041 - ヴァロークの花屋
「あ、あの、トビくん……? 怒ってますか……?」
「怒ってないよ、怒ってないけど……」
──この体勢は、あなた全く反省してなくないですか?
現在、俺はメニーナの膝の上。
ぬいぐるみのように腕の中に抱え込まれ、背中にはむにゅりとした膨らみ……強く押し付けられて潰れても、未だ膨らみとしてのボリュームを保っているあたり、その規格外のサイズを分からされる。
「いい子、いい子……」と頭を撫でてくるメニーナ。これで機嫌が取れると思っているあたり、男としてかなりナメられているような気がしなくもないが……まぁ、今回は誤魔化されてやろう。
ウーリはごろごろと寝転がりながらゲーム内掲示板を眺めている。フルルは椅子の上で足を組んでナイフの手入れをしながら、耳だけでこちらの話を聞いている。平和な昼下がりだ。
「それにしても、メンデルちゃんの飢餓問題は深刻そうだねえ」
ことのあらましを話すと、ウーリは寝転がったままで言う。
「ら、ランタンをつけっぱなしにする……っていうのは、ダメなんですか……?」
「それでも解決はするだろうけど、あのアイテムはクールタイムがあるからね」
メニーナの疑問に、ウーリが俺の代わりに答える。
「手札の切り時を自分のタイミングに合わせたい……となると、つけっぱなしはちょっと窮屈かな。ずっと気を遣ってるのも面倒だと思うし」
「な、なるほど……」
ウーリの100点満点の回答。
これで裸族でなければ完璧な友達なのに。
「じ、じゃあトビくん。もしよかったら、なんですけど……」
「なに?」
「お婆ちゃんに会ってみませんか?」
と、耳元に唇を寄せてメニーナは言う。
ぽそぽそとした声色がどこかくすぐったい。
それにしても、お婆ちゃんって……
「ヴァロークさんのこと? それならこの薬草園のこともあるし、ぜひ挨拶したいとは思ってたけど……どうして今?」
「その……お、お婆ちゃん、植物の専門家ですから……メンデルちゃんのことも何か分かるかもって……」
……なるほど、良いかもしれない。
少なくとも今の時点では、NPCはプレイヤーよりずっとこの世界のことに詳しい。特にメンデルの現状については、ノックスリリィが無関係とも思えないのだ。
「トビくん、ハイファットエンジンの方はどうする?」
そう口を挟むのはウーリ。
そうだ、それもあった。
連絡があったのは、つい昨日のことだ。
レッドバルーンからのメッセージで、内容は以前少し話に出た「地下ダン」──始まりの街で見つかったという「地下ダンジョン」の攻略に参加しないか、というお誘い。
主要メンバーはハイファットエンジン、PEEK A BOO、そしてドラゴンフライという3つのクラン。もし気まずくなければぜひ遊びに来てほしい──とのこと。
とはいえ……
「メンデルのことが解決するまでは、あんまり大きなイベントに参加するつもりはないかな」
迷惑をかけちゃってもいけないし。
「そうだね。トビくんが行かないなら私もやめとこっかな〜」
「じゃあボクもそうします」
いずれにしても、まずはヴァローク婆さんに話を聞いてもらってからだ。
*****
「なんか、すごく緊張してきた……」
「私も。なんでだろうね、相手はNPCなのに」
なんというか……結婚相手のご両親に挨拶へ伺うような、そわそわとした気持ちである。
ヴァロークのお婆さんに会うために、俺たちは始まりの街エンリースへとやってきた。メニーナの案内についていって、町外れの裏路地を行く。
ちなみにフルルは留守番。NPCは殺さないと分かってはいても、こういう挨拶にPKを連れて行くのは気が引けた。
「だ、大丈夫ですよ……お婆ちゃん、優しいんですから。お二人のことだって、何度もお話したことありますし……」
いや、だからこそ、みたいなところはあるんだけど……。
結局のところ、このゲームのNPCはリアルすぎる、人間的すぎるのだ。だからこんなにも緊張する。
目的地の花屋にはすぐに到着した。
店先に並ぶ色とりどりの花を手入れするそのお婆さんは、メニーナが駆けていくと顔を上げて微笑み、ふたりはぎゅうとハグをする。本当に仲が良いんだなぁ、とウーリと顔を見合わせた。
「あなた方が……トビさん、ウーリさん」
「は、はい!」
「そう、です。メニーナさんには、いつもお世話になってます」
ガチガチである。
そんなに硬くならないで、とお婆さんは笑う。
「おふたりのことはよく聞いてるんです。同じクランのお友達なんでしょう? それに、息子のドレを一緒に弔ってくれたとも。ありがとう、ずっとお礼を言いたかったんです」
そこまで聞いているのか。
いや、メニーナさんなら話すだろう。誰よりも自分ひとりの手柄にしたがらない人だ。
「いえ、こちらこそ……ご挨拶が遅れてすみません。王都の薬草園、本当に良い土地で。ありがたく使わせてもらっています。それと……」
……このランタンも同じ。ドレ=ヴァロークからの預かりものだ。
腰に下げたそれを手に取り、手渡す。
「ドレさんから拝借したものです。これも、とても重宝しております」
「そう……」
お婆さんはじっと目を細めてランタンを撫で、「ありがとう」と言って俺に返した。
「あ、あのね、お婆ちゃん。今日はトビくんについて相談があって……」
「分かってるわ、メニーナ。トビさん、あなた妙なものを飼っているわね」
「!」
……分かるものなのか?
