051 - 彼女もテロリスト
「装備の更新、完了しました」
「ボクも準備おっけーです」
「よし、じゃあやるか」
以前よりどこか生き生きとした様子のシザー、反対にやや拗ね気味なフルルと共に、いよいよ最後のボス戦へと出る。
ムーンビーストと一体化し、二メートルと少しの異形ヒト型へと変貌した月詠み巫女が第三形態──おそらく最後の形態だ。
夜魔力の刃で射程を伸ばした槍をぶんぶんと振り回し、さらに魔力弾の弾幕を掃射するハイテンポな波状攻撃に、ハイファットエンジン2名が苦戦中──
俺たちはそこに介入した。
「おお、トビくん! 拷問姫!」
「あれっ? シザーちゃん敵じゃないの!?」
「色々あって闇堕ち回避しました。俺たちも加勢します」
「助かる!」
間合いに踏み込めば、さっそく振り抜かれる刃を素手で受け止める。
ツルの鎧はシザーの抜刀術さえ耐え抜く硬度。さらに夜属性の魔力をノックスリリィで吸収してしまえば、こんなものは痛くもかゆくもない。
斬撃を弾き、その隙にシザーとフルルが挟み撃つ。
左右からの滑るような斬撃に、ムーンビーストの身体から無数の青粒子が噴き出る。そして──
「……! 弾幕が来ます!」
「トビくん、お花畑モードお願いします」
変な名前つけるな、フルル。
だがふたりの予想通り、ムーンビーストの周囲に無数の魔力弾が浮かぶ。それらが弾幕のように全方位放射される直前に──俺は、メンデルのツルを張り巡らせた。
「メンデル、全部食べていいぞ」
戦場一帯の地面を覆い尽くすツルの増殖に、あちこちで咲き乱れるノックスリリィの花々。その様相はまさに花畑だ。
低い位置を滑るように移動する魔力弾の数々は、あっという間にメンデルによって捕食されていく。
「す、すげえ〜!」
「すげえけど、これを手動でやってんのが一番すげえよ……脳みその処理能力どうなってんの……?」
ギャラリーたちは、振り回される斬撃を上手いこといなしながら呑気なことを言っている。
アンタらも十分すごいよ。メンデルなしで、よくもこれを数分以上足止めしたものだ。それもたった2人。
だがそのとき──遠くから大声が響き渡った。
「トビくーんっ! ピカブがそっち行った!」
それはたしか、ケイブバットをテイムしていたハイファットエンジンの索敵係さんだ。本人も「声を届かせるスキル」を有しているらしく、かなり遠くにいるのに指示がはっきり聞こえる。これはこれで便利そうだ。
なんて感想はさておき──たしかに見た顔のプレイヤーが数名、こちらに襲いかかろうとするところだった。
「トビくん! 覚悟ーっ!」
「うおおおっ! 打倒、魔王様!」
「アッシュレイルは我ら四天王の中でも最弱──ッ!」
合計3名……にしても楽しそうだなこの人たち!
ツルで迎撃するか、それとも回避に専念するべきか──片腕と殺人彗星を失っているのが地味に痛い。
なんて考えたそのとき──彼らの挙動がブレた。
「えっ……」
「うわーっ!」
「な、なんだぁ!?」
「……は? なにやってんの?」
俺も含めて全員が全員、状況を理解出来ていない様子で──そして彼らの剣筋は明後日の方向へと飛んでいく。
がら空きになったその隙に──
「っしゃあ! ピカブ覚悟ーッ!」
「ぎゃはははは! ざまあみろーっ!」
──ハイファットエンジンの皆様によって、彼らはあっという間に首を刎ねられた。
……今のは本当になんだ?
攻撃の方向が、まるで的外れな方向へ……と考えたそのとき、俺は "酩酊" という状態異常と、フルルが皆に夜属性耐性のポーションを配っていたことを思い出す。
Item:ナイトヴェール・エッセンス
Rarity:オリジナル
夜百合の精油が調合されたポーション。
強い芳香と酒精を含む。
服用することで夜属性への耐性を大きく高めるが、効果が切れると酩酊を引き起こす。
持続360秒/クールタイム60秒
……皆がこれを飲み始めたのは、ムーンビーストの第二形態がはじまった頃合い。つまり今頃がちょうど、ポーションの効果が切れはじめる時間帯だ。
「フルル、まさかお前……オリジナルの方を配った?」
ムーンビーストの剣撃をナイフで捌くフルル。
彼女は少し怯んだあと、開き直ったかのように元気よく答える。
「……はい! でも〈偽装工作〉でテキストは偽装しましたのでバレてないです! 大丈夫です!」
何が大丈夫なんだ。
明らかに故意と悪意の塊じゃねえか! シザーもぎょっとした顔で聞いている。
そして当然──その効果は、PEEK A BOO以外にも及ぶ。
「うおっ……な、なんだぁ!?」
「なんで俺たちまで……!」
さっきまでムーンビーストと善戦していたハイファットエンジン2名の動きが乱れ、大きな隙に撃ち込まれる薙ぎ払い。悲鳴を上げて吹き飛ばされていく。
あちこちで同じような騒ぎだ。
ハイファットエンジン、PEEK A BOO、ドラゴンフライによる乱戦は、こうなれば戦いさえまともに成立しない。
「な、なんじゃあ!? ラグドール、何しよった!?」
「俺じゃない俺じゃない! め、酩酊……!? なんだこれーっ!」
さっきまでバチバチの殴り合いをしていたオーナーたちも、同時にその体勢が崩れ──
「お、オーナー! 避けてーっ!」
「「えっ!?」」
──その隣から飛んできた誰かのハンマーに殴りつけられ、一斉に地面を転がっていった。
もうめちゃくちゃである。
「おい、どうするんだこれ。フルル、お前なんでこんなこと……?」
「むう……だってイライラしたんですもん」
……イライラ?
