005 - 理解しよう、植物の気持ち
「それで? そのイカした武器はなんだよ、めちゃめちゃ強かったぞ」
「でしょ〜? 持ってみる?」
ブラックハウンズを片付けた直後、俺の言葉にウーリは手元の弓を投げて渡す。
咄嗟に受け止めた俺の身体は、よろけた。
「うおっ……なんだこれ、重っ!?」
「重いだけじゃないぞ〜。ほら、これもやるから引いてみ」
「矢も重い!」
全身の筋肉にプレデター・グリーンの繊維を張り巡らせるも、なおずっしりと感じる尋常ではない重さ。
言われた通り、弓に矢をつがえて引き絞ろうとすれば──
「硬……ッてぇ!?」
「おお、でも引けるんだ。さすが植木鉢人間」
──弓と矢と同様、こちらも金属繊維をより合わせて作られたであろう弦は、引き絞ればギリギリと軋むような音がする。
弓も大きければ、弦もまたありえないほど重い。
「なんだよこれ、売り物としては欠陥品だろ……そりゃ威力も出るはずだわ」
「だから特注品なんだよ。カッコイイでしょ」
「カッコイイけどさぁ……待った、お前の今のスキル構成どうなってんの?」
重さも硬さも、これを扱うには相当な筋力が必要なはずだが……
「〈筋力強化〉〈腕力強化〉〈体幹強化〉〈牽引〉〈振動感知〉〈熱源感知〉」
「〈牽引〉ってどんなスキル……?」
「荷物や車両を引っ張るときに補正をかけるスキルだよ。弓を引くときにも補正がかかるのか試してみたら上手くいった」
「じゃあお前、弓引くためだけにスキル4つも使ってんのかよ……」
たしかにイベントでも〈筋力強化〉と〈腕力強化〉を使ってたなぁ、と思い出しながら──
そういえば、ウーリがさらっとスキルスロットをひとつ拡張していることに気付く。
やはりスロットを増やす手段はあるらしい。
「"弓使い" みたいなスキルは取らねえの?」
「補正なんてなくても当たるからね」
「…………」
さらりと言う。しかしまぁ実際……
元々はFPS畑で銃を撃っていた人間だし、ウーリの弾はよく当たる。
「ああ、もちろん武術系のスキルは命中補正以外にも威力に影響するからね。余裕があったら今後取るかも!」
フォローのように言うが、別になんのフォローにもなっていない。
まぁいいか。
「それにしたってこれは重いだろ……」
「重いよ。それに弦を引くたびに手が痺れる」
「ああ、やっぱり? そんなふうには見えなかったけど」
「そりゃ見えないようにしてますからね」
ウーリは目を細めて笑い、言う。
「デカい武器はさぁ、へらへら笑って軽々振り回してる方がカッコイイじゃん」
「お前のセンスは中学の頃から成長してねえな」
呆れるが、それでもこの弓はいいセンスだ。
本人が言うようにオーダーメイド……つまりプレイヤー産の武器。正直、羨ましい。
「な、なぁ……この武器作った人さぁ」
「紹介? いいよ、今度連れてってあげるよ」
「あー、さすが。ホントお前は俺のことよく分かってる」
持つべきは旧友でした。
俺もいずれ、イカしたオーダーメイドの装備品を作ってもらおう。
今はまだスタイルが定まっていないから、しばらくは戦闘に慣れるのが先だけど。
俺とウーリは森の中の探索を再開する。
だがそのとき、俺の身体は膝から地面に崩れ落ちた。
「あれっ」
「えっ、トビくん? 何してんの?」
それは俺が知りたい。
俺の身体は麻痺したようにぐらりと体幹を崩し、膝を付くようにして木の幹に寄りかかる。
完全に動かないわけじゃない。
だが力が入らず、上手く立てない。
HPバーがゆっくりと……本当にゆっくりと、削れていく。
「待って待ってマジで何? 俺死ぬ?」
「落ち着けよ。う〜ん、これはもしかして……」
蛇の瞳が、じっと俺の目を覗き込む。
鼻先と鼻先が触れる。
何度かぱちりと瞬きをして、ウーリは顔を離した。
「飢餓状態じゃない?」
「それ、顔近づける必要あったか」
俺の瞳の何を見てそう思った。
あと飢餓状態って何?
