009 - 黒狼の主RTA
「…………」
まとめて青い粒子となり、分解されていくモンスターたち。最後はウーリにトドメを持っていかれて場が収まった。
俺の獲物だったはずなのに、と一瞬思ったが……考えてみれば役割分担が13:2って、あまりにも負担が俺に偏りすぎ。この助太刀は当然どころか、礼を言う筋合いさえないな。
「まぁいいや。今回もなんとかなったな、お疲れ!」
「お疲れ〜……もうちょっとでボスのいるエリアだ、頑張ろうね」
「は、はい!」
とにかく、これにて殲滅完了。
後衛ふたりと合流する。
ウーリ、メニーナとハイタッチ。
ついでに腕から生えっぱなしのプレデター・グリーンとも拳を合わせた。まぁ操作してるのは俺だけど。
「お前は相変わらずアピールしないな……」
俺は未だ、プレデター・グリーンから自意識や感情のようなものを感じたことはない。
腹が減ったときも、俺がスタミナ切れで倒れてはじめて気付いたくらいだ。
それと──俺はメニーナを見た。
戦いの中で、メニーナも少しずつ動けるようになってきている。
最初は恐怖に固まっていたり、焦ってめちゃくちゃな動きになっていたりした彼女だが……今となっては自分の判断で魔法攻撃を差し込むくらいだ。
それもやみくもに撃ってるわけじゃなく、自分で考えて丁寧に。とても良いことだと思う。
そんなメニーナは、俺とハイタッチを終えたままの姿勢で固まっていた……というか、何かを待っていた。
「え、なに? どうした?」
「いえ、その……よかったら、そ、その子とも……」
前髪で隠れがちな視線の先には、俺の腕に絡みついたプレデター・グリーンの茨。
俺がおそるおそるツルを差し出せば、メニーナの方もおそるおそるといった様子で手のひらを這わせる。
「お、おお……トゲトゲだけど、意外と痛くないですね……」
「撫でるだけだったらな。鉤爪みたいに内側に反り返ってるだろ? 引き抜こうとすると余計に喰い込む構造になってる。がっつり拘束されたらめちゃくちゃ痛いと思う」
「な、なるほど……!」
指先で輪郭をなぞるように、トゲのひとつひとつを愛でるメニーナ。
「トビさん、この子はなんて言うんですか?」
「あれ、紹介してなかったっけ? プレデター・グリーンだよ」
「い、いえ、そうじゃなくて……その、お名前です」
メニーナの素朴な問いに──俺は固まる。
そうか、名前か。
考えたこともなかった。
プレデター・グリーンはきっと種族としての名前。この個体を識別するための名前ではない。
つまり俺は、こいつ自身の名前を呼んだことがない。
「…………」
結局俺は、未だゲーム脳から抜け出せていなかったのだろうか。ふとそんなふうに思ったが、まぁ後悔はあとにして。
こいつには今すぐ名前が必要だ。
「メンデル」
そう、名付けた。
「め、メンデル……えんどう豆……?」
「安直かなぁ……」
「う、ううん! か、可愛いと思うよ!?」
よろしく、メンデルちゃん──と言って茨を撫でるメニーナを見て、俺は負けたようにさえ感じた。ウーリは「俺とメニーナのゲームスタイルは似ている」と言ったが……少なくとも今の段階では、俺はメニーナほど真摯にこのゲームと向き合えていないように思う。
「はぁ、超反省……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……なぁメニーナさん、植物の気持ちって分かる?」
「えっ、な、何の話ですか? わ、分かんないと思います……」
「いやぁ……俺よりは分かりそうだから、今度いろいろ教えて欲しいなって……」
メニーナ、いやどうかメニーナ先生と呼ばせてほしい。
競技の世界から追い出されて以来、俺は自分のゲームスタイルには常々悩んでいたが……なんというか、ここにひとつの指標を見つけたような気がした。
「はいはいトビくん。メニーナが可愛くてたまらないのはよく分かるけど、まずはここを移動するよ〜」
「分かってるよ……痛い痛い何!?」
背後から腕を回すウーリ。
筋肉強化のスキルばかり取っているせいで、軽く抱かれるだけで骨が軋む。なんでこいつは痛覚カットギリギリの痛みを熟知しているんだ。
じっとりとした声色に急かされて、俺たちは先に進む。
