050 - 最強のシングルタスク
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トビとシザー・リーってどっちが優秀?
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ゲームタイトルによる
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デイブレだったらトビくんの方がデータは育ってそうだけど、実際どうだろうな
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さすがにシザーの方がプレイヤーとして経験値積んでる
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あのふたりは方向性が違いすぎて
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勝ち負けはともかく優秀さとなると本当に比較できないな。得意なことがあまりに真逆だ。
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トビの方が上振れは期待できる
ただ自分が運営だったらシザーの方をスカウトするだろうなという謎の確信もある、安定感がありすぎて
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シザーの集中力は本当にすごいよなぁ
本番の緊張下であんなにもポテンシャルが落ちないプレイヤーはプロでもなかなかいない
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ストレスや環境に左右されず常に同じ結果が出せるってとんでもないことだよ
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究極のマルチタスク vs 最強のシングルタスク
*****
シザー・リーと戦うとき──
決して間合いに踏み込んではならない。
踏み込めば斬られる。
あらかじめ構えていなければ防御も間に合わない。
よって、まず仕掛けるのは遠距離だ。
俺は踏み込みのフェイント、棍を振りかぶるふりをして結晶ナイフを投擲し──
──シンッ。
まるで紙の上を鉛筆でなぞったような、そんな静かな音と共に──結晶ナイフは空中で斬り落とされた。
「……精度上がってんなぁ」
「お陰様で」
その刀は、すでに鞘の中に収まっている。
そして同時にシザーは一歩、距離を詰めていた。静かで存在感のない、あまりに自然な踏み込み── "縮地" とも呼ばれる歩法。
気付けば俺は、シザーの間合いに入り──
「……ッ!?」
幸運にも、フェイントのために構えていた棍でその斬撃を受け止めた。
キンッ! と遅れて鳴る金属音と、手のひらに伝わる強烈な振動。片手を失っているのがここに来て大きく響く。
抜いた刀がくるりと翻り、何度も衝突を繰り返す。間合いを抜けようとするも、シザーもそう簡単には距離を離させてはくれない。
そして──
「なるほど、見切りました」
──瞬間、次の一太刀で殺人彗星は斬り裂かれた。
「なっ……マジ!?」
「マジです。私、少しは上手くなりましたか?」
トビくんに褒めてもらいたくて頑張りました──と落ち着いた言葉をこぼすシザー。だがやっていることはあまりにも規格外だ。
一刀両断、2つに分かれて落下する殺人彗星。
だが、これは金属を切り裂いたわけじゃない。ヘイロウとヘイロウの1mmにも満たない隙間を縫って、殺人彗星を繋ぎ止めているメンデルのツルを断ち切りやがったのだ。
手の内に残った半分の殺人彗星も、結び止めを失い維持できず……ボロボロと崩れるように、細かなヘイロウへと分解されていく。
部品をインベントリに回収しつつ──なんとか間合いから抜け出し、構え直し。
「とんでもねえな……まぁ、指先の麻痺に片腕欠けじゃ、どのみち棍で渡り合うのは無理だったか」
「次は足ですか?」
「いいや……全身だ」
驚異的な居合いの技術と、それを可能にするのは技術以上にシザー・リーというプレイヤーの化け物じみた集中力。足技だけでついていけるとは思えない。
故に──ここからは変身モードである。
メンデルのツルが全身を覆い、纏うは植物の鎧。
夜属性の魔力とエンチャントによって幾重にも強化されたその装甲は、シザーの居合いでもそう簡単には斬り裂けないだろう。
だんッ──と地面を蹴り、気付けば目の前に迫る俺の姿にシザーが目を見開く。
「一太刀ってのは、生身の身体に届いてはじめて一太刀だからな」
「……ッ! 当然です!」
シザーは後退しながらも抜刀術を披露する。
残った片腕をさらに増強して防御に構えれば、腕を切り裂く居合いはツルを数十本ほど断ち切るに止まる。俺本体にはギリギリ届いていない。
一方、俺が振り抜いた拳もやや射程不足。