「このゲーム、生きてるだけでスタミナを消費するんだよ。走ったり戦ったりしたら余計に。スタミナがゼロになったら動きが鈍くなって、体力が減り始める」
「スタミナ? そんな表示ないぞ」
「HPやMPと違ってマスクされてるからね。だからはい、こうやってこまめに食事する」
そう言って、ウーリは俺の口にサンドイッチをねじ込む。
サンドイッチだったり足だったり、とにかくこの女は俺の顔面に何かをねじこまないと気が済まないらしい。
飲み込むと、HPバーの減少が止まる。
ほんの少し動けるようになり、俺はウーリに手を引かれて立ち上がった。
「おお、動ける……スタミナ云々って本当だったのか」
「疑うなよ。イベントでも木の実むしって一緒に食べたじゃん」
「あれってスタミナのケアだったの!?」
「そうだよ。他になんだと思ってたんだよ」
「げ、ゲームを満喫してるなって……」
呆れた目でじっと見つめられ、俺は顔を逸らしながら先を歩く。
そして──
「あれっ……」
「トビくん、なんで?」
──気付けば俺は再び倒れていた。
大の字に転がる。
ウーリはしゃがみ込んでこちらを見下ろしている。
HPバーも、再びじりじりと減り始めていた。
スタミナってこんな一瞬で無くなるものなの?
「ううん、普通だったらこんなにすぐ飢餓状態になるわけないんだけど〜……って、まずい」
「な、何が? 何がまずい? やっぱり俺死ぬ?」
「違う、そうじゃなくて──敵来てる!」
俺とウーリの表情が、互いに張り詰める。
一方は正体不明の飢餓状態。
一方はソロ戦闘に向かない弓使い。
たしかにこれは──少しまずいかもしれない。
ウーリの視線は上を向く。
釣られるように、俺も同じ方向を見た。
鳥がいた。滑空するように此方へと向かっている。
今の時点で確認できるだけでは2羽──既存の鳥としてはキツツキに似ている。だがその真っ赤なクチバシは嫌に鋭く、そして捻れている。
「あれも敵か……浮いてる相手の振動はどうやって感知してるわけ?」
「違うよ、今のは〈熱源感知〉の方!」
「なるほど」
倒れたままの俺をよそに、ウーリは弓を引き絞る。
相変わらず重さも硬さも感じられない自然な弓引き。
エイムを合わせるのはほんの一瞬──直後、放たれた矢が見事キツツキの脳天を射抜き、青い粒子へと変える。
だが1羽だ。残る1羽はすでに至近距離まで接近している。
こうなれば弓は弱い。滑空の勢いを増して突っ込んでくるキツツキに、ウーリは焦った表情で後ずさりする。
「まず〜い! トビくん回避〜ッ!」
「ちょ、待って、だから俺動けな──ぐえッ!?」
草むらに飛び込むようにして転がるウーリと、ウーリに首根っこを掴まれて引き摺られる俺。
男を軽々と片手で振り回すその膂力は、弓を引くために鍛えたスキルの賜物だろう。
とにかく、草むらに引き摺り込まれた俺が見たのは──
さっきまでウーリが立っていた場所。ドリルのように木の幹を穿ち、貫通して空に上っていくキツツキの姿だった。
「おい、なんだあの鳥。木を貫いたぞ!」
「マッドペッカー。素早い上にマトが小さい鳥型。何より貫通属性の突撃が厄介で、金属製の防具か盾で受けなきゃ身体を貫かれてほぼ即死する。この森の初心者キラーだよ」
「初心者キラー2匹目だが?」
オオカミといいアイツといい、このゲームの難易度設定はどうなってるんだ。
「でもアイツのおかげで金属防具の需要が高まって、鍛治職のプレイヤーが大事にされるようになったよ」
「前言撤回、ナイス調整だ運営」
そんなじゃれ合いをしながらも。
加速のために、再び空高くへと羽ばたこうとするマッドペッカー。
だが、こうなればウーリの狩り場だ。弦をギリギリと引き絞り、火花を散らす。照準を合わせて──そして放った。
鉛色の矢が、見事にマッドペッカーを射抜いた。
「すごい、ウーリ! お前マジですごい!」
「いいや……それが、まだなんだよトビくん」
これで何とか助かった、と──俺は地面の上に倒れ伏したまま。
しかし見上げたウーリの表情は、なぜか硬いままだった。
ぎり、と奥歯を噛み、蛇の瞳があちこちを忙しなく行き来する。
その視線の先に──
「なんかおかしいんだよ……群れるモンスターじゃないはずなんだよ……!」
──数十羽に及ぶ殺人キツツキの群れが、俺たちを見下ろしていた。
「ま、マジっすか……」
「私もこんなの初めて……!」
戦うのは無謀だ。
だが、逃げられるとも思えない。
ウーリは弓を構え、そして矢を放った。
さっきも早かったが、今回はその比じゃない。
精密にエイムを合わせる余裕はない、だから大雑把な照準と──これまで培った経験に勘。
ギャオンと吠えるように放たれた矢は、見事命中する。
だが1羽だ。1羽落ちた程度じゃ止まらない──おぞましい赤いクチバシの群れが、俺たちをめがけて一斉に降下し始める。
「チィ……いいよ、やったろうじゃねえかよ! かかってこいよオラァ!」
「ウーリさん、言葉遣い! アイドル!」
「配信外!」
荒く放ち続ける矢。だが精々数発だ。
矢が新たに3羽のマッドペッカーを撃ち落としたが、赤いクチバシの群れは今まさに一斉降下する隙を伺っている。
仲間を殺された恨みか──すべてのヘイトはウーリへ。
俺に見向きもせず、今にもやつらはウーリをめがけて降下を始めるだろう。俺はそれを、倒れながらただ見ている。
見ているだけでいいのか?
