045 - 月詠みルルーディル
驚くべきことに、この〈月隠れの神殿〉には徘徊型ボスが3種類もいる。
通称 "月詠み三姉妹" ──いずれも〈月詠みラナエル〉と同じく「月詠み」の名を冠した人型ボスであり、今回のマップ攻略には彼女らの撃破が必須となる。
というのも、この "月詠み三姉妹" を放置しておくと、コイツらはボス戦中盤に乱入イベントを発生させるらしい。
ただでさえ強いレイドボスに加えて3体の徘徊型を同時対応……なんてことは到底やっていられないため、まずは三姉妹を速攻で倒し、即座に最終ボスに挑戦する必要がある。これによってイベントを防ぐことができると検証済みだ。
「──っちゅうことじゃから、部隊を2つに分けて短時間での撃破を狙ってく。時間かけすぎると復活すんねん、アイツら。本当なら3部隊に分けたいとこなんやけど、まあ事故率も考えて安全択じゃな」
4階層へと続く階段前で、皆にそう説明するレッドバルーン。
とはいえ内容は事前に通達されていた通りなので、この場に取り乱す者は誰もいない。
レッドバルーンは、自分のクランメンバーのひとりに声をかける。
「どや? 見つかった?」
「ええ。3体とも、大まかな場所は特定できました」
「おう、なら近いとこから行こか。マップ情報、皆に送ったげてや」
ハイファットエンジンの構成員──索敵係らしい男の腕にぶら下がるのは、今さっき地下から戻ってきたケイブバットだ。なんとテイムモンスターらしい。
高い機動力とエコーロケーションによる広範囲索敵、高所からの攻撃支援を両立でき、使役コストも少量の血液供給──ゲージ3%程度のHPを与えるだけで済む。使い勝手はかなり良さそうに聞こえる。
なんというか、メンデルのコストの重さを再認識させられる話だ。
「ピカブ、トビくんたち任せんで。ドラフラは俺らと行こ」
「オーケー。よし、トビくん。おじさんちょっと燃費悪いから、前線がっつり任せちゃうね」
「了解です」
俺たちとドラゴンフライを分けてくれたのは、まぁ間違いなくレッドバルーンの気遣いだろう。
とにかくラグドールとオン・ルーを中心としたPEEK A BOOグループに合流。送られてきたマップ情報から、大まかな敵の位置を確認する。
「トビくん。夜属性耐性のポーションは……今じゃなくて、本戦前に皆さんに配ればいいですかね?」
「ああ、それでいいよ」
どうせ、今渡してもみんな温存するだろうし──とフルルに言いながら、さっそく地下4階層へ。
「さて、皆で足並み揃えて歩くでもいいけど……どうする? トビくん、もし急げるなら先に突っ走って始めちゃってもいいよ」
「……いいんですか? それ」
事故率を下げるために、この人数を確保したのでは。
「大丈夫、大丈夫。だって君、ラナエルに勝ってるんだから。我々もオン・ルーのスピードを持て余しててね……彼ならキミの速さについていけると思う」
というか正直、ダラダラ歩いてるほうがターゲットを見失って事故る率高いんだよね──とラグドールは補足する。
「へえ……まぁ、そういうことなら走りますか」
「一緒できるの光栄です。ワン、ワン、ワオーンッ!」
オン・ルーが遠吠えをすると、その身体が巨大なオオカミへと変貌していく。そこに跨るラグドール。
よく考えると、俺もメンデルによる "変身" を使えば、2人か3人までは運べるはずだ。真似させてもらおう。
そういうわけで、全身にメンデルのツルを纏わせ、夜の炎による強化も上乗せする。
