066 - 大海賊クックノール
第二形態に入ったクックノール。
黒剣の融合した腕を振り上げれば──ヤツが最初に使ったのは魔法だった。
ドームの外から取り寄せるようにした大量の海水を剣に纏わせ、ぎゅうと濃縮。そして剣を振るった途端、超圧縮された巨大ウォーターカッターが放たれる。
咄嗟に全員で跳ね退けば、俺たちが立っていた地面を一瞬で深くえぐるカッター。その威力に冷や汗をかく。
「げっ、海水……」
「とんでもなく濃縮してたから、間違いなくメンデルちゃんは吸っちゃダメなやつだね」
そうだった。船長以上の白魚は、この濃縮海水魔法を使ってくるのだった。これはまずい。
「め、メニーナさん! あいつの海水、剥がせたりしない!?」
「えっ!? ご、ごめんなさい! ドームの維持で手一杯です!」
「了解、じゃあ大丈夫!」
仕方ない。
自分でなんとかしましょう。
ウォーターカッターを放った姿勢から、さらに攻撃モーションへと転じるクックノール。俺たちも一斉に動き出した。
真正面からすれ違うように剣閃を躱し、そのまま月人の処刑を振り抜くも、手元に引き戻した黒剣によって受け止められる。相変わらず攻撃後の隙が小さい。
反動を利用して跳躍──上空から振るう多節棍も精密に弾かれる。
さらに放った結晶ナイフのいくつかがボディに突き刺さるも、軽い切り傷はリジェネによって回復されてしまう。
第二形態のクックノールには、第一形態のような触手はない。代わりに腰から生えているのは、クジラのような巨大な尾びれだ。
今度はクックノールの方から仕掛けてくる剣閃を棍で受け止め、さらに身体の回転と同時に放たれた尾びれによる薙ぎ払いによって、俺の身体は吹き飛ばされる。
だが、これだけヘイトが稼げれば十分。
「トビくん、失礼します」
「どッらあああああ──ッ!」
左右から挟み込むシザーとオーバーキル。
シザーの抜刀術はすんでのところで「キンッ!」と黒剣に防がれるも、オーバーキルの打撃はクリーンヒット。
さらに遠方から放たれたウーリの矢が、その胸元に深々と突き刺さる。
「グオオオオオ──ッ!?」
海獣のような低い咆哮。効きは悪くない。
だが、簡単な追撃も許してはくれない。クックノールの足元から水の渦が逆巻き、シザーとオーバーキルが吹き飛ばされる。
そして、同時に超加速。
かつて戦った〈月詠みラナエル〉の黒渦加速を思わせる、水流を利用した急接近を迎え撃つ。
「来いよ」
「グオオオオオン──ッ!」
──キンッ! キンッ! キンッ! と幾度もぶつかり合う剣と棍。
剣撃のさなかに打ち込まれる尾びれのぶん回しは跳んで躱し、さらに振り抜かれる剣撃。突如として、その巨大な刀身に暗い色の水が逆巻く。
「水属性……いや、夜との混成?」
──直感する。これは受け止めてはいけない。
後方の地面にツルを打ち込み、収縮を利用して退避すると同時に目の前をよぎる一閃。
本来の剣の射程を、黒いウォーターカッターによって倍以上に延長した殺意マシマシの斬撃をなんとか躱し切る。
「あ、危ない……!」
剣は弾けても、水の刃は弾けない。受け止めていれば、ひと撫でで首を刎ねられていただろう。
素早い剣撃に混ぜられる尾びれの打撃と、防御してはいけない黒水の刃──嫌なリズムゲームを強要されるデザイン。厄介だ。
「だけど、仲間がいるってのは心強いな」
──直後、ボスの背後から迫る仲間たち。
シザーの抜刀術は、今度はクックノールの防御を透かすように足元を斬り裂き、オーバーキルの奇怪な縮地も相変わらず対応されにくい。見事に正面からの打撃を叩き込む。
クックノールも怯まない。
砂地を踏み、振動と水渦の発生によって彼らを吹き飛ばしながら──しかし反撃に転じようと振り上げた黒剣は、ウーリの矢によって大きく弾かれた。
「────ッ!?」
「ウーリ、ありがとうございます……!」
相変わらず完璧な援護射撃。
クックノールはバランスを崩し、シザーは上手く退避するための時間を稼ぐ。そして──
──がら空きの背後に、俺は月人の処刑を振り抜いた。
第一形態よりも硬い皮膚。しかし月詠みの刃は伊達じゃない。
肉をすっぱりと深く断ち、ここまでやってようやく怯んでくれたクックノールに叩き込まれる総攻撃。全員の本気の一撃がその身体に叩き込まれ、クックノールの全身に細やかなヒビが入った。
「良いペース、だけど……まだなんかありそうだね!」
ウーリの勘はよく当たる。
そして直後──ひび割れたクックノールの身体から、無数の白魚が溢れ出た。
