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069 - ミスター・シスターコンプレックス


 クランハウスへとファストトラベルしてきた俺たちが最初に見たのは、薬草園の門前で転がる騎士たちだった。


 それもただ倒れているわけじゃない。

 なぜかひと集まりの玉状にギチギチと拘束され、その上にはフルルが腰掛けている。


「あ、皆さん。意外とお早い到着ですねえ。ボスは倒せたんですか?」


 その足がげしけしと騎士の手のひらを踏みつけ、下から苦悶の声があがっている。


「……ごめん、どういう状況?」

「せっかく生かしてあげたのに、魔法で逃げようとしたのでおしおき中です」

「ああ、そう。よくわかんないけど、とりあえずクランハウスを守ってくれたのね。ありがとう」

「はい!」


 ニコニコと返事をするフルル。

 ひとまずフルルも薬草園も無事なようで良かった。


「トビくん、あんまりのんびりはしていられないよ。こいつら、本隊じゃない」


 ウーリの言葉にフルルも頷く。


「ええ、そうですね。もうすぐ近くまで来てます。ほら」


 そう言ってフルルが指差す先。

 俺には何も見えないが、フルルの耳はぴくぴくと同じ方向に反応し、ウーリもぎょろりと剥いた蛇の瞳でそちらをじっと見た。


 もう近くまで来ている──ということなのだろう。


「ウーリ、メニーナさんは塔の中に。荒事になると思う。援護よろしく」

「了解」

「わ、分かりました……!」

「フルルさん、数はどのくらいでしょう」

「少なくとも五十はいますねえ。武装も少し違いますから、練度は先遣隊より高いと思いますよ」


 各々が行動に動く。

 メニーナが新たに手に入れた〈絵画魔法(エレメント:ドロウズ)〉は詳細不明ながら、おそらく後衛で守られていた方が真価を発揮できるスキルだ。ウーリと共に、塔の上から援護射撃を飛ばしてもらおう。


