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プロローグ:元旦俺部屋に赤鬼ギャル

 朝日が差し込み始めた部屋で、俺は目を覚ました。


 いつもの、何もない天井。

 いつもの、何も変わらない部屋。


 ダルい朝だ。二度寝しようかと思った、その時。

 視界の端に、何か、違和感のあるものがあった。



 …あれ? 何か、いる?



 ゆっくりと視線を向けて、俺は固まった。


 ベッドサイドの、何も置いていないはずの床に、誰かが立っている。

 しかも、とんでもないのが。



 燃えるような赤色の肌。


 染めたのか地毛なのか分からない金髪と黒髪のストライプカラーで

 ハーフツインテ?で緩やかなウェーブのかかった髪は肩まで伸びている。


 頭からは、尖った二本の角が伸びている。


 全身には、見たこともない禍々しい文様が、まるでタトゥーかアザのようにびっしりと刻まれている。

 なのに、顔立ちは妙に整っていて、大きな瞳はギラギラと輝いている。

挿絵(By みてみん)

 そして、身に纏っているのは、どう見ても都会で見かける派手なギャルファッションだ。

 ミニスカートに派手なへそや肩が隠れないトップス、ダボ付いたソックスに厚底ブーツ。

 そのアンバランスさが、目の前の存在の異常さを際立たせていた。



「…え?」

 思わず声が漏れた。


 状況が理解できない。


 寝ぼけているのか? 悪い夢でも見ているのか?



 赤鬼ギャルは、俺の戸惑いを楽しむようにニヤリと笑った。


「あー、やっと起きた。つーか、アンタまーじで無気力過ぎてキモいんですけど。

 生きてる意味とかあんの?」


 けたたましい、耳障りな声。開いた口の中には立派な犬歯が並んでいる。

 聞いているだけでダルくなるような、遠慮の欠片もない物言い。


 なんだこいつ。どうして俺の部屋にいる?


「誰だ…あんた…」

 恐怖で声が震えた。



 現実じゃない。こんなこと、ありえない。



「えー? 私、羅璃(ラリ)

 あんたの煩悩(ぼんのう)と抜けた生きる活力が具現化した、超キュートな赤鬼ギャル様だよん!」


「は…?」


 羅璃(ラリ)と名乗るソイツは、胸を張って言った。

 煩悩? 活力? 具現化? 何を言ってるんだろうか…この人…いや人か?

 頭がおかしいのか? それとも俺がおかしくなったのか?


「いや、意味わからないです…てか、何勝手に人の部屋に上がり込んでるんですか…!

 出てってもらえますか?!」


 布団から半身を起こして、羅璃(ラリ)を指差す。

 早くこの非現実的な状況を終わらせたい。


 羅璃(ラリ)はフン、と鼻を鳴らした。

「は? 何言ってんの? 出てけるわけないじゃん。

 私、あんたの体から出ちゃったせいで、このままだと消滅しちゃうんだけど?

  あんたに生きる気力取り戻してもらわないと、困んの、私なんだから!」


「消滅? 知りません… けど、消えるならご自由に」


「うっわ、マジ鬼畜〜!

  そーいうとこがマ・ジ・で、無気力っつーかクソダルいっつーか、ヤバイんだって!

 だから、私が強制的にアンタに喝入れて、生きる楽しさ教えてあげなきゃなんないワケ!」


 一方的にまくし立てる羅璃(ラリ)は、俺の拒否を全く聞く耳持たない。


 そして、次の瞬間。


「ハイ! じゃ、早速だけど今日から一日中付き合ってもらうから!

 とりま街とか連れ回して、アンタのくすんだ目に鮮やかな色を焼き付けてやる!」


 羅璃(ラリ)は俺の腕を掴むと、強引にベッドから引きずり下ろした。


 その力強さに、俺はなす術もなかった。

 物理的に抵抗するのもダルいし、何より目の前の現実についていくのが精一杯だった。


 羅璃は俺を引っ張ると、テキパキと身支度を始めた。

 何処から出したか着崩したスカジャンに首元マフラーだけど、へそ出し、肩だしは止めないつもりらしい。

 その間、俺はぼうぜんと立ち尽くしていた。まだ頭の整理がつかない。



「っつーか、何突っ立ってんの? 早着替えばっか見てないで、アンタも準備しなよ!」

 羅璃がジロリと俺を睨む。早着替え? 俺、何か見てたか? ああ、羅璃の身体。


 改めて、目の前の羅璃を見る。真っ赤な肌。渦巻く禍々しい文様。


 そして、その肌を隠しきれていない、際どいギャルファッション。

 ミニスカートからは健康的な太ももが覗き、胸元も結構開いている。


 一般的な感覚なら、いやでも目に焼き付くような、刺激的な光景のはずだ。


 俺は、ただ純粋に、その身体に刻まれた文様や、肌の赤さについて考えていた。

 どういう原理でこうなってるんだ?


 すると、羅璃(ラリ)が俺の視線に気づいたらしい。

 ニヤリと、自信満々な笑みを浮かべた。


「ふーん? しょーへーも、やっぱ男じゃん? 私のナイスバディに見惚れちゃったわけ?」


 そう言って、羅璃(ラリ)はわざとらしく腰をくねらせ、胸元を強調するように体を傾けた。

 挑発的な視線を送ってくる。

(うわ、すげぇ腰の動き…何そのポーズ。モデルとかやってんのか?)


 俺は、彼女のプロっぽい(ように見える)ポージングに、感心とも呆れともつかない感情を抱いた。

 煩悩がどうとか言ってたけど、こいつ、すげぇ承認欲求強そうだな。


「…別に。その文様見てただけ」


 俺は正直に答えた。煩悩とかどうでもいいから、早く元の生活に戻りたい。

 そのためには、こいつが消える条件を知る必要がある。


 俺の言葉を聞いた羅璃(ラリ)の顔から、さっきまでの自信満々な笑みが消え失せた。

 代わりに浮かんだのは、驚愕と、そして…憤慨?