「……っ!?」
これまでの人型ではない。きわめて小型だ。
オタマジャクシにも似た無数の白魚たちが、水のヴェールを纏いながら空中を高速で泳ぎ回る。
「う、うおおおおっ! なンすか!? ちっちゃい白魚!?」
「うわあ! キモい! おい精子やめろ!」
ウーリ、お前もやめろ。
精子とか言うな。
「シザー、そっちの対応は頼んだぞ」
「は、はいっ! お任せください!」
オーバーキルはビルドの構成上、おそらくこういった複数かつ追尾性能を持った攻撃の対処が苦手。だからシザーに任せる。
波状に襲い来る小型白魚たちを、シザーは後退しながら必死で斬り捨て対応していく。
一方で……今のシチュエーションに限っては、俺もかなり厳しい。
シザーほどの高速攻撃はできないし、何より濃縮海水のヴェールをまとったこいつはメンデルのツルを使った対処ができない。
直前にヘイトを買ったせいか、シザー方向と比べて倍以上の数で群れとなってこちらへと迫る白魚たち。
月人の処刑で切り払い、多節棍モードの殺人彗星をぶん回しながらかろうじての対応するが……しかし当然、漏れも出る。
多節棍の旋回をくぐり抜けた数匹が、俺の身体に接触すると──肉をぶちりと喰い破り、体内へと侵入してくる。
「げっ。そういうタイプか……!」
メンデルと同じ、体内侵入能力を持つ類いのモンスター。
それも厄介なことに、濃縮海水をまとっているためメンデルによる体内からの追い出しが利かない。
内側へと潜り込まれた途端、HPゲージがゴリゴリとすり減っていく。体内から喰い破られる。
「う、うわあっ! トビくんが受精した!」
「してねえよ」
冗談言ってる場合じゃない。
HPの減るペースはとんでもなく速い。これをどうにかしない限り、まともに攻略なんて出来ない。
どうしたものか──
一瞬考えて、俺はシザーとオーバーキルの元へと駆け出した。
斬りかかってくるクックノールと幾度も剣撃を交わし、結晶ナイフとクレセントエッジによる牽制弾幕を張りながら、転がり込むようにシザーたちの元に辿り着く。
「と、トビくん。大丈夫ですか?」
「大丈夫。それよりバーキル先輩、俺に "発勁" を撃ってくれ」
「えっ! 発勁!? ナンデ!?」
なんでもだ。
お前以外には出来ない。
「ほ、本当にいいンすか!?」
「ああ、さっさとやってくれ。でないと俺が死ぬ」
「わ、分かりましたァ!」
発勁の前には気休め程度だが、ツルの鎧をまとって全身を補強。さらにHPポーションを飲み干し、ダメージを耐えるための耐久を確保する。
さあ、頼む。
白魚がいる位置に、メンデルはぽこんと花を咲かせてくれた。
「い、いきますよォ!? 発ッ、勁えええいッ!」
──綺麗な動作で叩きつけられる掌底。
HPゲージがごっそりと持っていかれる代わりに、体表を貫通して内部へと浸透した打撃が、内側に巣食う白魚たちに致命的なダメージを与える。
内部で苦しげにのたうち回り──そして「ぼんっ!」と傷口から飛び出てくる白魚たち。
彼らは地面に叩きつけられるとそのままびくびくと痙攣し、やがて青い粒子となって消えていった。
HPゲージの減少が止まる。
「よし、完璧! ナイスだ先輩、アンタを連れてきて本当によかった!」
「そ、そうすか!? 役に立てたンなら、よかったァー!」
ああ、最高の仕事だ。
それじゃあ行こう。シザーとウーリが時間を稼いでくれている。俺は再びHPポーションを飲み干した。
刀と黒剣をぶつけ合う両者の脇に回り込み、俺たちは挟み撃つ。
「意趣返しだ」
「っうらあああああッ!」
棍で剣撃を受け止めると同時に月人の処刑を振り抜き、喉を撫で斬る。
シザーの居合い、オーバーキルの打撃、そしてウーリの射撃はいずれもクックノールの急所へと突き刺さった。
……おそらくこれで、ほとんどの技とモーションを見切っただろう。水中戦ならもう何倍も厄介だったのだろうが、メニーナのおかげでこうして陸上戦に持ち込めている。
剣を弾き、打撃をいなし、水刃を躱す。
そして幾度も撃ち返し、チームの総攻撃。最後にはウーリの射撃によって黒剣の軌道を逸らされ、がら空きになった顔面に殺人彗星を叩き込めば……
……怪人の身体は、やがてぐらりと崩れ落ちた。
『封鎖型ボス〈大海賊クックノール〉を撃破しました』
『DAYBREAK Achieved』
『〈無法者の海岸〉の夜が明けます』
今度こそ撃破ログを確認。
これにて任務完了……今回のMVPは間違いなくメニーナだろうな。二番手は、まぁオーバーキルとしておこうか。