 俺、シザー、フルルは前線。

 対人戦において、ここまで頼りになる相手はいない。



 そして、それから1分もかからず──騎士団は俺たちの前に現れた。



 フルルは「少なくとも五十」と言ったが、たしかに見積もりよりやや多い数。黄銅色の全身鎧を身にまとっている。

 隊列を組んでやってきた彼らは、俺たちの前で立ち止まった。先頭の騎士が口を開く。


「トビだな。悪いが大人しく投降してくれるか?」


 おや、案外に気安い言葉遣い。

 とはいえ、答えはノーだ。


「殺り合おうか。まぁメニーナさんも悲しむし、できるだけ殺さないようにしてやるよ」

「……我々をナメているのか?」

「少なくとも調査力はないんだなって思ってる」


 今の時点で、俺は悪いことしてないし。

 その言葉に騎士は苦笑し──するりと剣を抜いたと同時、俺たちはぶつかり合った。


 ──キンッ! と剣と棍をぶつけ合い、鍔迫り合いは互角。俺たちが跳ね退いたのをきっかけに、騎士たちは薬草園になだれ込もうと動き出す。


 それを抑え込むのは我がクランの面々だ。


「NPC相手の戦争(・・)ですか。少しだけ楽しみですね」

「むう、殺しちゃダメなの窮屈です」

「そうですか? ワイヤーでの無力化はお上手でしたよ」


 シザーとフルルが騎士たちとやり合い、間を抜けようとする相手にはウーリの射撃とノームたちの土魔法が突き刺さる。

 メニーナも、()()()()()()()()()()を描き終えたようだ。


「なんだ? 雨か?」

「お、おい……俺たちの鎧と剣が! 一体どうなってる!?」


 モンスターの気配はない。代わりに降り始めるのは紫色の雨だ。

 雨にあてられた騎士たちの鎧と剣が、見る見るうちに赤く腐っていく。


「マジかよメニーナさん……この金属鎧の騎士団に〈雨降らしのメヌエラ〉はクリティカルヒットすぎるだろ」


 メニーナは思った以上に容赦なし。

 薬草園だけを避けるように展開したドーナツ状の雨雲が、見事に騎士団だけを狙って腐蝕雨を降らせる。


 俺の目の前で剣を振りかざす騎士も、これには噛み潰したような声を漏らした。


「こいつは、やってくれるね……!」

「うちの自慢のオーナーだ。頼りになるだろ?」


 チッと舌打ちをする騎士に連撃を仕掛け、とにかく余計な動きをしないようにと打撃を防御させる。

 他の騎士たちに比べて、こいつだけは腐蝕のスピードがきわめて遅い。良い装備を使っている……ということは、まぁ間違いなくこの本隊のボスだろう。


「エンチャント・ノクス」


 バフをかければ、さらに増す膂力。

 タイマン戦は一気に有利に傾く。棍と多節棍の切り替え、さらに夜魔法の射撃攻撃を交えれば騎士は大きく距離を取るが──


「ハイエンチャント・サンダー!」


 ──さすがにそこまで甘い相手でもない。

 バチバチと爆ぜる雷のエンチャントを纏い、騎士は加速する。


 雷魔法か。良いチョイスだ。

 あたりの雨粒に伝播するように、電撃は膨れ上がる。



 ……うん、金属武器で受けるのは良くない気がする。麻痺系の状態異常はかなりシャレにならない。

 ツルの鎧を展開し、さらに腕を集中的に強化。


 振り抜かれた剣閃を、腕で止めた。


「……なッ! き、斬れない!?」

「雨のおかげで斬れ味が落ちたかな。助かった」


 腐蝕のスピードはゆっくりだが、それでも刃にへばりつくわずかな赤錆。メニーナのおかげで肉弾戦ができるようになった。


「ならば……ハイエンチャント・ウィンド、ライト!」

「おお、まだあるのか」


 つまりさっきの魔法は、雨という環境を利用するために意図して雷属性をファーストチョイスしたということでもある。賢いNPCだ。


 風属性バフは速度と斬れ味の強化。光属性バフはよく知らない。いずれにしても、斬れ味が上がると少しまずい。

 まぁこの場合は──真剣白刃取り(・・・・・・)でいこうか。


 ぱんッ! と痛快な破裂音と共に、放たれた剣撃を両手のひらで挟み込むようにして受け止める。


「おいおい、嘘だろ……!?」


 筋力はこちらが上。素早い剣技だが、シザーほどではない。最近あいつの抜刀術を見過ぎて、いよいよ目が慣れてきたところだ。


 カウンター気味に撃ち放つ月人の処刑(ムーンサイス)は鎧によって受け止められるも、ひしゃげた金属鎧にさらにクレセントエッジを()()


 丸鋸のように空中で回転し続ける刃は、いよいよ鎧の一部を貫通すると、その横腹を斬り裂いた。


「ぐう……ッ!」


 体勢を崩した騎士に、休む暇を与えず叩き込む連撃。

 そうしながら、裏ではクラン共有の通話が繋がったことを確認する。


 ウーリの声だ。


『みんな忙しいだろうから通話で報告するよ。イベント発生のログを確認した。内容は拠点防衛で、レギュとしては一度死に戻るとイベント終了まで実施地域への侵入およびクランハウスでのリスポーンが不可能になる。敵も味方もね』


 なるほど。何度も死に戻っては復帰する、いわゆる「ゾンビ戦法」が使えないルールってことだ。妥当だな。


『敗北するとクランハウスを失う。勝利条件は未定』

「未定?」


 不明や非開示ではなく「未定」か。

 それは「まだ勝利条件が決まっていない」という意味だ。


 戦いながら、プレイヤー側で上手く落としどころを見つけろ、ということなのかもしれない。難しいことを言う。


「まあ、一番簡単なルートは騎士団を皆殺しにすることだろうけど……」


 それは最終手段かな。選択肢には入れておくが、メニーナは嫌がりそうだ。


 さて、どうするか──

 そう考えたとき、騎士の視線が一瞬の()()()をした。


「……!」


 今、何を確認した?

