087 - 閑話:とある同級生の視点/とある元プロゲーマーの視点
──とある同級生の視点。
彼と話をしたきっかけは、大学のグループワークで同じ班になったことだ。
年度明けからすぐの授業だ。話したのはそれが初めてだったし、今もそれ以上の関わりはない。休憩時間に適当なアプリで暇を潰していたとき、彼のほうから話しかけてきた──という形だった気がする。
隣の席から、目線だけで覗き込むようにして彼は言う。
「それ、楽しい?」
「えっ?」
物静かなイメージだったので驚いた。
話しかけてきたことにも驚いたし、こんなどうでもいいゲームに関心を示したことにも驚いた。たしかVRスポーツ特待での入学だと、グループワーク前の自己紹介では話していたから。
「た、楽しいよ? ただのガーデニングゲームだけど……」
「ガーデニングって何をするの?」
「庭の見た目を整えたり、植物を育てたり……」
「おお、綺麗。これ全部自分で選んだの?」
「うん、これは図鑑。今まで育てたやつが載ってる。まだ持ってない種もたくさんあるよ」
「本当だ。こんなにページあるのか……」
……不思議だ。
特待でウチの入試をクリアできる人なんて、上位リーグで成果を残したような一部の上澄みだけ。そんな一握りの選手が、どうしてこんな流行遅れのレトロゲーに興味を持つのか。
私の説明を、彼は真剣な表情で聞いていた。
そうやって、言動のひとつひとつが目につくようになると──「あ。この人、ちょっと変だな」と次第に分かってくるようになる。
授業を聴き、利き手でペンを執る傍ら、彼の左手は常に別の動きをしている。
あるときは毛糸をつまんでいた。
毛糸をしゅるしゅると指の間で滑らせ、ただ同じような動きを反復する。
あるいは「ぴんっ」と指で弾いたナットの穴に、空中でするっと糸を通すなんて神業が出ることもある。視線とペンは講義に集中したままだ。
「すごっ……!?」
思わず声を漏らして、私は教室中の注目を集めた。彼もまた目だけでちらりとこちらを見て、すぐに自分の世界に戻っていく。
彼はいつも何かをしていた。
講義を受けているとき、食事をしているとき、歩いているとき──常に手足のひとつも休めることをしない。
ここ最近、その指先ではしゅるしゅると糸が舞っているか、ジャグリングのように無数のナットを宙に浮かせている。あるいは妙な爪先立ちでバレエダンサーのように歩いていることもある。
植物図鑑に園芸肥料、編み物やローピング、さまざまなジャンルの教本を眺めているところも度々見かける。
「おっ、今日は何の練習?」
「これは多節棍」
「タセツコン?」
サランラップの芯を何分割かしたような紙製の筒を、紐で繋ぎ合わせたようなお手製の工作。それを彼は手の内でくるくるとコンパクトに操る。相変わらずの神業だが、それは彼の友人曰く「練習」らしい。
すべて練習なのだろう。
一体なんの練習なのかは知らないが。
大学の始業から終業まで、毎日途方もない時間を、平然とした顔で彼は反復し続ける。
その上、講義を聞き流しているというわけでもなさそうなのが恐ろしい。しっかりグループワークにもついてきていたし、追試会場で姿を見かけたこともない。
……世間で言われる「努力の才能」というのは、きっとこういうことを言うのだと思う。
努力を努力とも思わず、息をするように淡々と同じことを反復する。休むことを知らず、常に成長し続けることを当たり前だと思っている。
ああして、凡人と天才の差はますます開いていく。
よく一緒にいる友人たちと雑談しながら、彼は地面に転がった落し物のボールペンを「ぱんっ」と多節棍で打ち付ける。宙に浮いたそれを片手で回収し、空いた机の上に置いた。
「す、すごっ……!?」
思わず立ち上がり、感嘆の声を漏らした私は、また教室中の注目を集めた。
*****
──とある元プロゲーマーの視点。
元プロゲーマーといっても、彼が実際に競技シーンを引退したという事実はない。今は活動休止──あるいは謹慎処分中というのが正しいだろうか。
PvP自体はゲームルールとして認められている以上なんの問題もない。しかし、どろどろとしたリアル事情の醜悪さが表に露呈してしまったこと、アマチュアプレイヤーへのチーター呼ばわりは、広告塔たるプロ選手としては致命的であった。