*****
〈 DAYBREAK. Magic of the Deep Night 〉というゲームを語る上で欠かせないシステムのひとつに、昼夜の概念がある。
このゲームには最初、昼がない。太陽が昇らない。
もっと言えば、夜の魔法に囚われた世界から太陽の光を取り戻す──というのが、このゲームのコンセプトであり目的となる。
各探索マップにはボスがいて、誰かがボスを倒せば、そのマップには昼と夜が交互にやってくるようになる。
逆に言えば、ボスが倒されていないマップには太陽の光が差さない。
そして昼と夜の違いとは、視界の他に「モンスターの強さ」にも現れる。
夜にはモンスターの能力が高まり、数も増える。
当然、夜に能力が上がるのはボスも同じ。
「要するに、このゲームは後追いがしやすい構造になってるんだよ。最前線を走るためには強化された夜のボスを倒し続けなきゃいけないけど、後続は弱体化した昼のボスを倒していけば最前線まですぐに追いつける」
世界を夜から解放する──
そのコンセプトをできるだけ多くのプレイヤーに味わってもらう、そのためのシステムなのではないかとウーリは言う。
そして現在、昼。
この森はボスがすでに倒されているので、昼と夜が交互にやってくる。
俺たちが次のマップに進むためにはボスを倒すことが必要だ。昼がやってくるようになって、夜と比べて弱体化したボス──だから、少しはマシかもしれない。
当たり前の話だが、ボスは何度でも復活するし、再戦ができる。
誰かが倒したボスがなぜ簡単に蘇るのか──という話については、これがゲームである以上、プレイヤーが与えられる機会は平等でなくてはならない。世界観に多少の矛盾があろうとだ。
「なんだか、変な話ですね……」
「これを変だって思うなら、メニーナは今まで本当にゲームに触れてこなかったんだね」
まったく同感だ。
まぁとにかく、現在時刻は昼。
あれから2度ほどモンスターの群れに遭遇したが、なんとか無事にボスの前までやってきた。
「というわけで、本日中にボスを倒しちゃうよ」
「何が "というわけ" なんだよ」
俺、まだ初日ですけど。
「そうは言ってもさ。今から帰るのも、またここに来るのも大変だよ? 今日の連戦が丸ごと無駄になる上、もう1往復だもん」
「で、でも……地道に戦って、もう少し強くなってからの方がいいんじゃ……」
「他のゲームならそうかもしれないけど、このゲームだと違うかな」
メニーナの言葉に、ウーリはぴしゃり、否と言った。
「まぁ、そうだな…… "レベル" がないからな」
「そういうことだね」
俺とウーリの視線がかち合う。
頷き合って、メニーナだけが首を傾げた。
「メニーナさんが想像してるのは、経験値を溜めてレベルを上げて、能力値も上がる──ってタイプのゲームだろ。たしかにその場合は、雑魚を相手にひたすらレベリングをするってのが一番手堅いやり方なんだけどさ」
「このゲームはそうじゃないね。そもそもレベルや能力値の概念がないから、分かりやすい成長がない。一応、スキルひとつひとつに "熟練度" みたいなマスクデータはあるみたいだけど」
ああ、やっぱりそういうのあるんだ。
基本的には武器が攻撃力、防具が防御力に直結するね──とウーリは付け足した。アイテムの重要度が極めて高い、戦闘職だけを主役にしないためのデザインだそうだ。
「だからレベリングは効率が悪い。経験値が稼げても、それでスキルを新しく取得したところでスキルスロットには限りがあるからね。まぁプレイングを磨くって意味なら無駄にはならないけどさ」
最後の言葉にも同感。ゲームへの慣れっていうのも大切だ。
実際、ここまでの何戦かでメニーナは目に見えて動けるようになっている。元より観察眼が鋭いというか、なんというか……現実世界で何か、そういう習慣でも身についているのか。
「今までの雑魚も、トビくんが前線を上手く捌いてくれているだけで、実際にはかなりの高難度。私とメニーナだけだったら間違いなく全滅してる」
「逆に言えば、俺がひとつミスしただけで総崩れになる可能性が高い。さて、今回の目標は?」
「だ、誰も、一度も……死に戻りしないこと……」