 なにか嫌な予感がする。


 騎士が意識を向けた方向を避けるように、俺は飛び退き──その直後、「しんッ」と静かな音と共に剣閃が走った。


「うわっ……!?」


 見えないほどに速い抜刀(・・)

 その男は、気付けば背後にいた。


 ラフな着流しと女性のような黒い長髪、糸のように細まった目つき──なによりその頭には、ギャグかと思うようなウサギ耳をぴょこぴょこと生やしている。

 腰に下げた鞘に、男はゆっくりと刀を収める。


「……おっと、躱しますか」


 男は静かに言う。


「感知系スキルの情報は聞いていませんでしたが、相変わらず得体の知れないお方ですね」


 知らない男だ。会ったこともない。

 それでも、それがあまりに見覚えのある技術だったから──剣だけで人を判別できるってすごいなぁ、と俺は他人事のように思っていた。


 着地と共に、俺と男は目線を交わす。

 どちらかが言葉を発するその前に──


「お、お兄ちゃん!?」


 ──遠くで、シザーのらしくない声が聞こえた。




 *****



 時刻は少しだけ遡り──

 その男は、現実世界において大きな武家屋敷に住んでいた。


 ずいぶんと古い屋敷だ。つまりは古い家柄なのだ。

 その家の歴史は、流派の歴史。かねてより武の道をきわめたその一族は、しかし現代において衰退の一途を辿りつつあった。


 VRゲームなんぞにうつつを抜かす彼らを、遠縁のやつらは「なんと恥知らずな」などうだうだ言う。けれど知ったことではない。


「使わぬ刀など錆びていくのみ。そうでしょう、カナエ」

「ええ、まさしく」


 静かな食後の席だ。

 カナエと呼ばれた一番弟子の青年は、男の穏やかな声に頷く。


「どんな形であろうと、くだらぬプライドのために刀を手放すよりはずっといい」


 それが刀に人生を捧げると決めた人間としての──現代に生きる剣豪としての正しい姿であると、男はかたく信じている。



 ……と、そんな真っ直ぐな男にも悩みがあった。

 それは妹のことだ。代々家に伝わる抜刀術、その速度だけで言えばとうに自分をも超えている神童──男の自慢は、何よりそんな妹だった。


 そんな妹が、今やどこぞの馬の骨の影響を受けて他所の家に入り浸り、どころか選手としての活動さえ休止してしまったのだ。ああ、思い出すだけで、思い出すだけで──



 ──ぶちり、と男の血管が音を立てる。



「ああ、クソッ! あのトビとかいう小僧! 俺の可愛い妹に手を出した挙げ句、男女比一四のハーレムクランだと!? いい加減にしろよ()()()()ッ!」


 まるで発作のように、男は激怒した。

 

「お、お館様!? 急にキレないでください、さっきまで当主っぽい雰囲気出せてたじゃないですか! あと最後に本音出てますよ!」

「うるせえ、黙っとけガキが! お前だってサークルで彼女とか作ってんだろ! 調べはついてんだぞ浮かれ大学生がッ!」

「か、関係ないでしょう! そうやっていつまでもネチネチしてるから、いい歳して彼女のひとりもできないんですよ! このシスコン野郎!」

「ぐっ、うううッ!?」


 クリティカル。

 今日も道場主とその弟子たちは仲睦まじい。

 

 ……というのは冗談としても、まぁこの男も本気でトビを憎悪しているわけではない。

 リアル事情を持ち込んでトビを攻撃することもしない。彼の中にかつてのアッシュレイルのような未熟さはなかった。思うところはあれど、妹が楽しくやっているならそれは良いことなのだ。ただし──


 

 ──そこに十分な理由があるならば、彼は嬉々としてトビを斬りに行く。



 彼の元に連絡があったのは、その直後だった。

 食後の席のまんじゅうを互いの口に押し込むように取っ組み合っていたところ、男は着信音を鳴らした自分の携帯端末を片手に取る。


「はい、もしもし!? なんだよ、今こっち取り込み中で……うん、王都? 騎士団? 薬師商会? 待った待った、一体なんの話ですか……?」


 段々と元の冷静さを取り戻しながら、男は()()()()()()()からの着信に耳を立てた。


 

 彼の所属チームは〈ヴォーパルバニー〉──

 デイブレへの本格参入は未定、現在はボス攻略よりも王国貢献度やコネクションの収集を優先し、さらには王国騎士団と業務提携を結ぶまでして()()()()()()()に興じている──きわめて()()()()()重視の対人特化クラン。


 そんなご機嫌なクランを束ねる彼こそ「イナバ」という名で活動するプロゲーマーであり、重度のシスコンとして広く知られるシザー・リーの実兄であった。


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