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068 - テスト期間はストレスが溜まる


 ボスを倒せば、視界が暗転──

 気付けば俺たちは海の上に浮かんでいた。


 上空にはまばゆいばかりの太陽が昇り、海賊船の姿もない。このエリアの夜を明かしたことを理解する。


「おーい、薬師商会! 無事かーっ!」


 遠くからは船乗りアダンの声だ。

 声の方を見ると、交易組合、そして漁師が操縦する2隻のボートが近付いてくる。


 彼らの協力によって、俺たちは海の中から引きずり上げられる。

 ウーリ、メニーナ、シザー、オーバーキルも……全員、無事に生存確認。オーバーキルと漁師のおじさんはとなりのボートで熱く抱き合っていた。ここまでの道中、あちらにはあちらのドラマがあったのだろう。


「はあ、それにしても……まさか1回目でクリアできるとはな」

「いやあ、生きた心地はずっとしなかったけどね」


 ウーリの言葉に「それもそうだ」と頷く。どこまでも行き当たりばったりなボス攻略だった。上手くいったのも奇跡に近い。強いて言うならメニーナの功績が大きいかな。


「ありがとうな、メニーナさん。それにシザーも。この人、おてんばだっただろ?」

「ええ、それはもう好き放題に走り回ってくれました」

「えっ……わ、私そんなに変なことしてないですよ……!」


 うーん、あまり信用できない。


「そういえばアダン、海賊船は? ここに来るまでに邪魔されなかった?」


 ウーリの言葉に、アダンは強く頷く。


「おう。日が昇ると同時に退いていったよ。本当に助かった。海賊退治どころか、まさかここら一帯の夜まで明かしてくれるとは」


 疑って悪かったな、とアダンは俺の肩を叩き、俺は「いいよ」と答えた。どうやら好感度は無事に回復したらしい。今度なにかあるときは融通してもらおう。


 メニーナ、シザーのふたりがアダンと「はじめまして」の挨拶をしているのを横目に、俺はざっとドロップアイテムを確認する。

 めぼしいドロップ素材は色々あるが、中でも気になるのは……



 Item:海返りの刀片

 Rarity:ボスドロップ

 

 砕けた呪剣の刀片。

 かつてその剣はクックノールという大海賊を宿主に選んだ。人が呪いを選ぶのではない、呪いが人を選ぶのだ。


 今となっては海返りの力は失われ、代わりに優れた斬れ味と魔力刃の発生・延伸能力を有する。



 ……まずひとつはこれ。

 少し見ただけでも、かなりオンリーワンな性能をしているドロップである。


 俺が真っ先に思い浮かべた利用案は月人の処刑(ムーンサイス)のアップデートだが、ビルマーに渡せばそれ以外にも考えてくれそうだ。


 そして、もうひとつ。



 Item:海賊鍵(宝島)

 Rarity:ボスドロップ

 

 かつて大海賊クックノールは無数の孤島をアジトとし、人の目から秘匿した。

 これはそうした結界術を解き明かすための鍵である。


 使用することで〈海上都市バルマリン:周辺海域〉に存在する〈宝島〉をひとつ解放することができる。解放される〈宝島〉は使用地点から最も近いものが選ばれる。

 解放した〈宝島〉では、アイテム使用者に「街作り設定」の権限が与えられる。権限譲渡・共有も可能。(※このアイテムは各ユーザー様ごとに生涯1つまでしか入手・使用できません。)



 ……なんかすごいのが出た。

 街作りコンテンツとやらの話は少しだけ聞いてはいたが、島をひとつ管理できるだと? 楽しそうなことしか書いていないじゃないか。


「おお、面白いアイテム。私は出てないな、それ」

「わ、私もです」

「ふむ……見当たりませんね。レアドロップでしょうか」


 あれ、俺だけか。


「おーい、オーバーキル! 鍵みたいなアイテム出てるーっ?」

「えっ! なんスかそれ! 多分出てないッすねーッ!」


 ウーリの声掛けに、オーバーキルの返事も否。やはり俺だけか。


「レアドロップか……それか貢献度順という可能性もありますが」

「どうだろうな。今回はメニーナさんの方が貢献度高い気もするけど」

「えっ……そ、そうなんですかね……?」

「いやあ、そもそも〈白魚の海賊団〉を第三形態まで追い詰めないと渦潮自体が発生しないからね。そこも含めたら、やっぱりトビくんが一番高いんじゃない?」


 ああ、なるほど。

 それは一理あるかもしれない。


 いずれにしても、詳しい情報をスクリーンショットで全員に送っておく。これはクラン単位で考えたい話だ。



 そんなとき、向こうのボートからオーバーキルが叫んだ。


「あのーっ! トビくん! なんかいっぱいコメント来てるンすけど!」

「うん?」

「薬師商会のハウス? に騎士団がどうたらって! 大丈夫ッスかねーッ!?」


 ……騎士団?