「はぁぁぁぁぁ!?!? は? モヨウ?

 私のこの完璧なナイスバディを前にして、モヨウとか見てんの!?

 マジありえんのだけど!? あんた、本当にチ〇コあんの!?!?」


 羅璃(ラリ)がキレた。顔を真っ赤にして(元々赤いけど)、瞳を吊り上げて俺に詰め寄る。

「色気とか、ナマめかしいとか、ドキドキするとか、そういう健全な(?)欲望は!?!?」

「別に…そういうのないから」


 俺は淡々と答える。別に嘘じゃない。本当に何も感じないんだから仕方ない。


「なっ…! ウッソだろ!? ちょっと! これ見ても何も感じないワケ!?」

 羅璃(ラリ)は信じられない、という顔で自分の胸元をさらに強調したり、スカートの裾をひらめかせたりと、ありとあらゆる「お色気アピール」を繰り出してきた。

 一つ一つの仕草は、確かに世間一般で言うところの「色っぽい」ものなのかもしれない。

 露出度も高いし。


 しかし、俺の心は氷のように冷たいままだった。

 何も響かない。全く、これっぽっちも。

(なんか、大変そうだな…こんな一生懸命アピールして。疲れないのかな)


 むしろ、羅璃(ラリ)の必死な様子を見て、俺はどこか冷静に、分析的な視点で彼女の行動を観察していた。

 俺の全くの無反応に、羅璃(ラリ)はついに頭を抱え込んだ。


「ヤバ…ヤバすぎる…このしょーへーって奴、マジで欠陥品じゃん…私の存在意義に関わるんだけど…」


 ブツブツと何かを呟きながら、羅璃(ラリ)はガックリと肩を落とした。

 さっきまでの威勢はどこへやら、急に弱気になった羅璃(ラリ)を見て、少しだけ、ほんの少しだけだが、気の毒なような、同情するような気持ちになった。



 その時、俺はふと、ずっと気になっていたことを口にした。


「改めて…その、身体の文様」


 俺の言葉に、羅璃(ラリ)は顔を上げた。まだ少し呆然としている。


「これ。なんだかよく分かりませんが、すげぇ禍々しい感じの文様。これって何ですか?」


 羅璃(ラリ)の赤色の肌に刻まれた、黒っぽい、複雑な線や図形。

 それは服で隠しきれていない部分にもびっしりと広がっていた。

 見ていると、妙に落ち着かない気分になる。


 俺の質問に、羅璃(ラリ)は溜息をついた。そして、表情を少し真剣なものに変えた。



「あー…これね」


 羅璃(ラリ)は自分の腕に刻まれた文様を指先でなぞった。


「これはね、アンタが今まで見て見ぬふりして、心の奥底に押し込めてた『煩悩』が、私の体を縛りつけてる『呪印』みたいなもんなんだよ」


「呪印…?」


 煩悩が呪印? 意味が分からない。


「そう。食欲とか、物欲とか、怒りとか、嫉妬とか、めんどうくさい人間関係とか、将来への不安とか…アンタが『ダルい』とか言って向き合ってこなかった全部」


 羅璃(ラリ)は俺の目をじっと見た。

 その瞳の奥には、さっきまでのおどけた様子とは違う、何か強い光があった。


「それが、私という存在を形作り、同時にこうやって私の体を縛りつけてる。

 だから、私がこんな禍々しい見た目なのも、性格がワガママで騒がしいのも、全部アンタの煩悩のせい!」


「俺のせい…?」


 なんだか理不尽な言い分だと思った。

 勝手に現れておいて、俺のせいだと?


「そうだよ! で、この呪印…この文様が消える条件はただ一つ。

 アンタが、その文様になってる煩悩とちゃんと向き合って、受け入れて、そして乗り越えること」


 羅璃(ラリ)は続ける。


「アンタが煩悩を一つ克服するたびに、私の体から文様が一つ消える。そして、文様が全部消えたら…」


 羅璃(ラリ)はそこで言葉を切った。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女の表情に期待のような、あるいは少し複雑なもののようなものが浮かんだ気がした。


「文様が全部消えたら、私は完全に自由になる! この煩悩の呪縛から解放されるんだ!」


 羅璃(ラリ)は肩をすくめた。

 どこか吹っ切れたような、でも少し切羽詰まったような響きを含んだ声だった。


「だから、私は必死なの! アンタが煩悩を抱えたまま無気力だと、私もこの禍々しい姿のままだし、下手したら存在すら不安定になる。

 私の綺麗な肌を取り戻すためにも、そして…完全に自由になるためにも、アンタには絶対に煩悩を解放してもらわなきゃ困るわけ!」


 相変わらず意味不明な状況だけど、羅璃(ラリ)の身体の文様が、俺の無気力さと深く関係していることだけは理解できた。

 そして、この赤鬼ギャルは、自分のためにも、俺を巻き込んで騒動を起こし続ける気満々なのだろう。



 全く、ろくでもないことになった。



 ダルい、という気持ちと同時に、ほんの少しだけ、未知への戸惑いが湧き上がってきた。



「…ほら、早く行くぞ! こんな無気力な奴、一刻も早く人間らしい感情取り戻させないと、私がおかしくなる!」


 羅璃(ラリ)が再び俺の腕を掴み、玄関へと引きずっていった。


 こうして、俺の無気力な日常は、煩悩まみれの赤鬼ギャルによって、問答無用にかき乱され、そして「煩悩解放」というよく分からないミッションが加わったのだった。

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