動かない身体で考える。
俺の飢餓状態は明らかに早かった。
現に俺はこのザマで、一方のウーリは今の今まで一度も食事をせず、あの重い弓を引き続けている。
それはなぜか? 考えるまでもない。
俺とウーリの「違い」なんて分かりきっているじゃないか。
この身にプレデター・グリーンという寄生植物を飼い慣らしているか否か──それが一番の違いであり、イレギュラーだ。
ウーリはひとり。
俺たちは、合わせてふたり。
ならば必要な必要なエネルギーも2倍……いや、それ以上かも。
けれど、だとしたら。
「なぜ、俺はあのとき動き続けていられたんだ……?」
あの日、イベントが開催されていた計12時間を、俺とウーリはフルで駆け抜けた。
ウーリが何度か食料を恵んでくれはしたが、それもせいぜい雀の涙。だが俺は動けていた。
あのときと、今との違いは。
「スキルか」
スキル〈滋養強壮〉──今はスロットから外れ、効果が失われているスキル。
キャラメイク時に確認した限りでは、このスキルは疲れを和らげ、飢餓状態時のHP減少を小さくする効果とあった。
だから俺は、このスキルはそれだけだと思っていた。
だが違ったのか? 疲れを和らげるというこの一文、この裏にはもっと深い機序があるのではないか。
たとえば──肉体を高エネルギー状態に維持する。
このスキルがそういうスキルだったなら。
俺があのイベントを走り抜けられたことにも、プレデター・グリーンという寄生植物が俺を生かしたことにも納得ができる。
プレデター・グリーンは、俺のエネルギーに価値を見出した。
なんだよ、だったら最初からそう言ってくれよ──と、俺はスキルスロットから〈異常耐性〉を外し、新たに〈滋養強壮〉をセットする。
入れ替え処理にかかる時間は約10秒。
残り8秒。
もう撃ち落とす隙はない。
迫り来るマッドペッカーの群れの先頭を──ウーリは転がるようにしてギリギリ躱す。
残り6秒。
すべてを躱し切れたわけじゃない。
ウーリは片腕を貫かれ、穴の開いた腕から青いポリゴン粒子が立ち昇っている。
残り5秒。
群れはふわりと上空高くへ浮き上がり、滑らかに旋回。方向転換する。
今度はより大きく広げた群れで、広い範囲をカバーする突撃降下を準備──
残り2秒。
次は避けられない。
再び一斉降下が始まる。
残り1秒。
赤いクチバシの群れは、ウーリをめがけて突撃する。
残り0秒──セット完了。
彼らを見据え、俺は腕を伸ばした。
「はっ……動くじゃねえか」
上体を起こし、手のひらから弾丸の射出するように放つ──茨のツル。
それがウーリの胴体に絡みつき、直後、身体ごと此方へと引き戻す!
