062 - 海返りの呪剣
現れた一人目の海賊船長。
互いに武器を構え──直後、シミターと殺人彗星をぶつけ合う。
なるほど、かなり速いし動きも見にくい。何より俺との鍔迫り合いが成立するパワーもある。こんな見た目だが、月詠み巫女くらいの強さはありそうだ。
「キキキキーッ!」
「それは威嚇か? それとも笑ってんのか?」
歯を剥き出しにして、甲高い声で鳴く海賊船長。細まった目は、にいと笑っているようにも見える。
いずれにしても──
「バーキル先輩、雑魚と見張りよろしく。他の船長が来たらそっち頼みます」
「あい了解ッす!」
そう、船は3隻。つまり船長も3人。
他の船長もいずれこの船に這い上がってくるため、監視と余力を残しておく必要がある。
バーキル先輩に仕事を任せ、俺とウーリでさっさとこの船長を倒しにかかる!
互いの武器を弾き合い、さらに射出した結晶ナイフを躱される。そこを追い撃つウーリの射撃も──だんッ! とシミターを振り抜いて弾いて見せる船長。
「えっ、嘘!?」
「大した筋力だな」
ウーリの射撃を真正面から弾くか。
月詠み巫女は速度特化のボスだったが、こちらは筋力に優れる様子。
そのまま距離を詰めて放たれる斬撃を躱し、カウンターで放つ蹴り。
攻撃後の硬直に、ようやく月人の処刑による斬撃を入れることに成功するも、ギリギリで展開された水魔法──水のヴェールによってダメージは大きく軽減されてしまう。
さらに顔をぐっと後ろに逸らして被弾を最低限に抑えた船長は、そのままフックのついた片手を振るった。
「トビくん! それ伸びるよ!」
「……ッ!」
この距離なら後退で躱せる──という思考を、ウーリの言葉で思い直す。
無理な体勢でも横に飛べば、隣を過ぎ去っていくのは手首から伸びたフック。じゃらじゃらとした鎖に繋がれたフックは、そのまま船の手すりに引っ掛けられると──鎖を巻き取るようにして、船長の身体が滑りながら加速した。
「うわあ! トビくんみたい!」
「たしかに……」
すれ違いざまに振り抜かれたシミターを棍で弾きつつ、さらに鞭のように薙ぎ払われる鎖付きフック。
その先端を蹴りで叩き伏せると同時、鎖に這わせるようにメンデルのツルを伸ばす。
「キキキキーッ!?」
「こっち来い」
思いっきり腕を振るった直後、バランスを崩した海賊船長を──そのまま思っきりに引き寄せた。
うん、読みにくいが対応はできる。
俺が普段から似たような動きをしているからだろう。
だが船長だってされるがままではない。
途中で足をぐっと地面につけて踏みとどまるが──
「ウーリ」
「はいはーい。流れ弾喰らわないように気をつけてね」
──残念ながら、この勝負は2対1。
吠えるような轟音をあげて放たれる矢。船長はそれを、さっきと同じようにシミターで強引に叩き伏せる。
しかしその瞬間──着弾した矢は「ぱんッ!」と破裂した。
弾け、四方八方に飛び散る小さな鉄球たち。
俺はそれをメンデルのツルを振り払っていなすが、船長の方は間に合わない。「ぶきゃッ!?」と不格好な悲鳴をあげて、顔面に無数の穴が空く。
矢の先端に「無数の鉄球と火薬を閉じ込めた袋」をくくりつけたというそれは、今回のボス戦にあたってウーリが用意してきた新武器だ。
「雑魚掃討のために用意したけど、ボス相手でも役に立つね〜!」
ちなみに本来の使い方は、炎をつけると同時に上空に打ち上げ、周囲一帯に鉄球の雨を降らせることだそうです。えぐいよ。
ともあれ大きく体勢を崩した船長を──そのまま引き寄せ、ぶった斬る!
「ギギギギィ──ッ!?」
「ようやく綺麗に決まったな」
振り抜いた月人の処刑が、そのぶよぶよとした頭にクリーンヒット。腕力、速度、ギミック共に厄介なボスだが、皮膚自体はとても柔らかいようだ。
「……にしても、しぶとい!」
「ぎッ、ぎぎぎぎィ!」
大ダメージだが、倒れはしない。海賊船長は睨むような目で甲高く笑う。
追撃の棍は片腕の鎖で受けられ、さらに撃ち放った結晶ナイフもシミターによって処理された。
とはいえ、攻撃の手数はこちらが上。
大きな切り傷にメンデルのツルを伸ばし、体内へと侵入させようとして──
──その直後、何か嫌な予感がして、俺は伸ばしたメンデルのツルを自切した。
「ぎッひひひひィーッ!」
「魔法か」
展開された水魔法。
それは船長の全身を覆う海水のヴェールで、負った傷を徐々に癒していく──いわゆる「リジェネ」だ。
だが俺にとって厄介なのはリジェネ効果ではなく、ヴェールそのものの塩分濃度。
メンデルは苦しんでいた。
船長のエネルギーを頂こうとしたとき、あのヴェールの海水を一緒に吸い上げてしまったのだろう。自切したツルがびちびちとのたうち回り、葉には排出しきれていない塩の結晶がびっしりとこびり付いている。
……なるほど、厄介。
おそらく「海水を濃縮して味方にする海賊っぽい魔法」という演出なのだろうが──そんなフレーバー要素がメンデルにぶっ刺さることなんて想定してないよ!
