061 - 奇妙な共闘
漁師との交渉はトントン拍子に進んだ。
ボートに乗り込み、花まみれの顔面をぐっと近づけて脅せば、漁師は何を言ってもぶんぶんと頷くだけである。
「じゃあ、一緒に海賊団退治行きましょうか」
「は、はい! 仰せのままに!」
なんだか悪いことをしている気分になる。
ともあれ、スタン状態のオーバーキルにポーションを投げつけ復帰させれば、いよいよ攻略を再開したいところ。
「す、すんませんッしたァ! ご迷惑おかけしましたあ!」
一方、こちらは土下座して謝罪するオーバーキル。
やめてほしい。配信ついてるなら尚更に。
「言ったろ? トビくん。こいつバカなんだよ」
「うん、よく分かった」
数秒前の言葉も忘れやがって。これで本当に悪意がないのだから恐ろしい。いや、むしろそっちのほうが悪質か?
なんて軽口を叩きながら、俺たちは再びアダンの操縦する船に戻った。
夜の海をすいすいと進みはじめる2隻の小舟。
やがて、魔物とのエンカウントも発生する。
「おふたりさん、また白魚が出たぜ」
「はいはーい。上位種は……よし、振動源はあそこかな」
海の底からやってくる無数の白魚たち。
舟に這い上がろうとしてくるやつらを、俺は殺人彗星を振り回して叩き落とし……ウーリの方は、小舟の床に手をついて振動を探知。
さっそく上位種を見つけたらしい。
「ええと、位置は右斜め前方。二十メートルくらい先なんだけど──」
どうやって指示したものか、と悩んだウーリに対して、隣のボートからオーバーキルが飛び出した。
「二十メートル先ッすね! 了解ッす! 俺いきまァす!」
「は?」
「おい、マジかアイツ」
俺のようにツルで戻ってこれるというわけでもないのに、無鉄砲に海へと飛び出すオーバーキル。ウーリがぎょっとしている。
驚異的な跳躍力で海上へ。
そして空中でくるりと姿勢を整えると──
「発ッ、勁ええええええいッ!」
──だんッ! と打ち出した拳が海面を叩いた。
驚くべきことに、海面は揺れなかった。
その衝撃は水を揺らすことなく──つまり全くの無駄なく海中へと伝わり、少しすると気を失った無数の白魚がぷかりと海面に浮いてくる。
「……今の、振動で脳を揺らしたのか?」
「おお〜……トビくんとは違うベクトルで、意味分かんないプレイヤースキルだね」
極めて精密な打撃。
その化け物っぷりは、どちらかと言えばシザーの居合いにも近しい……職人技だ。
とにかく上位種が巻き込まれて倒れたことで、あたりの白魚たちは散っていく。
ついでにオーバーキルも「じゃぼんっ!」と海の中に落下した。それはもう勢いよく。
「と、トビくーんッ! 助けてくださぁーいッ!」
「お前、泳げないのかよ!」
なんで飛び込んだんだ。
バカなのか? そういえばバカだったわ。
ツルで巻きとって引き摺りあげてやれば、ゴホゴホとむせ込みながらオーバーキルは舟に上がってくる。自慢のリーゼントがぐしゃぐしゃだ。
「え、ええと……とりあえず、白魚の群れはコイツに任せて良さそうだな」
「溺れ死なないように気を付けてあげてね」
はい。そうですね。
*****
その後も、道中の対処はウーリとオーバーキルが担ってくれて、俺はかなり手を抜かせてもらっている。
白魚の群れには何度か遭遇したが……
「左三十度、十五メートル先」
「うッす! トビくん! 行ってきまーッす!」
「はい、頑張って」
ウーリが上位種を特定、メンデルのツルを腰に括りつけたオーバーキルが海上へと飛んでいき──
「発ッ、勁えええいッ!」
──発勁を放つ。
これで上位種は鎮圧。全く揺れずの水面に、ぷかぷかと無数の白魚たちが浮いてくる。
海中へと落下する前にオーバーキルを回収してやれば、これでほぼノーリスクの完封だ。
「スキルでもないのに、なんで毎回叫ぶんだろ」
「気分じゃないか?」
まぁ、それに配信者だし。
アレはアレで盛り上がるだろう。
「トビくん、ウリちゃん! コメントでいっぱい質問来てるンすけどォ!」
「はい、なんでしょう」
「おふたりって付き合ってるンすか!」
どんな質問だ。
拾うなそんなもん。
「えっちはしてる」
「マジすか!? 皆ァ! えっちはしてるそうですッ!」
お前もいい加減にしとけよ、赤いの。
シャレになってないのよ、本当にしてるから。
冗談にならない冗談を交えながら、舟は順調に進んでいく。
エンカウントは主に白魚の群れ、そして上空のペリカン。たまに巨大タコと遭遇することもある。
現状、最も事故率が高そうなのはタコだろうか。触腕でへばりつくようにして、ボートをひっくり返そうとしてくるのが本当に最悪だ。
とはいえ、苦戦というほどの苦戦もなく……俺とオーバーキルで触腕をいなしながら、吐き出してくる毒の墨はメンデルが吸い上げて俺の中へ。元々毒状態なので問題なし。
そしてウーリの射撃を何度も当てていれば、いずれ倒れる。ムーンビースト戦のときより増しているように思える機械弓の火力は、今でも意味が分からない。
そしてもうひとつの歓迎は──
『封鎖型ボス〈白魚の海賊団〉が確認されました』
──そう、すでにここは海賊団のテリトリー。
「ふたりとも、また砲撃が来るぞ!」
