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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第6章 - Welcome to Verdebourg

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091 - 異形らは蠢く


 からだが重い。

 染み込んだすべての水が重しとなる。


 けれど落下というのも慣れたもので、着地ギリギリのタイミングで周囲の木々にツルを伸ばし、衝撃を分散──足の底で着地する。


「もう反対側まで来ていたか……気付かなかったな」


 クアルアーラを迎え入れた砂浜から見て、島の反対側。

 森と浜のちょうど混じり合うような地点に降り立ち──そして上空から迫る長槍の刃に、俺は月人の処刑(ムーンサイス)を振り上げて弾いた。


「降下も速いな。俺以上に器用な三次元移動だ」

「とかいって当然のように弾かれるの困りますねえ!」


 嫌味ですかあ? と笑みを深める人魚。

 互いに武器を振り払うようにして相手を弾き飛ばし、さらに人魚の生み出す無数の水弾と俺の結晶弾が衝突する。


 あたりを曇らせる水飛沫。

 そのとき俺の背後から「ぎゅんッ!」と大きな発射音があたりに轟き──


「わっ、危なッ……!?」


 ──撃ち込まれたウーリの矢を、人魚は周囲の水を盾のように凝縮して受け止めた。


「ようし、トビくんと合流……っていうか受け止められた? マジかよ」

「ああ、強いぞ」


 ウーリと共に並び立った正面。「受け止められた」と言っても衝撃までは殺しきれなかった様子で、人魚は大きく吹き飛ぶように転がっていた。


 しかしそれも水の上。

 宙に浮かんでいる水の塊の中に「じゃぼんっ」とからだを突っ込み、そのまま水の中で体勢を整えて槍を構え直す。なかなか隙がない。


「……なに、あのビルド?」

「水泳系のスキルや種族特性を、水を自在に操る能力と併せて擬似的な浮遊能力にまで拡張している……みたいな感じっぽいんだが、心当たりはあるんだよな」

「心当たり?」


 ああ、と俺は頷いた。

 あまりに自由度の高い水の操作。最初の「ヘヴィーレイン」を除けば魔法名の詠唱もなく、そのあたりも踏まえて魔法っぽさを感じない。だが──


 ── "ウィンディーネの遣い" という前例を俺は知っている。


「えっ! じゃああの人魚の子、精霊使い!?」

「だと思ってるんだけど……どうですか?」


 俺が答えを求めれば、人魚は人差し指と親指で「正解」の丸を作ってみせた。


「いやあ、見抜かれるの早かったなあ。ドル伯爵家よりの刺客、ウォーターハウスと申します。ここにはPvPに参りました……が、お二方相手に一人で挑むほど無策ではありません」


 人魚ウォーターハウスは、そう言って背後で水の塊を蠢かせた。波打ちながら宙に浮かぶ球体と化すそれは、過去に戦った〈ウィンディーネの遣い〉によく似ているが、サイズが二倍ほどある。


「……そいつは?」

「ご存知〈ウィンディーネの遣い〉ですが?」

「それにしてはデカくないか?」

「ああ、それはだって──()()()ですから」


 ──なんだって?

 その言葉を裏付けるように、水の球はふたつに割れた。


 分離したそのサイズは、まさに知っている〈ウィンディーネの遣い〉そのもの。ふたつの球体をウォーターハウスは左右に浮かばせる。


「〈精霊使い(テイム:スピリット)〉そして〈精霊(エレメント:)魔法(スピリット)〉による精霊()()使()()! ウリトビメンデルの三人と戦うのなら、こちらも三人以上でなくてはねえ!」

