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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第4章 - Into the Nocturne

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047 - 月の獣


 踏み込んだボスエリアは、マップの名前通り「神殿」らしい様相だった。


 複雑な浮き彫り細工の支柱がいくつも並び立つ白石の広間であり、最奥には夜空に浮かぶ満月を描いた壁画。

 そして壁画の前に佇んでいるローブの人影──このマップのエリアボスである月詠み巫女は俺たちの方を振り向くと、その足元からぐずぐずと黒い不定形を召喚する。


 巨大に膨れ上がった不定形は、やがてヒキガエルのような異形の四足(よつあし)へと変貌し、そして咆哮した。



『封鎖型ボス〈ムーンビースト〉が確認されました』



「デカいな……」

「デカいね……」

「おっきいですねえ」


 ウーリ、フルルと共に、俺は呆れてそいつを見上げる。

 家ひとつはあろうかという巨大な獣、ムーンビースト。その顔面にはイソギンチャクにも似た無数の触手がのたうち回り、片方の前足には同じく常識外れの大剣を握っている。


 ムーンビーストの頭に座った月詠み巫女は暗い色の魔力シールドに守られており、まともな攻撃は通らない。一方的に魔法を放ってくる砲台のようなものと考えれば良い、と事前に聞いていた。


「さあ! 色々トラブルはあったが、はじめるぞォー!」


 朗らかなレッドバルーンの怒号と共に、戦闘開始。

 プレイヤーたちとムーンビーストは一斉に動き出す。そして開幕から──


「──全員、上に跳べえッ!」


 ──司令通りに、俺たちは真上に跳躍した。

 直後、その足元を薙ぎ払う、ムーンビーストの大剣。


「こっわ……」

「派手なボスだね〜!」


 ウーリを抱えて跳び上がりながら、あまりの迫力に冷や汗をかく。

 ムーンビーストの初動は決まってこの薙ぎ払いから始まるらしい。当たれば特化型タンクだろうが例外なく即死。跳躍して躱す他にない。


 プレイヤーたちの足元を容赦なく振り抜いた大剣はエリア内の石柱を一斉に倒壊させ、砂煙を巻き上げながら足場を劣悪化させる。

 そしてさらに、倒れた柱の影から湧き出る無数の黒いカエルたち──


「雑魚が湧いたぞォ! 分担はプラン通りじゃ!」

「トビくん、私たちは本体行くよ」

「オーケー」


 空中で弓を引き、当然のようにムーンビーストの顔面を穿つウーリの一撃。俺も結晶ナイフを撃ち込みながら、ツルを走らせ空中を駆けていく。



 一方、雑魚への対応。

 倒壊した柱の影から這い出した黒カエルたちは、小型のムーンビーストといった様相だ。


 群れを成して歩を進める彼らに対して、迎え撃つプレイヤーたちの動きに迷いはない。


 雑魚の対応に当たるプレイヤーは、全員が切断武器持ちだ。

 各々の刃が振り下ろされ、その歪な四肢を根元からすっぱりと斬り落とす。その切断面からは粘液状の黒い体液が噴き出し、手足を失えば当然動けなくなる。


「できるだけ殺すなよ!」

「四肢だけだ! 手足切り落とせ!」


 今回のプランは、生かさず殺さず。

 というのもこの小型ムーンビーストたち、倒せば倒すだけ補充されてしまう無限湧きのモブだ。一方で個体数が一定数を下回らなければ補充がなく、こうして飼い殺しにするのが最も安全。


 とはいえ、彼らは時間経過で四肢を再生させるので、油断せずに管理することは必須になるが。


「フルルちゃんお手製えっぐい生殺しポーションも遠慮なく使ったれよ!」

「ありがとうなPK娘ーっ!」

「よっ! 拷問姫!」


「……なんか居心地悪いですねえ」


 フルルが皆に配った「四肢欠損によるスリップダメージだけを回復する」という尋問用ポーションは、今回ばかりはこれ以上なく歓迎された。

 

 とはいえフルルは珍しく微妙な反応である。

 雑魚狩り班の皆さんから妹のように可愛がられて肩身の狭そうなフルルを「ざまあみろ」と笑いながら、俺たちもまた攻撃を仕掛ける。


「エンチャント・フレイム・アクア・ウィンド・アース・サンダー・ライト・ダーク──若いふたりにお裾分け! それと大剣が来るよ!」

「ありがとう、分かってます!」


 ラグドールの属性バフをありがたく受け取り、そして警告通りに振り抜かれる巨大剣を、空中軌道の微調整によって躱す。そしてがら空きの顔面へと放たれるウーリの矢。弱点へと的確に攻撃を叩き込んでいく。


