080 - タカツキ青年の成長
「エンチャント・ノクス」
「雷、風、中位混成──エンチャント・サンダーストーム!」
タカツキの周囲に渦巻くのは、雲の混じったような灰色の旋風。なかなか強力そうなバフだが、体勢を崩したのはタカツキの方だ。
立て直しの猶予は与えない。
ぐんっと距離を詰めて振り抜いた殺人彗星をタカツキはギリギリで受け流し、さらに射出したメンデルのツルも斬り裂いて見せた。
うん、かなり反応がいい。
個人の反応速度もそうだが、ムーンビースト戦での共闘を経て、俺の動きに目が慣れているというのもあるのだろう。それにしても──
「──よく斬れる刀だな」
「月詠み巫女のドロップ加工ッす!」
ああ、どうりで。
言葉を交わしながら、俺はさらに蹴りを叩き込む。
「ぐっ……!」
足先の刃──月人の処刑は展開禁止。しかし足技自体を遠慮する必要はない。
現状、度重なる連撃に防戦一方のタカツキだが──
──そのとき、タカツキの周りで雷が爆ぜた。
「おっと……!?」
「よッし、ようやく発動したァ! サンダーストーム!」
連打した二撃目の蹴りは雷の発生に相殺され、体勢を整えたタカツキが刀を振るって切り返す。
斬撃、そして同時に「チェインボルト!」と叫べば、地面を走ってくる電撃の魔法。
初撃を弾く。あとは上に跳ぶようにそれらを躱し、牽制の結晶ナイフを振りまきながら──俺はさっきの状況を思い返していた。
タカツキが身にまとう、曇りがかった旋風だ。
たしか「エンチャント・サンダーストーム」とか言っていたか。
おそらくあれが雷を発生させた──
いや、雷雲を作り出した魔法、という表現のほうが正しいだろうか。そしてタカツキは「ようやく発動した」とも言っていた。
「……旋風内部に衝撃が打ち込まれたとき、確率で小型の雷雲を発生させる。自動反撃を行う類いの持続バフか?」
「嘘だろ、もうバレた!?」
──正解らしい。
追撃に踏み込んでくるタカツキをツルで牽制しながら攻撃をぶつけ合い、そして今度こそ、俺はしっかりと目視する。
武器がぶつかり合うたびに、旋風の中に生まれる灰色のモヤのようなもの。
それらは段々と大きくなり──そしてある一瞬「ぼんッ!」と膨れ上がり、電撃を炸裂させた。
「なるほど。衝撃を与えれば与えるほどに発生確率が上がっていく、一度発動させると確率上昇はリセットって感じか」
「だーっ! だから分析早いッてえ! やっぱりプロってインテリじゃなきゃダメなんですか!」
そんなことないだろ。まともに学校行ってないようなプロだってゴロゴロいるぞ。
あと俺は正確にはプロ入りしていない。ギリギリで辞めちゃったから。
……というのは置いておいて、これは厄介だな。
至近距離で浴びる電撃は強烈。衝撃を凌ぐために防御に構えれば、攻めの姿勢が崩れることになる。今まさに攻防がひっくり返されたところだ。
斬撃と魔法の波状攻撃。
それをツルと殺人彗星で捌きながら、旋風の中で再び色濃くなっていく雷雲の種を見る。
俺は地面を蹴って後方へと跳躍し、そして多節棍化した鞭撃を放つが──
「来た! 苦手なヤツ!」
──などと言いつつ、タカツキはそれをしっかり上に跳んで躱した。
「いいじゃん、タカツキ……!」
今のは純粋な反応だけで躱されたわけじゃない。
タカツキの読み。そして何より、向こうがこちらの攻撃の択を絞っていたことによって準備された対応だ。
雷の発生確率が高まったあの時点で、俺の立場ではゼロ距離攻撃が出しにくい。
ならば可能性は、多節棍、結晶ナイフ、クレセントエッジによる中距離攻撃三択にまで絞られる。
近接攻撃を牽制し、攻撃択を安直にさせて余裕のある対応を準備しておく──
見違えるほどプロ志望らしい動きになってきている!