アダンの言葉と同時に、遠くから爆発音。
すでに隠密が効く距離ではなく、何度目かも分からない砲撃だ。それは見えぬ暗闇の先に浮かんでいるのであろう海賊船から撃ち放たれる。
対処するのは俺とウーリ。
「よし、トビくん頑張ろう」
「ああ、今度も撃ち落とす」
ウーリは矢を、俺はクレセントエッジを手の内に発生させ──「せーの!」の合図で同時に放った。
放った射撃は大砲の弾とぶつかり合い、花火のように空中で爆散する。
「ふう……射撃難易度はそうでもないけど、それでもヒヤヒヤはするね」
「一発逃したらほぼ詰みだからなぁ」
ボートが破損した時点で、俺たちは撤退を余儀なくされる。かなりしんどい内容だ。
けれど頑張った甲斐もあって──
「みんなァ! 見えたッすよ! ボスエリアのモヤモヤ!」
──俺たちは、ようやく目的地へと辿り着いた。
空間が歪んだような透明の帳に、その向こうにはうっすらと巨大な海賊船のシルエットや灯りが透けて見える。
「アダンさん、俺たちは行ってきます」
「ここまで運んでくれてありがと! あと任せて!」
「おう、頼んだぜ。健闘を祈る」
ここまで運んでくれた船乗りアダンに礼を言って、俺たちは帳を潜った。
*****
帳を潜れば、背後にいたはずのボートや船乗りたちの姿は見えなくなる。ここからは俺たちだけの戦いだ。
見上げた先には3隻の巨大な海賊船、足元は不安定な流木。「うわっ」とよろめきかけたウーリを抱き上げ、そのまま流木と流木の間を渡るようにして、海の上を走って進む。
「よし、這い上がるぞ。バーキル先輩、ひとりで登れる?」
「いけます! でもちょっと遅れます!」
「うん、じゃあ運んでいくよ」
「あざぁーッす!」
バカでも戦力としては一流だ。ガンガン活躍してもらおう。
ウーリを片腕で抱き、ツルでオーバーキルを絡め取る。
さらにメンデルのツルで形作った左の義手からもツルを伸ばし、俺たちは海賊船へと一気に這い上がった。
「う、うおおおッ!? 速いッ!?」
「ありがとう、トビくん!」
「どういたしまして」
この左腕はオーバーキル戦で切り落としたまま再生していないが、これはこれで便利だ。何よりエンチャントでの状態異常カウントがひとつ増えるので都合が良い。
そして着地すれば、一斉に振り向くのは無数の乗組員──ボロボロの服を着た白魚たちだ。
「こうやって地上で見ると、しっかり二足歩行だな」
「キモい! 白い! 目がつぶら!」
「良い筋肉ッすねえ! こいつは燃えますよォ!」
四肢を生やし、衣服を纏ったムキムキのシロイルカ……といった強烈なビジュアルである。ぽっこりと膨らんだ柔らかな頭は、いわゆるメロン体──振動を感知するための器官なのだろうか。
まぁとにかく……
槍やシミターといったしっかりとした武装を構え、ヤツらは一斉に駆け出してくる。
「エンチャント・ノクス」
スタミナ温存のため、変身モードはひとまず温存。代わりにエンチャントをかけて、寄ってくる白魚たちを片っ端から薙ぎ払い、月人の処刑で斬り殺していく。
オーバーキルの方も、ヒト型の相手はさすがの精度だ。敵の斬撃を上手くいなし、射程の不利をものともしない。パンチとキックだけで悠々とした立ち回りを維持している。
そしてウーリの仕事は──
「よし、さっそく大砲から壊していくよ」
「任せた」
──大砲の処理。
海賊船は3隻。やつらは味方の船の被害なんて気にもせず、敵がいる場所に大砲をぶっぱなして来る。
だから、この戦いで最も大事なのはウーリだ。
ウーリが弓を引く。得意の射撃で砲撃を撃ち落としながら、さらに残る2隻に搭載された砲台を片っ端から破壊していく。
俺とオーバーキルは、白魚たちを処理しながらウーリの護衛。まずは対等な殴り合いを成立させることが最優先。
「あッ! トビくん、こいつら水魔法使ってくるようになりましたァ!」
「了解。かなり掃討が進んだらしいな」
攻略が進めば進むほど、雑魚のレベルが上がってくるのが〈白魚の海賊船〉の特徴だ。
放たれた水の弾幕をツルの障壁によって無力化し、カウンター気味に振り放った結晶ナイフが白魚たちをハリネズミにする。
結晶ナイフ、とても有用。
だがここまで排出しても、未だ葉の表層にはびっしりと塩の結晶が析出され続けている。こいつらの使う水魔法、かなり塩分濃度が高いようだ。
「まずいな。排出、間に合うか……?」
メンデルの排塩機能は、海水くらいであればギリギリ処理できるライン。だがそれ以上となると不安が残る。上手いこと処理ができればいいが……
とはいえ、攻略自体は非常にスムーズだった。
砲台は順々に無力化され、あっという間に倒れていく白魚たち。しばらくすれば、さらにフェイズが進む。
「よし、トビくん。ここから第二フェイズだ」
「ああ。出たな、海賊船長」
そのとき船上に現れたのは、他の白魚よりもひと回り大きい個体。
まさに海賊船長といった立派な三角帽子をかぶり、片手には巨大なシミター。もう片手の先は、手首の代わりにフック状の義手が取り付けられている。
うん、海賊だ。すごく海賊っぽい。
顔面が可愛らしいシロイルカでなければ。
さあ、続けよう。