081 - 殺し合っていたいと思う
日ノ宮ウリというプレイヤーの最も恐ろしい点は、何よりその「研究力」にある。
仮想敵とレギュレーションを徹底的に調べ上げ、対策し、対策し、そして対策する。完膚なきまでに対策し、ねじ伏せる。
高校に上がった頃には、すでに「メタゲームの鬼才」などと呼ばれて全国にその名を轟かせていた。
俺のような「ひとつの得意を相手に押し付ける」プレイヤーにとって、そういった「得意を徹底的に対策してくる」ウーリのようなプレイヤーは天敵だ。だから苦手だ。
それでも、そんなことは関係なしに──俺は彼女と、一生殺し合っていたいと思う。
さあ、開戦である。
決闘システムのカウントダウンがゼロになった直後、俺たちは同時に動き出した。
俺は距離を詰めるように──そしてウーリは、後方へと距離を取るようにして互いに跳ぶ。
「エンチャント・ノクス」
「ファイアワークス」
同時の魔法発動。
俺はいつものバフ、一方ウーリが使ったのは聞いたことのない魔法だ。
それは足元で爆発する火の花である。
火力のある魔法には見えないが、強い破裂力でウーリは大きく跳躍する。
爆発による跳躍補助──
やり方は少し異なるが、イナバも使っていた技術だ。当然、ウーリだって習得している。おかげで俺は間合いを詰める手がひとつ遅れた。
そして同時に、ウーリは何かをばらまいた。
「ポーション? いや、違うな──」
インベントリから吐き出され、そのまま空中に放り出される無数のガラス瓶。いつもウーリがくれるポーション瓶と同型だ。
それらは火の花の余波に巻き込まれる形で一斉にひび割れ──俺が間合いを詰めようとしたその瞬間、最悪のタイミングで中の液体をぶちまけた。
飛び退いたウーリを追わんと射出したメンデルのツルが、その瞬間、液体を浴びてびくびくと痺れるように暴れる。
「……ッ! だよなあ、やっぱり!」
「うん。これはねえ、塩水」
語尾にハートマークでも浮かべるような、にこにこと楽しそうな声色。まったく憎たらしい。あいつの狙い通り、これでは上手く跳べない。
塩水を吸ってしまったツルを即座に切り離し、かろうじて全身への導水は防いだが……タイムロスには変わりない。
まんまと距離を離され、ウーリはその手に杭のような金属矢を握っている。
「急ぐぞ、メンデル──!」
まだ弓までは構えられていない、今もう一度跳べば間に合う──という俺の思考は、ウーリを相手にするにはやや甘かった。
高い木の上に着地したウーリは、弓を構えることも、弦に矢を番えることもしなかった。ただその手に握った金属矢を──
その腕を大きく振りかぶって、ぶん投げた。
「──ッ!?」
「私のビルドは腕力特化──射撃、打撃のほか、投擲だってお手の物なんだぜ」
完全な不意打ち、予想の死角だ。
気付けば眼前へと迫っている剛速球──いや剛速矢? ダーツのように投擲されたそれが、横腹に深々と突き刺さる。
「開戦前のパフォーマンス、あれ伏線かよ……」
妙に弓を見せつけてくるなと思ったんだ。盤外戦術まで仕込みやがって。
まあ幸い、ダメージは機械弓より遥か下。ただそれでも足を止めるには十分な衝撃だった。いよいよウーリは機械弓を構え、今度は本気の射撃が飛んでくる。
ごう──と空を裂く音。
転がるように横へ跳ぶ俺。
風切り音と共に飛来するそれは、俺の真横を通り過ぎて地面に突き刺さり、砂煙を爆発させる。相変わらずのとんでもない威力に、俺は冷や汗をかいた。
さて、どうする。
足を止められてばかり、今の時点では形勢不利。
そんなとき、次の矢を構えながら、ウーリはインベントリから取り出した何かを「ごくん」と飲み込んだ。
しゅると蛇の舌をちらつかせ、彼女は俺に告げる。
「これも塩タブレット」
「はあ……?」
「デイブレの海水は塩分濃度3.5%、クックノールの濃縮海水弾は8%──メンデルちゃんが軽く触れただけでNG出すのがクックノールのラインだ」
ミサイルのように連射にされる矢の数々を躱しながら、俺はウーリの語りに「まさか……」と息を呑んだ。
……ああ、これだよ。
これだから厄介なんだ、この女は。
「だから今、私の血中塩分濃度は8%! 腎、発汗、細胞外液増加能……まで演算されてるかは知らないけど、とにかく塩分調整系の作用はぜんぶ止めてるから、決して下がることはない。おかげでスリップダメージえぐいし、喉の渇きもすごいけど──」
──だけどこれで、もう私に捕食攻撃できないね?
