第二十話:ゲーム・イン・ザ・ダーク
天宮司さんがサークル棟から立ち去って、話が終わったのを見計らってか、山本中会長と中村山くんが部室に戻ってきた。寺社杜さんも一緒だ。
「おい、潟梨! マドンナとなんか話してたのか!? 何話してたんだよ!」
中村山くんが興味津々で俺に詰め寄る。山本中会長も、好奇心と、どこか探るような視線で俺を見ている。
「え、いや…別に…大した話じゃないよ…」
俺は、天宮司さんの秘密を守るために、話を誤魔化した。羅璃は、何か言いたそうにしていたが、俺が横目で牽制すると、ニヤリと笑って口を噤んだ。羅璃は、俺が秘密を守るという約束を果たそうとしていることを理解したらしい。
「そ、そんなことより…げ、ゲーム作りの話って…どうなりました?」
とっさに、話題を逸らそうと羅璃見て思い出したこの前のことを話す。
そして、サークルでのゲーム制作の話になった。
「それでさ、どんなゲーム作るかって話なんだけど、たった3人でも皆意見バラバラでさー」
中村山くんが、さっきまでの議論の状況を説明する。
「やっぱ、いきなりデカいもの…つまり、世に出ている製品レベル作ろうとしても難しいしなって話になった。まあ、最初はどうしても夢見ちゃうからな~でも、まずは少人数でも作れるような…少人数っていうか、ここにいるメンバーで可能なシンプルなジャンルから攻めてみるのがいいんじゃないかって、山本中会長が言ってて」
山本中会長が頷く。現実的な意見だ。皆、やりたいことはバラバラだが、まずは「出来ることから」始めよう、という方向にまとまりつつあるらしい。これは、以前の惰性に流されていたサークルとは違う、前向きな変化だ。羅璃がもたらした変化の一つだろう。
サークルメンバーたちが、どんなジャンルなら少人数で作れるか、アイデアを出し合っている。その様子を見ていて、ふと、俺の中に、ある考えが閃いた。
「…あのさ」
俺は、皆に話しかけた。
「ゲームの主人公…羅璃にしたら、どうだろうか?」
俺の言葉に、皆が固まった。羅璃も、目を丸くしている。
「え…羅璃さんを…主人公に?」
山本中会長が、困惑した顔で尋ねた。
「ああ。羅璃って見た目目立つし、俺の煩悩を解放するために、色々な場所に連れ回したり、騒動を起こしたりする…そういう、羅璃のめちゃくちゃな日常を、ゲームにしたら…」
俺は、頭の中でぼんやりとイメージしたものを語った。羅璃の奇抜な見た目、煩悩を具現化した存在、そして、俺の世界をかき乱す羅璃の行動。それは、ゲームの主人公として、十分魅力的で、面白い題材になるのではないか。
俺の提案を聞いて、サークルメンバーたちの顔に、驚きから興味へと、表情が変わっていくのが分かった。
「羅璃ちゃんの、めちゃくちゃな日常…確かに、面白いかも!」
中村山くんが、目を輝かせた。
「なんだっけ…煩悩解放…というテーマも、ユニークで…」
寺社杜さんが、何かを考えるように呟いた。
そして、山本中会長が、ニッと笑った。
「…面白いな、潟梨。そのアイデア、乗った!」
山本中会長の言葉に、中村山くんと寺社杜さんも頷いた。サークルメンバー全員が、俺の提案に乗っかったのだ。
「えー! 私が主人公のゲームができるの!? マジで!?」
羅璃は、自分のゲームができると聞いて、飛び上がって喜んだ。その喜びようは、まさに煩悩が具現化した存在そのものだ。
創作。絵を描くことから逃げ出した俺が、今、ゲームという形で、再び何かを「創る」ことに向き合おうとしている。羅璃という存在を題材にして。
ダルい。でも、クリエイティブに向き合えなかった先日の俺から、サークルメンバーたちが俺の思い付きアイデアに乗ってくれたこと。そして、羅璃が喜んでいるのを見ていると、胸の中に、微かな、しかし確かな温かさが生まれるのを感じた。