 だが敵の反応も速い。

 ムーンビーストに騎乗する月詠み巫女が、その片手に握る長柄の槍を振り抜けば、周囲に現れるのは無数の黒い魔力弾だ。それらは急速に回転し、そして一斉に放たれる。


「トビくん」

「分かってる。咲け、メンデル」


 魔力弾の射出と同時に咲かせる、無数のノックスリリィ。

 嬉しそうにざわめく花が魔力を吸い上げ、撃ち出された弾は虚空へと消えていく。夜属性のみを使った魔法は、こうしてメンデルによって完封──同時に魔力の吸収によって筋力と金属を強化する。


 ツルを撃ち込み、急加速と共に旋回しながら、多節棍モードの殺人彗星(キリングハレー)をしならせる。


「────ッ!?」

「良いダメージが入ったらしいな」


 ウーリの矢が2度も撃ち込まれた弱点に、さらに畳み掛けた連続攻撃。強烈な破裂音を幾重に鳴らす鞭撃に、ムーンビーストはたまらず仰け反る。


 驚いたように、巫女の視線がこちらへ。

 素早く振り抜かれた長槍を、今度は棍へと形を変えた殺人彗星(キリングハレー)が受け流す。がら空きになった巫女の身体にウーリが矢を打ち込むが──


 ──キンッ! と奇妙な防御音。


「うん、弾かれた。魔力シールド硬すぎ!」

「お前の射撃で割れないなら、誰がやっても無理だな。大人しくムーンビーストを倒そう」


 レッドバルーンから依頼されていた「魔力シールドは本当に抜けられないのか」という問題をひとまず答え合わせ。このシールドはノックスリリィでも吸収できなかったので、おそらくボスギミックとして固定されたものだ。



 足元が揺れる。

 大きく仰け反ったムーンビーストが、まるで痛みに暴れるようにマップを爆走しはじめる。


「あっ。トビくん、これ……」

「まずい、ドタバタモードだ……!」


 これが本当に厄介な、一定以上のダメージを与えた際に発生するムーンビーストの "暴走" だ。毎回挙動が変わるために決まった対処ができず、あの巨体では走り回るだけでも人が踏み潰されて死ぬ。

 今回は……やや誘発タイミングをミスった感じがある。


 神殿が揺れる。

 巨体は走り回り、ときにカエルらしく高く跳躍する。

 響き渡る轟音と振動──地に足をつけているプレイヤーは皆、これで足を止められるわけだ。


「ドレ=ヴァローク戦を思い出すね」

「あれもしんどかったな……」


 だから今回も、こうしてウーリを抱えて跳び回っているわけですが。

 ついでにこれに巻き込まれた雑魚の分だけ、さらに小型ムーンビーストも補充されてしまうので……フルルのいる雑魚狩り班も、実は休む暇がなかったりする。


 暴れ回るムーンビーストは、上体を起こしてその大剣を振りかぶり──


「ストーップ! ワオーンッ!」

「止まりなさい」


 ──その左後脚をオン・ルーによって噛み千切られ、右後脚をシザーによって切り裂かれ、バランスを崩した巨体はそのまま後ろに転げた。


「ナイスフォローだ、シザー! オン・ルー!」

「よくカバーした! 私たちのやらかしを!」


 プレイヤー密集地への攻撃を何とかやり過ごし、ムーンビーストは反対方向へと爆走。


「おっと、また来るよ!」

「了解!」


 走り回り、壁に足をついたムーンビーストは──そのままの勢いで、壁を蹴った。

 大神殿の端から端まで、弾丸のように跳んで迫る巨体。こんなものをまともに受けたら即死間違いなしなので、天井にツルを撃ちつけ収縮──上方へ跳び上がるようにして躱す。


「もう一撃!」

「マジか。ちょっとヘイト取りすぎたな」


 さっきの一撃が相当に重かったらしい。

 着地したムーンビーストは、振り向きと同時に大剣を薙ぐ。

 

 風圧だけで肺を押しつぶされそうになる、重厚な振り払い。

 だが〈嵐雲渡り(ブリッツフォール)〉による風圧・気流の影響軽減がここに来てかなり効いている。跳ねるように回避すると同時、さらに巫女が振るった長槍の斬撃を月人の処刑(ムーンサイス)の刃で「──キンッ!」と弾き、皆のいるところへと後退。


 そして、その瞬間──


「せーのでイくよ? せーッの!」


 ──ラグドールを筆頭に、十数名の後衛職が一斉に放った多重攻撃は、さながら砲撃のような爆音と衝撃波を生んだ。ムーンビーストの身体が大きく転がり、また "暴走" が始まる。


