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065 - データは芽吹くもの

 本来のルートでは──

 海底で、それもボスを目の前にして絵画を補修・描き足すなんて無茶な行動は想定されていない。


 絵画は触れることでプレイヤーの精霊魔法を大きく強化し、隠しボス〈大海賊(だいかいぞく)クックノール〉への特攻となるギミック。


 あるいはボスを倒し、二十年前の仇を討ったと報告すると商会への弟子入りが許され、スキル〈色彩魔法(エレメント:ヒューズ)〉を取得できるようになる。


 これらが本来予定されていたクックノールの隠し要素である。



 だが──これもいい。

 いや、こっちのほうがいい(・・・・・・・・・)



 AIたちは、彼女の行動を演算する。



 メニーナは一心不乱に筆を動かした。

 使う色は黒一色。けれどその濃淡、かすれやにじみを駆使してモノの輪郭を表現していく。


 多様な色を混ぜ合わせ、塗り重ねて魔力を操る〈色彩魔法(エレメント:ヒューズ)〉とは、この時点で全くの別物──ならば新たなスキルの準備が必要だ。スキルのデザインを並行処理する。


 打ち捨てられた絵画が喜んでいる。

 二十年の間、誰にも見つけられずに沈んでいたその心に色が宿る。黒を塗り重ねられるたび、清らかな水の魔力を与えられるたび、絵画は歓喜する。



 やがてメニーナは絵を描き終えた。

 驚くべきことに、かかった時間はおよそ90秒弱。


 芸術系スキルのサポートや特殊機能を駆使して極短時間で完成させたそれは、しかし出来栄えも十分以上だ。


 では、ここでスキルを与えるか?

 否だ。AIたちの判断を遮るように、メニーナは手のひらに握った水の魔法矢の先で──絵画の表層をゆっくりとこそいだ。



 ──ここにいても、ずっと海の底。

 ──だから、一緒にいこう。


 ──もう、寂しい思いをしないように。



 描いた墨絵も、こびりついた古い色彩の跡も──それらはキャンバスの布地から丁寧にこそぎ落とされる。絵の形を保ったまま浮き上がった色彩たちは、そのままメニーナの作り出す "ウォーターボール" の中に閉じ込められた。


 ──絵画の心はどこに宿るのか。

 きっとキャンバスそのものじゃない。塗り重ねられた絵の具と色、筆遣いそのものだ。だからそれを()()()()



 水球に閉じ込められた、メニーナの筆遣い。

 古い絵の具のヴェールに囲まれた、みやびやかな水墨の調べが──そのとき、まるで命を吹き込まれたように、ぐずりと動き出した。


 

 ……よろしい。

 彼女に与えるスキルは決まった。


 絵画から剥がされ、複製された自律AIが、イレギュラースキルそのものへと変化する。



『スキル〈絵画魔法(エレメント:ドロウズ)〉を自動取得しました』




 *****



 水中戦闘の難しいところは、何より自分の動きが遅くなるところだ。思考と身体の動きにラグが生じ、対応が遅れる。


 幾度も振り抜かれるクックノールの呪剣に対して──正直なところ、防御に徹するので手一杯。


『速いな、こいつ』

『相手は水中でも素早く動けるっていうのがズルいね』


 動きは見切れる。

 だが、身体が追いつかない。


 ウーリとシザー、三人がかりでなんとか対応して致命傷を避けてはいるが……ひとりだったら、あっという間に切り刻まれていただろう。


 ぶつかり合う呪剣と殺人彗星(キリングハレー)

 水中で「キィン──」と間延びして響く、不気味な金属音の連続。


 さらにクックノールの背中から生えたいくつもの太ましい触手が襲い来るのを、シザーとウーリが斬撃をぶつけて対応しながら後退して躱す。



 ──クレセントエッジ。


 

 後退と同時に放った三日月刃だったが、こちらも呪剣によって斬り払われて無力化される。

 相手が優れた夜の魔法使いだからか、どうにも魔法の効きが悪い。ウーリの火属性も、この海の中では使えない。


 ……うん、かなりまずい。

 どうしたものかと思考を巡らせた──そのときだ。



 俺たちの身体を覆っていた海水が、突如として退()()()



「……っ!?」


 背中のウーリたちも「えっ!?」と驚きの声を上げる。


 驚くのは当然だ。

 声も出せる、息もできる。要するに──この海底に、突如として()()()()()()が生み出された、ということだ。


 水中に浮いていたはずの俺たちは湿った砂の上に落下してごろごろと転がり、前方ではクックノールが大きくバランスを崩した。

 味方であったはずの海水がどこかへと消えたドームの中で、怪物は困惑したように周囲をきょろきょろと見回している。


「め、メニーナ……思いの他、早かったですね。上手くいったようで何よりです」


 安堵したようなシザーの声に、彼女が向く方向へと俺たちは視線をやる。



 中程でへし折れた沈没船、こぼれた財宝の目の前──つまりはドームの()()に、メニーナは立っていた。


 その背後に浮かぶのは、小さな灰色の水球。

 水のようでもあり、あるいはかすれた墨のようでもある──奇妙な色合いをした水球は、同じ色の触腕を無数に伸ばし、メニーナを守るようにして彼女の周囲を旋回していた。


 色は違うが、どこか知っている姿──


「……ウィンディーネの遣い?」


 ──ああ、そうだ。隣でぼそりと呟かれたウーリの言葉に「それだ」と頷く。少し前にみんなで倒した徘徊型ボスの一体〈ウィンディーネの遣い〉、水球はそれによく似ている。


 そして視線の先のメニーナも、同じように頷いた。


「これは、描いたものを具現化する魔法です」


 遠くにいる俺たちの耳に届くように、いつもより少し声を張ってメニーナは言う。


「こうして〈ウィンディーネの遣い〉を描きました。本物と比べると、能力は大きく落ちますが……それでも、()()()()()()()()は健在です。今はこの海底に、水を退かせてドームを作ってもらっています」


