074 - トビズキッチン
宝島の立地は悪くない。
というより、街作りを前提としたコンテンツということなので、過不足なく暮らしに必要なものが揃っているというべきか。
砂浜、土、粘土、岩、植物。高い位置には湧き水スポットがいくつかあり、小川となって浜まで降りている。
野生動物は小さいものでは虫や鳥、大きいのはシカのような中型まで。海辺はまだ見ていないが、魚だって釣れるのだろう。
そんな諸々を確かめながらの、のんびりとした散歩に俺たちは興じている。遅れてログインしてきたシザーも一緒だ。
「フルルさん、これは食べられそうですか?」
「わかんないです。ポーション素材ではないですねえ」
木にぶらさがった赤い実を指差すシザーと、それをもぎ取ってまじまじと見るフルル。ウチの植物鑑定士は今のところフルルだが、専門職というわけではないので知識の穴も多い。
「あっ、と、トビくんなら状態異常に耐性があるので、毒があっても食べられるのでは……?」
メニーナさん?
俺を毒見に使おうとしていますね。
メニーナの水魔法で丸洗いされた手のひらサイズの果物を、しゃくりと噛む。
「うん、おいしい」
状態異常は今のところは出ていない。
さくさくとした食感に、スモモに似た味だが酸味は強めだ。生食よりジャムや果実酒に加工する方が合う気がする。
「プラム酒か〜! 呑みてえ〜っ!」
「ウーリさん、醸造系のスキル取ったらイイのでは?」
「どうかなぁ。アルコール系は大体 "酩酊" がついちゃうから、バフには向かないんだよなぁ」
葛藤するウーリ。効率厨め。
いいだろう、戦闘の役に立たなくたって。
散策ついでの宝探し……
といっても、そもそも宝がどういうものかもよく知らない。
やることといえば甘そうな果物を探したり、薬草園で育てられそうな山菜やハーブを摘んだり、見つけたシカや鳥を狩ってみたり……あれ、俺たちって食べることしか考えてないのか?
「じ、地面に財宝が埋まってるとかはなさそうですね……土の下なら、ノームちゃんたちがとっくに見つけてると思うので……」
それ、便利すぎるなぁ。
メニーナの腕に抱えられた数体のノームたちが首を縦に振る。彼らにかかれば土関係は自由自在だ。
俺が呆れていると、ウーリとフルルの索敵組が「あっ」と反応した。
「なんか来ますね……っていうかアレじゃないですか?」
「うわあ! 絶対アレだ! みんな、ログ見てログ!」
彼女たちの視線の先──
藪の中から突如として現れたのは、黄金のようにきらめく果実をぶら下げた、歩く樹木だった。
「ぶもっ! ぶもっ! ぶもっ!」
ヘンな鳴き声だ。背丈は三メートル弱、ずんぐりとしたシルエットはバオバブの木に似ているが、手足替わりに振り回している枝の数はもう少し多い。
そいつはガニ股歩きのような奇妙な歩き方で、バタバタと騒がしくこちらへ迫ってくる。
……で、ログですか?
『徘徊型ボス〈金の成る木〉が確認されました』
…………。
間違いない! こいつだ!