 嫌な予感がする。ウーリの方をちらりと見れば、同じような表情をしていた。


「私も今気付いたんだけど、実はフルルちゃんからメッセージが届いてたみたいでね。戻ってこれますか、なんか変なヒトたち来てます──ってさ」

「戻らないとまずいな」

「うん、行こう」


 幸い、ここは休息エリア。

 ファストトラベルは今すぐ出来る。そんな中、ウーリはシザーに言った。


「よし、シザー。じゃあウチのクラン入ってよ」


 ……い、言った!

 俺がどこでどう切り出そうかタイミングを窺っていたことを、こうも簡単に。


 シザーは目を丸くして驚く。


「え、ええと、それは……いいのですか?」

「いいよ。クランメンバーにならないと、薬草園のファストトラベル使えないし。何より私はシザーに居てほしい」


 なんの照れも含みもなく、真っ直ぐな言葉をぶつけるウーリに対して、シザーは目を逸らす。


 きっとシザーには負い目がある。

 自分が一度は裏切り、俺たちに攻撃をしようとしたという負い目。


 だけどもう一押しだ。

 みんなもいいよね? とこちらを見るウーリに、俺とメニーナは頷く。


「俺も……お前が来てくれたら心強い」

「わ、私も……!」


 シザーは一瞬目を伏せて、すぐに顔を上げる。うっすらと頬が赤い。


「で、では、お言葉に甘えて……ふ、不束者ですが、よろしくお願い致します」


 頬の照りを隠すように深々と下げられたシザーの頭を、ウーリは「お前は可愛いなーっ!」とわしゃわしゃ撫で回した。


 よし、それじゃあさっさと行かなきゃな。


「バーキル先輩、またな! 今回はありがとう!」

「トビさん、こちらこそーっ! またいつでも呼んでくださいよーッ!」


 最後にオーバーキルと挨拶を交わす。

 うーん、どうだろう。あなたを呼ぶのは本当に困ったときだけかもしれない。


 ついでに漁師のおじさんも挨拶を返してくれる。


「薬師商会、疑って悪かった! 夜を晴らしてくれたこと感謝する! この恩はいずれ返す!」


 ……おお。なんか感激。

 失ったNPCの好感度も、こうして取り戻すことはできるわけだ。


 俺は「期待しときます」と返事をして、皆と共に王都へと飛んだ。




 *****



 その日、彼女がログインしたのはただの気まぐれで、試験勉強の合間の気分転換のつもりであった。


 珍しいことに、クランハウスには誰もいない。

 いつもは誰かひとりくらい……というか主にメニーナが薬草園の留守を守ってくれているのだが、今日はそうではない。


 そしてもうひとつ妙だったのは、クランハウスの外から聞こえる声だ。


「ほ、本当にあの魔法使いは居ないのだな?」

「はい。トビもウリも、オーバーキルってヤツと配信中で、西の海に出てます。そう簡単には帰ってきません」

「うむ……よく分からんが、それならば良い。このまま土地を取り上げてやる。あんな化け物をこの都に居させてはならん」


 スキルと種族補正によって超強化されたフルルの聴覚が、彼らのひそひそ声を敏感に聴き分ける。


「うーん、なるほど……?」


 ──プレイヤー視点では、芝居がかったようにも聞こえる話し方。どこか貴族的。おそらく身分の良いNPC。


 ──もう片方はプレイヤー。密告? リーク? まぁバッドマナーには違いない。


 ──文脈からして魔法使いというのは夜の魔法使いとなったトビくんか。危険視され、排除されようとしている。少なくともNPCの方はその権限を持っている。


 ──鎧の音がする。複数名。プレイヤーも合わせて二十人くらい。ここまでの情報から騎士団っぽいが、それにしては数が少ない。先遣とか斥候とか、そんな印象。



 十秒足らずでおおむねの情報を整理し終えたフルルは、その足で薬草園の外へと飛び出た。


 予想通り、騎士団らしい集団を発見。

 黄銅色の派手な全身鎧は、王都騎士団の標準装備だ。チグハグな装備を身につけたプレイヤーらしき同行者も数人いる。


 彼らは誰ひとりとしてフルルを認識できない。先頭の騎士は剣を抜いた。彼が薬草園の門に手をかけようとした、そのとき──



「えいっ」


 ──フルルのナイフが、その()()()をすっぱりと切り落とした。



 なんの躊躇もない攻撃開始。

 甲冑の隙間を抜ける精密さで、流れるように切り返された二撃の剣閃。ふたつの手首が「かんっ!」と甲高い音を立てて地面に落ちる。


 