そしてその成長を裏付けるように、タカツキは跳躍と同時に投げナイフを放った。
「それもいい投擲だ」
俺が攻撃を空振った直後──
さらに跳躍時という動きの見切りにくい状況で、不意打ち気味に放つ数本のナイフ。俺は首を傾けるようにして、顔面を狙うナイフ一本こそ躱したものの──残る二本は、腕と横腹にそれぞれ少しの傷をつける。
さらに、タカツキは絶好調だった。
「──マグネットフォース!」
おそらくそれは魔法詠唱。
しかし目の前には何の攻撃も発生しない。首を傾げたそのとき──俺は嫌な予感がして、瞬発的に上空へと跳び上がった。
──俺が気付いたのは視線だった。
タカツキがちらっと見たのは俺ではない、俺の後方──ついさっき、投げナイフが飛んでいった方向。
直後、さっきまで俺がいた場所を、後方から引き寄せられるように飛んできたナイフがひゅんと過ぎ去り──それはタカツキの手の中へと収まった。
「危ッぶね……磁力によるナイフ回収、ついでに攻撃か。いいな、その魔法!」
「このまま畳み掛けますッ!」
タカツキは吠えるように斬りかかり、再び攻撃同士をぶつけ合う。
──キンッ! キンッ! キンッ! とリズムよく響く金属音。前から剣術スキルの扱い自体は相当上手かった。
そこに魔法を二種、さらに投げナイフや読み合いまでしっかり習得して、すでに想像以上の上達っぷりだ。
「それにしても、バフの効果が長いな」
「代わりに他のエンチャントが重ねがけできないンで!」
ああ、そういうペナルティもあるのか。
タカツキが身にまとう旋風は未だ持続中。近くで殴り合ってしまったせいで、いよいよ雲が目に見える形に育ってきた。そして──すぐに破裂する。
「──ッ!」
ミニマムサイズの雷鳴。
炸裂した電撃によって、やや有利になったのはタカツキだ。
この機を逃すか──とばかりに刀には力が籠もり、そして彼は、再び投げナイフを放った。
「いいね」
刀の柄の裏に、上手く隠した投げナイフである。反応こそ間に合ったが、その刃は頬をふかく斬り裂いて通り抜けた。
そして厄介なのは、これだけでは終わらないということ。
「──マグネットフォース!」
剣を振るいながら詠唱。
幾度も斬り合いながら、背後から迫ってきているであろう一本のナイフ。
俺はそれを、攻撃を中断して跳び躱し──
そして、無数のヘイロウをくくりつけられたナイフが、弾丸のようにタカツキのボディに炸裂した。
「い゛ッ……!?」
「よし、綺麗に入った」
まあ、特に難しいことをしたわけではなく──
さっきナイフを躱したあのとき。ツルで組み上げ、あらかじめ準備しておいたヘイロウ製の鎖を投げナイフの柄に結びつけておいただけ。
下手に勢いよくナイフを引き寄せれば、それだけで鎖は暴れ、強烈な鞭となる。
そして大きく怯んだタカツキに、俺はそのまま殺人彗星をぶんと振り抜いた。その頭部を勢いよく横殴りにし、スタンの入ったタカツキにメンデルのツルが殺到する。
「えっ、兄貴、それ──」
「さあ、ここからちょっとグロいぞ」
「ちょっ、た、助け──う、うおおおおおっ!?」
メンデルに全身をぶちぶちと喰い破られ、タカツキの悲鳴が轟いた。
*
死に戻りしたタカツキが、すぐにその場でリスポーンされる。これが決闘仕様か。
「ひどい目にあった」と肩で息をしてへたり込むタカツキには、ギャラリーたちから絶賛の声が飛んだ。
かなり強くなってたな。
いい勝負をしてしまった。
バウクロッツェやビルマーたちも、いつの間にか観客の中に混じっている。
「うおーっ! トビさんつよーいっ!」
「なんだかんだ、こうして直に見るのは初めてですが……鮮やかなものですねえ」
勝者、敗者ともに盛大な拍手で迎えられるこの感覚──
懐かしいな。俺は少しだけ昔を思い出した。そんな俺を見透かすように、じっとこちらを見るウーリと目が合う。
「……なんだよ、ウーリ」
「なんでもないよ〜? リスナー盛り上がってます」
「それはよかった」
にんまりと笑みを浮かべるウーリは、続けて言う。
「リスナーから質問が来ています」
「なんだ?」
「トビとウリはどっちが強いの? だって」
ウーリのその言葉に──
そう大声で話していたわけでもないはずなのに、ギャラリーたちはふっと静まり返った。
彼らの視線が俺たちに集まる。
続きを注視している。
「……久々にやるか?」
「うははは! やりますか!」
そう言ったウーリは、タカツキと入れ替わるようにして前に出た。
夕陽のような赤髪が潮風に吹かれ、巻き上がる。得体のしれない蛇の瞳がぎょろっと俺を睨んでいる。
本当に嬉しそうに。
そうして彼女は、高らかに声を上げた。
「さあ、貴重映像だぞリスナー共! 私の研究成果十年をもってして、今ここでトビくんを殺すぜ」
「いいだろう、やってみろ」
爆発めいたギャラリーたちの歓声に包まれ、俺たちは中央で向かい合った。ウーリはその片腕で、展開した巨大な機械弓をくるくると回して見せつけ、さらに拍手を煽る。
まったく、舞台慣れしやがって。
さて、ここでひとつ前置きしておくことがあるとすれば──
俺はこの生涯、これまで戦ったあらゆるプレイヤーの中で、日ノ宮ウリという選手を最も苦手としている。
断言できる。彼女は誰よりも強い。
少なくとも、俺にとっては。
カクヨムのほうで新連載「暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔術に憧れた魔力なしは、地道な研究の果てにラスボスと化す〜」を執筆しはじめました。かっこいいがあります、えっちもあります。もしよければ覗きにきてください。
https://kakuyomu.jp/works/822139837818311112




