082 - メタゲームの鬼才
捕食はできない。
ツルを使った大跳躍も邪魔される可能性が高い。だが殺人彗星の届く距離でもない。
この間合いで通じるものといえば、飛び道具のみ。
「クレセントエッジ」
無数の塩結晶ナイフ、そして夜魔法を同時に放ち、それらは弾幕となる。
「ああ、たしかに面制圧はちょっと苦手だね……!」
本当に手札が多いなあ! とウーリは嬉しそうに叫んで、まずはクレセントエッジの軌道上から退いた。威力として一番受けてはいけない攻撃だからだ。
そして──
「ファイアウォール!」
──詠唱とともに展開される、四角い炎の壁。
それは撃ち放たれた小型の結晶ナイフを消し炭にし、かろうじて壁を通り抜けた中型ナイフも頬をかすった程度だ。
彼女は弾幕をやり過ごし、壁の向こうでポーションを飲み干す。
塩中毒によるスリップダメージも含めて、削ったHPはこれで全快だろう。
だが、この一瞬は俺だって動ける。
「できるだけ距離詰めるぞ、メンデル……!」
追えば追うだけ遠ざかり、高所から矢を撃ち込んでくるウーリ──こういう隙を見つけて少しずつ詰める他にない。
脚力を全力で強化し、地面を蹴るように一気に跳ぶ。ツルによるフックショットは、万が一塩水を浴びせられた場合にタイムロスに繋がるので控える方向で。
後ろからはギャラリーたちが攻防を見ようと追いかけてくるが、悪いが置いてけぼりにさせてもらう。
俺が一気に距離を詰めれば、まばらに生える木々の上からウーリがぎょっとした顔でこちらを見下ろしていた。
「うわあっ! この一瞬でここまで詰めてくるのか……!」
「なんだよ、研究してたんじゃないのか?」
「そうだけどさ〜! ツル移動を封じちゃえば、もう少し足止め出来ると思ったんだけどな〜!」
……などと言いつつ、笑みを堪えられていない。俺をいじめようと試行錯誤しているときのウーリは本当に楽しそうだ。
さて、これだけで追いつけるわけもない。日ノ宮ウリはそんな簡単な相手ではないのだ。執念深く、幾重にも保険を用意しているのが彼女の常である。
──まだ、なにかある。
そんな直感と同時に、俺は嫌な匂いを嗅ぎ取った。
どこかで嗅いだ覚えのある炭の匂い。
まずい──そう予感し、咄嗟にメンデルを動かした。
「──苔生す揺籃!」
走りながら、全身にミズゴケの形態変化を纏った……その瞬間だ。
結果から言えば、ミズゴケによって火耐性を高めた俺の判断は大正解だった。
俺の足元は、爆発した。
「──ッ!」
──どこから来るかと身構えたが、足元?
爆発音が轟く。爆風に吹き飛ばされて地面の上を転がりながら、さらに追撃で撃ち込まれる矢をギリギリで打ち払う。
「相変わらず重いな……ッ!?」
──ガキンッ! と強烈な金属音に振動。
殺人彗星を振り抜き、しっかり真正面から矢を弾いたはずが、それでも重さと衝撃によってHPゲージが削られる。腕がびりびりと痺れる。
まあ、そんなことはあとだ。
それより今、何が爆発した? 地面の下、地雷のように設置された何かだ。だがそれを埋めるタイミングがあったとは思えない。
──地面を地雷原へと変える方法。
埋めるまでもなく、何かをばらまくだけで、それが爆弾に変わる何かだ。
「……まさか、土そのものか? あの炭の匂い、ドレ=ヴァロークのドロップだな。それを土に混ぜ込む形で加工した」
「察しよすぎだろお……そうだよ、狂化ノームの肥土をベースに作った爆薬粘土だ。火矢を撃ち込んでも起爆するし、ファイアウォールのような補助魔法の余熱でも起爆できる」
……なるほど、どうりで。
さっきからウーリが高い位置を陣取っているのは、爆発に巻き込まれないため、そして地面に撒いた爆薬に火種を落としやすくするためか。
じいっと観察すれば見分けられると思うけど、走りながらは無理だよね? とウーリはにまにま笑う。
捕食攻撃は封じられた。
武器攻撃は届かない。
飛び道具は掻き消される。
ツルを使った移動には大きなリスクがつきまとい、地面を走れば地雷によって足止めされる。それもメンデルの弱点である火属性だ。
その上で、しっかり火力と決定打まで欠かさず備えている。メタビルドにありがちな中途半端さがどこにもない。
なるほど、完璧だ。
俺の手札は研究し尽くされている。
「さて、どうするか……よし、ひとつ思いついた」
やられっぱなしだ。
そろそろ反撃しよう。
*
用意したメタはすべて通用した。
満足気にニヤつきながらも、ウーリは脳内で冷静に思考し続ける。
何か漏れはないか?
負け筋は?