「海賊の宝って、ボス扱いかよ」
「か、かわいい……!」
「メニーナは全部それだね」
「まずは攻撃してみましょうか。フルルさん、いきましょう」
「はあい」
先陣を切ったのはシザーとフルル。
構えた刀とナイフがきらりと煌めき、その斬撃がボスの真正面を捉えると──
「ぶっ、ぶもおおおっ……!?」
「おや?」
「えっ、よわい!」
──たった一太刀で、太めの枝を二本切断。
ボスはそれだけで大きく怯み、痛がるように地面を転がってはバタバタともがいた。
「トビくん、よわいですコイツ!」
うん、見てれば分かる。
ついでに果実のぶらさがった枝を切り落としたからか、アイテムが手に入っている。
Item:黄金の果実
Rarity:ボスドロップ
伝説の植物のひとつ。
きらめく黄金色の果実であり、熔かせば濁りのない純金と成る。
金の成る木は一日一度現れる。
「じ、純金……これってすごくないですか……!?」
「すごいどころじゃないよ。金なんてまだ採掘ポイントさえ見つかってないのに」
たしかに需要は尽きないだろうな。生産職からの需要も、NPCからの需要も。特に貴族はこういうの好きそうだ。
そんな〈金の成る木〉は本当に弱いボスらしく、フルルのナイフにツンツンつつかれるだけで怯えたように縮こまり、藪の中で頭を抱えるようにしている。
「トビくん、なんかカワイソウになってきました。これ飼えないですか?」
「ええ……?」
弱すぎて殺人姫に情けをかけられている。前代未聞だ。
さて、どうしたものか。
まあせっかく新しい能力を試せる場なのだから、やってみてもいいか。
俺は〈金の成る木〉に近寄り、メンデルのツルを侵入させる。
「こいつの意志は残してやってくれ。あくまで俺たちの言うことを聞かせるだけだ」
そう指示しながら、実際の裁量はメンデルに任せる。
「うおっ、スタミナ消費すごっ……」
ごっそりとゲージが持っていかれる感覚。相手がボスだからか、それとも巨大だからか……いずれにしても実戦で使えるかは微妙なコストだな。
飴玉を噛みながら侵蝕を続けていれば〈金の成る木〉はびくびくと痙攣し、やがてそれも収まった。
怯えた様子は変わらずだが、逃げたり攻撃したりといった気配はない。
「ええと……立てる?」
「ぶもっ」
怯えた様子はあるが、すくっと立ち上がる。素直だ。
「果物くれる?」
「ぶももっ」
ぷちっと音を立てて、黄金の果物が落ちる。ぼとぼと零れたそれらは、アイテムポーチになだれ込んだ。
「い、言うことは聞いてくれそう……ですね……?」
「薬草園の隣にでも植わっててもらおっか」
そうだな。
とりあえず連れ帰るか。
そういうわけで……うちの薬草園は、ずいぶんと愉快なことになってきた。
*****
果たしてこれはスローライフなのか──
という疑問は尽きないが、ともあれ賑やかなヴェルデブールでの生活は平穏そのものだった。
フルルはもうしばらくテスト期間で不定期ログイン、シザーもリアルが忙しめ。
ウーリがこの島や薬草園を配信に載せて良いかと言うので許可しておいた。好きにすればいい。
一方俺は何をしていたかと言えば、非戦闘スキルを取ってみた。〈言語学習〉と〈料理人〉だ。
〈言語学習〉はメニーナとお揃い。
このクランハウスにはヴァローク氏の残した植物関係資料が膨大に残っているので、これを取らない手はない。空いた時間は資料漁りを楽しめるようになる。
そして〈料理人〉は、その名の通り料理のスキル。
せっかく色々な食品アイテムが採取できるのだから、遊びたいではないか。薬草園で栽培している薬草の中にも、食用のハーブや木の実が無数にあるのだ。
そういうわけで、適当に何か作ってみては試食する生活が続いている。
一作目、普通のサンドイッチ。
スキルのお試しがてらに。薬草園で取れたハーブを、ただ市販のハムと市販のチーズと市販のパンで挟むだけ。
生産系スキルはアイテムの効果を高めたり、作業をアシストしたりというだけでなく、とにかくミスが減るように補正が入る。焼きすぎ、焦がしすぎ、生焼け、油の分離……ありがちな失敗がほとんどなくなるというのが初心者にも優しいところだ。
