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第十八話:ライブハウス・ライフハウリング

 高橋先輩のバンドのライブは、三軒茶屋のライブハウスで行われるらしい。


 ダルい。

 三軒茶屋なんて、普段降りることもない駅だ。

 ネットで調べたところ、そういった店や人が集まり割と有名らしい。

 全く興味がなかったので本当に縁がなかった。


 そして、『ライブハウス』…行ったこともない場所。


 高橋先輩に教えてもらったライブハウスの住所を頼りに、羅璃(ラリ)と共に三軒茶屋の街を歩く。


 羅璃(ラリ)は新しい服を着て、上機嫌だ。


 俺も、新しい服と髪型で、少しだけ…ほんの少しだけ、いつもよりダルさが少ない気がする。

 でも、ライブハウスという未知の場所への不安の方が大きい。




 細い路地に入っていくと、それらしい場所が見えてきた。

 ライブハウス。

 想像していたよりも、ずっと入り口が狭くて、古びている。


 雑居ビルの地下にあるらしく、入り口のドアも小さくて目立たない。

 中から、かすかに音が漏れてくるけれど、それがどんな音なのかもよく分からない。


(…やめようかな…)


 覚悟を決めて来たつもりだった…でも未知に対する抵抗…怖気づいた。


 こんなところに、入るのか? 何が待っているのか分からない場所。

 人がひしめき合っているであろう場所。


 ダルい。


 面倒だ。

 …帰りたい。



 何度も引き返したくなった。

 羅璃(ラリ)に「やっぱりダルいから帰る」と言おうかと思った。


 でも、羅璃(ラリ)は、期待に満ちた目でライブハウスの入り口を見つめている。

 彼女の身体に残った少なくなった文様。


 それを全て消すためには、俺は進まなければならない。


 すると、俺たちの横を、それらしい若者たちが通り過ぎていく。

 黒っぽい服を着て、少しだけ尖った雰囲気の人たち。

 彼らは、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、吸い込まれるようにライブハウスの狭い入り口に入っていった。


 それを見て、俺は…意を決した。


 彼らにできるなら、俺にもできるはずだ。

 それに、ここで引き返したら、羅璃(ラリ)に何を言われるか分からない。

 そして、何よりも…自分でチケットまで買ってしまったんだ。もう、後戻りはできない。


「…行くぞ」


 俺は、小さく呟いた。羅璃(ラリ)は、俺の言葉を聞いて、ニッと笑った。


「うっし! 行こうぜしょーへー!」


 羅璃(ラリ)は俺の手を掴み、迷いのない足取りで、狭い入り口へと進んでいく。

 俺も、羅璃(ラリ)に引っ張られるように、その奥へと足を踏み入れた。




 ライブハウスの中は、想像以上の光景だった。


 入り口からは想像もできないくらい、奥行きがあり、そして…みっしりと人で埋め尽くされていた。

 薄暗い照明の中、立ち見の観客が隙間なく詰めかけている。

 熱気と、独特の匂い。そして、何よりも、その人の密度に、俺は息を飲んだ。


「うわ…」


 思わず声が漏れた。

 羅璃(ラリ)も、少しだけ目を丸くしている。

 羅璃(ラリ)でも、この人の多さには驚いたらしい。



 身動きが取れないくらいの人の波に、俺は圧倒された。

 周りからは、期待感に満ちた話し声や、笑い声が聞こえてくる。


 皆、これから始まるライブを楽しみにしているようだ。

 その熱気に、俺は完全に場違いな気がした。


 ダルい。

 帰りたい。

 …早くここから出たい。



 羅璃(ラリ)に引っ張られるまま、ドリンクを引き替えて、どうにか壁際の方に移動する。

 少しでも人から離れたかった。



 そして、会場が暗くなり、ステージに照明が灯った。観客から歓声が上がる。


 ステージに現れたのは、四人の人影だった。

 白い照明に照らされ、その姿が明らかになる。


 バンドメンバーは、皆、白いゴシックロリータファッションに身を包んでいた。


 レースやフリルがふんだんに使われた白い衣装。


 だが、その中に、黒い革ベルトや、黒いネクタイ、衣装のアンダーに黒が使われているなど、ワンポイントで黒が取り入れられていて、それが特徴的だった。


 白い衣装なのに、どこか退廃的で、耽美な雰囲気を感じさせる。

 バンド名は「白き堕天使達(ルクスフォールン)」。まさにその名前にふさわしい出で立ちだ。


 センターに立ったのは、ギターを持った人物。


 高橋美里先輩だ。


 普段のコンビニバイトのサバサバした感じとは全く違う。

 切れ長のアイメイクに、真っ黒なリップ。

 白い肌に黒いメイクが映えて、まるで別人だ。


 事前に聞いていなければ、高橋先輩だとは分からなかっただろう。



 マイクの前に立った高橋先輩が、話し始めた。



「今日は、よく来てくれました! 『白き堕天使達(ルクスフォールン)』です!」


 会場から、割れんばかりの拍手と歓声が上がる。

 高橋先輩は、普段のバイト中とは違う、堂々とした、カリスマのような雰囲気を纏っている。


「ボーカルの…ミサトデス!」


 高橋先輩…ミサト先輩が、自身の名前を告げた。


 そして、メンバー紹介が続く。

 ミサト先輩の隣にいる、同じく白いゴシックロリータファッションの人物にスポットライトが当たる。

 ギターを持っている。


「ギター…サクラ!」


 ミサト先輩の紹介が終わるか終わらないかのうちに、その人物がギターを掻き鳴らした。

 ギュイィィィィン!