「うわっ! トビくん!?」
「悪い、世話かけた。バトンタッチだ」
引き摺られるように飛んでくるウーリを抱き留めながら、俺は考える。
まずは〈滋養強壮〉による戦線復帰をクリア。
次に考えるのはここからどうするか。どう迎撃を展開していくか。
今までの俺の攻撃は、すべて蹴り──筋繊維の増強による馬鹿力と物理攻撃がメインだった。
だがそれでは、狩りを手伝ってくれている同居人への恩恵がない。俺は相棒にご褒美をやらなきゃいけない。
そういう、プレデター・グリーンとの共生についても、今後は考えていくべきだ。
「ステップ1だ。夢のスローライフのために……理解しようぜ、植物の気持ち」
だから俺は、ツルを前方に張り巡らせた。
身体から無数のツルを射出。
斜め上から、左右から、幾重にも交差するように編み上げる。
格子状──つまり、空中に編まれたツル植物の網だ。
網はマッドペッカーたちの進行方向を遮るように──
「なぁ相棒……お前、トリ肉って喰ったことあるか?」
そして俺は──締め上げた。
「──ギュピッ!?」
「ギッ…… ギギギギッ……!?」
網には大きめの穴を作っていた。
マッドペッカーが容易にくぐり抜けるであろう、ひし形の穴だ。
そしてやつらが穴を通り抜けようとしたところで──穴を閉じる。
締め上げて、捕らえるのだ。
筋繊維のような収縮力を持つツル植物。
茨のように生え揃った無数のトゲも、捕獲罠としてこれ以上なく向いていた。
その柔らかな身体に茨が喰い込み、一網打尽に無力化する。
「よ〜し、全部喰っていいぞ。ただし子供を産み付けるのは禁止!」
捕獲した数十羽に及ぶマッドペッカーの群れ──
1羽足りとも逃さず、プレデター・グリーンは「ぐずり」と蠢いて応えた。
茨のツルがさらにその身体を締め上げ、そして体内へと侵入し、エネルギーを奪い取っていく。
ただ敵を殴り殺すだけでは勿体ない、彼らには肥料となってもらう。
ああ、ちなみに……
プレデター・グリーンが敵だった頃に見せてくれた「動物の苗床化と増殖」は今でも可能。
ただし生まれた子供は俺の味方にはならないので、ただ敵を増やすだけ。イベント中に検証済みである。禁じ手です。
「トビくん、いいねえ! 最強!」
「ようやくイイとこ見せれたぁ、危ねえ〜……」
「ホントだよ、あれで全滅してたら軽蔑してたよ!」
「そうですよね、俺もそう思います」
最終的には上手くいったものの……
実際、ギリギリまで敗戦濃厚な戦いだった。
何よりスタミナ不足でなにも出来ずに、ってのが一番ダメ。あまりに情けないよ。
ただし、学びもある。
プレデター・グリーンが俺を選んでくれたことには確かな理由があった。
俺はこいつの欲求を満たしてやるために、常にそれを考えなくてはならないし──きっと今後も、こういう「ゲームの仕様に隠れた原理や理由」に遭遇するタイミングはやってくる。
ゲームだからと納得しないこと、疑うこと。
それはこのゲームをプレイするにあたっての、最も重要な心構えなのかもしれない。
「まぁそれはそれとして……お前、腹減ってんなら早めに言えよ」
それくらい、もっとアピールすればいい──と、マッド・ペッカーを搾り殺して戻ってきたツル植物を手の甲で叩く。栄養が足りないなら足りないで、言ってくれれば色々考えてやったのに。
とにかく、この場はこんなところで──
「こら、トビくん。まだ終わってないでしょ」
──解散しますか、と言いかけたそのとき、ウーリが俺の頬を抓った。
抱き留めたままの姿勢で、細まった視線がじっとりと見上げる。
「マッドペッカーが群れで襲ってくるなんて前代未聞なんだから。せっかくなら原因まで解明しないと」
「なんだそりゃ……俺はお前の前線攻略に加担するつもりはないぞ」
「でも気になるでしょ?」
「まぁ、少しは……」
「気になることを調べるのは、攻略ではなく探求だよ」
かっこいいこと言いやがって……
と顔をしかめる俺に、にいっと目を細めて勝ち誇ったようにするウーリ。
それに、とウーリは続ける。
「何か近付いてきてる」
「またかよ……オオカミにキツツキの次は、何のモンスターだ?」
「ううん、プレイヤーだよ」
俺を見上げていたウーリの蛇の瞳が、俺の背後へと向いた。
同じ方向を見る。
木々の向こうの暗闇は、俺の目では見通せないが──耳を澄ませば、たしかに枝を踏み折ってこちらに近付く気配がある。
その気配は、草むらを掻き分けて俺たちの前に現れた。
「ご、ごめんなさい! こっちに危ない鳥の群れが来ていませんか! ご、ご迷惑、かけていませんか……!」
「…………」
「…………」
女の子だった。
目元の半分以上を隠してしまう長くて重たい前髪に、後ろから首元へと下げた同じく重たそうな金色の三つ編み。
息は荒く、肩で息をしている。
俺とウーリは、顔を見合わせた。
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