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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第5章 - Run the Abyss

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058 - 魚というかシロイルカ


「と、トビくん……大丈夫ですか……?」

「あら〜……腰がっくがくだね。ちょっとやりすぎた?」


 ……およそ一時間。

 搾られた。それはもうこってりと。


 ぐでりとベッドの上に倒れながらポーションを服用しつつ……こういうところを毎回シザーに見られているのも、あまり良くない。


「あ、いえ。私のことはお気になさらず。その……トビくんに女の子のお友達が多いことは、昔から知っていますので」


 やめて。フォローしないで。

 軽蔑してくれた方がいっそマシだ。


 シザーは耳元にそっと唇を寄せ──


「私のことは、ゲームでもリアルでも……いつでもお呼び出しください」


 ──ぼそりとそう言い残すと、メニーナの肩を叩いて共に離れた。


「それでは、私はメニーナさんと共に。護衛の任、たしかに拝命致しました」

「あ、ありがとうございます、シザーさん。それじゃあ、行ってきますね……!」


 そう言って、ふたりは塔を降りていく。

 残された俺とウーリは、このままファストトラベルで「無法者の海岸」へと向かう予定だ。


「ええっと。トビくん、歩ける?」

「……まぁ、なんとか」

「よし、それじゃあいこっか」


 ウーリもメニーナも、妙につやつやである。すでに疲れ切っているのは俺だけか?

 そんな調子で、俺たちはいよいよ〈白魚の海賊団〉退治へと乗り出した。


 

 ……あ、その前に一旦着替えだけしてきていい? リアルの方。




 *****



 暗い夜の海岸には、相変わらずプレイヤーが少ない。ウーリから聞いた話、この西方向は全体的に不人気だそうだ。まぁ水場というだけで動きが制限されるので、たしかに爽快感はない。


 道中に出会ったイソギンチャクメデューサやペリカンを薙ぎ倒して進みながら、俺はウーリから一枚の布切れを受け取った。


「これ、例の隠密スカーフ?」

「うん。狙撃(・・)されないための最低限の隠密補正がかかるだけだから、他の魔物にはあんまり影響ないけど」

「十分だな」


 以前、俺がひどい目に遭わされた大砲狙撃──あれを防ぐためのアイテムとして市場に出回っているアクセサリーらしい。俺とウーリは、それぞれ布切れを首に巻く。


 ……とはいえ、これで狙撃されずに済むのも、おそらく海岸沿いにいる今だけ。ボスエリアに近づいていけば、いずれ見つかってしまうだろう。そこからは真っ向勝負だ。


 そうして探索を続けていると、俺たちはやがて海岸沿いの灯りを見つけた。


 NPC、船乗りアダン。

 倒壊した小さな桟橋の傍、腰にランタンを吊り下げたアダンは俺たちを待ち、すでに出航の準備を終えている。水面に浮かぶのは小さなボートだ。


「よう、薬師商会。来てくれたか、早速出ようぜ」

「ですね、お願いします」

「魔物集まってくる前に出航!」


 この人は本当に話が早い。

 とにかく俺たちは、あっという間に彼のボートに乗り込んで海に出た。


「アダンだっけ? よくひとりで無事だったね」

「ああ、魔物払いの香だ。高価な代物なんだがな、ミラ様が奢ってくださった。ありがたいことよ」


 なんだっけそれ。随分と前、出会ったばかり頃のメニーナが使っていたような記憶がある。

 ミラ様というのは、たしかミラ・コルヴァラン、あの侯爵家の老人だろう。それにしても……


「……ミラ様ってどんな人なんですか? 失礼ながら、振る舞いが貴族らしくないように思えたので」

「ああ。たしかに簡単に市井に下りてくるからな、あのお方は」


 アダンはケラケラと笑って言う。


「本人が末席(・・)なんて言ってた通り、とっくの昔に跡目争いから抜け出て、自由奔放にやってらっしゃるお方よ。現当主はお若い方でな、今はそんな当主様の面倒見たり、こうやって現場仕事を買って出たり……」