仰け反るように躱され、さらに撃ち出した月人の処刑も鍔迫り合いになる。
筋力では圧倒的にこちらが上。
けれど刃と刃が交われば、シザーは力に逆らわず、吹き飛ばされる力をそのまま利用して後退する。
結晶ナイフやツルによる遠距離攻撃は斬り落とされるため、こうなると俺が間合いを詰める他にない。〈異常耐性〉で大きく軽減されているとはいえ、俺には毒と出血ダメージによるタイムリミットがあるからだ。
俺たちは攻撃をぶつけ合い続ける。
刃と刃を交え、あるいはツルの鎧をわざと斬らせ、代わりに打撃を打ち込もうとする。
攻防は互角。
どちらの攻撃も決定打にはならない。ただし──
「シザー、相変わらずの集中力だな」
「ありがとうございます」
「それに周りが見えなくなるのも相変わらずだ」
「……どういう意味ですか?」
──最強のシングルタスク。
ときにシザー・リーはそう呼ばれる。
タイマン勝負において圧倒的な集中力を発揮し、あらゆる環境下で安定した "神業" を出力できるシザー・リーという選手は、一方で戦闘中の視野の広さに難がある。
究極のマルチタスク──などと呼ばれたこともある "トビ" とは全くの対極だ。
こいつは今「目の前の俺をどう斬り殺すか」以外のことを全く考えていない。
もう何度目かも分からない居合いが放たれる。
その瞬間、俺は攻撃の予想地点に硬化させた身体と蹴りを同時に置くようにして──
──ぱきんっ。
俺は、シザーの刀をへし折った。
「──えっ?」
肘と膝に挟み込まれるようにして、呆気ない音を立ててへし折れる刀身。間抜けな声をあげたシザーは──
──そのまま、俺の蹴りを正面から喰らって吹き飛ばされた。
「っぐ、あ……!?」
瓦礫の床を何度も転がり、バウンドし、やがて這いつくばって停止するシザー。
すべてのバフを乗せた本気の蹴りだ。あのまま腹が弾けて死んでもおかしくないと思ったが……無事だったか。上手いこと仰け反って急所を外したらしい。
厳密には「一太刀」とは言えないかもしれないが……まともに攻撃を喰らったことは事実。今回はこれで決着として良いだろう。
「い、一体なぜ……たった一撃でへし折れるなど……」
「舐めてみろよ、刀」
「……? ……しょっぱい! し、塩!?」
そう、塩。
ツルを切り裂かれるたび、メンデルの水分と塩を刀身に塗りつけた。ついでに色んな薬草から取り込んだ薬液もブレンドだ。何度も何度も塗り重ね、被膜が出来ればツルを強く締めてこそぎ落とし、侵蝕をさらに深くまで。
錆止め技術があまり発達していない今のプレイヤーメイド環境では、塩水による腐蝕によって金属強度が容易に劣化する。
実際、俺も〈雨降らしのメヌエラ〉に同じことをされて苦しんだわけだし。
「き、気付きませんでした……」
「昔のお前なら、刀の滑り心地なんかで気付いたかもしれないけどな。上達しすぎて、刀の状態になんぞ気を遣わなくても精度の高い居合いを放てるようになった……その弊害だな」
決して悪いことじゃない。むしろ鍛錬の目標というのは究極それだ。
意識せずとも技を出せるようになれば、その意識を別の場所に振り分けることができる。反復練習というのはそのためにやるわけだし、実際に俺への対応は完璧だった。
接敵すると目の前の敵しか見えなくなる集中は、相変わらず一長一短ではあるけれど。
「HP回復しとけよ。あと刀、予備ある?」
「え、ええ、前に使っていたものが……やや斬れ味は落ちますが、硬い相手でなければ問題ないでしょう」
そう答えるシザーに、俺は変身を解除しながら手を差し伸べる。シザーは静かに手を取った。
「じゃあボス戦行くぞ」
「はい。ぜひお供させてください」
共に立ち上がり、俺たちは最後の戦いへと向かう。
「……で、フルル。お前はなんで気まずそうなの?」
「いや、まぁ……はい……」
後ろで小さく縮こまっているフルル。その表情はどこかぎこちなく、目を逸らす。
まぁ大方「俺はPvPじゃなくてPvEがしたい」とか「それを聞いて俺を襲うのをやめたシザーのこと」とか……そのあたりを自分のこれまでの悪行と重ね合わせた結果、メンタルをぶっ刺されてしまったのだろう。
自業自得です。反省してください。
*****
その一方で──
こちらは、ウーリとオン・ルーの戦いのワンシーン。
本来オン・ルーに有利な奇襲から始まったその戦いは、しかし終始、完全にウーリ優位の戦いへと運ばれていた。
オン・ルーのメイン攻撃は「噛みつき」「爪」「体当たり」の3種。人間の武器は使えないが、代わりに圧倒的なパワーとHP、スピードを持つ。
けれど、これが尽く対策されている。
噛み付こうとすれば、攻撃の軌道上にインベントリから放り出される無数のポーション。それらはいずれも毒薬で、それも「経口摂取でしか発症しない代わりに効果を大きく高めた・複合した」という代物。
"捕食攻撃" として扱われる噛みつきで巻き込んでしまえば、途端に自分がいくつもの毒を被ることになる。
では爪や体当たりはどうか?