「だよな」
本当は、メニーナが死なずにクエストをクリアしてくれれば、俺たちの生死はどうでもいいんだけど……俺とウーリが欠けた状態では、今のメニーナにそれができるとは思えない。
だから、俺とウーリの死に戻りはメニーナの詰みとほぼイコールになる。
「そういうわけだから、レベリングはやめておこう。長引けばトビくんが絶対どこかでミスるし、そうなると私たちは全滅する」
「おい」
その通りだけど、はっきり言うなよ。
「トビくん、今日は調子いいけど、普段はもっとムラついてるし……」
「ムラっ気な! 全然違う意味になるだろうが!」
「少しでもリスクがあるなら安牌とは言えないからね」
にやりとするウーリに、それでも不安そうなメニーナと……そして俺。
何度も言うが、俺は初日だ。
プレデター・グリーンというイレギュラーがあったとしても、圧倒的に経験値が足りない。アバターではなくプレイヤーの経験値の話だ。
しかし、そんなどんよりとした空気の俺とメニーナを励ますように──ぱんッ! と俺たちの背中をウーリは叩く。
「ひあっ」
「痛え……」
「うははは! まぁまぁ、そんな顔すんなって! 大丈夫だから」
俺たちの間をすり抜けて、前に出たウーリがばっと両手を広げる。
にいっと笑い、蛇の瞳がじいっと細まって俺たちを見た。
「私も考えなしで言ってるわけじゃないよ。大丈夫、ここのボスは私が1回クリアしてるし、事前情報もある。それに……」
「それに?」
「トビくんの全身植木鉢人間としての能力……失礼、メンデルちゃんがいれば完封できるはずだから」
なんだそりゃ……と先を促す俺たちに、ウーリは作戦を説明する。
*****
ボスのいるエリアは分かりやすい。
エリアの境界線が、透明な膜のようなエフェクトで区切られているからだ。
しかし触れれば、実際には壁はない。
身体はするりと奥へ進む。
いよいよボス戦。初日にして初のボス戦だ。
ついさっき、ウーリに言われた言葉を反芻する。
『ボスを倒すことには、先のマップに進むって以外にも重要な意味がある』
『安全エリアとファストトラベルだよ。ボスを倒せば、マップ内に戦闘禁止の安全エリアが解放される。そしてファストトラベル可能なポイントとしても登録される』
ファストトラベル──オープンワールドゲームにおいての「ワープ」「テレポート」みたいな機能だ。
要するに瞬間移動。この広大すぎるマップの探索を補助するために、プレイヤーにのみ与えられる特権である。
つまり今日ここで勝っておけば……
明日からの探索は、いきなりこの森の出口から開始できる。
「よし、気合い入ってきた」
「よ、よろしくお願いします! メンデルちゃん!」
「メニーナさん俺には……?」
「あ……と、トビさんも!」
メニーナさん、多分俺よりもウーリよりもメンデルのことが好き。
まぁそれは置いておいて……
森の中を、草木を掻き分けて迫る足音が聞こえた。
『この森林マップ──データ上の名前は「遠吠えの森」。樹上に逃げたヒヒとキツツキ、そして地上を支配するオオカミたちの根城。封鎖型ボスの名前は──』
「──ブラックハウンズ・アルファ」
飛び出してきたのは、巨大オオカミ。
逆立つ黒い毛並みに赤い眼光。これまで見てきたブラックハウンズとは、その体格が一回りも二回りも違う。
「ひ、い……!?」
「おお、すっげえ迫力……」
メニーナ、固まる。
これは仕方ない。俺もちょっとビビった。
だが、とにかく──作戦通りにいこう。
『今回のボスとメンデルちゃんは相性が良い。相手には遠距離攻撃の手段がない上に──拘束罠に滅法弱い』
作戦通り、事前に地面に這わせておいた無数のツル。
キツツキを一網打尽にしたあのときのように、幾重にも交差させた網状のツタを、一気に──
「──締める」
「ギャオンッ!?」
まずは四肢──そして胴体、首、顎。
最優先で口と顎をぎっちりと塞ぐ。
四肢を地面に縫い付けられ、首に巻き付き──そして上顎と下顎をくくりつけるように、ツタで締め上げる。
「ギ、ギ……~~ッ!?」
「マジで上手くいっちゃったよ……」
巨大オオカミはじたばたと藻掻くが、ぴくりともしない。
