060 - 有言実行
ツルの鎧を展開し、かろうじて受け止めた打撃。
オーバーキルは目を見開くも、大きな口でにかっと笑う。
「それ! 噂の魔王モードじゃないッすか! かっけェ!」
「お前、思ってないだろ」
「はい! 本当はちょっと怖いッす!」
うん、正直で結構。
花の咲き乱れる顔の中に飴玉を放り投げ、歯で受け止めて食い縛る。同時にエンチャント・ノクスを発動──全身を大きく強化し、俺は反撃に打って出た。
カウンター気味に振り抜いた殺人彗星をオーバーキルは腕で受け止め、驚いたようにしながらも弾き返す。
「ま、まだ威力上がるンすか!?」
「ああ。でもお前は対応できるんだろ?」
「そッすねェ! いやあ、気合い入りますねえッ!」
そもそもの話……ここまでバフを重ねた攻撃を、素手で受け止めている時点でおかしいのだ。
それに武器や防具のようなものを全く身につけていないのも気になる。おそらく、装備が出来なくなる代わりに全身の強度と硬度を上げる──そういうスキルを取得している。そうでなければ説明がつかない硬さだ。
攻撃を弾かれながらも、体勢はこちらが優位。
崩れた体幹に追い打ちをかけるように頭へ結晶ナイフを放つも──その身体はぐにゃりと妙な軌道で前へと踏み込み、ナイフを躱すと同時に拳を振るう。
「……ったく、どんなパンチモーションだよ」
「面白いでしょう! 復帰用ッすよ!」
仰け反った体勢から放つ拳のモーションをあらかじめ保存──そして出力。ピンチをチャンスに変えるための手札を、こうしていくつも記録してあるのだ。
とはいえ、決まった軌道しか描けない拳を躱すこともまた容易く──
直後、互いに放った本命の蹴りと蹴りがぶつかり合い、水面を強く揺らした。
「トビくん、船だけ倒さないようにねーっ!」
「了解!」
揺れるツルの決闘場に、波打つ水面、揺られるボート。ウーリの助言を確認しつつ、俺とオーバーキルの攻防は続く。
拳や足をぶつけ合い、じりじりと削る互いのHP。
攻撃の威力はこちらが優勢──けれど大振りな殺人彗星には上手いこと対応されてしまっている。
ならば、多節棍の方が有効か?
「うおっ! 変形武器ッすか!? ロマンッすね〜ッ!」
「だからなんで対応できるんだ?」
棍を振り抜いた直後、切り返すように変形して放つ鞭撃に対して──オーバーキルは「ぎゅんッ」と奇妙な加速で距離を詰め、ダメージを最低限に抑えた。
威力の高い先端部の打撃を「前飛び」で躱されてしまえば、あとはダメージ覚悟で根っこを抑えることができてしまう。鞭や多節棍はこれをされると弱い。
そして──今度は何やら妙な構え。
さながら中国拳法のような体勢から放たれるその拳が、俺の肩を捉えた。
「発ッ、勁ええええええいッ!」
躱す余裕はなく、ツルの鎧を強化することで俺はそれを受け止める。今まで通りの打撃ならば、そう大したダメージにはならない──はずだった。
「ッ……!?」
だが、結果は違う。
鎧の中で、俺の右肩がぶちゅりと潰れたような感覚。気付けば持っていかれたHPゲージは半分以上だ。
さらに同じ姿勢から放たれる、追いの打撃。
棍形態へと戻した殺人彗星によって攻撃を受け止め、俺はかろうじて間合いの外へと後退した。
「今のは……装甲貫通か?」
ツルの鎧を浸透して、衝撃だけを伝播させる拳。
そういうスキルなのか……とも考えたが、何となくそうではない気がする。
再び、相変わらずのイカれた軌道と姿勢で距離を詰めてくるオーバーキル。だがその挙動は、ある間合いに入った途端にぬるりとした中国拳法へと切り替わる。
さっきと同じ、力の溜め。
しかしさっきとは全く異なる軌道を描き、腕の隙間を狙ってピンポイントで放つ「発勁」だ。つまりこれは──
「こっちは地の技術なのかよ……!」
「ジ!? 痔ッてなんスか! 俺、痔じゃないッすよおッ!」
「言ってねえよ」
──この浸透する打撃は、スキルでもモーション保存でもない、オーバーキル本人の格闘技術。
棍を振って発勁を捌きながら、考える。どうも一芸だけのコンボ開発狂いというわけではないようだ。
あの特殊なツギハギアニメーションの中に、自然と溶け込んだ中国拳法。この二形態による緩急を、オーバーキルは対人戦での揺さぶりに利用している。
……しっかり厄介だな、こいつ。