「トビくんのこと虐めるアッシュくんも、それを野放しにしてる他のクランも、どいつもこいつもイライラします。なので──」
フルルは猫の瞳をぎょろりと剥いて、ほんの少しだけ微笑んで言う。
「──最後はボクが、ここにいるヤツら全員殺してやろうと思いました」
……ああ、そうだった。
大人しくなったように見えても、こいつはしっかり頭がおかしくて、理性のネジが外れていて……そして生粋の殺人鬼なのだった。
そしてこれでいて、結構仲間思いだったりもする。
「……ありがとうな」
「はい!」
頭を撫でれば、その猫耳がぴこぴこと動いた。
「シザーは大丈夫なの?」
「は、はい。魔力弾は斬って凌ぐつもりでしたので……」
ああ、飲んでないのか。それなら良かった。
しかしまぁ、この場合はPEEK A BOOが裏切ってくれてむしろ良かったまである。これでもし裏切りが起こっていなかったらと考えると……フルルと俺たちが戦犯として吊るし上げられていたかもしれない未来を想像して、俺はぞっとした。
よく裏切ってくれた! ラグドール、そしてアッシュ!
だがまぁ、結果こうなってしまったら──
「──さっさとボス倒すぞ。このめちゃくちゃな戦場を終わらせる」
「「はい!」」
俺たちは、いよいよレイド戦の詰めに入った。
……とはいえ、ここまで相性がよく攻撃が完封できてしまうなら、あとはあっという間だ。どんなに派手な攻撃をしてくるボスだろうが関係ない。
魔力弾は展開されたそばから一面のノックスリリィが平らげ、わずかに漏れた数弾もシザーの斬撃によって斬り刻まれて散っていく。
槍による斬撃と突きはメンデルの鎧によって受け止め、素手で掴んで拘束。これで相手の懐はがら空きだ。
フルルとシザーの放つ斬撃は何度もその身体を切り裂き、隙あらば俺も残った隻腕で打撃を重ねていく。ついでに──
「せっかくだから魔法も試しておこうか。クレセントエッジ」
──夜属性魔法のもう1つの初期魔法。
すべての魔法スキルには初期から2種の魔法が備わっている。片方はエンチャント、もう片方は基本的な攻撃魔法だ。
この「クレセントエッジ」も例に漏れず攻撃魔法。
手のひらに三日月状の魔力刃を生み出し、その場で浮遊させて高速回転させる、あるいは回転させながら直線射出することができる魔法である。
今回の場合は──
「──その場で回転し続ける方が強いかな」
ムーンビーストの胸元に手を伸ばし、発生する三日月型の黒刃。
刃はその場で回転をはじめ、ムーンビーストの身体を斬り裂き続ける!
「────ッ!?」
「うわあ! トビくん、なんですかそれ! カッコイイ! ピザカッターみたい!」
ああ、フルルは好きそうだね。
ピザカッターがカッコイイかは知らないけど。
仰け反って逃げようとするムーンビーストを、メンデルのツルで締め上げながら拘束。さらにシザーたちが斬り刻んで生まれた無数の傷口から、ツルは体内へと侵入していく。
「吸い殺せ、メンデル」
柔らかく、とても侵入しやすい身体。
そのエネルギーを吸い上げ、さらに〈捕食者〉によって大きく強化された捕食攻撃時ダメージは、今までの捕食吸収とは比べ物にならない。
レイドボス級の膨大なHPは凄まじいスピードですり減っていき、そして──
「トドメ、いただき!」
「「「あっ」」」
──どこからか飛来した巨大な金属矢が、最後にその頭を吹き飛ばした。
『〈ムーンビースト〉を撃破しました』
ウーリ、お前はそういう女だよ。




