる。
天宮司さんに褒められた時と同じくらい、いや、それ以上に動揺している。
(…なんだ…この気持ち…)
今まで考えたことも、感じたこともない心のくすぶり。
それは、異性に対する興味? 魅力? 好み?
羅璃が言っていた、「貪」に関わる煩悩…性欲や、色欲…それなのか?
羅璃は、俺の動揺を楽しんでいるように、ニヤニヤと俺を見ている。
羅璃の赤い瞳の奥に、微かな期待の色が見える気がした。
果たして、この今まで感じたこともない、心のくすぶりは、一体何なのか。
それは、俺の中に眠っていた、新たな「煩悩」の目覚めなのか。
ダルい。
でも、羅璃は、また俺の中に、新しい感情の波を起こした。
そして、その波は、俺の「ラリった世界」を、さらに未知の領域へと導いていくのだろう。
不正知・懈怠
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