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FLOWER POT MAN 〜ただ植物を愛でていただけの俺が、なぜか魔王と呼ばれています〜  作者: 卵座
第4章 - Into the Nocturne

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044 - レクチャーは姿勢から


「こ、このガキ……嘘だろッ!?」


 フルルに抑え込まれ、首元にナイフを突きつけられたアッシュレイルは狼狽えたように言う。


 ああ、嘘だと思うだろう。

 まさかこんな初っ端から、いきなり手が出るやつがいるとは。


「なんじゃ、さっそく揉め事かぁ?」

「いやあ、あれはアッシュが悪いね。ちょっとコミュ障すぎ」


 騒ぎを聞き付けてのんびりやってくるレッドバルーンに、苦笑いで状況を説明するラグドール。

 まぁいずれにしても──


「やめとけフルル」

「あっ!」


 ヘイロウを展開──そして結合。

 躊躇なく振り下ろされたナイフの刃を、首元に突き入れた殺人彗星(キリングハレー)の先で止める。きんッ! と甲高い衝突音。


 ……こいつ、今さらっと本気で殺そうとしただろ。油断も隙もないな。


「むう、なんで止めるんですか」

「止めるだろ」

「だってバッドマナーですよ?」

「お前もだよ」


 交渉なしでいきなり殺しにかかるほうが悪質だよ。


「お、おいトビ! こいつを早くどうにか……ッぐ、う……!?」


 怒鳴るアッシュを、フルルの靴底はより強くなじる。指先でくるくるとナイフが回転し、首の皮膚を浅く切り裂く。

 

「ほら見てください。全然反省してなさそうじゃないですか」

「お、お前……俺が誰だか分かってんのか!? 俺らなしでどうやってこのダンジョンを──」

「分かってますよう。8人もいてパトロンまでついてるくせに、未だトビくんの半分も結果を出せていない〈ドラゴンフライ〉のアッシュレイルくんですよね。それなら死んでも大丈夫です。これまでの戦績だけで計算すれば、トビくんがあなたの倍以上の働きをしてくれるはずですから」


 アッシュは「なっ……」と絶句した。

 レッドバルーンとラグドールは「これ俺らにもダメージ入らん?」「レスバ強ぉ……」などと呑気なことを言っている。

 

 だから安心して死んじゃいましょう──

 と振り抜かれるナイフの連撃を、再び殺人彗星(キリングハレー)で弾く。同時、多節棍モードに変形したその鞭先が──フルルの顎を「ぱんッ!」と打ち上げた。


「にゃんッ!?」

「いい加減にしとけ。はい回収」


 浮き上がったフルルの身体を多節棍で巻き取り、回収する。

 とりあえず落ち着くまでは首根っこを捕まえておこう。


「クソッ……な、なんだ今の……!」


 ごほごほと咳き込みながら立ち上がるアッシュ。

 同じクランのメンバーらしき数名が駆け寄り、こちらをぎろりと睨む。俺の知っているやつもいれば、新しく入ったやつもいるのだろう。アバターの姿では、誰が誰だかは分からないけれど。


「悪かったな。別に仲直りしてくれって言ってるわけじゃないからさ。ほどほどの距離感で普通にやろうぜ」


 それだけ言って、俺はギャラリーをかき分けるようにその場を抜け出した。

 背後からのアッシュの視線、何か言いたげなその心の内を読み取ることなど俺にはできない。

 

「おうトビくん、穏便に済ませてくれてありがとうな。ムカついたじゃろ」

「いえ、大丈夫です」

「いいねえ、若い内はいっぱい殺し合いするもんだよ。あとでおじさんともやろうね」

「遠慮しときます」


 相変わらず気の遣えるレッドバルーンと、どこか様子のおかしいラグドールおじさんの出迎え。


 ついでにその場にはもう2人の女性アバターがいた。

 ひとりはウーリ、もうひとりは──


「……シザー?」

「ええ。お久しぶりです、トビくん」

 

 シザー・リー。

 ドラゴンフライ所属のプロゲーマー、すらりとした姿勢の良い女性。この世界でも現実(リアル)と同様、濡羽のような美しい黒髪を真っ直ぐになびかせている。ウーリと同じ、俺の旧友だ。

