084 - 浮気ダメゼッタイ
塩湖エリアはマップの中でも端の端。
到着するまで、メンデルを使ってもそこそこの時間がかかった。
赤砂の大地、中間地点が設置されているのも頷ける広さだ。
とはいえ今後のマップはこれくらいの広さが標準になるという話なので、今のうちに慣れておこう。マップひとつを網羅するだけでも相当なやりこみ要素だろうなあ。
新たな敵と出会ったのはそんな塩湖周囲の散歩中だった。
広大な湖の周り、赤黒い岩肌の岸をツルで飛びながら移動していると、急激に身体が重くなったような感覚に見舞われる。
それは決して気のせいではなく、宙に浮かんでいたはずの俺は、強制的に地面に着地させられた。
「おっと……出たな、重力魔法」
重くなった──というより、重力が強くなったというのが正しい。
たとえばメニーナの〈絵画魔法〉のように、基礎的な属性魔法から分類の外れた特殊魔法はいくつか存在する。重力魔法はそのひとつであり、このあたりの敵が使ってくるので要注意──という情報は確認済みだ。
事前調査通り、俺の前に現れたのはモンスターの群れだった。
群れの中心はゴーレム。
ついさっき戦った赤とオレンジ色ではなく、この塩湖周りの岩肌と同じ、赤黒く、どこか禍々しい感じの色合いだ。あちこちから岩塩らしき桃色の結晶が飛び出ている。
そして何より特徴的なのは、その身体の上に積み上げられた石像の数々である。
エキゾチックな装いの石像を、さながらトーテムポールのように何段にも積み上げられ、アンバランスな塔のようになった身体をぐらつかせているトーテムゴーレム──こいつが重力魔法の使い手だ。
またその周囲には、ゴーレムにそんな改造を施した張本人であろう、カラフルな仮面をつけた部族っぽい小人たちがキイキイと高い声を鳴らして踊っている。
「さあ、跳べない戦闘だ」
ツル移動を封じられたウーリ戦ではかなりの苦労をさせられた。ここらで地上戦のリハビリでもしておこう。
「キーッ! キーッ!」
「ギャッギャッギャッ!」
言葉は通じない。おそらくは廃坑で出会ったレッドキャップのような亜人種の類いだ。
俺が殺人彗星を構えれば、仮面部族たちは一斉にこちらへと駆け、後方のゴーレムは紫色の魔力弾を放った。
「よし、来い」
「キキキーッ!」
ゴーレムの扱う重力魔法は二種類。
ひとつは今のように継続して発生する、ジャンプを完全に封じる効果。
普通にしている分にはなんの違和感もないが、両足を地面から離した途端に身体が重くなる──という何とも不思議な仕様だ。
もうひとつは微弱な引き寄せ効果のある魔力弾だが──
「メンデル、錨を頼むぞ」
──こちらはメンデルのツルで身体を固定すれば問題ない。
メンデルは俺の言葉に答えるように、ツルを地面に撃ち込んでくれる。
「キーッ! キーッ!」
「おお、こっちもかなり素早い」
重力の魔力弾を余裕をもって躱し、身体を固定しながら……まずは仮面たちの相手だ。
すでに眼前へと迫っていた大鉈のような得物を棍で、そして足先に展開した刃で「──キンッ!」と弾く。
多対一。
まともにタイマンの戦い方をしている余裕はない。
一方で幸いだったのは、こちらは武器のリーチで彼らを上回っているということ。
今度は俺の方から棍を振りかぶれば、仮面の一匹はそれを武器で受け止め、鍔迫り合いの形に入る。ただし──
「そいつは間合い内だ。エンチャント・ノクス」
──魔力を伝達させ、魔法刃を生成。
今度は薙刀ではない。横方向に長い、鎌状の湾曲刃だ。
生成した刃はすでに仮面部族の細い首に宛てがわれ、俺がぐっと武器を引けば、頚部にクリティカルな切断ダメージが叩き込まれた。
首をすっぱりと斬り裂かれ、呆気なく一体目が消える。
「よし、この調子でどんどんいこう」
後ろからやってくる飛びかかり斬りを足でいなしながら、もう片足が宙に浮かないように注意。
ナイフや魔法によって距離を牽制し、有利な間合いを押し付けるように一体ずつ処理していく。
「おっと、ゴーレムが来たか」
ゆるい足取りでやってきたトーテムゴーレムがようやく追いついてきた。
こいつの何が厄介かといえば振動だ。さっき倒したゴーレムと同じように震脚による地震を起こしてくるわけだが、ジャンプ禁止というギミックがここで効いてくる。
なのでこの場合は──
「──動かず対応、肉盾をしっかり使う」
多節棍化した殺人彗星で仮面部族たちの足元を撃ち、バランスの崩れたやつをツルで回収。
振動によって動けなくなる間はこいつを盾にすることで攻撃を凌ぎ、ついでに同士討ちで数を減らしてもらう。