「ははは、マジかこいつ」

「まずいよトビくん! この子ちょっと変だ!」

「知ってる」


 まったく、さっきのコウモリ男といい、伯爵家には変なやつしかいないのか。

 いずれにしても──


「よし、やるか」

「よろしくお願いします」


「「エンチャント・ノクス」」


 俺とウォーターハウスの声は重なった。

 互いに夜魔法のバフ。なんとなく察していたが、こいつ夜の魔法使いかよ。


 まあなんだっていい──俺たちは同時に動き出した。ウーリもまた最速のモーションで矢をつがえ、そして撃ち出す。


 水の盾が矢を受け止める。

 しかしそれでも殺しきれない切っ先を、ウォーターハウスは仰け反って躱し──その隙を、俺は振り抜いた多節棍で追撃。


 一番の打撃は槍で凌がれるも、鞭のようにしなる第二第三の打撃がウォーターハウスの身体を打ち、彼女は顔をしかめる。


「ひいっ、それずるいなあ!」

「そのわりには楽しそうだな」

「映像ログで見たことあるやつだあ! と思いまして」


 なんだこいつ、ファンガールか?


「特定の選手を追っているわけではありませんが、競技の人間ではあります。まだアマチュアですがね」

()()?」

「どこかスカウトしてくれないかなあと、実績を作りにきた次第です。今のデイブレでトビさんに勝てたら、それって何よりのアピールでしょ?」


 まあまずは楽しむことが大前提ですが──と言って、彼女は背後の水を蠢かせた。

 こちらへ伸びる無数の水腕を宙へと跳んで躱し、ついでに結晶弾を撃ち出して牽制するも、それらは水に溶けてきえてしまう。


 さらには水腕の中を高速で泳ぐようにしてウーリの二の矢を躱し、気付けば人魚が眼前へと迫っていた。


 撃ち出される突き攻撃を、ギリギリで躱す。


「さすがにプロ志望か、しっかり強いな」

「光栄です」


 本人のプレイヤースキルもそうだが、この場合はビルドのアイデアがいい。水精霊の中を泳ぎ回るビルド──なんて考えたこともなかった。

 

 そして彼女は、再び唱える。


「ヘヴィーレイン!」

「……!」


 宙に逃げた俺を咎めるように、再び降り出す大雨。その重さに着地した先の木の枝が折れ、生まれた一瞬の隙を無数の水腕に取り囲まれる。


「厄介だな。捌けなくはない……が、きりがない!」


 なんたって二体分だ。

 倍量の水腕を打ち払って破壊しながら、さらに水の中を泳いで迫るウォーターハウス。


 速い上に、見えづらい。

 どうしたって光の屈折で刃がぶれて見える。このとき刃先の小さな "槍" を得物としているのもひとつのシナジーだ。研究力の高さが伺える。


 その刃をギリギリ足先で弾き飛ばしたそのとき、ウォーターハウスは横を向いて舌打ちをした。


「ファイアワークス」

「ったく、ウーリさんも手札多いな……!」


 ウーリの射撃と、さらに波状で仕掛けられる魔法攻撃。

 ファイアワークスは小さな爆発を起こすだけの補助系魔法だが、そこに誘爆するのはいつの間にか周囲に漂っていた石炭の粉だ。


 さながら粉塵爆発のようにあたり一帯に連鎖していく火炎──

 ウォーターハウスは攻撃の手を止めて後退せざるをえない。近くの水を守りに割り振る。


「ウィンディーネの遣い一体分を守りに割けば、ある程度はトビさんに集中できる──なんて思ってましたが、甘かったですねえ。これはウーリさんから処理しないと無理ですか!」

「おっと、今度はそっちか」


 水の中を高速で泳ぎ、瞬く間にウーリの方へと向かっていくウォーターハウス。

 俺が追おうとすれば無数の水腕が障壁となってそれを阻む。今まで攻防の割り振っていた二枚の精霊だが、今度は移動を除くほとんどのリソースを足止めに使うことにしたらしい。こうなると手堅い。


