059 - オーバーキル
「あっ! え、ええーっ!? もしかしてトビくんとウリちゃんじゃない!? 知ってるーッ!」
巨漢、オーバーキルは俺たちを指差して言う。
「うはは、相変わらずうるせ〜……」
ウーリは苦笑いで目を逸らした。
うん、苦手そうだ。
まぁ、とにかく……
オーバーキルと俺は、気持ち声を張って会話をはじめた。
「あのーっ! さっきも声かけたんですけどォ! 配信ノッてまァす!」
「ああ、はい、大丈夫です。もしかして同じクエストですかね」
「マジすか! トビくんたちも海賊退治ッすか!」
「マジです、交易組合からの依頼で」
「へえ〜ッ! 俺は漁師さんたちと仲良くなって!」
おお、そういうルートもあったのか。
同じようなクエストでも、経由するNPCには派生があるらしい。
オーバーキルのいる船の上には、たしかにアダンとはまた異なる様相のNPCがひとり。
彼にも話しかけようと目を合わせたそのとき──
「お、おい、オーバーキル! なんの冗談だ! なぜこんなところに夜の魔法使いが……こ、殺せ! そいつを殺せェ!」
……そう叫ぶ、向こうの船のNPC。
まずい。〈月の狂気〉のこと忘れてた。
アダンは「そりゃそうだろ」と呆れた目をこちらに向けているが……いや、だってまさか漁師に夜の魔法を見抜かれるとは。もしかして、この世界の船乗りって魔法が必須技能だったりするのか?
オーバーキルもオーバーキルで、自分が連れてきたNPCの豹変っぷりに驚いた様子だ。
「え、ええっ!? 夜の魔法使いってなんスか! トビくんは俺のトモダチで──」
「と、友達だとお!? オーバーキル、まさかお前……あの魔法使いの仲間なのか! 俺たちを騙していたってのか!?」
ああもう、めちゃくちゃだよ。
友達認定も早すぎるだろ。
「どうする? ウーリ」
「え、ええ〜……どうするって言われてもなぁ。たしかにこのままじゃ危ないかぁ……」
ウーリも塩対応ながら、このままオーバーキルがNPCと仲違いして殺されてしまう……なんて展開は望んでいない様子。
実際、和解さえ出来ればこれ以上ない味方になってくれるはずなんだけど……。
「オーバーキル、早くそいつを殺せ! 殺して見せろ!」
「え、ええっ! トビくんをッスか!?」
「そうだ、潔白を証明しろ! でなきゃ俺はお前を信用できねえ……船から降りてもらうことになる!」
「こ、ここでッスか!?」
向こうはとんでもない話になってきた。オーバーキルは俺と漁師を交互に見て頭を抱えている。
「バカだけど良い人なのが伝わってくるなぁ……」
「今、コメント大盛り上がりだろうね」
たしかに。
傍から見る分には最高のコンテンツかもしれない。
まぁいずれにしても……
「受けてやりなよ、トビくん。これ、オーバーキルのフレンドコード。今ウェブから拾ってきた」
「了解。ありがとう、ウーリ」
和解ルートはそれしかなさそうだ。俺はウーリから送られてきたコードをウィンドウに入力し、オーバーキルに秘密裏にチャットを送る。
『バーキル先輩、やろう』
『いいんですか!?』
素早い返信。
まぁ、かなり強引な手段にはなるが……
『とりあえず、俺を殺しにいく姿を見せれば先輩の疑いは晴れると思うので……いい感じにスパーリングしてるとこ見せましょう』
『なるほど!』
『手を抜きすぎるとバレるので、ほどほどに。俺も頑張ってバーキル先輩のこと倒して、そのあと漁師さんを脅します』
『了解っす!』
うん、これでいこう。
俺はすでに嫌われているので、あとはどんなにヘイトを買っても問題ない。最後は「オーバーキルでも倒せなかった夜の魔法使い」として漁師を脅し、海賊退治の同行を許してもらうのが理想のルート。
俺は船と船の間にツルを張り巡らせ、切り離す。これは足場──オーバーキルとの戦いのリングだ。
ぴんと張った格子状のツルの上へと踏み入り、俺はオーバーキルを手招きする。
「やろうぜ、先輩」
「うッす! 夜の魔法使いめ、殺しに行くッすよォ〜!」
オーバーキルは涙目から転じてニッコニコである。大根役者すぎるだろ、こいつ。
『殺しはナシで』
『了解っす!』
……本当に分かってるのか? 不安だ。
そして次の瞬間──
「──ッうらァ!」
「重……ッ!?」
──棍と拳が激突した。
なんの予兆もなく放たれたオーバーキルの右フックが、振り抜いた殺人彗星とぶつかり合う。
威力は完全に互角。
手に返ってくる衝撃は、まるで硬い岩でも殴りつけたような重い手応えだ。
オーバーキルは全く怯む様子もなく距離を詰め──直後「かくんっ」と不自然な軌道を描いて斜め下へと潜り込んだ。
振りかぶられたアッパーを、上体を逸らすようにして後ろに躱すが──
──直後、またも不自然な移動。
今度は「すぅ──」とスライド移動でもするような奇怪なステップで距離を詰め、予兆なく放たれる回し蹴り。
「なんだその動き……!?」
「どッらあああああッ!」
「……ッ!」
咄嗟に構えた殺人彗星で、俺はその強烈な打撃を受け止めた。
……さて、ここで一度、デイブレの "スキル" について再確認しておこう。
デイブレに多種多様なスキルが実装されているが、その中に「武術系スキル」と呼ばれる基本的なカテゴリがある。
俺の持っている〈蹴術使い〉なんか、まさにそれだ。
では、この武術系スキルは具体的にどういった能力を持つのか?
