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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第6章 - Welcome to Verdebourg

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092 - はじめての共同作業


 ウーリは、本来であれば近寄ることさえ難しい相手だ。

 一撃一撃が必殺の威力を有する矢を息切れすることなくぶっぱなし、さらには魔法やトラップの扱いにも秀でている。


 できれば近寄りたくない。

 ターゲットであるトビを真っ先に倒し、あとは竜のヘイトを誘導してうやむやにする──というのが本来やりたかったこと。いや、そもそもベストはトビが単身いるところを分断して叩くことか。


 それは恐れでもあり、一方で「ウーリひとりであれば自分だけでも何とか対処できるかもしれない」という甘えでもあり……そうしたやや複雑な意識がこんがらがったせいで、彼女の誤認は増長したとも言える。



 撃ち放たれる矢と魔法を幾度も躱し、水でかき消し、ウーリへの距離を詰めるさなか──

 ウーリはそれを見透かしたように言い放った。


「キミ、さてはけっこうビビりだな?」


 ────。

 ぎりぎりと鳴る弦を絞り、弓を引くウーリ。その言葉は図星だったが……けれどウォーターハウスの方も、それで手元が狂うほど未熟ではない。


 ビビリ上等、それは長所だ。

 ウォーターハウスの武器は、水流に乗って泳ぐことによる圧倒的なスピードと自由な移動性。この距離であれば、矢を放つよりもこちらの斬撃が届くほうが速い。ウォーターハウスは利き手の槍を薙刀のように振り払い──


「──?」


 ──まったく避ける気配のないウーリを前に、呆気にとられた。


 ウーリは避けない。

 避けることも、防御することもしない。ただ片手に弓を、片手に矢を握る。ただ弦を引く。


 ウォーターハウスの振るった刃は、ウーリの膝から下を撫で斬りにし──

 そして両足を切断された身体でもまったく動じることなく、ウーリは至近距離から矢を放った。


「──ッ! う、嘘でしょ……!?」


 退避行動、あるいは防御行動を誘発し、そのまま流れをもぎ取るはずだった。

 けれどその思惑は外れ、空間を引き裂くような轟音とともに撃ち放たれた矢は、水の盾さえ容易に貫く。ウォーターハウスの利き腕を、肩からもぐようにして吹き飛ばす。


「トビくんが月人の処刑(ムーンサイス)でばっかり攻撃を弾いてるから何かと思ったら、キミ、足元ばっかり狙うんだね」


 両足を失い、空中に投げ出されながらも、ウーリは意地悪く笑って言う。


「防御も回避もされにくい、大したダメージにはならないけどその後はお得意の水流移動でイニシアチブを取れる。ビビリ好みのローリスク・ミドルリターンな択だ。でも──」

「……っ!」

「殺す気がないと分かった攻撃にはなんの圧力もない。()()()()()()()()()()()って言ってるようなものだよ」


 肩に居残る衝撃は、いまだびりびりとした痺れとなって全身を震わせる。

 上半身が動かない、完全に麻痺している。愛用の槍もどこかへと吹き飛んだ。その一瞬の動揺に、ウォーターハウスは後退を選ぶ。


 背後へ伸びる水の道をたどるように後退するウォーターハウス。

 かろうじて精霊の腕を伸ばしてウーリの弓を巻き取ってしまえば、これで飛び道具と足を失ったウーリは機能不全になる──なんて気の緩みを、ウーリが逃がすわけもなかった。


 

 ──ふっ、とウーリは短く息を吐いた。

 膨らませた頬から吹き出したその黒い煙が、石炭を砕いた粉塵だと気付いたのは、それがウォーターハウスのすぐ近くへと到達してからのことだ。



「それはまずいっ……!?」


 起爆される。

 火の魔法ひとつで起爆する。


 弓を拘束していた水精霊の腕を、反射的にウーリの口元へ──そうだ、詠唱さえ止めてしまえば不発だ、問題ない。

 けれどそれもまた見透かしたように、ウーリは片手で指を鳴らした。


 親指と中指に装着された、ネイルのような金属アクセサリーが黒光りする。

 指先を鳴らし、打ち鳴らし、カチッと音を立てる。まさかあれは──



 ──火打ち石?



