096 - クランハウスは相変わらず爛れている
今日も今日とてのんびりとログイン。
水晶竜を退けて以来、島には何のトラブルもない。街の整備も順調だ。
こうなると俺には仕事がなく、念願のスローライフを享受しているところである。
「フルル、メニーナ、おはよう」
「あっ、トビくん。おはようございマス」
「お、おはようございます……!」
ここ最近、ログイン頻度が高いのはフルル。
テストを終えてもうすぐ夏休みという楽しい時期だ。
メニーナの場合はいつも拠点にばかりいるので、ログイン頻度というより顔を合わせるタイミングが多いというのが正しい。
ふたりは揃って一階の調合室にいて、フルルの方はポーション作りに励んでいる。
メニーナは……乳鉢を使って何かをごりごりとすり潰しているが、一体なんだ?
「なにそれ、薬草?」
「い、いえ……鉱物です。上等なものを頂いたので、まとめて絵の具にしておこうかと……」
この世界の絵の具ってそこから作るのか。
大変というか、ゲームの中でも金のかかる趣味だなあ。
「メニーナさん、王国の商家の方からお呼ばれしたそうですよ」
「王国? 商家?」
「は、はい。沈没船のヒントをくれた方で……」
ああ、海の隠しボスの話か。
そういえば、メニーナが〈絵画魔法〉を手に入れたのも、沈没船に眠っていた絵画がきっかけだった。
たしかメニーナは、沈んだ絵画の本来の持ち主である商家から海賊団の情報を手に入れたとかいう話だ。
「改めてご挨拶に伺って、魔法についても色々教わったりして……」
「へえ、それはよかったな」
「はい。絵の具が持つ属性によっては描くモンスターとの親和性があったりとか、モンスターの一部だけを描いて魔力や時間を節約したりとか……」
待て待て。
あの魔法、まだ強くなるのか?
絵を描くタイミングで相当な隙を晒してしまう都合上、競技やPvPには向かないかもしれないが……ここ最近の防衛戦ではMVP級の働きをしていた魔法だというのに。
「わ、私に使いこなせるかはわからないんですけど……」
とか言いながら、メニーナはアイテムポーチの中から小さな羊皮紙の切れ端を取り出した。
簡単な墨と筆でするすると描いたのはタコの触手だ。
魔物の全身を描いたわけでもないのに、完成したタコ足は紙の中からにゅるりと這い出て、椅子に腰掛けた俺の前でぶんぶんと手を振った。
ただしその足の付け根は、紙の上に絵として収まったままだ。
「あれ? 全部は出てこないのか?」
「い、一部のみを描いた場合は、紙の中から完全に出てくることはありません」
なるほど、自由度はかなり下がるな。
あくまで節約術か。
「あ、でも力はしっかり強いですよ」
メニーナがそう言うと、触手はにゅるっと伸びて、俺の腕を掴んだ。
「えっ?」
あっという間に両腕を絡め取り、後ろ手で固めるように俺を拘束するタコ足。
メニーナはニコニコとして「ね、強いでしょう?」「一部だからといって力が落ちることはないみたいです!」などと解説をするが、これは俺、どうすればいいのだ。
「なんかえっちですねえ」
黙っててくれ、未成年。
フルルは興味深そうに絵を見物し、そのまま椅子の上で拘束された俺の前までやってくると、ぽすんと膝の上に座った。
「おい」
「イイじゃないですか、暇なんですよう」
どっか攻略かPKでもしにいけよ。
などと文句を言おうと思ったが、ぐっと力を込めて押し付けられるアバターの柔らかさに言葉が詰まる。
メニーナは微笑ましそうにこちらを見守っている。
助けてくれ、というか拘束解いてくれ。
一方膝の上に乗ったフルルは、ふと気まぐれのようにくるんと身体を回転させ、俺にぎゅうと抱きついた。
「ふ、フルル……?」
「うふふ、トビくん隙だらけですねえ。この距離ならメンデルを出すよりボクのナイフのほうが早いですよ」
そのセリフ、本当に言ってるやつ初めて見たぞ。それも天然物だ。
なんてどうでもいいことを考えていると、フルルは「かぷっ」と俺の首筋に甘く噛み付いた。不意打ちである。
「……っ!?」
「ボク、ただ殺すのが好きってわけでもないんで、さすがにナイフは出さないですケド……こうも無防備にされるとイタズラしちゃいたくなりますねえ」
首をはむと甘噛みしながら、もごもごとした声でフルルは言う。
その細い舌が皮膚を這い、唇がちゅっとリップ音を奏でるたびに、俺の身体が跳ねそうになるのをフルルは身体で抑え込んだ。
やわらかな腰と胸が、ずっしりとした質感でのしかかる。
「わ、わあ〜……」
メニーナはただ見ている。
やや気恥ずかしそうに、けれど目は逸らさず興味津々に。相変わらず拘束を解く気はない。
「そういえば、トビくんは魔法どれくらい育てたんですか?」
甘噛みを繰り返しながら、フルルは耳元で言う。
正直あまり頭に入ってこない。魔法を育てた……育てたってなんだ? スキルの熟練度の話か?