 ……この感じ、マニュアル操作ではないな。

 守備、攻撃、バランス、足止めなど簡易的な命令を託し、あとは精霊が自律行動。移動経路としての水だけは自分で制御しているってところか。


「ずいぶん利口な水だ」

「本当なら、トビさんには準備時間を与えたくないんですけどねえーっ!」


 なんて遠くから文句が聞こえてくる。

 まあたしかに……エネルギーと時間さえあれば無尽蔵に増殖し、水だってごくごく飲み干してしまうメンデルの凶悪さは、彼女にとっては脅威だろう。


 ただそんな俺からしても、ウォーターハウスの戦い方はなかなかに規格外だ。そしてさらには──


「おいおい、さっきより重いな……!」


 ──襲ってくる水腕と水弾は妙な感触。

 重いのだ、衝撃がさっきまでとまったく違う。まさか降らせたヘヴィーレインを取り込んで、精霊の重量さえ増したのか? 面白い芸当だ。


 迎撃し、跳び回りながら考える。

 

 大規模な水の操作だ。

 MPの消費も馬鹿にならないような気がするが……いや、ここまでデータを研究しているのだ。水の中でMPを常時回復するとか、回復ポーションを混ぜるとか、そういう変なアイデアでMP負担を克服しているような気もする。


「……ちょっとジリ貧か。メンデル、さっきウーリが燃やした石炭粉を取り込んでおけ。いいエネルギーになる」


 燃費の悪さはついて回るが、メンデルを大きくしてからいこう。

 本当なら、下手に目立ってドラゴンのヘイトを誘いたくないし、またスタミナ温存のためにもこの戦闘は小規模に済ませたかったのだが──このクラスの強敵なら仕方ない、少しだけ甘える。


 なにせ〈ウィンディーネの遣い〉は徘徊型ボスであり、俺やウーリがどれだけ鍛えようが、ステータスとリソースでボスを上回ることなどできないのだ。


 この三対三──

 向こうはボスが二体、こちらは一体。実質的にはこちらがやや不利。


「まあとはいえ……うちのウーリをそう舐めてもらっても困る」


 ウォーターハウス。彼女の戦略の中で、ひとつ誤算があるとすれば──

 それは俺とメンデルを危険視するあまり、ウーリへの認識にやや誤りがあること。


 あいつはタイマンでもしっかり強い。

 その上で、俺とメンデルに対して〈ウィンディーネの遣い〉二体分のリソースをほぼすべて注ぎ込んでしまっている現状だ。


 俺の予想を裏付けるように──

 視界の先では今まさに、ウーリがウォーターハウスの利き腕を()()()()()()()()ところだった。




 *



 蛇髪の魔法使い。

 男の名前はマノウという。


 マノウは息を潜めていた。

 水晶のアンデッドたちが港へと上陸する中に混じって島内へと侵入し、茂みの中で息を殺し、今はただトビとウォーターハウスの戦いをじっと見つめる。


 彼の能力はそれによって引き出されるからだ。



 前提として、夜の魔法にはいくつかの分岐があった。

 ウォーターハウス、ムルシエラゴ、そしてマノウ、彼らはみな同じ分岐を選んだ。それは種族の特徴を強く引き出し、自身を異形と化す魔法だ。


 いくつかの能動魔法が使えなくなる代わりに、常時発動するパッシブ効果として異形が発現する──

 ウォーターハウスは魚の獣人、ムルシエラゴはコウモリの獣人、そしてマノウは憧れの日ノ宮ウリと同じ蛇の獣人であったため、今のような異形へと至った。


 特にマノウの場合、蛇の獣人に発現する能力は「石化と麻痺の魔眼」だ。


 条件は見つめること。

 そしてその後、目を合わせること。


 より多くの目で、より長い時間を見つめることで、次に与える状態異常の数値が上昇・蓄積していく。

 そしてターゲットと目を合わせたとき、蓄積した数値だけの石化と麻痺を与える──要するに、長く見ていれば見ているだけ、次に与える状態異常は強力になり、レジストもしにくくなる。


「き、キメてやる……俺が、ここで確実に、石にしてやる……ひひひっ……!」


 男は陰湿に笑う。

 今はただ、じっと見つめる。


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