094 - 戦争と報復/エピローグ
島に築いた茨の防壁は、アンデッドの消滅が確認され次第、ひとまず撤去することになった。
なにせ景観がよくない。必要になれば、また作ればいいのだから。
そういうわけで、イベントのリザルト確認である。
ドロップについては、これはもう豪華だった。
今までのボスは雑多な汎用素材とレア素材がひとつふたつ、という感じのドロップだったが、今回に関しては捨てるところがない。数も膨大だ。
爪には研磨加工によって強力な切断属性がつき、鱗には水晶の核となって魔力を増強する特殊な能力があるという。
水晶のほうも、魔法触媒であったり、魔力によって硬度の増す防具素材だったり、色々と用途がある。
……ここまでが普通のリザルト。
今回、普通じゃないリザルトがあとふたつある。
ひとつはスキルである。
「結晶魔法……ウーリ、知ってる?」
「まったく聞いたことないね。でもたしかに取得できるようになってる」
経験点をどう使おうか考えていたところ、スキル候補にしれっと紛れ込んでいた知らないスキル〈結晶魔法〉──まあ間違いなくクアルアーラ関連のスキルだ。
俺やウーリだけでなく、他のみんなも取得できるようになっていたようなので、討伐報酬のひとつなのだろうな。
「どうする?」
「私は取ろうかなあ。経験値は余裕あるし、本採用は試しに使ってみてから考える」
「わ、私はやめておきます……今の魔法だけでも手一杯だし、頭こんがらがっちゃうので……」
ウーリは取得、メニーナは見送り。
シザーも取らないだろうな。物理攻撃の威力を落とさないために、魔法は極力取らない方針だとか。
「俺は取ってみるか」
経験値には余裕がある。
スロットが足りないので本採用はまだ先だが、まあお試しで。今までの傾向的には、ちょうどあと一体ボスを倒せばスロットが増えそうな予感がするのだ。
さて、もうひとつのリザルトは──
俺たちが最後にクアルアーラを倒した森の中、ちょうど島の中央部だ。
そこら一帯が、水晶に侵蝕されていた。
あたり一面の木々や地面が水晶っぽい装いの破壊不可オブジェクトと化し、そこからさらに採取可能な小型の水晶がぽこぽこと生えている。
「おお、今日も復活してるねえ」
「あ、相変わらず綺麗ですね……!」
なんてウーリとメニーナが言う。
昨日──つまりクアルアーラを倒した直後に採取した分が、今日たしかに復活している。
となると〈金の成る木〉や他の採取ポイントとも同じ、一日一回補充される半永久的リソースになったわけだ。
なお、ここで採取できる水晶だが──
「ええと、その……どう考えても今の進行度で採れていい素材ではないですね」
──と、ビルマーに言わしめた品質である。
俺には専門的なことは分からないが、魔法触媒としてきわめて優秀らしい。少なくともリスクなしに採取できていいものではないとのこと。
水晶竜クアルアーラ。
本来なら、もうしばらくあとで出てくる予定のボスだったのだろうか。俺たちが偶然、なにかの条件を満たしてしまっただけで。
「要するにレベル帯に見合わないアイテムってことだよな。加工はできるのか?」
「練習は必要ですが、それ自体は問題ないかと。ただ……」
「ただ?」
「トビさんが扱うなら、いよいよ誰も追いつけなくなりますね。装備の性能かなり上がりますよ」
おっと、ここまでストレートに言われるとは。
まあ大丈夫だろう。なにしろ今のメイン武器である殺人彗星には、水晶をあしらうスペースがない。強化されるのは新規の装備品か、あるいは月人の処刑か……なので少なくとも攻撃力に関しては、目に見えた大幅強化にはならない気がする。
「それに、独走してるのが俺たちだけとも限らない」
「はい?」
俺たちは自分たちの成果をそこそこオープンにしているほうだが、一方で進行度を秘匿・独占しようと考えるプレイヤーは少なくない。特に競技に本気なやつらは手の内を晒したがらない。
そう思ったきっかけは、今回出会った刺客三人衆だ。
人魚にメデューサ、コウモリ人間──あんな人外ビルドがあるなど知らなかったし、調べてみてもヒットしなかった。
俺が知らないのはともかく、ネット上に転がっていないということなら……彼らは他とは違う進行度にいるプレイヤーだったのだろう。
そういうやつは、きっと他にもいる。
「まあ別に競ってるわけじゃないし、なんだっていいけどな」
色んな遊び方がある──
それだけ面白いゲームだということだ。
