085 - 塩喰らいカーマン
迫りくるツルを切り刻み、連射される結晶針の弾幕を掻い潜る。
両足の月人の処刑は常時展開──
片手に鎌を、もう片手にも塩の結晶で作り出したナイフを握り、とにかく近寄らせないことを最優先に。こちらの処理をツルの物量が上回った時点で勝ち目がないからだ。
「今回ばかりは月人の処刑が大活躍だな……四肢をフルで使わないと間に合わん!」
欲を言えばあと十本くらい手足が欲しい。メンデルのツルを使って再現はできるが、接ぎ木にそこそこのエネルギーをもっていかれることを考えると頼りすぎるわけにはいかないのだ。
「グポオオオ──ッ!」
「おっと、また掃射が来るぞ」
大輪にびっしりと塩の花弁が生え揃い、高らかな咆哮が攻撃の合図。
マシンガンのような掃射から全力で逃げ、ついでに花を咲かせている首元のツルをためしに足で斬りつけてみるが──
「さすがに首を落とせるボスじゃないか」
──斬撃のダメージは入ったが、切断する前に再生してしまう。
ずばずばと爽快に斬り裂ける他のツルと違って、頭を落として掃射を封殺というズルはできないようになっているらしい。
「火を灯せ、ドレ=ヴァローク」
エンチャントの切れ目に夜の炎を灯し、メンデルの強化が途切れないように。出番は少なくなったものの、このランタンは相変わらず縁の下の力持ちだ。
一方、そこそこのダメージを蓄積したらしい。
ボスのモーションが若干ながら変化する。
「葉っぱ……! それも痛そうだな!」
ヒイラギにも似たトゲトゲの葉っぱ。
無数のツルの中に、やたらとそうした葉っぱを蓄えたツルが生まれはじめる。
「グオオオオ──ッ!」
塩喰らいカーマンは、トゲトゲ葉を揺らめかせたツルを一斉に振るった。
「まさかそれ、武器のつもりか……!?」
──さながら剣技のようだった。
斜めに振り下ろされるノコギリのような葉の先と殺人彗星をぶつけ合えば、「ガコンッ!」とおよそ植物とは思えぬ金属音が響く。
じりじりとした鍔迫り合い──
ツル一本と俺の全力、腕力は互角だ。
さらに他の方向からも迫ってくる同じ攻撃を、ひとつはクレセントエッジを飛ばしてツルの根本から切断し、ひとつは身体を反らせて躱すと同時、月人の処刑で撫で斬りに。
……うん、強いな。
少なくとも、本来ソロでの攻略は想定されていなさそうな感触だ。
なにせどれだけ斬り進んでも、ツルの中枢である球根になかなか辿り着けない。辿り着けても居座る猶予がない。なので──
「よし、場所を変えよう」
──俺は一目散に逃げ出した。
メンデルのツルを崖肌に撃ち込み、空中を走る。そんな俺をカーマンは這うようにして追ってくる。
ボディ全体を蛇のようにくねらせる動きは、植物とは思えないほどに素早い。気を抜いたら追いつかれそうだ。
だが空中を跳ねて駆けている間はこちらが優位──
そうしているうちに、俺は目的のモンスターを見つけた。
「おーい、トーテムゴーレム!」
視界の遠く先には、ついさっき相手にしたトーテムゴーレムと仮面小人たちの群れ。目的はゴーレムのほうだ。
まだこちらに気付いていない彼らは、踊りに夢中で声をかけても振り向いてくれず、仕方ないので俺は結晶ナイフを生成して投擲した。
ゴーレムのトーテムポール部分にヒット。
その巨体がぐるりとこちらを向け、紫色の魔力弾を浮かべる。
「さすが飛び道具持ち。その距離からでも攻撃してくれると思ってたぜ」
──そして狙い通り、ゴーレムは魔力弾をこちらへと放った。
俺は崖肌へと張り付いて身体を固定し、一方で塩喰らいカーマンの隣をかすめたその魔力弾は、弾の持つ引力によって全身のツルを一箇所へと引きつける。
「グポオオオオッ!?」
「よし、これでがら空き」
伸びるツルが一箇所へと集められたということは、反対方向に隙が生まれたということ。
空中から飛びかかるように球根へと一打を加え、さらにツルの付け根をすぱすぱと切り落とす。
「爽快だな」
そしてようやく近寄れた。
魔力弾がツルに握りつぶされて霧散するも、俺をめがけて何度も撃ち込まれる魔力弾に、カーマンのツルは次々引き寄せられる。
そうしているうちに、やつはゴーレムと小人たちに向かってずるずると走っていく。
ヘイトの方向が変わってしまうほど、彼にとっては不機嫌だったようだ。
「まあ、それはそれでやりやすいからいいけどな」
あっという間に小人たちを轢き潰し、ゴーレムを割って塩をほじくるカーマン。
がら空きになった球根に一撃を叩き込み、再びこちらにヘイトが戻れば──俺はまた空中へと逃げる。
「いいよ、いくらだってやろう。トーテムゴーレムはこのエリアの頻出モブだ、探せばいくらでも見つかる」
鬼ごっこ、再び。
砂煙を上げ、凄まじい速度で追ってくるカーマンを引き連れ、塩湖周回の旅である。
「おーい、そこのプレイヤー! 悪い、危ないからどいてくれ!」
「えっ、なに!? ボス!?」
「あれトビくんじゃない?」
「魔王さま!」