噛みつきが通じないとなれば、体術で押し切る他にない。だがそうやって突っ込んでいけば──
「……ッ! この匂い……まさか、油!?」
「うん、ついでに石炭粉も溶かしてあるよ」
──突進先の空間にぶちまけられた油を全身で浴びることになったオン・ルー。
ウーリはとっくに飛び退いていて、そして火を灯した。
「トーチライト」
それはエンチャント系ともに初期から取得できる、もうひとつの火属性魔法。射程内に小さな炎を灯し、本来であれば小さなダメージと光源を生むだけの魔法。
けれど当然──それは燃え広がった。
「う、うわああっ!? あちちちち──ッ!?」
本来 "油" というアイテムは、防具の脱衣やローリング、水浴びによって容易に無力化できる代物だ。
けれどそもそも防具を装備しておらず、また身体が巨大すぎる、さらに毛深く油の落ちにくいオオカミの体毛ではそう簡単には振り払えない。
オン・ルーの身体はあっという間に火達磨になった。
「な、なんでっ……どうしてこんな、ピンポイントな対策を……! 俺、最初っから疑われてたんすか!?」
「ううん、全然?」
「じ、じゃあ、なんで──」
全身を大炎上させながら動揺するオン・ルーに、ウーリはにんまりと──邪悪な笑みを浮かべて吐き捨てた。
「PKの認可されたゲームだよ? だったら自分以外全員が仮想敵だ。名前の割れてるやつは、どんなやつだろうが徹底的に調べあげて対策しておく──それ以外にやることあるかよ」
オン・ルーは絶句した。
この女は、そもそもの心構えが異質すぎる。
良い人とか悪い人とか、信用できるとか疑わしいとか、そんなことは一切関係なく──たとえトビやメニーナ、大好きな身内だろうが、彼女は今の時点からあらゆる対策を講じている。いつか戦うかもしれない相手として。
うははっ! とウーリは爆笑した。
「ああ、気持ちがいいなぁ! 勝てると思って挑んできたヤツが、メタ張られて絶望する顔見るのはさぁ!」
「ひ、日ノ宮さん……アンタ、ドSすぎるよぉ!」
すでに何度か喰らってしまった毒のダメージに、炎上のダメージ──もはやオン・ルーに生き残るすべはない。
回復しようとすれば、その隙に巨大矢を撃ち込まれて死に戻る未来が容易に想像できる。
だがそれでも、獣化によるHPゲージ増強は極めて強力だった。
これだけのスリップダメージを受けても未だ死なず、あと1行動──最後に捨て身の攻撃を放つ余裕はある。
強く地面を蹴り、超スピードでウーリへと迫る巨大な顎。
しかし次の瞬間──
「──バウッ?」
──オン・ルーの攻撃は空振った。
全く明後日の方向を思いっきり噛みつき、呆気にとられたオン・ルー。
直後、その頭に巨大な金属矢が突き刺さり、オオカミの身体は大きく吹き飛ばされると同時に青い粒子へと分解されていく。
「───ッ!?」
あまりに呆気ない散り際。
最後にはなんの言葉もなく、彼は死に戻っていった。
一方で……
「え? なんだ今の……?」
……その最後の一撃についてだけは、ウーリも首を傾げていた。
毒と油、これはウーリが仕込んでいたオン・ルーへのメタ対策だ。
だが最後の空振りは違う。なぜ彼は、あんなにも的外れな方向に攻撃を仕掛けた? いや、オン・ルー本人も驚いていたように見えた。
それはまるで、身体が勝手にそう動いたとでも言うような──
「……酩酊?」
──ふと、そんな状態異常の存在が脳裏をよぎる。
10%確率で動作方向がランダム化する状態異常、酩酊。それはつい最近聞いたばかりのワードだった。
「フルルちゃん、まさかあの子……盛ったのか?」
終幕は近い。
しかし戦場は、より混沌を極めていく。




