078 - 再々戦・白魚の海賊団
──コルヴァラン家との協力関係締結から数日。
まず俺たちは島内の探索に時間をかけ、危険なモンスターが湧かないことを徹底確認。生産NPCを招待すること自体は問題なさそうだ、というところまでをチェックする。
島内の生物は、多くは攻撃能力のないモンスター以下の動物だった。今の時点では狩りに、将来的には畜産などに流用できる動物種である。
唯一の例外は徘徊型ボスの〈金の成る木〉だが、こいつは大きな音を浴びせるだけで怯えて逃げていく。そこだけ周知させておけば問題ないだろう。
一日に一度、島内に現れる〈金の成る木〉。
ついでに飼いならした「こがねちゃん」以外の個体を倒してみる。今日はウーリと一緒だ。
『徘徊型ボス〈金の成る木〉を撃破しました』
……本当に呆気なく倒せた。
それはもう二、三発殴るだけで息絶えた。それでいいのか徘徊型ボス。
ただ問題は──
「──アイテムはドロップしないな」
「こっちもなし。黄金の果実の収穫は、個体数に関わらず一日一回。ズルは禁止ってことだね」
そういうわけで、〈金の成る木〉を何体も寄生支配して果実を量産、というのはできなさそうだ。
毎日探索なしでレアアイテムが手に入るだけ上等と考えよう、とウーリは言う。
……まあたしかに、探すの大変なんだよな、こいつ。
今回も見つけるのに一時間以上かかった。その時間を毎日省けるだけで十分だ。
さて、ここまで前置きである。
本題はやはり街作り。
島内探索の傍ら、俺はビルマーの所属する巨大生産クラン〈エンタープライズ:ベルベット&メタリカ〉との連絡を同時並行で進めていた。
ビルマー他、向こうのクランの幹部を他にも数人集めてもらい、島開拓用に作ったチャットにまとめてぶち込む。
『トビさん! 海賊退治をお願いしたはずが、まさか街作りまではじめているなんて……あなた少し変ですよ! でも噛ませてもらえることは本当にありがたいです!』
……というのがビルマーのお返事。
無事に〈エンタープライズ:ベルベット&メタリカ〉をこちらへ引き入れることができた。あとは他にもタカツキに連絡を取ったり、滞在するプレイヤーが使う小型船を手配してもらったり──
そんなことをしているうちに、合流当日がやってきた。
*
「久しぶり……でもないか。今日からよろしく、ビルマー」
「よろしくお願いします、トビさん。今回はお誘い頂けて光栄です。騎士団に追われたと聞いたときはどうなるかと思いましたが、お元気そうでよかった」
メヌエラ撃破で解放される安全エリアで合流する俺とビルマー。そしてそれぞれのクランメンバー。
このマップの夜は明かしたので、決行時間は当然昼間だ。これだけで攻略難度が驚くほど下がる。
そう、今回は目的は彼らのキャリーである。
とんでもないことに、生産職のくせしっかり独力でメヌエラを撃破してきた彼らなので、あとは海賊団を倒すだけ。俺とウーリのふたりで六人ずつ輸送する形だ。
「トビさん。こちらがウチのギルドの建築士、バウクロッツェです。街開発のことはまず彼女に」
そう言ってビルマーが手のひらで指すのは、後方でぺこりと頭を下げる、妙にカラフルな頭をした女性プレイヤー。
赤、青、緑、黄。
鮮やかな色彩で髪束を色分けして十数本の三つ編みにくくり、デニムっぽいオーバーオールを吊るしている──わかりやすく「芸術家」な装いだ。たしかドワーフという種族か? 耳が少し尖っていて、背が低い。
「バウクロッツェです、バウって呼んでね!」
「よろしくバウ。俺はトビ」
「知ってます!」
まあですよね。
このビルマーやバウクロッツェを含めた最初の上陸予定者六人を引き連れ、さっそく俺たちは海賊団に挑むために海岸へ。
俺たちを運んでくれる船は、すでに海岸で待機してくれている。
俺とウーリ、オーバーキルの三人で乗り込んだときよりも一回り大きな小型船が少し遠くに浮かび、こちらに手を振る船乗りも顔見知りだ。
「おーい、薬師商会! 待ちくたびれたぞーっ!」
「ああ、今行くよアダン」
王都交易組合の船乗り、アダン。
今回の街作りはコルヴァラン家が全面的にバックアップしてくれるので、せっかくだからと彼を指名した。せっかく仲良くなったのだから、関係を絶やしたくなかったのだ。
そういうわけで、ボス戦である。
『封鎖型ボス〈白魚の海賊団〉が確認されました』
じつはまだ撃破していない〈白魚の海賊団〉だが、昼間なので火力も耐久も大きく落ちている。きっと大丈夫だろう──という俺たちの事前予想は正しかった。
第一形態の白魚の群れはあっという間に処理し、この段階でウーリが船の大砲をすべて破壊。
第二形態の船長三体はやや苦戦しながらも、自衛と援護射撃に徹してくれる生産職たちの働きも案外に大きく、そこまでの消耗なく突破。
そういうわけで、ステージはあっという間に第三形態へと移行。
三体の船長たちの粒子が集まり、巨大な白魚が海から半身を覗かせる。
腕をぶんとなぎ払い、水の弾丸を容赦なく飛ばしてくる、相変わらずの怪獣っぷりである。
「見てトビくん、渦が発生しない」
「おお、本当だ」
ウーリに言われて俺も気付く。
前回、巨大白魚が潜水移動を行ったときには〈大海賊クックノール〉戦へと移行するための大渦ポータルが発生したが……昼間は動きがのろいせいか、それがない。
ドレ=ヴァローク戦もそうだったが、もしかして隠しボスって夜限定でしか挑めないのか?