「メニーナさんの魔法はNPCとの交流で強化されたんですよね?」
「う、うん。そうだね、多分そうだと思う」
「イイですねえ。ボクはショップで買えるものはほぼ掻き集めたんですけど、NPC交流の必要な呪文はまったく持ってないんですよね」
……ショップ? NPC交流? 呪文?
色々と分からないワードに疑問符を浮かべる俺に、フルルは耳元でふっと息を吹きかけてから尋ねた。
「あの、トビくんってもしかして……魔法スキルほとんど育ててなくないですか?」
…………。
そういえば、と俺は考える。
俺の夜属性魔法、まったく呪文増えてなくない?
初期から使えるエンチャント・ノクスとクレセントエッジばかり使って満足していたが、よくよく考えると……これだけ時間が経って戦闘もして、ひとつも呪文が増えていないなんてことあるのか?
「ま、魔法って……熟練度で呪文が増えるわけじゃないの?」
「じゃないですねえ」
マジですかトビくん、とフルルは呆れたように解説する。
「主な入手方法は本屋で売ってる魔導書だとか、特定のイベントをこなす、NPCとの交流で教わるとかですかね」
「し、師匠NPCとかって皆さん言いますね……私の場合は先程お話した商家の当主様と、水魔法の師匠が他にもいます」
なんだそれは。
本当に何ひとつ知らない要素だ。誰か教えてくれたっていいのに!
「いやあ、まさかこんな基本的なことを知らないとは思わず」
「よ、夜属性の魔法ですよね? フルルちゃん、お店で見たことある?」
「魔導書は心当たりないです。特殊な属性ですし、何かイベントか交流が必要なのでは?」
それはそうかもしれない。
ただひとつ問題があるとすれば──
俺が夜の魔法を手に入れたときのやり方は、ある意味での裏技というか抜け穴的だ。
本来、夜の魔法はPKや犯罪プレイヤーの専売であり、となればその成長要素も彼らによって秘匿されている可能性が高い。
ならば呪文を増やすための段取りは、人より少し複雑になるかもしれない。
「これこそ情報網の使いどころだな……街のみんなに相談してみるか」
せっかく大勢が集まっているのだし、と俺は立ち上がろうとするが、相変わらず腕にはタコ足が絡まり、膝の上のフルルがぐっと俺を抑え込む。
ふにゅっと柔らかな女体の下敷きにされるようで、さっきから妙な気分だった。
首筋の上で連続して跳ねるリップ音に、腰がぞくぞくと仰け反りそうになる。
「あ」
と、フルルが声を漏らした。
彼女は何かを確かめるようにぐりっと腰を強く押しつけ、失笑するような表情で俺を見下ろす。
「トビくん」
「…………」
「おーい、トビくん。なんか硬いんですけど」
スイッチ入っちゃいましたねえ、とふたりは笑った。
*
第7章 - The Underground Colosseum
都市開発:進行中
周辺環境:異常なし
習得魔法:夜属性二種、結晶属性二種