本来ならゲームへのログインさえ所属企業から禁止されているところを、そんなもの無視して、彼は仮想世界へとダイブする。
その日、寂れたNPCメイドの料理店にて。
青年アッシュレイルの向かいの席で豪快に骨付き肉を頬張るのは、レッドバルーンという名で活躍するプロ選手である。
「まあ、俺はデイブレ本格参入するつもりあらへんけどな。本業のタイトルもっとるし、オフシーズンのうちに部門立ち上げるとこまで面倒見よう思うてたんやけど、それもいいメンツ揃うてきてん」
「……だからなんだよ」
「俺、いま暇やねん」
不貞腐れたように睨むアッシュレイルに対して、レッドバルーンはけろりと笑った。
大柄な猪獣人の剛腕は次の肉に手を伸ばす。うん、食える食える、美味いやん──と言って、昨今では不人気なNPCメイドの肉料理をぶちぶちと噛みちぎっている。
この食事会を計画したのはレッドバルーンの方だった。「どうせ謹慎中、目立った活動できひんやろう」と強引に連れ出した。悩める若者を見ると、声をかけずにいられないタチなのである。
「ドラフラ、たぶん解散やろ? おたくのイコミキくん、こっちでスカウトしてええ?」
「……勝手にしろよ。引き抜きなんて日常茶飯事だろ」
「そうじゃけども。ドライやのう……キミら仲良しで評判のチームだったやん」
「いつの話だよ」
「イグニスのいた頃の話じゃろ。あの頃ホンマ強かったなあ……そこらのプロ余裕で負けるやろうな思うてたわ」
……アッシュレイルにとっては面白くない話だ。食事に手をつけず、不機嫌そうに大先輩の姿を眺める。
引き抜きが多いというのは当たり前の話で、競技シーンではシーズンが変わるたびにプレイヤーたちはチームの移籍を考えるのが通例だ。選手各々が「勝てるチーム」を探すからである。
その中で、かつてのドラゴンフライはそういうことをしないチームだった。
身内チーム、家族経営などと揶揄されることもあったが、そもそもドラゴンフライは元アマチュアチームである。それがあまりに強かったおかげで、プロの世界に繰り上がることが出来てしまった……前例のない、異色のチームだ。
このメンバーでプロの世界に行こう──
そんな無茶なゴールを目指してやってきた。少なくともイグニスのいた時代は。
「強うなったのう、トビくんは……」
噛み締めるようなレッドバルーンの言葉に、アッシュレイルは舌打ちをしながらも、内心では認めざるを得ない。
強かった。本当に強かった。
冗談なのではないかと疑うほどに。
まだ未開拓なゲームタイトルである以上、強いビルドを引き当てられるかという運要素は大きい。
しかしながら、あの〈プレデター・グリーン〉という強大な力がもし自分に与えられたとして、ああまで使いこなせるかはアッシュレイルには分からない──いや、きっと無理だろうと思った。
あれはトビでなければ扱えない。
トビという選手の特異的なマルチタスク能力と努力が、ビルドと奇跡的な噛み合いを果たしている。
理解しがたい。
理解できないものは怖い。
だというのに、皆は自分よりもあいつを好く。
怖いから苛立ち、嫉妬し、ぶつけた。
子供のように。
「のうアッシュ、カウンセリング受けんのか」
会話の切れ目に、ふとこぼしたようなレッドバルーンの言葉。アッシュレイルは「……は?」と顔をしかめる。
「……カウンセリングだ? 俺が?」
「企業さんやし、そういうサポートあるじゃろ。使うたほうがええんちゃう? 具体的な病名なくとも、こう、話すだけで楽になるっちゅうことも──」
「いらねえよ」
……聞き分けの悪い子供のようなその態度に、レッドバルーンはため息を吐いた。「自費やと結構お高いんやで」と諌めながら、それならと続ける。
「ならアッシュよ……キミ、ちょいと俺ンとこでバイトせん?」
「……バイト?」
おう、とレッドバルーンは頷いた。
「ウチの奥さんがな、NPCから孤児院を引き継いでんねん。人手が足りんっちゅうから、キミ手伝ってくれへんかな」
謹慎中、どうせ目立ったことできひんやろ? と彼はアッシュレイルの肩を強く叩いた。




