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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第4章 - Into the Nocturne

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046 - 彼女はテロリスト


「シザーッ! 今日もお前は美しい! 大好き!」

「うわっ!? ウーリ、やめてください人前です……!」


 さっきの俺と全く同じ思考をそのまま言葉にして、スケルトン狩りから戻ってくるウーリ。

 ダイブするようにシザーに受け止められる。シザーは気恥ずかしそうにしながらも、満更でもない様子だ。


「君たち仲いいねえ……チーム時代もこんな感じだったの?」


 ラグドールおじさんの言葉に、ウーリはピースサインで応えた。おじさんは「どうりでアッシュが拗れるわけだ」と苦笑いを浮かべる。


「タカツキ、投げナイフの弱点分かった?」

「はい。たしかにあれ、あっさり躱せちゃうっすね」

「そうだね。直線軌道かつ銃と比べて速度も出ないから、タイミング読まれたらほぼ躱される。上手く使おう」

「うっす!」


 動き自体は、今の時点でもかなり良いような気がするが……あとはビビりや緊張で攻めが遅れがちなところか。これは場数をこなせば自然と直っていくだろう。


「ラグドールさん、俺たちはこのまま3体目に直行しますか?」

「んー……いや、その予定だったんだけどねえ」


 どこか曖昧な返事をするラグドールに首を傾げ、俺も自分のウィンドウからチャットを覗く。すると、ハイファットエンジンの索敵係から妙な連絡が届いていた。


「……え、見失った?」


 それは、3体目の月詠みをなぜか見失ってしまった、という通達だった。どういうことだろう、とウーリと顔を見合わせる。


「うーん、参ったな。こんなこと滅多にないんだけど……まぁ仕方ない。ハイファットエンジンの方はまだ片付いていないみたいだから、まずはそっちを加勢しにいこう」

「了解です。その間に見つかるかもしれませんしね」


 困り顔を浮かべながらも、こくりと頷くラグドール。


「トビさん、乗ってください。加勢なら大人数で行く必要もないっすから、俺が最速で運びます」


 巨大オオカミの姿となったオン・ルーがそう言って、背を低く下げる。


「なるほど、たしかに。じゃあ頼もう。もうひとりイけるならウーリも頼む」

「えっ!? ぜひどうぞ! 日ノ宮さんの椅子になるの夢でした!」

「うははっ、キモすぎ。お邪魔するね」


 こいつも日ノ宮フォロワーかよ。

 まぁとはいえ、前衛が混み合いすぎても邪魔になるだけなので、ここで連れていくのは後衛最大火力のウーリ一択だ。


 俺とウーリはオン・ルーに跨り、そしてダンジョンを駆ける。


「おお、確かに速いな……!」

「乗り心地もふかふかだね。褒めて遣わす」

「ありがとうございます! ワオーンッ!」


 やはりさっきのスピードは俺に合わせてくれていたようだ。先程とは比べ物にならない圧倒的な速度で、周りの景色を置き去りにする。

 たしかにこれは強力なスキルだ。


「獣化、デメリットはないのか?」

「もちろんあります。人間用の道具が使えない、操作が難しい、スタミナがキツい」


 ここにもスタミナ枯渇民が。


「噛みつきが捕食攻撃扱いになるんで、捕食者(プレデター)ってスキルで何とか誤魔化してますね。食事術(テーブルマナー)派生のマイナーな二次スキルなんですけど……」


 知ってる。

 それ、俺も取ってる。


 そんな雑談をしていれば、あっという間に目的地だ。

 派手な戦闘音に加えて、まず感じ取るのは肌寒さ。戦場の空気は凍てついていた。



『徘徊型ボス〈月詠みクリオローラ〉が確認されました』



 ラナエルが夜風、ルルーディルが夜炎を操っていたように、このクリオローラは夜と氷の混成魔法を操る。


 漆黒の氷針を放射線状に射出する広範囲魔法をレッドバルーンや他の前衛職が打ち払い、さらにクリオローラは巨大なハルバードを片手を振り回している。


 ハルバードの切っ先は、魔法職が展開する魔力の盾を易々と切り裂き、あるいは切った場所に霜を広げる。動きを阻害する「凍結」の状態異常を蓄積させていく。


「オン・ルー! このまま突っ込め!」

「了解! ワオーンッ!」