ひとつ、基本的な動作アシスト。
プレイヤーの脳波を事前に読み取り、繰り出される動きを自動補正する。これは思考だけでオン/オフの切り替えが可能。俺は地上戦ではオフに、空中戦ではオンにしている。
ふたつ、ダメージ強化。
スキルごとに特定の攻撃威力を強化する。たとえば俺の場合は蹴りの威力が上がっている。強化倍率はそこそこ高め。
そして最後に、動作の保存と出力。
スキルごとに特定の動作を保存し、保存した動きをいつでも再現できる機能だ。たとえば俺なら「上手くいった蹴りのモーションを保存し、いつでもその蹴りを出力する」といったことができるだろう。
ただし最後の機能はほぼ使われない。
厳密には使われないというより、使っているうちに使いにくくなってくるというか……実際に身体を動かしてみると、「"全く同じ動き" を繰り返したい」というタイミングは意外と少ない。
自分の立ち位置や敵との距離は常に変化するし、角度や時間的猶予も変わってくる。
そんな戦闘中に、微調整や融通がまったく利かない攻撃というのは使いどころが難しく……
大抵のプレイヤーは「どうせ動作アシストによって綺麗な攻撃が放てるなら、その場で適切な攻撃を放つ方が早くない?」という結論に辿り着く。
だから、ほとんどのプレイヤーは保存機能を使わない。このオーバーキルというプレイヤーを除いては。
オーバーキルの不自然な動き──
おそらくこれは、無数の保存モーションをツギハギに組み合わせて作るアニメーションのようなもの。
だから身体の軌道が「かくん」とねじ曲がったり、「すぅ──」と幽霊のようにスライドしたり……およそ人間とは思えない挙動が発生する。
もちろん簡単にできるものではない。
モーションとモーションが綺麗に繋がるよう計算し、かつ実用性と奇襲性を両立させなければならない。繊細な時間管理と準備、暗記、そして何より長時間の研究と練習が必要だ。
ゲームストリーマー、オーバーキル。
その出身は旧世代格闘ゲーム──いわゆる「レトロ格ゲー」と呼ばれるゲームジャンル。
「キャラごとに用意された既存技」だけを用い、技ごとの発生時間・攻撃持続時間・硬直時間を計算、技と技を組み合わせて多彩なコンボを繰り出し戦う……脳筋ゲーに見えて、その実きわめて理知的かつ知識的。研究時間と練習時間がすべてを決めると言っても過言ではない。
そんな界隈から生まれた麒麟児、オーバーキルとは生粋の研究家であり──コンボ開発のプロフェッショナルであった。
激突──そして互いが弾かれ合ったその直後。オーバーキルは無理な姿勢から不自然に体勢を回転させ、流れるように踏み込んだ。
その動きが超加速し、放たれる打撃。
「だッしゃああああッ! 有利フレーム──ッ!」
「……ッメンデル!」
攻撃も防御も構え直す余裕はない。
咄嗟に編み上げたツルの鎧によって強烈な打撃をいなしながら……俺は内心で思う。
こいつ、バカだ。
殺しはナシって話、完全に忘れてやがる!