「おお、超優しい人じゃん」

「そりゃそうよ。人徳のないやつは船乗りには好かれん」


 ウーリの言葉にアダンは答える。


「ミラ様はご自分の出世よりも一族の繁栄を望んでいらっしゃる。家業が成功すればそれでいいのさ。だから徹底した現場主義……コルヴァラン家はかねてより海の交易を牛耳る大貴族だが、それを今の〈交易組合〉って形に整えたのはミラ様だ。おかげで俺たちの金回りはよくなったし、死人も随分と減った」

「好かれるわけですね」

「ああ。そんなミラ様が認めるんだから、俺たちもお前のことを認めなきゃならん。俺は今でも恐ろしいけどな」


 アダンは俺をじっと見て言った。

 この船は、アダンが特に手を加えずとも勝手に進んでいく。水は勝手に流れを生み、進みたい方向へと風が吹く。こう見えて高位の魔法使いなのだろう。


 俺の夜の魔力も、きっと俺以上に見透かしているのだ。


「ああ、言っておくが……さっきまでは香で魔物を払えていたが、今は魔法を使ってるからな。魔力に寄ってくるやつらもいるはずだ」

「へえ。じゃあ、そいつらの処理は私たちの役目だね」

「任せてくれ。信頼してもらえるよう全力を尽くしますよ」


 俺たちがそう言えば「なんだよ、お前らも話早いな」とアダンは笑う。そして──


「ほら、さっそく来たぞ」


 ──アダンがそう言うのと、ウーリの蛇の瞳がぎょろりと左を向いたのはほぼ同時。

 俺が遅れて視線をやれば、かすかに揺れる水面がこちらへと近づき、魔物はぬるりと顔を出した。


「し、白い! キモいよトビくん!」

「うわっ……これはたしかにデザインが……」

「ああ、出やがった。白魚(しらうお)だ」


 魚というより、似た生物を上げるのならシロイルカ。

 そこにムキムキとした四肢を生やしたような姿で、船によじ登らんとする彼らこそ、船乗りたちから「(しら)(うお)」と呼ばれる異形の魔物たちだ。


 つまり〈白魚の海賊団〉とはただの海賊ではなく……この白魚たちによって構成される()()()()()()、ということになる。


「ビジュがキツいな〜! こいつらに大砲を扱う知性があるってのが一番イヤかも!」


 遠くから迫る白魚たちに矢を撃ち込みながら、ウーリが叫ぶ。それはたしかにそうかも……と、船をよじ登ろうとする白魚を棍で叩きのめしながら俺も同意する。


 船上で戦う分には、一体一体はそう厄介な相手ではない。ただ厄介なのは、彼らはほぼ無限湧きのように集団で迫ってくるということ。

 そして──


「いた! トビくん、あいつ上位種だ!」


 ──この群れには上位種がいる。

 他の白魚と同じ姿でほぼ見分けがつかず、しかしこの上位種を倒さなければ群れは散ってくれない。


 ウーリが指差す方向を、じっと目を細めて見てみるが……


「……ごめん、分かんない! どいつだ!」

「ええとねえ、こいつ! あ、庇われた!」


 ウーリが撃ち放った矢を、「ざばんっ!」と飛び出した他の個体がその身で庇う。連携、親分を庇うといった知性がたしかにある。まぁとにかく──


「了解、大体位置は分かった……!」


 ──脚力を強化し、一気に矢の着弾地点へ飛び込む。カモが来たとばかりに群がる白魚たちを、月人の処刑(ムーンサイス)で一網打尽に撫で斬り。

 大まかな位置が分かれば十分だ。このあたりにいるすべての白魚を倒せば、上位種だって巻き添えにして倒せるだろう。


 無力化した白魚を足場代わりに着地。そして俺は、メンデルのツルを全方位に展開する。


「無理するなよメンデル、位置を掴むだけでいい!」


 マングローブの排塩能力にも限界があるだろうから、海中ではあまり無理をさせず──しかし暗闇での索敵が利かない俺に代わって、メンデルには敵の位置を掴んでもらう必要がある。

 周囲の敵をざっとツルで捕まえれば、それを知らせるように「ぽこんっ」と咲く一輪の花。限界まで塩を排出しようとしているのか、葉のあちこちに塩の結晶がこびりついている。


 本当に無理させてごめん!