「おお、噂の魔王モード完全体……!」
「トビさん、顔怖っ!」
そういえば、ノーム戦では完全な変身は見せなかったか……いや、だとしても魔王ってなんだよ。
さて、ウーリ、シザーは連れていくとして……練習中のタカツキも混ぜてやりたいな。
「おお、トビくんに乗せてもらうのドレヴァロ戦以来!」
「失礼します、トビくん。重くないですか?」
両肩に背負うウーリとシザー。
シートベルトのようにツルで腰を括り付ける。
「あの、なんで俺がお姫様抱っこなんすか……?」
「お前が一番軽いから」
「えっ……?」
ウーリの抱える巨大弓に、シザーの刀も結構な重さだ。最終的にタカツキが一番軽いという不思議現象が起きている。
ついでに言うと、加速時に一番振り落とされそうなのもタカツキなので……まぁ安全面も考えて。
「トビくん、ボクは!?」
「お前は自力で追いつけるだろ」
「まぁ、そうですけど……ウーリさん! トビくんがさっきからボクに冷たいです!」
ウーリに頼るな。
お前は自分の喧嘩っ早さを反省しなさい。
むうと膨れるフルルを置いたまま、俺とオン・ルーは同時に飛び出した。
ツルを射出し、壁に撃ち込み──収縮力を利用して急加速。この繰り返し。宙を飛び回るように通路を駆ける。
「なんか前より速くなってる! 風が気持ちいいーっ!」
「ランタンの強化分が乗ってるからな」
「こ、これは確かにすごいですね……すみません、少し掴まります」
「ああ、いいよ」
もう慣れっ子なウーリに対して、若干ビビっているシザーはぎゅうと俺の頭にしがみつく。タカツキは「うおおおっ!?」と悲鳴を上げていた。大丈夫、お前は俺が守る。
一方、オン・ルーのスピードも負けていない……というか「まだまだギアは上げられるが俺に合わせてくれている」という様子の並走だ。獣化スキルとやら、相当速いな。
「トビくん、そろそろマップの地点です。感知スキルはありますか?」
「俺はない。ウーリが代わりに持ってる」
「任せて、ちゃんと見てるよ」
俺たちが担当するボスは〈月詠みルルーディル〉──ラナエル同様の暗殺者スタイルのボスで、初撃を防ぐには高い感知スキルが必須になる。
高い体温を持つ人型ボスなので、中でもウーリの〈熱源感知〉は特に相性が良い。
「あ、今見えた! 後ろから来てる!」
「了解!」
俺には未だ、その姿は見えない。
だがウーリの合図と同時に、多節棍化した殺人彗星を展開──ぶんぶんと風を斬る棍の高速回転が、何かを「キンッ!」と弾いた。
刃を弾かれ、後ろに飛び退いた月詠みの姿がようやく見えるようになる。
『徘徊型ボス〈月詠みルルーディル〉が確認されました』
「よし、見つけた」
その外見はラナエルとほぼ同じ、黒ローブを深く被った女性型。
ただし得物は双剣ではなく、ラナエルよりもやや大振りな片手剣。加えてもう片手にクナイのような飛び道具をいくつも構える。
そして直後──剣閃がぶつかり合った。
ルルーディルの振るう剣筋と、それを相殺するように放たれたシザー・リーの抜刀術。
「はじめましょう」
「ようし、ではおじさんの魔法をみんなに分けてあげよう。エンチャント・フレイム・アクア・ウィンド・アース・サンダー・ライト・ダーク」
──!?
ラグドールによってばらまかれるバフ魔法の数々。
それは武器に、あるいは全身に及び、色も効果もぐちゃぐちゃに混ざってよく分からない……というかこの人、スロットに魔法スキルしか入れてないのかよ!