そう言ってにんまりと笑うウーリは、容赦なく次の矢をぐうっと引き絞った。
さあ、これで腕をひとつもがれた。
すべての手足をもがれる前に、状況を変えなければ。
*
日ノ宮ウリが「トビ」と呼ばれる少年とチームを組んだのは五年くらい前。
しかしそれ以前、十年近く前から、ウリはトビのことを認知していた。
トビは覚えていないと言う。
まあそうだろう、とウリは思う。
そのときウリは「日ノ宮ウリ」という名前を使ってはいなかったし、そもそもトビにとって、それは日常でしかなかっただろうから。
当時はVRフルダイブシステムの黎明期。
中学校に上がるより少し前──その頃、ウリがハマっていたゲームには「オンライン訓練場」なるシステムがあった。ランクマッチではなく、模擬マッチや試し撃ち、意見交換などを他プレイヤーと共有できるトレーニングシステムだ。
トビはそこにいた。
いつログインしてもそこにいて、淡々と自主練を繰り返していた。
ひたすらにエイム練習──
ただ動き回るマトを狙って銃を撃ち続けるだけ。
たしかに練習は大事だが、そのために模擬マッチにさえ潜らないのでは本末転倒だ。
正直に言えば「こいつには素質がない」とウリは思った。どれだけ丁寧に練習しても、ランクに潜れないやつは上達しない。それが彼女の持論で、第一印象だった。
それでも──
何度見ても、トビはいつも同じ場所にいた。
エイム練習。
エイム練習。
エイム練習。
マトに向かって銃を撃つ──
つまりはエイム練習である。
「ねえ、潜んないの?」
声をかけたのは苛立ったからだ。
ちんたらやってないで、模擬戦でもいいからさっさとランクいけよ──と思ったのだ。「トビ」という名前を頭上に浮かべた彼は、ウリの声掛けにゆっくりと顔を上げた。
「ちまちま潜ってるよ」
そっけなく彼は答えた。
ウリは少し苛ついたが、それ以上何か言うことはなかった。そこまでしてやる義理はないと思った。
トビは相変わらず、いつ見かけてもトレーニングルームでマト当てをしているだけだった。
けれど異変はその数日後に起こった。
模擬マッチでトビと当たったのである。
「トビ」というネームタグと、彼の姿によく似たアバター。間違いないと思った。
結果としては、そのマッチで勝ったのはウリのいるチームだった。けれど勝敗なんてどうでもいい。
そんなことよりも──記憶がたしかであれば、ウリがマッチに潜る直前、トビはたしかにあの訓練場でエイム練習に熱中していたはずなのだ。
参加できるはずがない。
エントリーに間に合うはずがない。
それを確かめるために訓練場に向かえば、トビは相変わらず淡々としたエイム練習に向き合っていた。ウリの忙しない足音を聞いて、ゆっくりと振り向く。
「また会ったな。きみ、強いな」
──その言葉に、ウリは確信した。
こいつだ。さっき自分が戦ったのは、間違いなくこの男だと。
「ねえ、どうやったの?」
「どうって?」
「ずっとここに居たじゃん! どうやってマッチに参加したの?」
ウリの問い詰めに、トビは困ったように目をそらす。そして声を潜めた。
「……規約違反じゃないとは思うんだけど、一応内緒にしてくれる?」
「う、うん。内緒にする」
「あれね、複アカ」
──複アカ?
要するにそれは、複数アカウントの意だ。個人が二種類以上のアカウントを運用すること。たしかにそれ自体は規約違反ではない。
だが、ちょっと待て──とウリは混乱する。
それはつまり、こいつは今……複数のアカウントを同時に操作しているのか? 一体どうやって?
「どうやって、って言われても。ソフトウェアを二重起動するだけだろ。ちょっと調べていじれば出来るよ」
「そ、そうかもしれないけど……違うよ! どうやってアバター動かしてるの? ってこと!」
「説明が難しいな。日本語で左の人と会話しながら、手話で右の人と会話する、みたいな感覚なのかな」
「はあ……?」
──VRフルダイブシステムの黎明期。
この時代には、いろいろな抜け道があった。今ではできないようになっている「ソフトウェアの多重起動」もそのひとつ。とはいえ、誰だってそんなことしようとは思わない。
自分の頭の中に、二種類の景色が同時に流れ込んでくる──なんて状況に、普通の人間は対処できないからだ。
けれど、きっと彼は「普通の人間」ではないのだろう。
「コントローラー握りっぱなしのレトロゲーじゃ出来ないことだ。ボタンはいらない、脳に繋ぐだけで効率二倍、対人思考と早撃ちの同時処理まで練習できる──こんなのやらない手はないだろ」
試合がまともに成立するまで一年近くかかったけど、と語るトビを前に──ウリは引き攣った表情で、どもりながら笑った。
「おっ、お前……ち、ちょっと、頭おかしいよ……」
笑うしかなかった。
──結果、ウリはトビに懐いた。
頭のおかしいやつだったからだ。こんな面白いやつ、他の誰に渡してなるものか。
私はお前と、一生殺し合っていたいと思う。
カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔術に憧れた魔力なしは、地道な研究の果てにラスボスと化す〜」を執筆しはじめました。かっこいいがあります、えっちもあります。もしよければ覗きにきてください。
https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112