 その遠吠えに、皆の意識が俺たちを捉えると同時──


 ──すれ違いざまにスイングした殺人彗星(キリングハレー)が、クリオローラのハルバードを大きく打ち上げた。


「────ッ!?」

「どうだ、重いだろ」


 ギリギリで防がれこそしたものの、そう簡単にいなせるような重さではない。

 オン・ルーから飛び降りながら、さらに月人の処刑(ムーンサイス)を展開──がら空きになった顔面に、斬撃が炸裂する。


 さらに──


「エンチャント・フレイム」


 氷への特攻属性、炎を纏ったウーリの金属矢が見事に撃ち込まれれば、ハルバードを握ったクリオローラの右腕は千切れ飛んだ(・・・・・・)


「ッしゃあ! これ気持ちいい〜!」


 ……マジ?

 ボスの腕を吹き飛ばすとか、俺でもやったことないぞ。どれだけ馬鹿げた威力なんだ、あの違法弓。


「おお、トビくんウリちゃん! そっちもう終わったん? 助かるわぁ」

「ええ、手伝いますよ。戦況どうっすか」

「ワープは使い切らせた!」

「なんだ、もう大詰めじゃないですか」


 レッドバルーンは自慢げに親指を立てる。

 このダンジョンの月詠み巫女たちは、体力がギリギリまで減ると背後への瞬間移動を使うようになる……つまりすでに死にかけだ。加勢なんていらなかったかもしれない。


 見た限りでは欠けたメンバーもおらず、相変わらずそのチームプレイは堅実にして磐石。

 だが一瞬目が合ったアッシュは、苦々しそうに歯噛みし、俺を睨んだ。


 そして、直後──


「……ッ!アッシュ、その余所見はまずい!」


 ──アッシュの背後に生成される黒氷の槍。

 腕を吹き飛ばされ、もはやとどめを刺すだけかと思われたクリオローラだったが……その魔法は、気を散らしたアッシュレイルを仕留めんと忍び寄っていた。


「なっ……!?」

「ああ、もう、間に合え……ッ」


 脚力を極限まで強化し、俺は弾丸のように跳び出した。


 氷の槍が迫る。

 ランタンの夜炎を灯し、振り抜いた殺人彗星(キリングハレー)と氷が衝突──強烈な冷気が腕を蝕むが、それでも思いっきりに棍を薙ぐ。


 砕ける黒い氷。揺らぐ冷気の霧。

 信じられない、というような表情で遅れてこちらを振り返るアッシュの表情。


 すべてをスローモーションに捉えながら──身体の回転と同時、隠した手の内に無数の塩結晶を生成する。


塩の柱(グラスワークス)


 回転の勢いを乗せて撃ち出した無数の結晶ナイフは、その全弾がクリオローラの顔面に突き刺さった。

 サボテンかハリセンボンのように無数の針を生やしたその身体が、今度こそぐらりと崩れ落ちる。



『徘徊型ボス〈月詠みクリオローラ〉を撃破しました』



 ……最後のやつ、タカツキにも見せてやりたかったけど。まぁ誰かが視点映像を撮っていることだろう。ぜひ参考資料にしてください。




 *****



「おう、お疲れさん! ホンマ助かったわぁ。オン・ルーもよう運んできてくれた。トビくんはポーション使っとき」

「ワン! ワン! ワン!」


 ひとまずの決着。

 オオカミから降りてきたウーリとハイタッチを交わしながら、レッドバルーンから状態異常の回復ポーションを分けてもらって服用する。


 一度攻撃を弾いただけで、片腕に発症した凍結の状態異常……動作阻害とスリップダメージの両方を併せ持つこの効果、実際に受けるとかなりキツい。

 よくもまぁ、一人も欠かさず完封したものだ。


 一方、ドラゴンフライの方は──


「おい、トビ……お前……ッ!」


 ──ずかずかと早足でやってきたアッシュレイルが、俺の胸ぐらを強く掴み、捻りあげる。


 背の高いアッシュに浮かされるように、つま先立ち。背後でむっとしたウーリの気配を感じ取る。

 夢で見た過去の光景を思い出して、咄嗟に片腕を伸ばしてウーリを静止しながら……アッシュと目を合わせた。


「助けは余計だったか?」

「……ッ! この……」


 アッシュは何かを言おうとして、けれど続けなかった。

 こちらをがんと睨みつけるその表情の内を完璧に推し量ることなど俺には出来ないが……それは嫌悪か、拒絶か、それとも悔しさか。


「チッ……」


 いずれにしても、アッシュはひとつ舌打ちをすると乱暴に腕を離し、背を向けて離れていく。


「なにあれ? 成長しなすぎだろ、あのガキ」

「ウーリさん、言葉遣いが戻ってますよ」

「うるせえ」


 なんで俺まで怒られてんの?