あまりだらだら続けていると、こっちがいつかフェイントに引っかかって崩されそうだ。こうなると……
「……きっちり勝ち筋作りにいく戦い方しなきゃダメだな」
だから俺は、殺人彗星を解体した。
大振りな打撃、多節棍の鞭撃。どちらも対応されてしまっているのだから、わざわざ構えている意味はない。
ツルを引き抜き、個々のヘイロウへと分解される棍。それを見て、オーバーキルは初めて顔を顰める。
「……どういうつもりッすか?」
「見て分からないか? 武器をバラした」
「さっきまで、俺の "発勁" をその棒でいなしていたのに? 舐めてンすか?」
……その表情は、不機嫌。
この真剣勝負で舐めプをされることに腹を立てている。
本当に対人戦や決闘が好きなのだろう。これがただの芝居であることさえ、あっという間に忘れてしまうほどに。フルルやラグドールとは違うタイプのPvP狂いだ。
とはいえ、俺だって冗談を言ってるわけじゃない。
「いいからやろう。好きだろ? 格ゲー」
「……この俺相手に肉弾戦ッすか。どこで受け止めても、二撃当てりゃあ死にますよ!」
だから殺しちゃダメなんだって。
完全に忘れてやがるな。
まぁいい、ぎゃふんと言わせてやる。
そして次の瞬間──オーバーキルの踏み込みと同時に、俺も魔法を展開する。
「俺は肉弾戦してやるとは言ってねえよ。クレセントエッジ」
発生をツルの鎧の中に隠し、左腕から不意打ちのように放った三日月状の魔力刃。
高速回転して迫る魔法を、しかしオーバーキルは簡単に躱して見せる。
「分かりやすい "弾" ッすね〜! そんなの牽制にもなりゃしませんよォ!」
蹴撃をそのまま歩法へと転用したような、そんなモーションの組み合わせであっという間に間合いに入るオーバーキル。
その上半身をぐっと溜めて、すでに攻撃の準備を終えている。そして再び──
「──発ッ、勁ええええいッ!」
放たれた中国拳を──俺は左腕で受け止めた。
受け止める、それだけだ。
何もない、何も起こらない。
「……へっ?」
呆気にとられたように硬直するオーバーキル。
そしてその直後。突如、左腕の中から勢いよく発生して伸びた殺人彗星が──
「ぎゃふんッ!?」
──オーバーキルの顎を、思いっきりに撃ち抜いた。
……さて、一応の答え合わせ。
別に特別なことをしたわけでもなく、俺は自分の左腕をあらかじめ切断しておいた、というだけだ。クレセントエッジを放ったあのときに。
切断した左腕はメンデルのおやつ。
空いたスペースにはメンデルのツルと、無数のヘイロウを詰め込んで左腕を偽装する。
そしてがらんどうになった偽物の左腕で「発勁」を受け止めると同時に、その内部ではヘイロウを繋ぎ合わせて殺人彗星を再生成。
素早い組み上げと同時に勢いよく射出した殺人彗星が、オーバーキルの顎を強打した。
「うん、お見事!」
そんなウーリのぱちぱちとした拍手を背後に、俺は仰け反ったオーバーキルの頭に照準を合わせる。
バットのようにスイングした殺人彗星がオーバーキルを吹き飛ばし、その身体はボートの中へと転がっていった。
「ひ、ひいいいっ! あ、悪魔だ……俺たち、悪魔に出会っちまったあ!」
……などと悲鳴を上げる漁師は、すでに腰を抜かしてこちらへ敵意を向ける余裕もない様子。吹っ飛ばされて着地したオーバーキルの下敷きになって、手足をばたつかせている。
気の毒だが、これなら脅迫も上手くいくだろう。
「綺麗にキメたねえ。アイツ、仲間にするの?」
「今回だけな」
ツルのリングに降りてくるウーリにそう答えつつ、ふたりで漁師のボートへと向かう。
オーバーキルはウーリから聞いた通りの「バカ」だった。今回は目的が同じなので協力してもらうが、それ以降はどうだろう。好き嫌い以前に、俺では扱いきれる気がしない。
友達として一緒にバカになるのは楽しそうだけどな。
「ちなみにウーリ先生、さっきの試合の模範解答はなんですか?」
「保存モーションは再生したら中断できないわけだから、釣りフェイントをもっと多めに入れてやれば正面突破できたと思うよ」
「ああ〜……なるほど、たしかに」
さすがウーリ先生。
まぁ今回は、お互いに初見殺し同士の戦いを制したということで。次があれば殴り合いを楽しもう。
ポーションを飲み干し、ギリギリなHPを補充しつつ……さて、俺たちは漁師の船に足を踏み入れる。