ひとまずの確認を済ませると、ヴェルデブールでの都市開発は再び動き出した。
現実世界のように、建物ひとつの組み立てに何ヶ月の月日がかかる──なんてことはない。職人たちが各種スキルや魔法によるショートカットを活用し、次々に町並みが組み上がっていく。
これからしばらくは、平穏な時間が続いてくれるはずだ。
……そういえば、今回侵入した三人の刺客についてだが、イベント後から島内への侵入不可を設定できるようになっていたので、あの蛇髪くんだけ閉め出しておいた。
他のふたりは真っ当にロールプレイや競技を楽しんでいたっぽいので、今後もし縁があれば、楽しく遊べることもあるだろう。
まあ、改めて──
水晶竜の試練、これにて終幕である。
*****
一方、時間は少し遡って王都である。
プレイヤーキラーのデスペナルティは通常より少し重い。
本来の「一定時間の獲得経験値の半減とPKの禁止」にくわえて、ペナルティ免除のアイテム使用不可、PKしようとして返り討ちにされた際には財産、手持ちアイテム、経験値の割合ロストが発生する。
そういうわけで、彼らは大きな負債を抱えることになった。
特にアイテムのロストが手痛い。メインの装備品を失い、しばらくは全力で戦えない。マノウ、ムルシエラゴの異形ふたりは、イベント用拠点であるドル家の奥室にてリスポーンし、地団駄を踏む。
「だあ、くそッ……! な、なんだってんだ、あんな、あんなの……ストリーマーのくせに不健全だ……!」
「ところで人魚姫はいずこへ? まさか逃げたのか? まったく、あやつは見限るのが早すぎる……これだから和マンチは信用ならんのだ」
しばらく前に死に戻っていたムルシエラゴはある程度落ち着いているが、マノウのほうはついさっき戻ってきたばかり。
未だ錯乱している、よほど酷い目にあったようだ──とムルシエラゴは彼の肩を叩いて落ち着かせる。
そんな彼らを上座から忌々しそうに見るのは、当主ブルブ・ドル。
気付けば姿を消しているウォーターハウスを含め、これで放った刺客は全員が死に戻り。たとえドラゴンがトビを殺せたとて、この時点でやつらの財産を接収することはできなくなった。
「まったく、役立たず共め……いいか、せめて儂のことは守り通せ! いつトビが報復に来ようと儂を守るのだ!」
そんなふうに吠えるブルブ。
マノウは「身勝手なジジイが……」と悪態を吐き、ムルシエラゴは片手でそれを諌めた。
「無論、請け負った仕事だ。最後までやり遂げよう。それにトビが乗り込んでくるのなら好都合!」
さっきはあまりに不甲斐ない負け方をした、今度こそリベンジを果たしてやろう、と息巻いたそのとき──
──ムルシエラゴの翼が千切れた。
「へっ?」
「な、なあっ……!?」
呆気にとられたようなムルシエラゴに、びくりと反射的に立ち上がるマノウ。
コウモリの翼を半ばで切断されたムルシエラゴは前のめりになるように体勢を崩し、そのまま糸で首を絞め上げられる。
「ぐッ、ぐぐぐぐうううう──ッ!?」
ジタバタともがくムルシエラゴ。
天井のシャンデリアを経由するように引っ掛けられた糸が、その身体をあっという間に宙吊りにする。
そうするとようやく、下手人の姿が見えるようになった。黒髪の女だ。
突然の展開に呆然としていたブルブも、はっとしたように声を上げる。
「ひ、ひいいっ!? し、侵入者だ! マノウ、なんとかせい!」
「このガキ、トビのところの……!?」
──止めなくては。
魔眼だ、見つめていた時間はほとんどないが、足止め程度の麻痺なら──
そんなマノウの思考を見透かすように、彼女は目をつぶっていた。目を閉じたまま、頭に生やした猫耳だけをぴくぴくと動かし──気付けば目の前にいる。
「こ、こいつ、目を──!?」
「えいっ」
その手の中でナイフが踊り、マノウの髪と眼球を八つ裂きにした。
「ぎゃあっ!?」
「こ、この役立たず共が! 黒影ども、剣を抜けい!」
尻もちをついて後退するブルブ。その背後に現れるのは、一部の重要NPCが従える護衛、黒装束の暗部たち。
彼らをざっと見回し、フルルはつまらなそうに目を細めた。
……クランの誰にも知られることなく、彼女は勝手にやってきた。
自分に刺客を差し向けてきた相手のことなど、トビは気にしてもいないのだろうが……フルルはそうじゃない。
「二度も面倒起こしてくれましたからねえ。メニーナさんには怒られちゃいそうですけど、ちょっと痛いコトしますよう」
──報復である。
戦争ならば、そうでなくては。