「"ありがとう" くらい言えるようになれよガキがよォ! バーカバーカ!」


 うん、しっかりキレてます。

 スタミナを補給しつつ、イライラした様子のウーリを宥める。

 

 ウーリは自分への誹謗中傷など意に介さないが、それが俺やシザーに向くと苛立ちがすぐ態度に出る。これでも身内にドロ甘な女なのだ。


「……やっぱり一緒に呼んだらまずかったかのう?」

「ああ、いや。俺は本当に大丈夫なんで。楽しくやらせてもらってます」

「そ、そう? それならええんじゃけど……」


 ずっと気を遣ってくれているレッドバルーンが気の毒にさえ思えてきた。おじさんたちのためにも、表面上だけでも仲直りをしないか? なあ、アッシュよ。


 ……と、冗談はさておいて。

 重要なのは今後だ。


「バルーンさん、3体目どうします?」

「うん、それがじゃな。どういうわけか見つからんのよ。今日まで何十回と試走して、こうまで探しても見つからんっちゅうのは初めてのことやさかい……どうしたもんか悩んどる」


 ……なんだそれは?

 ただ索敵をミスっている、というわけでもなさそうだ。


「……どうするの? ここで時間をかけても、せっかく倒した2体が復活しちゃったら意味ないよね」


 ウーリの言葉に、レッドバルーンは頷く。


「うん、せやからな。ピカブと合流次第、ボスに挑んだろうか思うとるんやけど、トビくんどう?」

「それって……残り1体の乱入は許容するってことですか?」

「まぁそういうこっちゃな。3体ならまだしも、1体だけなら対応できんこともないじゃろ。トビくん、そうなったら君らに月詠みちゃんの相手任せてええ?」


 ……ふむ、なるほど。

 まぁ悪くはないように思う。


 聞いた限り、今回のボスはそこまで常識外れな強度ではない。ここはあくまで「月詠み三姉妹の乱入」というギミックが課題となるダンジョンであり、ボス自体にそれ以上の凶悪さは搭載されていないのだろう。

 なにより今のハイファットエンジンの戦いぶりを見る限りでは、俺たち数名が欠けたくらいで崩れるようにも思えない。


「分かりました。ただし、月詠みの相手は俺とフルルの2人だけで任されます。ウーリやシザーの火力は大型ボス向きなので……逆にフルルは人型の対処の方が上手いです」

「うん、トビくんが決めたんならそれでええよ。信頼しとるわ」


 にいと口角を大きく吊り上げ、巨大な手のひらが俺の背中を「ばんッ」と叩く。


 