*****
一方その頃──
トビから頼まれた調査のために、メニーナとシザーは王都中を歩き回っていた。
交易組合にも顔を出して話を聞くが、今以上の収穫はなし。
では今度は王城の人に話を聞こう──と突入しようとしたメニーナを、シザーが止めた。騎士団とあんな揉め事を起こしかけた直後に王城はまずい。
そういうわけで、最終的にメニーナが選んだのは図書館であった。
「過去の記録というのは、意外にも残っているものなのですね」
「そ、そうなんです。故人の日記とか、昔の新聞とか……」
そうした資料を掻き集めるメニーナを、シザーは関心したように眺める。
新聞というのも現代のようなしっかりしたものではなく、貴族家や大商会にのみ届けられた手紙形式の書簡ではあったが……時間が経って不要になったものは、こうして王都の図書館に収集されているらしい。
言語スキルを取得していないシザーにはいずれも読めない。一方それらをすらすらと読み解いていくメニーナは、言語スキルに加えて読書速度上昇のスキルまで取っているとのこと。
この人は本気だ、とシザーは思った。
これらはいずれもただの設定。
そう、世界に刻まれた長い歴史をただ「設定」とだけ考えていたシザーにとっては、メニーナのゲームプレイは目から鱗だ。
「た、たしか……ボスは3隻の海賊船、なんですよね?」
「ええ。既存の攻略情報でも、交易組合で聞けた話でもそのようでした」
特に掲示板やウェブで調査した情報によれば──〈白魚の海賊船〉は3隻の海賊船によって構成され、「まず乗組員の掃討」「次に3体の海賊船長の登場」「最後に3体の船長が融合し、巨大な1体のボスとなって登場」の3フェイズで進んでいく。
現在、攻略が止まっているのは最終段階。
巨大ボスは自動回復の速度が極めて速く、これまでの挑戦ではHPを削り切ることが出来なかった──とのことだ。
だが……
「……うーん……4隻、だと思うんですけど……」
「はい?」
……ぼそりと呟いたメニーナに、シザーは首を傾げる。
「こ、このお手紙、二十年くらい前のものなんですけど、襲われたときのことを詳細に書いていまして……ここでだけ、海賊船は4隻とされているんですよ」
そう言ってボロボロの手紙を手渡されるものの、シザーには読めない。
それに、もしそれが真実だとして……シザーは机の上に積まれた膨大な資料の山をちらりと見た。
この大量の資料の中から、そんな重要そうな情報が書かれたものが……この1枚の紙切れだけ? もし攻略に関係があるなら、あまりにも調査難度が高すぎるだろう。
「他の資料には、類似した情報は?」
「ありません。そ、そもそも外見や数を書き記したものは少ないですね……海賊が何をした、どこに現れた、みたいな話が多くて……」
「なるほど。たしかに、そういうものかもしれませんね」
特に貴族宛ての手紙であれば、注意喚起よりも結果報告という体のものが多かったであろうから。
「それに……そ、そもそも、最初から〈白魚〉だったのでしょうか……」
「どういう意味ですか?」
「この手紙……4隻の海賊船に襲われたとしか書いてないんです。乗組員がモンスターだったら……真っ先にそれを書きませんか? 特徴的、ですし……」
……それも、たしかに言われてみればそうかもしれない。明らかな異形だ、まず伝えるべき内容はそれだろう。
「他の資料ではどうなのですか?」
「こ、これ以降の時代では、たまにそういう話が出てますね……乗組員が変だったとか、白い怪物だったとか……段々と〈白魚の海賊団〉という呼び名が定着していきます……」
「ふむ」
「な、なので……」
すでに自分の中で結論は出ているらしい。
ひと呼吸置いて、メニーナは説明する。
「……二十年前、何かのターニングポイントがあったんだと思います。船を1隻失って、ただの人間だった海賊たちは白魚へと変貌した」
「変貌、ですか……?」
「はい。人が魔物へと転じる事例は、あります」
……今、彼女は誰のことを思い浮かべているのだろう。シザーには分からない。
「ふ、船1隻を失ったきっかけは……きっと、王国軍との戦いではないと思うので、何か特殊な事故でしょうね」
「それはどうして?」
「船を撃破したなら、貴族宛てに報告していると思います。それがない以上、別の要因です」
「…………」
おどおどとした態度で、けれど淡々と説明するメニーナ。そんな彼女をシザーはじっと見つめる。
「メニーナさんは、ずっとこういうことをしているのですね。素晴らしい解読力です」
「は、はいっ……?」
「いえ。もしかすると……このゲームを今最も正しく楽しんでいるのはメニーナさんなのかもしれない、と」
こんな1枚の紙切れをきっかけに──
いや、それがこの手紙からしか推理できない情報なのだとしたら、あまりに意地が悪いけれど。そんなことを思いつつ……何となく、今自分たちが辿っている道は正規ルートというわけでもないのだろうな、とシザーはゲーマーとしての勘を働かせていた。
ふとメニーナは立ち上がり、身支度を整えはじめる。
「おや、次はどこに?」
「二十年前に海賊に襲われた被害者さんたちのお家を回ろうと思います。ご家族の方が、何かを覚えているかもしれないです」
「そ、そんな調べ方を? いえ、お供致しましょう」
商家の方々が多いので、交易組合さんに取り次いでもらおう……と独り言を呟いているメニーナと共に資料を片付け、女子2名は図書館を出た。
「と、ところで、シザーさん……私のこと、さん付けしなくていいですよ……?」
「そうですか? ではメニーナ、参りましょう」
「は、はい……!」