 腰に携えているのは日本刀とその鞘──ここでも相変わらず(・・・・・・・・・)刀剣使いか。


「なんだよ、見てたなら止めてくれよ」

「申し訳ありません。そのつもりだったのですが、トビくんが武器を取り出したので興味が勝ってしまいました。多節棍ですか? 相変わらず難しそうな獲物ばかり扱っていますね」

「慣れれば便利なもんだよ。持ってみる?」


 ぜひ、と安易に手に取り「重……っ!?」と沈み込むシザーを見て少し笑う。


「私たちの案内はシザーがしてくれるってさ。あとタカツキくんも来てくれる」

「了解、ふたりに任せた。ある程度は予習してきたけど、段取りとかは分からないから」

「はい、お任せ下さい」


 これでメンバーは揃った。

 やがてハイファットエンジンが音頭を取り、階段を降りはじめる前列を追って歩く。


「大人しくしますから、もう降ろしてくださいよ〜……」


 こいつはもうしばらく引き摺っておこう。


 


 *****



 階段自体は2人か3人並んで通れる程度の幅。

 そして地下層へと辿り着けば、その道幅と天井はもう少し巨大だ。3パーティが合同で探索できる広さとまではいかないが、ある程度は自由が利く。


 俺たちは列の一番後ろ。


「本ダンジョンでは前線での戦闘はもちろん、後方での奇襲警戒が重要になります。特にスケルトン系のモンスターはタフな上に集団でやってくるので、接近される前に数体を落としておきたいところです」

「だから後ろが私とフルルちゃんの担当か。遠距離火力と索敵だね」

「ええ。スケルトンは骨の擦り合う音を鳴らすので、聴覚での感知が有効になります。フルルさん、お願いできますか?」

「はあい」


 シザーの指示で、作業担当を振り分ける。

 俺も中距離はある程度できるし、接敵前の削りを担えるだろう。


 ちなみにタカツキくんも最近投げナイフを練習中。俺の塩結晶ナイフを見てやりたくなったらしい。

 飛び道具はあって困ることが絶対にないので、意欲があるならぜひ練習すべきだ。


「あ、さっそく来てますねえ。後ろです」

「……全然見えないわ」


 フルルが指差す先は、当然だが暗闇。

 俺の視力では捉えられない。


 けれどウーリは弓を構え──


「エンチャント・フレイム」


 ──その矢の先に、炎を灯した。

 以前は見せていなかった手札……新しく習得した火属性の魔法だ。

 