「ありがとうございます、刀が軽くなりました」
バフがかかった瞬間、鍔迫り合いのパワーバランスは一気に崩れ、シザーの方に軍配が上がった。
ルルーディルは跳ねるように後退し、同時に空中で無数のクナイを散らす。
「いい飛び道具だな。タカツキ、あれがお手本」
「さすがにハードル高いっす!」
「うん、まぁだよね」
さすがにボスの動きを完コピしろとかは言いません。
多節棍を回転させ、クナイを弾く。自分とウーリを守りながら、スタミナ温存のために変身を解除──同時に距離を詰める。
振り抜いた棍はするりと躱されるが、同時に放たれるのはウーリの矢。杭のような金属矢をルルーディルは剣芯で受け──
「残念、そいつは避けるのが正解だ」
──ルルーディルは、体幹を一気に崩された。
ドゴンッ! と強烈な衝突音が轟き、その半身が仰け反る。
ウーリの射撃は決して受けてはならない。あの巨大ノームさえ数発で仰け反らせた大砲だ。そして──
「タカツキくん今! 」
「タカツキ! こういうときは両手でいいぞ!」
「タカツキさん、何かあってもフォローするので恐れずに」
「う、うっす……!」
──もはやタカツキの訓練が主目的となりつつあるこのボス戦。俺の友達はみんな面倒見が良いのだ。
大きくよろめいたルルーディルの懐に潜り込み、胴を切り裂くタカツキの一閃。さらにその首元をオン・ルーが噛み千切る。
「バウッ!」
「おお、大ダメージ」
さらに追撃を加えよう──としたところで、ウーリが叫んだ。
「タカツキくん回収して! トビくん!」
「…………ッ!」
ウーリの目でしか判断できないもの……それは温度の変化。
ドレ=ヴァローク戦での火炎放射を思い出し、俺はツルでタカツキを巻き取る。
咄嗟に引き寄せ、距離を取らせた瞬間──ごうと炎が燃え盛った。
「うおおっ!?」
「ワオーンッ!?」
夜の魔力が混じった黒い炎。
ラナエルが風と夜の混成魔法を使ったように、ルルーディルの属性は炎と夜だ。タカツキの退避は間一髪で間に合い、オン・ルーに引火した炎もラグドールが水魔法で消化している。
ルルーディルは片手剣とクナイに黒い炎を纏わせ──
「えいっ」
「────ッ!?」
──瞬間、フルルの足払いに引っ掛けられた。
相変わらず、気配のひとつもない最上級の隠密だ。
器用に足元を崩し、同時に背中にナイフをぐさりと突き立てルルーディルの体勢を崩すフルル。
ルルーディルは転倒と同時に片手剣を背後へ振り抜くが──その手首を鞭と化した殺人彗星が絡め取り、そのまま地面の上を引き摺り回す。
「フルル、早かったな」
「はい! トビくんに走らされました!」
ごめんって。
「それと、前後からスケルトン来てます。前方はボクが何体か倒しておきましたけど、対処した方がイイです」
「ありがと! 後ろを私とフルルちゃん、前をルーくんで行こうか」
「はあい」
「ワン! ワン! ワン!」
ウーリの手早い割り振りで、それぞれがスケルトンの対処へと駆けていく。
つまりルルーディルの対処は俺、シザー、タカツキ、ラグドール。
「な、なんで俺がボス戦を……!?」
「せっかくの人型だ、ここで経験値にしとこう」
「先程は良い剣筋でした。大丈夫ですよ」
「そうそう、君だってラナエルを倒してるわけだから」
ルーキーの背中を押す優しいプロたち。
なんて贅沢な授業なんだ──などと思いながら、鞭で絡めとって引き寄せたルルーディルへと振り抜く足先。月人の処刑を展開し、刃と刃がぶつかり合う。
キンッ! キンッ! キンッ! とリズム良く刃を交差した直後、その隙間を縫って放たれるシザーの居合術。
目にも止まらぬ速度の抜刀が、残像としてのみ捉えられる刃をその場に置き、ルルーディルの肩口をばっさりと切り裂く。
「うおおおっ! 俺だってやったるわァ!」