だとしたら相当キツいだろうな。
──と、そんなことは置いておいて。
ボス攻略といこう。前回は結局倒せず終いだったが、俺たちだって無計画ではない。
ウーリは次々に矢を放ち、俺はツルを使って跳び上がると多節棍化した殺人彗星の鞭撃を放つ。
そうしてヘイトを稼ぎ、隙を作っていれば──
「よーし、配備完了! 撃てーっ!」
──バウクロッツェの一声と共に爆音が轟き、直後白魚の身体にいくつもの大砲弾が着弾した。
「うわあっ……!?」
「すっげえ振動だな」
ウーリを抱えて、巻き込まれないように離脱。
白魚はあちこちの肉をごっそりえぐられ、傷口から血液代わりの青い粒子を立ち上らせている。目に見えて有効なダメージだ。
ビルマーはそれを見て高らかに笑った。
彼ら生産職の前には黒光りする鋼鉄の砲台がずらりと並び、その砲口は巨大白魚へと向けられている。
「おお、効いてますねえ! これこそ今日のために我々が開発した威力特化型の設置大砲 "ジャガーノート" ──いい威力でしょう! 動かせない、首も振れない、インベントリの出し入れにそれぞれ六十秒ずつかかるという欠陥もありますが!」
欠陥すぎるだろ。どうりでこんな威力が出るわけだ。
巨大白魚が常に船横真正面に立ち続ける、今回のようなボス戦でなければまともに使えない。
腕の中のウーリは「ビルマーの武器だなあ」と呆れて笑っていた。そうだった、そういう人だった。
とはいえ、ではこのジャガーノートが「今回のようなボス相手に限っては無敵の性能を発揮する武器」かと言われれば、まあそういうわけでもなく──
「う、腕振りが来ます! トビさんお願いします!」
「了解」
──たとえば大砲ジャガーノートの弱点は、腕の薙ぎ払い。
船上を一掃するこの攻撃に対して、回収に時間のかかる砲台は為す術がない。
だからそうした攻撃のときは、俺が上から持ち上げてやる。
「エンチャント・ノクス」
まずはツルと筋力をフル強化。
飴による毒、メンデルの支配、片腕を欠損させて、さらに新たに手に入れた黄金の果実による "金属毒" を自分にかけることで限界までバフを増幅。
そして張り巡らせたツルによって、全員を持ち上げる!
「重っ……!?」
──今まで味わったことのない重さ。
この前の塩水に重ねて、またメンデルに無理をさせている気がする。
けれど何とか宙に浮かせる。
一瞬だけでいい。ビルマー、バウクロッツェ、他生産職、そして彼らの手元に並ぶ大砲までもを一瞬だけ持ち上げ、薙ぎ払いが通り抜けたところで下ろす。
これで全員無事、大砲も無事だ。
「ありがとうございます、トビさん! さあ次だ! 撃てーっ!」
……どうしてだろう。
キャリーしているはずが、彼らの方がイキイキとしている。自分たちで作った武器を、まさか自分たちで動かし、敵にぶつけることができるなんて──という喜びの表情だ。
他のすべてを捨てて威力だけに特化したその砲弾幕は、当然あっという間に巨大白魚のHPを削り取り──
『封鎖型ボス〈白魚の海賊団〉を撃破しました』
──船の上では、どっと歓声が上がった。