軽くて小さいおかげでこういうこともできる。俺との相性は思ったより悪くない。
そうやって部族たちをあっという間に処理しながら、さてゴーレムのほうはどうしようか──と考えていたときだった。
突如、比べ物にならない振動が俺の足元を襲った。
「うわっ、なんだ……!?」
少なくともゴーレムの震脚ではない。
なにせ一帯を揺らす地震に、トーテムゴーレムもまたバランスを崩してすっ転んでいたからだ。
そして転んだゴーレムの身体を、突如、地面から生えてきた真っ赤なツルが絡めとった。
その身体がひび割れ、ひしゃげ、中の岩塩をほじくるようにして、その巨大植物はおいしそうにゴーレムの亡骸をすする。
「おいおい、思った以上に早いな……さっそく出会えたじゃないか、ターゲット」
『徘徊型ボス〈塩喰らいカーマン〉が確認されました』
そいつは毒々しい赤紫色の巨大植物だった。
すべすべとしたツルと、トゲのある葉っぱの集合体。やがて地面の下から這い出てきて全貌が見えるようになると、ボディの中央が球根のようにぷっくり膨れている。どう見てもあそこが本体だ。
これこそ俺たちの探していたモンスター〈塩喰らいカーマン〉──この塩湖の主であり、究極の塩性植物である。
「……というか "塩喰らい" って。こいつ、積極的に塩を求める植物なのかよ」
大抵の塩性植物は、過酷な周囲環境に適応するため、仕方なしに排塩機能を獲得して自然の淘汰から逃れているわけだが……こいつの場合、自分から塩を食べにくる。
そういえばネイラも「塩湖が濃くなってから、見たことのない植物型モンスターが居着いた」とか言っていたな。
要するにこいつ、塩を求めてはるばる遠方から引っ越してきたモンスターというわけだ。よほど塩が大好きらしい。
「さあ、やるかメンデル。あと少しの辛抱だ」
この岩塩むしゃ喰いモンスターの形質を取り込んでしまえば、俺たちが塩に苦しめられることもなくなる。
気合いを入れるように殺人彗星を棍の形態へと戻し──そして直後、俺たちは同時に動き出した。
さっそく足元を薙ぎ払ってくる、殺意高めなツルの鞭撃を跳んで躱す。
そして接近すれば、塩結晶のナイフ、クレセントエッジ、魔力刃、月人の処刑──手持ちの切断攻撃をフルに使って、まずは道を塞いでくる無数のツルをずたずたに切り開く!
「グオオオオッ!?」
「どこから鳴いてんだ……って、もしかしてあのツボミか?」
咆哮と共に仰け反り、ずるりと這いずって後退するカーマン。
牽制のように四方八方から迫り来る鞭をときに躱し、ときに切り刻んで迎撃しながら、俺は相手の構造を把握する。
さっきまでツルで隠れて見えなかった角度に、胴体ほどではないが小さなツボミのような膨らみを発見する。どうやら雄叫びはあそこから。
そしてツボミは、大きく花開いた。
それは真っ赤な身体に見合わぬ、真っ白い大輪。
いや、あるいは透明なのだろうか。光の乱反射で白んで見えるだけで、どうもあの大輪、花弁も花糸も、すべてが澄んだ塩の結晶で構成されているように感じる。
「綺麗だ……」
そう呟けば、メンデルの茨が俺の首を「がりっ」と引っ掻いた。痛いです。すみません、浮気でした。
……などと無駄なやりとりをしていたそのとき、塩結晶の大輪はぐるんとこちらを向いた。
そしてツボミの中に蓄えていた大量の塩結晶を、俺たちのほうへと射出する。
「グポオオオオッ!」
「うおっ、結晶針……! 俺と同じ使い方!」
無数の針を弾丸のように飛ばしてくるカーマン。
使い方は俺と同じだが、その数は違う。俺がウーリに撃ち込んだような生温い弾幕じゃない、数千本単位の面制圧攻撃が飛んでくる。
「これはとんでもない……!」
脚力を強化し、全力の移動。
少しでも足を止めれば塩針マシンガンの射線に追いつかれる。
半ば転げるように必死に回避し、伸びてくる触手も切り刻んで迎撃。
なかなかシビアな戦闘に、笑みがこぼれる。
「あれ、欲しいよな。メンデル」
メンデルは同意するように体内で蠢いた。
カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔術に憧れた魔力なしは、地道な研究の果てにラスボスと化す〜」を執筆しはじめました。かっこいいがあります、えっちもあります。もしよければ覗きにきてください。
https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112