二重にも三重にも編み合わせた植物の繊維は、相当な切れ味の刃物でも使わない限り、そう簡単には断ち切れるものじゃない。
拘束罠がやたら効く──
そのおかげで、準備さえしていけばこのボスで詰まることは少ない。ウーリからはそう聞いた。
こんな序盤で詰まってもらっては困る、という運営からのメッセージなのかもしれないが……たしかにメンデルとの相性は抜群だ。
ただし、すべてが噛み合っているわけでもない。
「と、トビさん……スタミナの方はどうですか……?」
「こいつからは吸えない! プランB!」
「は、はい!」
元よりブラックハウンズ種の毛皮は分厚く、メンデルでは体内に侵入できない。
だから道中の雑魚戦では、柔らかな目玉を入口にしていたわけだが……今回はそれも難しそうだ。
ギラギラとした眼窩から湧き出る、黒いオーラ。
『ブラックハウンズ・アルファは魔眼──つまり眼を触媒にした魔法系スキルを使う。効果自体はシンプルな肉体強化と装甲強化だけど、そのせいで毎回トビくんがやってる「眼窩から体内に侵入する」って手段は取れないかもしれない』
事前にウーリから聞いていた通り。
全身に装甲──防御膜のような魔法が張られていて、侵入できない。目玉や粘膜も同様である。
この場合、心配なのはスタミナだ。
モンスターから適宜スタミナを奪い取らなければ、俺とメンデルはすぐに飢餓状態になってしまう。
『だから、プランBの準備もしておこう』
そのときメニーナは、インベントリから大量の生肉を解放した。
これまでの連戦で手に入れたブラックハウンズやマッドペッカーの肉──ドロップアイテムだ。俺とウーリが手に入れた分も、すべてメニーナに渡してある。
この大量の生肉が、俺のスタミナ源。
「ほ、ほとんど生肉でごめんなさい!」
「全然大丈夫! でも俺には調理済みのやつお願いします!」
「はい!」
地面に放り出された生肉にメンデルのツルが絡みつき、ボス拘束のためのスタミナをその場で吸い上げる。
同時に俺の口にねじこまれるサンドイッチ。ウーリから預かった貴重な調理済みの食料だ。
「これでもギリギリな気がする……」
「えっ!?」
「いや、問題ないよ……近くで何度も見てれば分かる。あれ、マジですげえ威力だから」
そして、吠えるような音がした。
敵の声じゃない。それは遠くから──
張り詰めた弦が解放されたときの音。ぐっと引いて勢いよく弾き出した、強烈な破裂音と発射音だ。
瞬間──巨大オオカミの上顎が、下顎まで縫い止めるように貫かれる。
「エイム良い!」
「び、びっくりした……ボスの声かと思った……!」
ギャオン──と吠えるような、空間を裂く音速と破裂音。
上顎と下顎をぎゅっとくくりつけるメンデルのツルに、追い討ちの射撃。
そして休む間もなく、二撃目。
次は首。伸びたうなじに突き刺さる次の金属矢。
『ブラックハウンズ・アルファの厄介な能力その2は「遠吠え」だ。取り巻きのブラックハウンズを呼び寄せる。だから最優先で顎と喉を塞いじゃおう』
まずは俺がツルで拘束。
その後、樹上に隠れたウーリがダメージを与えると同時に、拘束をより強固に。ふたりで顎を縫い付けて、さらにウーリはうなじ側から喉を狙う。
本当にリアルなゲームだ。
敵の各器官にダメージを与えれば、器官ごとの機能不全を引き起こすことができる。
だから勝機がある。
四肢、顎、喉──
武器を全て封じられて、もはや敵には為す術もない。あとはダメージを与えるだけだ。
「よし、ここからはメニーナさんも参加」
「は、はい!」
俺のスタミナには限度がある。
敵を拘束しているだけで、自分のスタミナが物凄い勢いで削れていくのが何となく分かる。
地面の上で、栄養を吸われて干からびていく無数の生肉。
ここまでやっても、残念ながら大赤字だ。
だからダメージを稼ぐ役は、ウーリとメニーナ。
「ウォーターボール!」
メニーナの水魔法に、くわえて雨のように降り注ぐウーリの金属矢。
「ウーリ、動かないマト相手じゃ無敵だな……」
的確に、弱点ばかりを射抜く射撃精度は相変わらず。
残念ながら今の段階でのダメージソースはほぼウーリだが……メニーナも良いところを狙えている。そして。
数分後、ブラックハウンズ・アルファは没した。