 吠えるような轟音と共に放たれ、飛んでいく矢。

 それ自体は命中しなかったが、通過した炎の矢は軌道周囲をほんの一瞬だけ照らし、俺たちは静かに迫ってきていたスケルトンの群れを視認する。


「よし、覚えた」


 と言ったウーリが次の矢を放てば、それは今度こそスケルトンの頭を「ガコンッ!」と吹き飛ばした。


「え、ええ〜……今のどうやって当てたんすか……?」

「だから覚えたんだろ」


 一瞬のフラッシュで、立ち位置を見て覚えた。

 そういうことが出来るのだ、この女は。


 ドン引きしているタカツキの肩を叩き、とりあえず剣を構えさせる。さて──


「俺も行ってくる。タカツキも連れて行っていい?」

「どうぞ。タカツキさん、フォローできる人はたくさんいるので、多少無茶をしても大丈夫です。あまり硬くなりすぎずに」

「う、うっす!」


 シザーの許可を取ると、俺はタカツキの首根っこを掴んで跳んだ。

 脚力を強化。さらにツルを走らせ、急加速──すれ違いざま、スケルトンの一体に棍の打撃を叩き込みながら、「うおおっ!?」と悲鳴をあげるタカツキを放り出す。


「タカツキ、剣は片手持ちでいこう」

「え、ええっ!?」

「投げナイフ練習中なんだろ? 片手を空けたまま戦えるようになると今後便利だよ」

「わ、分かりました……!」


 シザーの言う通り、フォローできる人がたくさんいる絶好の機会だ。ぜひこういう機会に色んなことを試したほうが良い。プロ志望なら尚更。


 不慣れながら片手持ちの長剣で戦うタカツキを見守りながら、俺もまた迫り来るスケルトンの剣筋を弾き、そのまま棍で叩き伏せる。どの個体も剣と小盾を装備しているようだ。


「タカツキ、片手ぶらぶらさせないよ。最初は相手から見て死角に隠すか、防御補助に構えるかの2択と考えて」

「は、はい!」

「至近距離の投げナイフは "見てから避けられる" ことは少ないけど、読まれたらあっさり躱されるからね。手首の動きはギリギリまで隠すのがベストだ」


 軽いレクチャーをしつつ、前方を処理。

 さらに後方のスケルトンは、手首を多節棍で巻き取るようにして背負投げ──そのまま頭蓋骨を蹴り潰して仕留める。


 意外と脆いじゃないか──

 と思っていれば、しかし砕けた骨を繋ぎ合わせて再生していく骸骨たち。


「おお、タフってそういうことか」

 

 要するに、2度殺さなければ死なない敵だ。

 

 倒れた個体は再び踏み砕いて仕留め、起き上がってしまった個体は棍を振り回して迎撃。

 一度は盾に弾かれるも、何度も回転連撃を叩き込んでいればすぐに体勢が崩れた。がら空きになった懐に潜り込んだら、刃を展開した月人の処刑(ムーンサイス)を振り上げ、斬り捨てる。

 

 その間もウーリの射撃は止まない。

 相変わらずとんでもない威力をした矢の雨がスケルトンたちを射抜き、食器でも割るような感覚で頭蓋骨を砕いて回る。出来るだけタカツキの周りを優先して処理してくれているようだ。


「よし、抜けていった個体は……もう終わってるか」


 俺たちをすり抜けて本隊へと向かった数体は、見ればフルルとシザーにあっさり斬り捨てられていた。

 まぁ心配するようなメンツでもない。こうして俺たちの初戦は、あっさりと完全勝利に終わった。




 *****



 ときおり戦闘で足を止めながらも、攻略は順調だ。

 

 前方、後方、どちらかで戦闘が勃発すると、もう一方も音につられてやってきたモンスターと戦闘になる──というのが基本の流れ。

 敵はスケルトンの群れ、たまに魔術師型のスケルトンが混ざり、他にはケイブバットや黒いスライムが混入していることもある。スライムは物理攻撃無効。とはいえ集まっているプレイヤーが優秀すぎるせいで、危ない場面はほとんどない。

 

 迷路のような地下を進み、何度か階段を下り──今は地下3階層くらいだろうか?

 

「それにしても、道が混み合うことを前提にしたデザインだな……後ろのヤツらがサボれない難易度になってる」

「3パーティ合同で挑めるボスがいるってくらいだからね」


 うん、なかなか新鮮で面白い。

 こういう大人数での探索は本当に経験がないので、密かにワクワクしていたのだ。


「この人数、ボクはちょっと苦手です」

「ああ、フルルちゃんは人混みとか嫌いそうだよね」

「ハイ。みんな無防備すぎて殺せちゃいそうで怖いです」


 生粋のPK視点だ。なんだよ「怖い」って。

 見ろよ、タカツキがぎょっとしているぞ。


「駅のホームとかで、ここで前の人を突き落としたら人生終わるな〜って想像することありません? そういう感じです」

「ああ、なんだっけな。心理学的なやつ、なんか名前ついてた気がする」

「"侵入思考" というやつですね。他者への攻撃や、自分が破滅する未来をついイメージしてしまうという非自発的な思考……意外と一般的だそうですよ」


 シザーの補足に、ああそれだ、と頷く。

 いや、だとしてもこの人混みを見て「まずい、殺せちゃう!」とはならないけども。怖いよ。


「あ、階段見つかったっぽい」


 ウーリの声と同時に、隊の動きが止まる。


「では次が4階層、ここから本番ですね」

「もしかして、例の徘徊型ボスか?」

「ええ。詳しいことはハイファットエンジンから説明があるかと思いますが、ここからボスとの3連戦、通称 "月詠み三姉妹” との戦いになります。というのも──」


「──ここで徘徊型を処理しておかないと、ヤツらは最終ボス戦に乱入(・・)してきます」


 シザーはそう言葉を綴じた。

 


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