「トビくん、大丈夫! とりあえずそいつは私が仕留める!」
「頼んだ……!」
ウーリに任せて後退する。手足には若干の痺れ。
塩分を排出し終わればすぐに治るだろうが、今の時点ではギリギリ追いついていない。
俺と入れ替わるように前に出たウーリは、近距離から引き絞った矢を放った。
それがシミターによって叩き落とされると同時──ウーリの腕が、船長の傷ついた頭を鷲掴みにする。
「ウーリが肉弾戦……!?」
「サポートよろしく!」
「了解!」
手足の精密性を欠いた今、しかし手札がないわけでもない。たとえば魔法だ。
「クレセントエッジ──二連!」
両手に三日月刃を展開し、ウーリに抵抗しようとするフックとシミターを狙って射出すれば──ヤツは魔法の迎撃を優先し、ウーリの攻撃に対する防御を失う。
そしてウーリは──船長の頭を、思いっきり床に叩きつけた。
「──ギギャッ!?」
「おらッ! おらッ! 潰れろーッ! 完熟メロンにしてやるぜ!」
──だんッ! だんッ! だんッ! と何度も地面に叩きつけられるその頭。抵抗しようと暴れる手足を、クレセントエッジを連発して徹底的に妨害していく。
重ねて叩き込まれる大ダメージの乱打。
それでも海賊船長は地面に手をつき、ようやく「ぐうっ」と身体を持ち上げたそのとき──
「よし、治った」
「じゃあトドメよろしく!」
──排塩完了。
ウーリと入れ替わるようにして、風を切るように振り放った殺人彗星のスイングが、その頭を撃ち抜いた。
「ぶぎゃっ!?」
吹き飛んでいった海賊船長の身体は、やがて動かなくなる。
他のモンスターと違って消滅しないのは仕様だ。このあとアイツらは合体して巨大化するらしいが……まぁとにかく、これにて討伐完了。
「はあ、苦戦した……それにしてもウーリ。お前、近距離イけるんだな」
「私のビルド、身体強化スキル3つだよ? むしろ得意分野だね」
ああ、たしかに。
「それにさ。"弓使いの弱点は近距離" なんて言ってるヤツを殴り合いでボコボコに出来たら、キモチイイじゃん?」
お前、本当そういうことばっかり考えてるね。
「トビくーん! ウリちゃーん! 次の船長来たッすよーッ!」
「おっ。了解、ありがとう!」
そんなところでオーバーキルの索敵報告。
見れば、船の両側から這い上がってきた2人の船長の姿。オーバーキルはすでに片方の相手をはじめている。
「ギリギリだったけど、合流される前に倒せてよかったね」
「ああ。もう1体も同じように片付けよう」
追加の飴玉を噛み、スタミナを補充。
さらに珍しくMPも消耗してしまったので、こちらもポーションを服用しておく。
船長からエネルギーを吸い上げるのは、危ないので禁止だ。それだけ気をつけていれば、あとの手札は割れている。何の問題もなし。
結局、俺たちが残る船長を片付けるのには大した時間もかからず──やがてボス戦は最終フェイズへと移行していく。
*****
時刻を少しだけ遡り──
一方、メニーナとシザーの進捗である。
とても地道な調査だ。
果たして、これで有力な手がかりが掴めることなどあるのだろうか──とシザーが不安に思いはじめた頃合いだった。
メニーナとシザーが訪ねた3件目の商家。
グレゴール薬師商会を名乗ればこころよく中に招かれ、そこでふたりは気になる証言を聞き取る。
「当時は、様々な呪物を運んでいたと……そう聞いております」
……呪物。
そんな物騒な単語を口に出したのは、商家の一人娘であるという若い夫人だった。
二十年前、つまり〈白魚の海賊団〉に何らかの変化があったと思しき時代に、彼らに襲撃を受けて宝を奪われたという商会のひとつ。婿入りしてきた夫と共に、家業を継いだばかりだという。
「曰くのある品を各地から引き取り、それを戦場へと送る。先代はそういった、よろしくない商売をしておりました。海賊団に奪われたというのも、そうした品を積んだ商船です」
「そ、それは……たとえば、具体的にはどのようなものを……?」
メニーナの質問に、夫人はこくりと頷いて答える。
「そうですね、たとえば…… "人を海へと返す、夜の呪剣" などでしょうか」
クエストは、もう少しだけ深い場所へ。