そういうわけで、びっくりするくらいに綺麗なバゲットサンドが出来た。
「お、おいしいです……!」
「おいしいけどマヨほしい」
ウーリはすごく素直な意見をくれる。俺もそう思う。さすがに食材の地力だけで勝負できるほど上等な仕入れはしていない。
二作目、ジャムのサンドイッチとハーブティー。
探索中に手に入れた果物でジャムを、いくつかのハーブでお茶を作ってみた。そしてまたもサンドイッチである。序盤の熟練度上げならこういうのでしょう。
「お、おいしいです……!」
「おいしい! もっとバター塗ろう」
一作目より好評。
ウーリは勝手にバターを塗り足していた。わかるよ、ジャムには分厚くバターだよね。俺は仮想現実だってのにびびっちゃった。
なお、王都で売られているバターやチーズは生乳よりもかなり値が張る。どうもその手の生産職がまだあまり育っていないらしい。
まあ金に困らないうちは豪勢に使おうじゃないか。俺たちクランの強いところだ。
三作目、黄金の果実を食べてみる。
「これ、本当に生でイけるのか……?」
「ぶもっ」
塔の窓から〈金の成る木〉がキッチンを覗き込んでいる。なんだよ、この状況。
熔かせば純金となる、なんて書いてあったから、てっきり金属製かと思っていたのだが……そうではないらしい。ナイフを差し込めば「さくっ」と軽快な音を立てて割れる果実。手応えは梨に近い。
皮は黄金色、中身は白っぽいが、きらきらと星屑のようなエフェクトがあたりに舞い始める。
「エフェクトが食べ物じゃなさすぎるだろ」
「これ、料理じゃなくない?」
たしかに。切っただけだな。
じゃあ、とウサギ剥きにしてみる。
「か、かわいいです……!」
「よし、料理だ」
「料理かなあ」
おそるおそる食べてみると、味は微妙。
シャクシャクとしていて、甘ったるく、意外にも酸味はない。だがそれ以上に金属っぽい味がする。
そして "金属毒" という状態異常が発症した。
「やっぱり金属じゃん!」
「おお、これ普通の毒と別カウントなのか」
効果は通常の毒と同じスリップダメージだが……別種扱いならエンチャント・ノクスのバフに変換できる。俺にとっては有用な発見だったかもしれない。
四作目、ジェノヴェーゼ。
ハーブ料理といえばこれ。バジルを使うものがスタンダードだが、香草ならなんだっていい。
大葉、三つ葉、ミント、パセリ、春菊、青ネギ……香りの強い草ならどんなものでもブレンダーで回して損はない。
ハーブ、ナッツ類、アンチョビ、ニンニク半欠片、粉チーズ、オリーブ油をすり鉢でごりごりと潰してペースト状にし、茹であげた平打ちのパスタとさっと和える。
混ぜ過ぎず、濃淡のムラを作るのがコツだ。
「おお、これいいじゃん。おいしい」
「と、トビくん、お料理できるんですね……!」
「今までのは料理できない人だと思われてたんだね」
まあサンドイッチしか作ってなかったからな。でも俺、一応ひとり暮らしです。
それにしてもおいしい。
ハーブが新鮮だからか、鮮やかな緑と、鼻にすっと抜けるミントの香りが心地良い。
「いいね、"ヴェルデブール" っぽくて」
「たしかに。ウチの名物料理ということで」
安直にいこう。
五作目、ポルケッタ。
王都で買ってきた巨大な豚バラを一日軽く塩漬けにし、開いたそいつに大量のハーブを刻んで巻く。そして焼く。シンプルな肉料理だ。
刻んだハーブはオリーブオイルである程度固めて、刻みニンニクなんかも混ぜ込んでおくと上等。
チャーシューのように丸めて糸で縛り、全面にカリッカリの焼き目をつけたら、あとはじっくり火を通していく。スキルのおかげで火入れに気を遣わなくていいの、本当に助かるなぁ。
「これ好きです……!」
メニーナは肉料理がお気に入り。
特別なソースもいらない。ハーブとニンニクの香り、しっかり染みた塩味だけで肉の旨みを噛み締める。噛めば噛むほど、塩っけの効いた血肉の味が染み出すのだ。たまにバターやレモンで飾ってやるのもいい。
「トビくん、この島に白ぶどう農園を作ろう」
「白が合う?」
「白が合う。間違いない」
俺もそう思います。メニーナは首を傾げていた。お酒は二十歳になってから。