下手すればMPK──モンスタープレイヤーキル、モンスターを誘導してプレイヤーをキルする嫌がらせ──になりかねないので、声掛けは忘れず。
それにしても、以前に増して魔王認知が加速している気がする。別にいいけども。
そうして逃げ回り、ゴーレムをけしかける。また逃げ回り、ゴーレムをけしかける。そのサイクルを回すだけ。
相手はいい感じに削れている。
HPもそうだが、大事なのはツルの数だ。
再生能力があるとはいえ、数十秒で全快するような驚異的な回復性能ではない。じりじりと赤字に追い込んでいく。
「おっと、そういうモーションもあるのか」
「オオオオオン──ッ!」
HPが一定値を下回ったのか、巨大な塩結晶の剣を作り出すという派手なワザを確認。
複数のツルを腕のように編んで握り、振り抜かれる剣閃を跳んで躱す。
カウンターで多節棍を放ってみると、それも燕返しのように翻った二撃目の剣閃に弾かれた。
「はあん、可動域がないってのはやりにくいな」
人体と違って、ツルの腕であればどの方向にも曲げられるわけだ。
まあ俺もメンデルを使って再現しようと思えばできなくはないが……どうだろうな。シザーやイナバくらい人体の動きに精通したプレイヤーには不意打ちとして通じるだろうが、ツルを義手として使うにはそもそも腕を切り落とさないといけないから、リターンが取れるかは状況次第だ。
そんな考察をしつつ、厄介なワザだが逃げる分には困らない。
再びゴーレムを見つけて魔力弾を誘導すれば、ツルの腕は一箇所へと引きつけられて──
「はい、切断!」
塩の巨剣を握るツルを真っ先に切り落とし、まず無力化。
そしてツルの数も減ってきた。いよいよ締めに入ろう。
「さて、普通に倒しちゃダメなんだよな」
今回の目的は接ぎ木だ。
ただ倒せば消滅してしまうし、ドロップアイテムから排塩機能を抽出できるとも限らない。最も確実なのは、本体から形質を抜き取ること。
多少の隙は晒すことになるが、それが確実だ。
俺は球根の上に立ち、ようやく頭を除くすべてのツルを切り落とすことに成功した。
もちろんこれだってすぐに再生されてしまうが──
「クレセントエッジ!」
──ここでも役に立つ夜魔法。
クレセントエッジは回転する魔力の刃なわけだが、これは飛ばすこともできれば空中に固定することもできる。だから今回は固定する。
ツルが生えてきても、その根本に設置したクレセントエッジがツルを切り落とし続ける!
「クレセントエッジ、クレセントエッジ、クレセントエッジ──!」
「グオッ、グオッ、グオオオオッ!?」
珍しくMPポーションを飲みながらの魔法連打。
がら空きになった球根はメンデルのツルで抑え込み、ツボミもまた開花しないようにぐるぐる巻きにして固定する。
いよいよ接ぎ木を開始──
メンデルとカーマン、互いのツルの切断面をぴったりと合わせて接着。それぞれの栄養を行き来させるように、同一化を図る。
「頑張れ、キツいのはこれが最後だ。メンデル」
メンデルが嫌がって暴れている。
極めて効率的な排塩能力を持つとはいえ、カーマンの体内には未だ多くの塩が残存しているのだろう。メンデルはそれにやられているのだ。
それでも、彼女はやりきった。
やがてメンデルの痙攣は収まり、スムーズな動きが帰ってくる。
一方で、今度嫌がっているのはカーマンのほうだ。エネルギーをガンガン吸い上げられて、ジタバタと暴れている。
ようやくメンデルのツルの拘束から抜け出し、へにゃりと開いたツボミの中の大輪は──
「……塩が消えてる?」
──からっぽだった。
花弁もなければ、今まで散々撃ち出してきた塩結晶の針さえひとつも残っていない。
まさか、メンデル──
こいつの武器である塩分さえ吸い上げてしまったのか?
その答え合わせをするように、メンデルは俺の指示なく勝手に動いた。
ずるりと腕から巨大なノックスリリィを咲かせ、その花の中に詰まっているのは大量の結晶針。
「えっ、メンデル──?」
──そして彼女は撃ち出した。
カーマンがやっていた掃射と同じように、生み出した膨大な数の結晶針を、さながら機関銃のごとく連射した。
情け容赦のないゼロ距離フルオート射撃が、その球根に風穴を開ける。
『徘徊型ボス〈塩喰らいカーマン〉を撃破しました』
──あっ。
ああ、ええと……たいへん不機嫌だったようです。メンデルも感情を出すようになってきたなあ。
そんなことを思いながら、俺は消えゆくカーマンに合掌した。
カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔術に憧れた魔力なしは、地道な研究の果てにラスボスと化す〜」を執筆しはじめました。かっこいいがあります、えっちもあります。もしよければ覗きにきてください。
https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112




