第一話:大晦日、除夜の鐘の音・冗談じゃねぇよね
そもそも元旦からどうしてこんなことになったのか…
無気力なりに前日の大晦日の出来事を思い出してみる。
前日の大晦日は予定ではなかったが急遽依頼された。
断るのもダルかったので深夜テッペンちょうどまでシフトに入ったのだった。
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そして、クッソダルい深夜のコンビニバイトがようやく終わった。
レジの清算を終え、佐藤店長の「お疲れー」という気の抜けた声を聞き流しながら、バックヤードで着替える。
ヨレヨレのスウェットとTシャツに着替えると、防寒のダウンジャケットを着て裏口から退出する。
外に出ると体から力が抜けていくのを感じた。
別に特別なことでもない。バイト中は最低限の動作しかしないから、終わればいつもこんな感じだ。
日付はもうすぐ変わって、大晦日も終わり。
これから迎える新年も、どうせ何も変わらない日常が続くだけだ。
そんなことを考えながら、重たい体をずるずると引きずるようにしてアパートへ向かう。
冷たい夜の空気が肌を刺すけど、それすらもどこか他人事のように感じた。
街のあちこちから、ぼんやりと除夜の鐘の音が聞こえてくる。
ゴォォォン、と低く響く音は、耳には届いているけれど、心には全く響かない。
煩悩を払うっていうけど、俺に払うほどの煩悩があるのかすら疑問だった。
どうでもいい。早く家に帰って、何も考えずに眠りたい。
アパートまであと少し、というところで、通りかかった寺の前に人が集まっているのが見えた。
除夜の鐘を撞いているのだろう。通り過ぎようとした、その時だった。
「あんた、最後に一つ、撞いていきなさい」
寺の表に出ていた住職らしき老人が、俺に声をかけてきた。
別に撞きたくなんてなかったけど、断るのも億劫で、言われるがままに鐘楼へ向かう。
「先ほどの鐘が、百七回目でしたので、これが最後になりますな」
重そうな撞木を構え、言われた通りに鐘を撞く。
ゴォォォン……と、これまでで一番、大きく、そして長く響く鐘の音。
その瞬間、体の芯から、今までずっと詰まっていたような…
重くて淀んだ何かが、すぅっと音もなく抜け出していく感覚に襲われた。
「……っ!?」
一瞬、息が詰まる。なんだ? 今、俺の体から何が……。
「はい、これで百八回目でしたな」
住職の穏やかな声で現実に引き戻される。
体の感覚は元通り。気のせいか?
「百八って確か……煩悩の数、でしたっけ」
「ええ。人の持つ煩悩は百八あると言われております。
あれこれ悩み、苦しむ元となる……それを払い清めるのが、この除夜の鐘でございます」
煩悩。悩み。苦しみ。
「はあ……」
どうでもいい。俺には関係ない話だ。
そんなもの、とっくの昔に空っぽになっていると思っていた。
住職に軽く頭を下げ、俺は再びアパートへの道を歩き出した。
さっきの体の感覚は、一体何だったんだろうか。
少しだけ気になったけれど、すぐにどうでもよくなった。
家に帰り着き、鍵を開ける。
いつもの、変わり映えのしない俺の部屋。
ただいま、という相手もいない。
無気力な日常が、また始まる。そう思っていた。
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そうだ、思い出した…除夜の鐘だ。
先ほどもこの羅璃というギャルの形をした赤鬼が「お前から生まれた」というようなことを言っていた。
そもそもこのSNSも発達した現代に鬼とか非現実的な妖怪の類が存在するのも不自然すぎる。
かといって、著名でも何でもないただの大学生の家にドッキリもあるまい。コスパ悪すぎる。
スマホでざっと検索してみるが赤鬼コスプレとかおもちゃの類しかヒットしない。
こうなったら…
「あの…羅璃さん」
「ああん?何?…いつまで出発の準備掛かるん?」
カシャ
スマホのカメラで撮影してみた。
メモリの中の写真には、ちゃんと写っていた。
「あ、何?美しい羅璃のことフォトで残してくれるの?」
妖怪の類なら写真には写らないと思っていたが、そんなこともないようだ。
「SNSとかに上げるなよな…プライバシーの侵害ダゾw」
羅璃は顔を寄せて写真を見るとニカっと笑った。
「いやー可愛く撮れよな~こんなカンジ!」
なんか、スマホ取り上げられて自撮り大会が始まった。
ダルい…ナニコレ…
躍起になって調べてもどうにもならないという事もあるだろうが、ダルさが勝ってどうでもよくなった。
面倒くさい。
しかし、羅璃はちょっとした反応をした。
「翔平なんかした?」
何かしたとは?
「ラリってボンノー!!」
なんか不思議な踊りをして嬉しそうに言う。
「早速鳩尾の文様が少し消えたぞ!『癡』だなここは!」
「何ですか?チって?」
羅璃は「えぇ~」という露骨な表情をしながら言う。
「『癡』は無知の『ち』もあるけど、知らないことに対する恥の煩悩だよ。
それが一つ消えた。翔平がこれまで知らなかったことに対して好奇心をもって知ろうって思ったってことだよ。何を知ろうとしたの?…あ」
羅璃な口が裂けそうなくらいの口角いっぱいの笑みを浮かべて笑う。
こいつやっぱり妖怪か何か?…ただ、恐怖は沸かない。何でだろうか?
「羅璃の魅力にヤラレタ?スリーサイズとか?」
「そういうの良いんで…」
「ムキー!!お前ホントに…ニヒ…」怒った風なリアクションが続かずニヤける羅璃。
「いいぞ!!やっぱ羅璃が来たからだな!こんなに早速効果が出るって超ウケる~
あはは…スリーサイズはさて置き、羅璃のこと興味持ってくれたんでしょ?」
クルクルと表情が変わるに圧倒される。
「ホラ!!ジャンジャン行くぞ!ホラ外出るぞ!さっきから何も準備が進んでないぞ!」
「準備も何もそもそも何もないです」
ファッションも何も興味がない俺は着の身着のままで楽な格好で普段から過ごしている。
「うっわ、最悪…時間の無駄ジャン…じゃあ立ちなよ!ほれ」
ベッドから引きずり落とされた時のように強制的に立たされて引っ張られる。
どうやら、この羅璃のことをどうにかしようと少し調べただけだが…
だがそれが、無知に対する前向き行動と捉えられて反応したという事だになるのか…
こんなに簡単に感応するなら、意外と早く昇華出来るのではないかと思いつつ…
それ以上考えるのが面倒になったので、黙って羅璃に付いていくことにした。
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