羅璃の身体に残った微かな文様が、また、少しだけ薄くなった気がした。自分が避けてきた「創作」という行為に、再び向き合う決意をしたこと。そして、自分のアイデアが他人に受け入れられたこと。羅璃という存在を、ネガティブなものではなく、ゲームの主人公というポジティブな題材として捉えられたこと。これらが、俺の中に残る「諦め」や「無知」、「自己肯定感の低さ」といった煩悩に、変化をもたらしたのだろう。
羅璃が主人公のゲーム。それは、羅璃の物語であると同時に、俺自身の物語になるのだろう。俺が羅璃と共に、自分の煩悩と向き合い、変わっていく物語。
羅璃を主人公にしたゲームを作る。俺の突拍子もないアイデアに、サークルメンバーたちは乗ってくれた。羅璃も大喜びしている。
でも、いざ作ると決まっても、どうするんだ? という話になった。俺の煩悩を回収するという羅璃の「本当の目的」をゲームのシステムにするのは、難しすぎる。煩悩の種類は百八もあるし、それぞれの解消方法も様々だ。ゲームに落とし込もうとすると、心理カウンセリングのシミュレーションみたいになりそうだ、というもっともな意見も出た。
(…羅璃は、俺のカウンセラーなのか?)
そんな疑問が、俺の頭をよぎった。羅璃は、俺の無気力や、逃げてきた過去、心の傷、そして他人との関係性といった、俺の内面の問題を次々と抉り出し、向き合わせてきた。それは、ある意味、心理カウンセリングのような行為だったのかもしれない。羅璃は、そういう視点を持って俺と関わっていたのだろうか?
いや。相談に乗ってもらった記憶なんて、全くない。いつも羅璃の暴走を止めようとして、振り回されて、その結果、勝手に俺の煩悩が解消されて、羅璃の文様が消えていただけだ。羅璃の行動原理は、あくまで「自分の文様を消して自由になる」ことだ。そのために、俺に「活力を持たせる」必要があるから、俺の煩悩と向き合わせているだけ。そこに、カウンセリングのような意図はなかったはずだ。羅璃は、多分、そんな難しいことを考えていない。
議論が混迷する中、寺社杜さんが、静かに口を開いた。
「あの…煩悩とか、カウンセリングとか…分かりづらいなら…もっとシンプルな方向で考えませんか?」
寺社杜さんの提案に、皆の視線が集まる。
「ラリさん…それがホントなら煩悩が集まって具現化したんですよね? ということは…倒すべき相手を、『煩悩』そのもの…ではなく、『悪意』や『災い』のような、明らかに悪い奴にすればどうでしょう?」
寺社杜さんの言葉に、皆が考え込む。
「例えば…ゲームの敵は、人間の心に巣食う『悪意』とか、『負の感情』が具現化したモンスター。それを、ラリさんが倒す。倒されたモンスターは、悪意から解放されて、元の『良い人間』に戻る…みたいな」
なるほど。煩悩を直接的に扱うのではなく、「悪意」や「負の感情」という、よりゲーム的な敵に置き換えるアイデアだ。そして、倒すことで、その敵が「良い人になる」。これは、羅璃の文様が消えることで、羅璃自身が少しずつ丸くなっていく、という変化にも繋がるかもしれない。
「…それ、イイネ!」
中村山くんが、目を輝かせた。シンプルで、アクションゲームとしても分かりやすい。
「悪意が具現化したモンスターを倒す…確かに、ゲームになるな!」
山本中会長も、興味を示した。企画段階で複雑になりすぎていた皆の意見が、寺社杜さんのアイデアで、一気に一つの方向に向かった。
「よーし! じゃあ、それでいこう! シンプルなアクションゲームを作ろう!」
山本中会長がそう言うと、皆が頷いた。ゲーム制作の方向性が、決まった。
そして、それぞれの役割分担が確認される。山本中会長がゲーム全体の設計とシナリオ。中村山くんがプログラム。寺社杜さんがゲームのグラフィックを作成する。そして、俺は…