いよいよ覚悟を決めたらしいタカツキによる追撃。
踏み込むと同時に長剣を縦に振り下ろすが、ルルーディルはそれを片手剣で受け流す。そして──
「タカツキ! 投げナイフを避けるには!」
「──ッ! 読めば避けれるッ!」
──ルルーディルが背に隠した片手に、妙な動き。
そして直後、手首のスナップだけで放たれた無数のクナイを──タカツキは身体を逸らして躱した。
「よーし! ナイス!」
「ッしゃあ!」
しっかりとクナイを躱しきったタカツキは、今度こそ剣閃を命中させる。
一方、近寄った俺たちを焼き尽くそうと炎を膨らませるルルーディルだが……
「待たせたね。メイル・シュトロームッ!」
その炎をかき消し、さらにルルーディルの身体を貫く巨大な渦潮の槍が放たれた。
炎に特攻を持つ、水の魔法。
ルルーディルの身体は跳ねるように浮き上がり、そこにタカツキの剣撃が再び突き刺さる。
俺もまた地面を跳ねるように蹴り出し、遠心力をかけて振り抜く一撃を左から──そして右からはシザーの剣閃が挟み撃つ。
前後左右から叩き込まれる猛攻に、ルルーディルの身体は無数の青い粒子を散らす。
「タカツキくん。斬り込みは超イイけど、終わり際がちょい雑だねえ」
「す、すんませんッ!」
「ああ、いや責めてるわけじゃなくて……ふむ。おじさんも白兵戦あんまり上手くないんだけど、どう説明しようかな」
「いわゆる "残心" というやつですね。タカツキさん、このゲームの武術スキルは攻撃軌道こそ自動補正してくれますが、攻撃後の動きは己で覚える他ありません。これが終わったら、私の映像ログをいくつか送付しておきます」
「あ、あざーっす!?」
本当に贅沢だなお前!
なんて手厚いレクチャーなんだ。
と、まぁそれはさておき──かなり良いダメージ。
しかしながら、敵も徘徊型ボス。ただで倒れてはくれない。
その一瞬、ルルーディルの姿がぶれたと思えば掻き消えた。この場合、ヤツが現れる先は──
「誰かの背後、だっけか」
全員が一斉に、各々の攻撃を自分の後方へとフルスイング。ヒットしたのは──
「おっ! おじさんかぁ。最後にヘイト稼いじゃったかな?」
「────ッ!」
──地面から発生した水の槍が、ラグドールの背後に出現したルルーディルの身体を再び貫く。
一方ルルーディルの方も、その身に黒い炎を滾らせ、ごうと放つが──ここは俺の出番だ。
「苔生す揺籃」
ミズゴケを纏わせたツルを無数に走らせ、ラグドールとルルーディルの間を隔てるように壁を形成。咲き乱れたノックスリリィが夜属性を吸収、ミズゴケは炎属性を軽減する。
「うん、トビくんありがとう! 今のは当たったら死んでたかもしれない!」
「どういたしまして」
そしてツルによる壁の役割は、ラグドールを守ることだけではない。
目眩し。
未だルルーディルは気付かない。ツルを隔てた向こうで刀を構える、もうひとりのプレイヤーの存在に。
「よく見てろよタカツキ、これが現代日本競技シーンにおいて最も速い抜刀術だ」
──まぁ、見ようとしても見えないかもしれないが。
ちゃきん──と小さな音が鳴った。
それは鞘から刀を滑らせ、引き抜き、そして納刀するまでの一連の動作──すなわちシザー・リーの居合術。
その直後、ツルの壁は斬り裂かれ──
壁の向こうにいたルルーディルの身体もまた、すっぱりと斬り裂かれていた。
肩から腰までを斜めに両断されたその身体が、ふたつに崩れながら消えていく。
『〈月詠みルルーディル〉を撃破しました』
ああ、綺麗だ。そして懐かしい。
数年前よりさらに研ぎ澄まされている。
「シザー」
「なんでしょう」
「俺、やっぱりお前が大好きだ」
「……は、はい!?」
シザー・リーという芸術品のような友人を、俺は心の底から敬愛する。