メニーナの言葉を遮ってそう言ったヴァロークさんは、ランタンを返したままの手で俺の腕を撫でる。
「出してご覧なさい」
「は、はい」
腕からずるりと灰色のツルを出し、黒花を咲かせる。ヴァロークさんは神妙な顔つきだ。
「ノックスリリィ……いえ、少し違う。形質だけを取り込んだ別種ね?」
「え、ええ……俺の同居人で、メンデルと名付けています。元は緑色の寄生型ツル植物だったんですが、今はこんな状態です」
「今まではトビくんのエネルギーだけを吸っていたみたいなんだけど……さ、最近は、夜の魔力? っていうのを欲しがるようになっちゃったみたいで……」
「ふむ……」
お婆さんは恐れる様子もなく、伸びたツルを指でなぞり、何かを確かめるようにしている。
「ちぐはぐな子……ただの交配ではこうはならない。いくつ接いだの?」
「つ、接いだ? ああ、ええと、ノックスリリィも含めて10種ほど……」
「そう……水草、苔、本来であれば絶対に混じり合うはずのないものまで。これは樹木ね? それも塩生の植物……」
すごいなこの人……!?
当然のように "接ぎ木" の性質を見破ってくるプロの審美眼に、驚いてウーリと顔を見合わせる。メニーナはやや自慢げだ。
「原因は "肥大" と "変異" ね。接ぎに接いで、身体の形が書き換わったことで、トビさんから吸い上げるエネルギーだけでは活動しきれなくなってしまった。だから新たな動力源を求めた」
「それが、夜の魔力……?」
「ええ。ノックスリリィの性質を得たおかげで、魔力を利用するための土壌は揃っていたのでしょう。それでも、変化を選んだのはきっとこの子自身よ?」
ヴァロークさんはこちらを見上げて続ける。
「トビさんだけで足りなくなったのなら、異なる宿主を探しにいけば良いだけの話。それをせず、自分の身体を作り変えてまでこうなることを選んだのだから、この子はあなたと一緒に在りたいのでしょう」
「……………」
自分の腕を這う灰色のツルを、俺はじっと見つめた。
こいつの感情は相変わらず読めない。俺に分かるのは、せいぜい餌を与えたときのざわめきや喜びといった分かりやすい反応だけ。
それでも、一緒にいたいと思ってくれているなら……俺もそれに応えたい。
「トビくん、対処法も相談しないと」
「あ、ああ……そうだな。ヴァロークさん、俺に出来ることはありますか……?」
ウーリの言葉に背中を押されて顔を上げれば、ヴァロークさんは頷く。
「問題は、この子の変化にトビさんの身体が追いつけていないこと。あなたが変わる他にないわ」
「変わる、ですか?」
「ええ。トビさん、あなた、夜の魔法使いになりなさい」
……夜の魔法使いだと?
それって、とウーリを見れば、こいつもぎょっとした顔で口を挟んだ。
「ち、ちょっと待ってよ、お婆ちゃん。夜の魔法って……それは、この世界に常夜をもたらした悪い魔法なんじゃないの?」
「ええ、そうよ。夜の魔法とは悪性の魔法であり、常人には扱えぬ代物……その魔力を生むためには "月の狂気" と呼ばれる精神汚染をその身に降ろさなくてはなりません」
「ふ、不吉なワードしか聞こえてこないじゃん……そもそも、そんな汚染? ってやつをどうやってトビくんが……」
たしかに、そもそも取得できるか否かという問題が先だ……と思ったが、いや違う。たしかイヴからのメッセージにはこう書いてあったはずだ。
『夜の魔力については本来プレイヤーによる使用を想定しておらず、一部の例外においても極めて厳しい取得条件を設定しておりました』
一部の例外、極めて厳しい取得条件。
それを満たせば、プレイヤーにも夜の魔法を扱うためのチャンスが存在する。
「そう。夜の魔力は、本来は魔物に与えられる力……けれど例外的に、人の身でそれを授かる巫女たちも存在します」
「巫女って……もしかして月詠みがどうとかってやつですか?」
「ええ、そうねトビさん。月詠み巫女と呼ばれる異教者は、彼女らの仕える神殿にて夜の力を賜るそうよ。私も詳しいことは知らないけれど、きっと道はあるはず」
なるほど、具体的な方法は不明だが、月詠み巫女を追っていけばどこかにヒントがあると。
──と、そのとき、ウーリが俺の頬をぎゅうと抓った。
「な、なんだよ。どうした?」
「トビくん、ハイファットエンジンから来たお誘いの内容覚えてる?」
……内容?
それは始まりの街エンリースで発見された地下マップ攻略の応援要請だ。これまでは8人が最大人数だったボス戦が、そこでは例外的に24人まで同時挑戦可……つまり3パーティが合同で参加できる特殊なボスエリアが確認されている。
たしかマップの名前は──
「──月隠れの神殿?」
「うん。参加する理由が出来ちゃったね」
気合い入れようぜ──とでも言うように、ウーリは俺の背を強く叩いた。
*****
第4章 - Into the Nocturne
夜属性適性:未獲得
所属クラン:グレゴール薬師商会
センシティブフィルター:ALL-OFF
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