 でもこれで敵の位置が分かった。


 捕まえた敵の方向へと撃ち込むのは、余った塩分で量産した無数の結晶ナイフ、そして──


「クレセントエッジ」


 ──高速回転する三日月状の魔力刃を両手に展開。

 各方向へと一斉に飛んでいく夜魔法と結晶ナイフが、捕まえた白魚たちを八つ裂きにする。


「おお、群れが散っていく」


 おそらく上位種を討ち取ることが出来たのだろう。白魚たちは一斉に水の中へと消え、ボスエリアの方向へと逃げ帰っていく。


 海の中からメンデルを回収し、俺はそのまま跳んでボートへと戻った。


「ナイス!」

「そっちこそ。よくあんなに早く上位種見つけたな」

「うん。アイツら、水を振動させてコミュニケーション取ってるね。明らかに妙な振動の発生源があった」


 なるほど、ウーリは〈振動感知(クエイクセンス)〉があるから感じ取れたのか。


 しかし今回みたいなケースを考えると、ウーリの感知スキル2種持ちというのは想定以上に役に立つな。熱と振動、どちらもスルーできる魔物はそう多くない。


 俺も索敵スキルをひとつくらい取りたいところだが……スロットが空いてないんだよなぁ。


「お疲れ、おふたりさん。迅速な対応に感謝するよ。ここで苦戦するようなら浜に戻らなきゃいけないところだった」


 アダンは笑いながら言うが、これは冗談ではなさそうだ。NPCからすれば命懸けの旅路だものなぁ……なんて考えていると、アダンは続けて言う。


「それで、トビ、ウーリよ」

「なに?」

「なんですか?」

「あっちに浮かんでる船は、お前らの知り合いか?」


 アダンの指差す方向を、俺とウーリは同時に見た。

 たしかに遠くには人工的な光源が揺らめいている。水面の揺れからして、俺たちのようにボートを浮かべている何者かがいるようにも見える。


 耳を澄ませば……「おーい!」と呼びかけるような男の声が聞こえた。


「──おーい! そこの人ーっ! 配信中なんですけど、話しかけてもいいっすかーッ!」


 俺とウーリは顔を見合わせた。

 明らかにプレイヤーと思しきセリフ。というかウーリの同業者であることまで間違いない。


 ウーリはじいと目を細め、唇を尖らせた。

 その表情は明らかに嫌そうな……いや、面倒臭そうな様子。


「ウーリ、まさか本当に知り合い?」

「うーん……まぁ、知り合いといえば知り合いかな。お互い同じ界隈の有名人だから "たまに職場ですれ違う人" みたいなもんだけど」


 などと説明するウーリ。

 にしても、なんでこんなに嫌そうなんだ。


「バカなんだよね」

「はい?」

「愚直で努力家な良い選手なんだけどさ……それ以前の問題として、話の通じないバカなんだよ。()()()()()()って男は」


 ……オーバーキルだって?


「はあ、仕方ないなぁ……はーいッ! 配信オッケー!」

「マジっすか! やったーッ!」


 ウーリが叫べば、男の声は嬉しそうに跳ね上がり、船がすいすいと近づいてくる。


 それにしても、オーバーキルか。

 たしかによく聞く名前だ。


 通称、バーキル先輩。

 セミプロ時代の俺とはゲームジャンルが全く違ったので顔を合わせたことはないが、ストリーマーとして国内有数の知名度を持ち、ゲームも上手い。ただ……


 ……とにかくバカっぽい(・・・・・)

 実際の知性でなく、振る舞いの話だ。


「お前は苦手そうだな」

「うん!」


 ウーリは元気よく頷いた。

 こいつは意外と、中身のある会話や議論なんかを好む。ノリや勢いに任せた頭ゆるゆるの会話が苦手なのだ。


 やがて船が近づくと、その様相がランタンの光に照らされて浮かび上がった。

 船頭に仁王立つ、分厚い筋肉を鎧のように纏った上裸の男。きゅっと細い目つきに、一体いつの時代だとツッコミたくなる立派なリーゼントだ。


 そのイカつい見た目とは反対に、オーバーキルはこちらを指差してあんぐりと口を開ける。


「アッ! え、ええーっ!? もしかしてトビくんとウリちゃんじゃない!? 知ってるーッ!」


 声デカいなあ。

 知ってたけども。





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