「…翔平は、ラリちゃんのキャラクターデザイン、頼むぞ!」
山本中会長が、俺を見た。羅璃という、唯一無二の存在を、どうデザインするか。それは、俺にしかできない役割だ。
「…分かった」
俺は、答えた。やるべきこと。自分の役割。それは、かつて絵を描くことから逃げ出した俺にとって、重くもあり、そして、少しだけ、期待を抱かせる響きだった。
自分のやるべきものを見つけた。サークルメンバーと協力し、皆で同じ目標を持つ。それは、今まで俺が避けてきた、生産的な活動であり、他者との繋がりだ。
その時、俺は気づいた。羅璃の身体に残っていた、微かな文様が…また、少しだけ、薄くなっている。さっきの寺社杜さんのアイデアで方向性が決まり、皆が同じ目標に向かい始めたこと。俺が自分の役割を見つけ、それに「分かった」と答えたこと。自分がチームの一員として、何かを生み出すことに関わる、という決意。それらが、俺の中に残る「生産性のなさ」や、「対人関係への苦手意識」、「自分の能力を活かすことへの躊躇」といった煩悩を、少しだけ解消したのだろう。
羅璃は、自分の身体の変化に気づいて、ニッと笑った。
「やったー! また消えた! これで、ゲーム作りも頑張れるね!」
羅璃の喜びの声を聞きながら、サークルでの話し合いは終わり、皆解散することになった。
アパートへの帰り道。羅璃は、自分のゲームができること、そして俺が自分のキャラクターデザインを担当することについて、ずっとはしゃいでいた。
「ねーねーしょーへー! 私のこと、超可愛くデザインしてよ! カッコよくてもいいけど、可愛くね! 絶対可愛くしてよ!」
羅璃は、俺の腕にぶら下がって、繰り返す。
「もし、私を可愛くデザインしなかったら…翔平に、一生とり憑いてやるんだからね!」
羅璃は、茶化すように言った。冗談なのは分かっている。でも、「一生」という言葉が、俺の心に引っかかった。
羅璃が現れてから、まだわずか数週間だ。たったそれだけの期間なのに、俺の人生は、羅璃という存在によって、完全にひっくり返された。ダルくて、何もなかった日々が、羅璃の騒動によって、色々な出来事に満たされ、感情を揺さぶられ、他人と関わり、過去と向き合い、そして、ゲーム制作という新しい目標までできた。
この短期間での変化は、それまでの俺の人生の全てよりも、よほど濃密で、そして…充実していたかもしれない。
羅璃が「一生とり憑いてやる」と笑っている。もし、この「ラリった世界」が、本当に一生続くとしたら。羅璃という、煩悩と活力の塊が、ずっと俺の隣にいて、俺を振り回し続けるとしたら。
(…それも…悪くない…かもな)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。最初は、羅璃を追い払うことしか考えていなかった。早く元の、ダルい日常に戻りたいと思っていた。でも、今は…
羅璃の身体に残った微かな文様。それは、羅璃が完全に「自由」になるまでのカウントダウンだ。そして、羅璃が自由になる時、羅璃は…消えてしまうのだろうか。
「一生」という羅璃の言葉と、羅璃が消えてしまうかもしれないという可能性。その二つが、俺の中で交錯する。
ダルい。でも、羅璃という存在が、俺に新しい世界を見せ、新しい感情を与え、そして、俺自身を、少しずつ、確実に変えてくれた。
俺は、隣ではしゃいでいる羅璃の、ほとんど人間になった横顔を見た。そして、この「ラリった世界」が、もう少しだけ、続けばいい、と思ってしまっている自分がいることに気づいた。
それは、俺の中に生まれた、新たな「煩悩」なのかもしれない。
見取見・色貪・昏沈(沈滞)・懈怠(怠け)・癡(無知)・疑・心不定
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