  激しい、耳をつんざくような、でもどこかゾクゾクするようなギターソロが、ライブハウス中に響き渡る。そのテクニックは、素人目にも尋常ではないと分かった。


(…サクラ…?)


 その名前を聞いて、俺の頭の中に、微かな違和感が生まれた。

 どこかで聞いたことのある名前のような気がするが、こんなところで…?


 次に、ステージ奥にいる人物にスポットライト。

 ベースを持っている。

 ドゥンドゥン…ドゥドゥンドゥド! 低音が腹に響く。


「ベース…アヤカ!」


 そして、ドラムセットに座った人物にスポットライト。

 ダララララバーン! ドラムが激しいリズムを刻む。


「ドラム…モエカ!」


 メンバー紹介が終わり、会場のボルテージは最高潮に達している。

 観客の熱狂は、俺をさらに圧倒した。そして、ミサト先輩が、再びマイクに向かった。


「それでは聴いてください! 『光の矢(Arrow of Light)』!」


 ズンッ!ズンッ!ドォォォォン!


 轟音と共に、一曲目が始まった。

 ベースとドラムが重厚なリズムを刻み、そこに二本のギターが、荒々しくも美しいメロディとリフを重ねる。


 そして、ミサト先輩の、ハスキーなのに力強い歌声が響き渡る。

 

 爆音。


 振動。


 全身が音に殴られるような、強烈な感覚。


 街中で流れている流行歌くらいしかまともに音楽を聴いてこなかった俺にとって、このライブの迫力は、まさに五感を直接叩き起こされるようなものだった。


 今まで、音楽に感情を動かされることなんてなかった。

 ただの「音」としてしか認識していなかった。

 でも、今、俺の全身を揺さぶる音圧、肌を刺すような振動、耳をつんざく轟音は、俺の心臓を早鐘のように打たせた。脈拍が上がる。身体が熱くなる。


(…なんだ…これ…)


 圧倒される。


 でも、どこか、心地よい。

 怖いような、でもワクワクするような、不思議な高揚感。


 ただボーっと立っているのが、なんだか恥ずかしくなった。

 周りの観客は、皆、身体を揺らしたり、手を上げたりしている。

 それに合わせて…俺も、微かに身体を揺らし始めた。


 隣にいた羅璃(ラリ)は…もう、とっくに弾けていた。


 ノリノリで身体を揺らし、歌に合わせて口ずさみ、キラキラした瞳でステージを見つめている。

 彼女こそが、このライブの熱狂を最も体現しているようだった。



 曲は何を言っているのか、爆音と英語も混じる歌詞のせいで半分以上は聞き取れなかった。

 でも、ハスキーボイスのミサト先輩の歌声には、何かを「伝えよう」とする強い力があった。

 それは、歌詞の意味を超えて、感情やメッセージを直接心に届けるような力だ。


 この音で殴られるような、全身で音楽を浴びるような経験は、俺にとって初めてだった。

 ----------

  立ち止まるな 闇を越えろ!!!!

 ----------

 最後のコーラスで、ミサト先輩の絶叫が突き刺さる。

 まさに、いま俺がこのライブハウスに足を踏み入れるために必要な言葉だった。


 一曲目が終わり、会場は再び割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 ミサト先輩が、息切れした様子でマイクに向かった。


「『タイトル:光の矢(Arrow of Light)』でした!」


 観客のボルテージは、一曲終わっただけなのに、さらに上がっている。

 ミサト先輩は、少しだけ息を整えた後、短いMCを始めた。


「今日は…私たち『白き堕天使達』のライブに、来てくれて…本当にありがとうございます!」


 ミサト先輩は、感極まっているような、でも力強い声で語る。

 ライブハウス全体が、ミサト先輩と観客の間の、熱い一体感に包まれている。


 俺は、その一体感を感じながら、ふと、先程の微かな違和感の正体を考えていた。


 サクラ。

 ギタリストの名前。


 どこかで聞いたことがあるような…


 その時、俺の視線が、ステージに立っているギタリストに吸い寄せられた。

 白いゴシックロリータファッションに身を包み、ギターを持ったまま、観客に小さく手を振っている。

 切れ長のアイメイクと黒いリップ。普段の姿とは全く違うけれど…


 ギタリストが、ふと、俺の方を見た。そして…目が合った。


 ギタリストは、俺の顔を見た途端、微かに目を見開き、「あ…」と、小さく、しかしはっきりと分かる声を出した。



 その瞬間。

 俺の頭の中で、全てが繋がった。


 あの顔立ち。あの雰囲気。そして…「サクラ」という名前。


 違う。ありえない。でも、間違いない。



「…天宮司さんだ!」


 俺は、心の中で、叫んだ。大学の講義で一緒になる、マドンナ。

 神主の家系で、羅璃(ラリ)の正体を見抜いた人物。天宮司さくらさん。


 彼女が、今、目の前で、白いゴシックロリータファッションに身を包み、激しいギターソロを掻き鳴らしている。


 俺の「ラリった世界」は、またしても、予想外の展開を見せた。

 コンビニのバイトの先輩が、バンドマン。そして、大学のマドンナが、そのバンドのギタリスト?


 ありえない。でも、目の前の現実が、それを物語っている。


 轟音のライブハウスで、俺は、新たな驚愕と混乱の中に放り込まれた。

 そして、天宮司さくらという人物が持つ、見えない側面を知ったことで、羅璃(ラリ)という存在に対する、そして、この「ラリった世界」に対する、俺の認識は、さらに深まっていくことになった。


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