「へっ?」

「……っ! ぐ、うううッ!?」


 間抜けな声をあげるプレイヤーに、遅れて腕の痛みにうずくまった先頭の騎士。


 他の騎士たちも反応こそするが──


「剣、抜かないんですか?」

「なっ、なんだ……この小娘……ッ!?」


 ──反応速度、心構え、いずれもフルル相手ではやや心許ない。


 未だ剣さえ抜かずに硬直したNPC騎士。

 フルルは低くしゃがみこむと、騎士2名の隙間を駆け抜け──


「は、速……ッ!?」

「ぐおっ!? 私の足が……!」


 ──その姿が掻き消えたかと思えば、ふたりの騎士は()()()()を切り裂かれて膝から崩れ落ちる。


「こ、こいつ……PK娘か!?」

「おい、さっきまでクランハウスには誰の反応もなかったって──」

「し、仕方ないだろ! まさかこんなタイミングでログインしてくるなんて……!」


 プレイヤーたちは口論を始め、目の前のフルルに集中することさえ出来ていない。


 一方で、騎士団の立て直しは早かった。

 最初こそ遅れを取ったものの、一斉に剣を抜けば厳戒態勢。再び辻斬りを仕掛けるフルルのナイフを「キンッ!」と剣で受けて見せる。


「おお、さすがに基礎はなってますね」

「この小娘……! 貴様だな、薬師商会の拷問姫とやらはァ!」

「なんですかそれ。ボク、拷問とかしたことないんですけど」


 どうせプレイヤーから流れた情報だろう。これもすべてハイファットエンジンやPEEK A BOOが変な呼び方を始めたからだ。最悪です、とフルルはげんなりした顔を浮かべる。


「やはりだ、こんな危険なクランを野放しにはしておけん! そんな安いナイフ一本で、この人数相手に勝てると思うなよ!」

「……相変わらず話聞かないですねえ、NPCって」


 鍔迫り合いののち、体勢を崩されるのはフルルの方だ。フルルは速度や脚力こそ強化しているが、純粋な腕力では騎士に敵わない。


 押しのけられた勢いを利用し、そのまま後方へと跳ねるフルル。騎士団とプレイヤーたちは、ここぞとばかりに追撃を仕掛けようと殺到する。

 だがそのとき──


「というか、武器がナイフ一本だなんて誰も言ってませんケド」


 ──先頭を駆ける騎士が()()()

 重たい鎧をまとった騎士の身体が、なにかに足を引っ掛けたようにごろごろと転び──他の騎士やプレイヤーたちも、巻き添えとなって玉状にもつれ合う。


「なッ、なんだぁ!?」

「うおおっ!? 一体、何が──」


 おかしい。ただ転んだだけじゃない。

 人と人のもつれ合う玉の中に、まるでぎゅうぎゅうと押し込まれるように外側から働く力。


 そのとき、プレイヤーの露出した頬に切り傷が走った。

 地面に転がり、どうしてか自由の効かない四肢をばたつかせながら──男は切り裂かれた自分の頬に意識を引かれる。


 一本線に引かれた傷は深く、血液の代わりに青い粒子が立ち上る。ぴんと張った「張力」に、顔がぎゅっと締め付けられる感覚。これはまさか──


「い、糸……?」


 ──騎士たちを一網打尽にし、玉状に縫い絡めたその武器は「糸」。〈エルダースパイダー〉という強力なボスのドロップ素材を武器として強化・加工したそれを、フルルは左手の五指で弄んだ。


 中指をくいっと引けば、彼らを締め上げる糸の罠が「きゅっ!」と締め上げられる。


「ぐ、うううッ……!?」

「イイですよねえ、ワイヤー。トビくんのツル使いがカッコよくて、似たような動きを勉強してみました。トビくんほどの自由度はありませんけど、代わりに──」


 今度は指ではなく、腕全体でぐっと糸を引けば──直後、プレイヤーたちの頭が()()()()()

 ハムかチャーシューさながら顔面に巻かれたワイヤーが一斉に締め上げられ、輪切りにされるように弾ける頭部。「ぴぎゃっ!?」と奇妙な悲鳴を最後に彼らは死に戻りし、騎士団たちの表情が恐怖に引き攣る。


「──()()()はこっちのほうが上ですかねえ。ああ、NPCは()()()()()許してあげますよ。だってメニーナさんに嫌われちゃいますもん」


 慌て、怯え、我先にと命乞いをする騎士たちをつまらなそうに見下しながら、フルルは言う。


 トビくんたち、まだかなあ。

 早くしないと騎士団の本隊が到着しちゃいますよう──と、フルルは騎士団玉の頂上へと腰掛け、手足の腱を順番に裂いて回った。


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