ノッてないときのトビならこれで詰む。
だがノッているときのトビは、ときに妙な発想で戦況をひっくり返してくる。
そしてデイブレに来てからのトビは──ノッている。今まで共に遊んできた、どのゲームタイトルよりも。
そんなウーリの思考を裏付けるように、トビは顔を上げた。諦めなど微塵もないというような表情で。
「おいおい、何やらかすつもりなんだ……?」
──こちらが圧倒的に有利。
だというのに不安で仕方ない。トビはそういうプレイヤーだからだ。
そしてトビは──跳んだ。
ツルを射出し、撃ち込み、その収縮によって加速するいつもの移動法だ。ただし後ろ方向へ。
「うげっ、後ろかよ……!?」
塩水瓶は、接近しようとしてくる相手には簡単に当てられる。移動経路上にぶちまければいいだけだからだ。
しかし後ろへと遠ざかっていく相手への命中精度はそう高くない。
それでも矢の先に瓶をくくりつけ、ためしに射撃で狙ってみるが──
「まあ、さすがに当たんないよね」
──ツルの収縮を自在に使いこなし、トビの軌道はぐっと逸れる。あれに射撃を当てるのは至難の業だ。
とはいえ、接近しない限りはトビに勝利はない。
……さあ、何をする気だ?
想定と対策はいくつかある。
たとえば地面からの攻撃。
メンデルは植物だ。ノーム戦で見たように、じつは大地に根を張る能力を隠し持っている。そうやって土の中に伸ばしたツルへの攻撃は〈振動感知〉で察知・対応する予定となっている。
あるいは持久戦。
さきほどトビに言った「血中塩分濃度が下がることはない」──というのはブラフであり、大嘘だ。実際にはしっかり解毒剤を用意してあるので、塩中毒によるスリップダメージ狙いの時間稼ぎは通用しない。その場合はトビのスタミナが先に切れるプランになっている。
さらに爆薬化したノーム肥料には大量の塩を混ぜてある。もしトビが爆薬からのエネルギー補給を試みれば、その時点で詰めに入れる。
……うん、大丈夫なはずだ。
きっと大丈夫。すべて対策済み。
だが、そんなウーリの思考を裏切るように──トビは空高く飛び上がった。
「……は?」
二本の木にツルを撃ち付け、さながらスリングショットの要領で自分の身を勢いよく射出──
ウーリの目でも捉えられる、空中で弧を描くような軌道を描き、ウーリの元へと迫るトビ。
──あいつ、馬鹿か?
一瞬、ウーリの頭にはその言葉がよぎった。
あんなにも高い空中では、もはやツルを打ち込む木々も周りにない。
つまりお得意の複雑な空中機動が意味をなさず、無防備に隙を晒すだけなのだ。
ただのマトだ。
意図はわからないまま、けれどウーリは容赦なく弓を引いた。
あまりにも分かりやすい軌道で空を舞うトビ──避けられるはずがない。
予想通り、放った矢は命中し──
トビはそれを、全身にツルの鎧を纏わせることで何とか耐える。打ち払うことさえしなかった。それに……
「ツルを出したな? だったら次は塩水瓶の餌食だぜ、トビくん!」
……メンデルが体外に出てきたなら、塩水が通じる。
ウーリは矢じりに素早く瓶をくくりつけ、そのまま二の矢を撃ち放った。
当然、これも避けられない。
トビの姿は、すでにウーリの真上。落下する以外に何も出来ないトビへ、矢が命中するというそのとき──
「……あ」
──ウーリは、自分のミスを悟った。
そもそもトビ戦における塩水の有効性は、メンデルの動きを麻痺・痙攣させ、好き勝手な動きをさせないことにある。
たとえばトビがよく使うフックショット移動には、この効果がきわめて刺さる。精密動作性を乱すことができるからだ。
だが、それはあくまで「動きをめちゃくちゃに掻き乱してやる」というだけで、トビ本体にダメージを与えているわけではないし──
麻痺させたメンデルにしても、ツルそのものを消し去るわけではない。動きを混乱させるというだけなのだ。
つまりは──
塩水を撃ち込んだとて、メンデルは消えてくれない。ただ暴れるだけ。
暴れるメンデルが、重力に従って空から落ちてくる──ただそれだけ。
「お、終わった……」
ウーリは空を見上げて、引き攣った笑みで呟いた。
その身体を黒い影が覆う。見上げた先には、トビの身体からぶわりと溢れ、膨れ上がり、のたうち回る──メンデルのツルだけが視界いっぱいに。
そして、それは落下した。
「ちょっ、め、メンデルっ! ごめん、ゆるしてっ!? う、うわあああっ!?」
その圧倒的な巨大さを前に逃げることも間に合わず──直後、ウーリの身体はツルに呑まれ、押しつぶされた。
乱暴に絡みつくツルに首を絞められ、手足をメキメキとねじ曲げられる。
あるいは生き残ることができたとて、このツルの大群に呑まれた機械弓は、もうまともに使えないだろう。滑車部分の脆弱さがあの武器の弱点だ。
そんな妙に冷静な思考と共に──ウーリのHPゲージは底をついた。
──決闘結果。
ウーリ、圧死。
トビ、勝利。ただしスタミナ枯渇寸前。
カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔術に憧れた魔力なしは、地道な研究の果てにラスボスと化す〜」を執筆しはじめました。かっこいいがあります、えっちもあります。もしよければ覗きにきてください。
https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112