 その後、遅れて追いついてきたPEEK A BOOやフルルたちと合流。俺たちは地下5階層──つまり最奥のボスエリアへと向かうこととなった。




 *****



 一方その頃──

 彼らの名前は〈ブラックマーチ〉という。


 薬草園に〈呪われた霊調針〉を埋め、意図しない結果とはいえ王都のノーム騒動を引き起こした犯罪クランだ。


 彼らは焦っていた。

 匿名依頼主に返却しなければならない霊調針のひとつをトビに奪われ、それを取り返す手段は思いつかない。できなければ莫大な違約金と経験値を徴収されることになる。


 今、彼らが考えていることは──手元にある回収済みの調霊針たち、これをどうするかだ。


「逆に考えよう。こいつを売っぱらっちまうってのはどうだ?」

「い、依頼主には返さないってことか……?」


 暗い裏路地で、彼らはこそこそと話し合う。


「ああ。こいつを返そうが返すまいが、どうせ違約金は支払うことになるんだ。だったらいっそのこと全て売っぱらって、財布の足しにする方がマシだろ」

「たしかに……」

「で、でも、こんなの売れるの?」

「売れるだろ! ひょっとしたら、この針があのノーム騒動を引き起こしたのかもしれないんだぜ? 欲しがるやつなんていくらでもいる」


 小心者の彼らには、この針を悪用して何か大きなことを企てよう──なんて発想はない。

 あるいはこの霊調針を闇の市場にばらまくことが、ひょっとすればそれ以上の大事を招くかもしれないということも、彼らは想像しない。


 けれどそのとき、彼らのひとりがはっと顔を上げた。


「ま、待って! 誰か来る……!」


 全員が同じ方向を見る。



 ……そこに立っていたのはひとりの影だった。

 逆光に照らされその姿は分からないが、すらりと背の高いシルエット……男、いや女かもしれない。黒いローブのような外套をかぶり、頭から足元までを隠している。


「なんだ、テメエ……何見てんだ? どこまで聞いてた?」


 睨みつけ、声だけで凄んでも、シルエットは反応しない。男は舌打ちをして、武器を抜こうとした。

 けれど──


「ね、ねえ……ログを見て、ログがおかしいの!」


 ──ログ?

 男は腰に差した長剣の柄を掴みながら、メインウィンドウを開いた。



『徘徊型ボス〈月詠みケラヴラ〉が確認されました』



「はっ、徘徊……えっ……?」


 そしてその直後──シルエットは掻き消えた。 

 ──ばちッ! と爆ぜるような音と共に黒雷が走り、気付いた頃には男の視界は地に伏せている。


 他の皆も同じだ。

 各所で悲鳴が上がり、その足首(・・)を切断された皆の身体がばたばたと、ごろごろと、次々に地面に転がされていく。


 たん、と軽快な音と共に着地した黒ローブ。

 彼女が片手に下げるその刃は、日本の大太刀にも似た極長の剣だ。あっという間に制圧された男たちを見渡し、そのすらりと長い刃を振り上げると──


「や、やめ──ッ!?」


 ──斬る。

 斬る、斬る、斬る。


 すぱすぱと気持ち良いほどの斬れ味で、仲間たちの首が刎ねられていく。


 なんだ? 俺は何を見せられているんだ?

 頭の中を「理解不能」が埋め尽くす。最後に黒ローブは男の前に立ち、そして──


「えっ?」


 ──男の影に、その片手を突っ込んだ。


「な、何やってんだ……?」


 男が這いつくばったまま剣を抜こうとすれば、その腕ごと斬り飛ばされる。ダルマのように四肢を切断され、もはや彼にできることはない。

 そして黒ローブは、影の中から無数のアイテム(・・・・)を掴み取って、引き出した。


「そ、それ……まさか、俺のアイテムじゃ……!?」


 貨幣、ナイフ、ポーション──いずれも見覚えのある自分のモノだ。影の中にもぐった腕は、まさかインベントリに干渉しているのか?


 取り出したアイテム群を、黒ローブは「要らない」とばかりにその場に散らかし、腕はさらに影の中を漁る。

 深く、深く、さらに奥へ。そして──その指先がようやく探し当てたのは "針" だった。


「そ、そいつは……!」


 呪われた霊調針。

 まさに先程「まとめて売っぱらってしまおう」と相談していた霊調針だ。男の手持ち、すべての針をインベントリの中から引き上げ、回収し終えた黒ローブ。これで用は済んだとばかりに彼女は歩き去り──


「ま、待て! そいつは俺の──」


 ──そして最後に、黒雷を纏ったその刃を振り抜いた。

 男が続きを言い終わる前に、その顔面が深く切り裂かれる。あっという間にHPゲージを削り取られた男の身体は、青い粒子と化して消滅していく。


「……………」


 言葉は途絶え、そこにあるのは静寂だけ。

 誰もいなくなった路地裏で、無事に私物を回収し終えた(・・・・・・・・・)巫女は、少しして影の中にその姿を眩ませた。


 帰還、元の棲み家へ──

 隠された月の神殿へと舞い戻る。




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― 新着の感想 ―
最後の針持ってかれた男、他のアイテムをばら撒かれた状態で死亡してるから、全ロスに近い死に戻りしてるんじゃ?w
本編内で描写なくてもいいけれど、バルーン兄貴にはタカツキくん以外のメンバーのフォローもしてあげて欲しいですね。バルーン兄貴ならちゃんとしてるだろうけど。 今回は功労者枠だからひとりなのは妥当だけど、タ…
ここで感謝の言葉ひとつ出てればなぁ……まだまだお子様か ドラゴンフライアッシュ抜きで! って注文は……いやお子様が拗ねるのか
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