 直後、粉塵は燃え上がった。

 破裂するような音を立てて、膨れ上がるように一瞬で伝播する炎と爆発。


 ウーリも、ウォーターハウスも、互いに吹き飛ばされた。それでも被害が甚大なのはウォーターハウスのほうだ。水の盾も散らされ、腕を失っては防御に構えることもできない。


「ぐうっ……マジかよ、爪に仕込みって! 暗器かよ、もっとファンタジーしろよ!」


 一方でウーリは自分にまとわりついた水精霊を利用し、身体を水の中に丸める形で爆発の被害を最小限に収めていた。

 足を失って地面に転がる姿は不格好だが、見た目ほど深刻なダメージはない。そして──


「よし、水はぜんぶ吹っ飛ばした。これで()()()()()()()


 ──地面に這いつくばりながら見上げ、けれどウーリはにんまり笑う。

 逃げられない? なんの話だ? たしかにダメージは甚大、このあとでトビの相手をするなど考えたくもない。けれど今の状況に至っては、未だ優位はウォーターハウスのほうにある。


 そんな彼女の思考を遮るように、"ウィンディーネの遣い" が悲鳴を上げる。


「な、なに……?」


 正確には彼女たちに言語があるわけではない。

 しかし精霊魔法を通じて、ウォーターハウスにはある程度、使役する精霊たちの感情が伝わってくる。


 彼女が背後を振り向くと──

 そこにはすでに、トビが迫っていた。一枚半以上も割いた水精霊の足止めを突破して、目の前に。


「と、トビさん……マジっすか……?」


 全身に纏う灰色の鎧に、あちこち咲き乱れる漆黒の花々。

 水精霊の妨害もおかまいなしだ。根のように伸びた無数のツルが、水のからだをごくごくと飲み干していく──吸収していく。


 おかしい、塩水なのに。

 メンデルへの対策のために、精霊のボディを海水に置き換えておいたのに──まさか、とっくに克服しているのか? 昨日の今日で?


 いや、今はそれを考える段階ではない。

 まず距離を取らなければ。

 

 けれどそのとき、彼女はようやく気付いた。

 逃げ道として確保していた水流の道が、あの爆発によってすべて吹き飛ばされていたことに。


「に、逃げられない……!?」


 たしかに言うとおりだ。

 途端、ウォーターハウスの視界は陰り──振り下ろされた灰色の剛腕が、その顔面を打ち砕いた。



 ……HPゲージ、残量なし。

 ウォーターハウスのアバターは消滅し、ウーリは遠くで倒れたまま「おお」と拍手をした。


「早かったね〜。まさか正面から水精霊を突破してくると思わなかったけど……どうやったの?」

「ああ、サボテンを接ぎ木した」

「サボテン?」

「貯水組織、要するに水を蓄える構造なんだ。だからこれまで以上に水を吸い上げる」


 もちろんそれも、メンデル自体がそれなりの体積をもっていないといけないけれど──と言って、普段よりも膨らんで見えるメンデルの腕をトビは撫でた。


 そうして、トビはふと顔を上げ──


「……うん? 誰だ、あいつ?」


 ──ぴしり。

 ひび割れるような音がして、トビの片腕と片足が()()した。




 *****



 やった。勝った。

 マノウは喜びに打ち震えた。


 気配遮断を解除した途端に、トビはマノウを視認した。なんて勘のいい。だが目を合わせた──その瞬間に発動するのが、彼の恐るべき魔眼である。


 石化と麻痺──

 思ったよりは石化が進行せず、片足と片腕が固まったのみだったが、異常耐性系のスキルでも持っていたのだろう。


 まあ問題はない。

 四肢のうち二本まで石化が進んだのなら、あとのパーツも麻痺によって完全に動けなくなっているはずだ。


「は、はははっ……! なんだよ、どいつもこいつもトビトビトビトビってよう、こんな不意打ちで呆気なく倒せるやつだぜ! 俺のほうが強いじゃないか!」


 そう叫んでマノウは茂みから出ていった。

 ウーリは足を失って倒れ、トビは立ったまま石化。一度固めてしまえば、もうなすすべはない。


 なんて優越感だ、あのトビに勝った!