「さあ、暴れ来るよ。バルーンおじさん!」

「おう! そんでお前もおじさんじゃろがい!」


 ムーンビーストのヘイトが、そのときレッドバルーンへと引き寄せられる。

 本来制御できないはずの軌道は見事に彼の大盾を目指して爆走し、その突撃は見事に弾き返された。


「本当、綺麗に捌くもんだな……」

 

 これはクラン〈PEEK A BOO〉による分析だが──

 おそらくムーンビーストは、暴走状態に入るとヘイト値への干渉を受けなくなる。だが暴走する直前にタンク職の使用するヘイト集中のスキル効果を受けていた場合のみ、その効果は暴走中にも引き継がれる。

 

 故にこうして、後衛職の大火力を重ねて放つことで、狙ったタイミングで暴走状態を誘発。その直前にタンク職がヘイトを調整しておけば、今回のように暴走時の事故率を下げることができる。


 

 ……無論、あくまで「事故率を下げる」程度の話。

 敵のHPもヘイトもマスクデータなため完璧なコントロールなど出来るわけもなく……さっきの俺たちのように意図せず暴走を引き起こしてしまうことも多々ある。


 さっきは運良く皆避けられたようだが、何人か死んでいてもおかしくないやらかしだった。


「えー……本当にすみませんでした!」

「以後、気をつけま〜す!」


 俺とウーリはふたりで手を合わせた。

 調子に乗ってたくさん攻撃をしてしまいました。申し訳ありません。何人かが「気にするな!」と手を振ってくれた。


 

 ……気を取り直して。

 今度こそ周りを見つつ、俺たちは攻撃を重ねていく。



 ダメージの蓄積、大砲撃、そしてヘイトの管理。この繰り返し。

 夜の魔力弾をいなすのは、今の時点では俺の役目だ。徘徊型ボスが乱入してからはシザーが引き継ぐ予定になっている。


 気を抜いたらあっという間に全滅する規模のレイドボスではあるものの、他の動きは単調。

 「月詠み三姉妹」のギミックがややこしい分だけ釣り合いが取れているというか、なんというか……しっかり予習・対策しておけばなんとか凌げる相手だ。

 

 俺たちと同じく遊撃に回るドラゴンフライも今回ばかりはしっかりと仕事をしていて、特にアッシュが用いる炎魔法と魔剣の合わせ技は、火力だけならトップクラス。物理と魔法、どちらかに耐性がある相手にも最低限通用するというのもかなり勝手が良さそうに見える。

 

 10分近い殴り合いを経て、やがてムーンビーストは第二形態に突入する。俺は新しい飴玉を噛み直し、他の皆も夜属性耐性のポーションも飲み干す。


「ウーリ、ここからの移動はオン・ルーに頼んでくれ」

「了解。おーい、ルーくん! 乗せてくれーっ!」


 俺の腕の中から降りたウーリが、もふもふとした背中に無事着地したのを確認して……俺はひとりで地面に足をつけた。


 ここからの第二形態は……まずムーンビーストの方はちょっとした即死魔法(・・・・)を使うようになる。

 次に月詠み巫女による魔力弾が苛烈になり、巫女はときおり地面に降りて槍攻撃を仕掛けてくるようにもなる。


 この中で、特に厄介なのは魔力弾だ。

 こいつはプレイヤーを追尾するようになり、また盾による物理カットもできない──ただ唯一の無力化手段は、タイミングよく攻撃をぶつけて相殺すること。

 つまり弾に攻撃を合わせるリズムゲームが始まる。極めて精密かつ素早く攻撃を放てるシザーが適任というわけだ。

 

 そして、もうひとつ──


「シザー、巫女を任せた」

「お任せを。そちらも(・・・・)巫女をよろしくお願いします」


 ──この第二形態は、乱入イベント(・・・・・・)の発生タイミングでもある。



『徘徊型ボス〈月詠みケラヴラ〉が確認されました』



 神殿の入口──暗い影の向こうから巫女は現れた。

 大太刀にも似た極長の剣を背中から抜き、戦場へ向かおうとするところに俺とフルルが立ち塞がる。


「出たな、三姉妹最強(・・・・・)の女め……フルル、準備は?」

「イけますよ。ふう、ようやく退屈な雑魚狩りから抜けられました」

「なんだよ、せっかく可愛がられてたのに」

「可愛がられたくてゲームしてるわけじゃないです」


 まぁ、それも正論ですが。

 俺は殺人彗星(キリングハレー)を、フルルは愛用のナイフをくるくると回して構え、衝撃に備えた。


 そして──黒い雷光と共に、その姿は掻き消える。

 

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