 だから、とメニーナは声を張り上げた。

 


「……せ、戦場は私が整えます! 皆さんには、ボスの討伐をお願いします! 」



 ああ、やっぱり……

 この子だけは、俺なんかよりよっぽどとんでもないヤツなんじゃないかと、今でも思う。まぁいずれにしても──


「ここまで頼りになるオーナーも他にいないな」


 ──メニーナの言葉に、俺は「任せろ」と手を上げて応えた。

 ウーリ、シザーもそうだ。ウーリは引き攣った笑みでドームの規模に呆れ、シザーは安堵したように脱力しながら、それぞれ立ち上がる。


 目の前で、大海賊クックノールもまた体勢を整えたところだ。

 その足が砂を蹴り──気付けば目の前に迫るその剣撃を、殺人彗星(キリングハレー)が「キンッ!」と弾き飛ばす。


「うん、余裕で対応できる!」

「────ッ!?」


 身体が軽い。酸素もある、思い通りに動く。メンデルはいらなくなったツルの導管を引き抜いた。

 一方クックノールは、これまでと全く異なる陸地(・・)での俺たちの動きに、驚愕した様子を見せる。


 そして、ここにいるのは俺だけじゃない。


 背中から伸ばそうとした無数の触手は、その先端を音もなく切り落とされた。

 静かに、すれ違うように前に踏み出したシザーが、その愛刀を「ちゃきん」と納刀する。


「触手は許しません」

「えっちだからね!」

「えっ、いえ……そういうことではありませんが……」


 緊張感のない軽口を交わしながらも、流れるように放たれるウーリの追撃。

 後退しながらも思いっきりに放つ矢が、がら空きになった頭に命中──しようとして、ギリギリで触手の防護によって防がれる。


「だーっ! ごめん防がれた!」

「いいや、上等」


 十分な隙だ。

 飛びかかるようにして月人の処刑ムーンサイスを振り抜けば、ヤツは崩れかけた体勢でも俺にヘイトを向けないわけにはいかない。


「エンチャント・ノクス」


 エンチャントを延長、全能力強化。

 月人の処刑(ムーンサイス)の斬撃を呪剣で防がせ、さらに多節棍モードの殺人彗星(キリングハレー)を振り回して筋肉質な触手たちと打ち合う。


 とにかく徹底した攻撃、正面から殴り勝ちにいく。


「────ッ!」

「俺以外がいることも忘れるなよ」


 さらには、ここに加わるウーリの射撃とシザーの居合い。

 正直、このメンツでここまでして完封できないことも驚きだが……それでもクックノールは徐々に押し負け、触手の再生も段々と間に合わなくなっていく。


 斬撃、斬撃、打撃、斬撃、再び打撃。

 後退するクックノールに思いっきり振り抜いた殺人彗星(キリングハレー)。攻撃をまたも呪剣に防がれた、その直後──


「お前、やっぱりアイツのこと忘れてるだろ」

「────?」


 ──がくんッ! と奇妙な軌道を描いて空中を駆けるリーゼント頭が、隙だらけの背後を取った。


 

「発ッ、勁ええええええいッ!」

 

 

 その強烈な打撃はクックノールの頚椎へとピンポイントで叩き込まれ、「────ッ!?」と大きく仰け反る怪物。俺たちはさらに追撃を加える。


 シザーの抜刀術は喉を撫で斬り、杭のようなウーリの射撃はその頭を貫通する。そして俺は、魔力で槍状に硬化させたメンデルのツルを首元へと叩き込み、肉をえぐると共に捕食した。


 首から先が千切れ飛ぶようにして、クックノールの身体は崩れ落ちる。


「ナイスキル、バーキル先輩」

「生きてたんだね。酸欠でとっくに死んでると思ってた」

「うッす! 超ギリでした! 危なかった〜ッ!」


 そのわりには元気そうに言うオーバーキルと、手のひらを叩き合わせる。メニーナにお礼を言っておくことだな。


「了解ッす! あざァーッす! メニーナさん!」


 高らかに叫ぶオーバーキル。会ったことないし、多分誰のことかも分かってないんだろうけど。


 なお、そのメニーナ本人は「や、やったー! 勝ったー!」と嬉しそうにしている。


「メニーナさん、まだ気を抜かないでね」

「えっ?」

「撃破ログ、出てない」


 ……おそらく、第二形態。

 首から上を無くしたクックノールの身体は未だ消滅せず、その腕の呪剣も強い魔力を宿したまま──そして、ゆらりと怪物は立ち上がる。


 同時に、周囲あちこちから駆けてくる無数の足音。白魚たちだ。

 俺たちが警戒をする間もなく、あちこちからやってきた白魚はクックノールの元へと飛び込み、あるいは上空からぼとぼとと落ちてくるままにクックノールの身体へと合流する。ヤツの身体は、より大きく、より筋肉質に膨れ上がる。


 あっという間に、三メートルはあろうかという巨人剣士の完成だ。

 

「なんだ、ムーンビーストよりは小さいではありませんか」

「うん。意外と現実的なサイズだったね」

「本来なら水中戦で、さらに難易度上がる想定だろうからな……っていうか、お前ら余裕だな」


 頼もしいよ、本当に。


「さて……メニーナさん、引き続きドームの維持をよろしく!」

「は、はい! 任せてください!」


 前も盤石、後ろも盤石。

 なんというか……未知の敵だが、今回ばかりは負ける気がしない。


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