 けれどトビは案外動じた様子もなく、じっとマノウに顔を向ける。


「お前が三人目か」


 髪束が無数の蛇になった異形──

 メデューサかよ、なんて分かりやすいんだ、とトビは笑った。


「て、テメエ、トビ……なにを余裕ぶってんだ、じ、状況分かってんのかあ!?」

「石化だろ。麻痺も入ってる? 目を合わせるのが条件かな」

「そ、そうじゃねえよ! 俺が勝ったんだ、俺が! 日ノ宮ウリも見る目ねえなあ、俺のほうが強いのに!」


 なにを興奮してんだこいつ──と首を傾げるトビに、マノウは苛立つ。

 けれどトビは、マノウの言動からさらに見透かすように言う。


「ああ……お前、もしかしてリスナーか。やめとけよ、悪い女だぞ」

「おーい、本人ここで聞いてるぞお」

「だから言ってんだよ。反省しろ、お前が変にもてあそぶからこういう厄介が生まれるんだろうが」

「いやあ、私どうしたって可愛いからなあ。可愛いのは罪ですか?」


 その夫婦のような言い合いに──マノウはいよいよぷつりとキレた。

 これだ。例の配信を見たときもそうだった。オーバーキルとかいうやつの配信に、ウーリとトビが映ったときの様子だ。そこには普段見るよりずっと楽しそうにするウーリがいた。


 マノウは新参である。ここ一年くらいで日ノ宮ウリにハマり、それ以前の人間関係など知らない。

 なにしろ可愛い、見た目も声も。そのくせ友達のように気安いトークが、人に飢えた彼の心によく効いた。


 俺は裏切られたのだ。

 そう思った。

 

「ぶ、ぶっ潰してやる、お前もこの島も……!」

「……まあ同情はしとくよ。可愛いってのは罪だよな」


 マノウは剣を振り上げる。スタンダードな長剣だ。

 セミプロレベルの上質なゲーム配信を扱うウリのチャンネルに普段から入り浸る男なのだから、決して弱いプレイヤーではない。


 けれど、割り込むようにしてトビは言う。


「ただ、ひとつ言っておくが──目を合わせて石化したのは俺本体であって、テイムモンスターはまったくの別枠だぜ」

 

 そのとき──

 背後から駆ける足音。


 マノウが剣を振り抜くよりも前に、足音は横を通り過ぎる。そしてその人影は──()()()()、石化したトビを軽々しく抱き上げ、剣の軌道を躱すようにして駆けていく。


「な、なんで──」


 ──なんで走れる!?

 ウォーターハウスに両足を切り落とされたはず。だがその両足は、見れば灰色のツルによって、まるで義足のように置き換えられていた。


 治療したのか?

 あの距離で、どうやって?


 まさか、俺が話している間に──地面の中を伝って?


「こ、この……待てっ!」


 空振った剣を握り直し、咄嗟に追いかけようとしたマノウ。

 しかし追われるウーリは、そのときくるりとマノウのほうを振り向く。



 そしてその唇を──抱いたトビの頬に「ちゅっ」と押し付けた。

 キスである。見せつけるように。



「なっ……!?」

「だから煽るなって……」

 

 硬直するマノウ。

 呆れるトビ。

 「うへへっ」と悪戯っぽく笑うウーリ。


 ウーリは片手で弓を握り──

 その弓につがえた矢を、メンデルのツルがぐっと引く。



「一発ギャグ、はじめての共同作業っ!」



 おい、脳破壊やめろ──

 そんなトビの声と同時に放たれる矢は、そのまま吸い込まれるようにしてマノウの顔面に突き刺さった。


 ガオンと吠えるような、あるいは空間を裂くような射出音。

 突き刺さった、なんて表現も物足りない。


「ぐぎゃっ!?」


 さながら杭──

 杭を打ち、その頭蓋をスイカのように打ち砕く。


 強烈な一打を前に、マノウのHPゲージはゼロになった。彼が最後に聞いたのは──


「それにしてもトビくん。メンデル動かせるなら、私の助けを待ってないで戦ってよ」

「……スタミナ温存だ。お前こそ、治してもらえる前提で両足犠牲にするんじゃないよ」

「え〜、いいじゃん。仲良くなりたいんだようメンデルと」

「嫌われてるもんな、塩水なんか浴びせるから」


 ──自分の存在なんて、とっくに視界外に押しやったような会話。そんなふたつの意味での脳破壊を喰らいながら、マノウのアバターは消滅した。


 夜の刺客三人衆、これにて全滅である。



カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン」を執筆しはじめました。


https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112


異世界転生です。

かっこいいがあります、えっちもあります。

相変わらず主人公は悪役っぽい見た目です。最強になるまでに無茶しすぎた結果、過保護で心配性なヒロインたちに包囲される話です。


そこそこ話数も溜まってきているので、ぜひ覗きにきてください。

FLOWER POT MAN共にお付き合い頂ければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
かわいいってのは正義であり罪だよなぁ
ウォーターハウス以外は刺客(笑)レベルで鎧袖一触だったな… 厄介ファンが脳破壊されてんの草
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