004 - ドS女には蛇目が似合う
先の騒動でわかる通り、日ノ宮ウリは有名人だ。
ストリーマー。要するに配信者。
ゲームのプレイ画面を垂れ流し、トークとキャラクター性を視聴者に売る。日ノ宮ウリは都内の大学に通う傍ら、そういう副業をしている。
今の社会、ストリーマーやプロゲーマーは珍しい職業ではない。
VRゲームに競技性を見出しスポーツのように扱う文化はもう何十年にも渡って注目されているし、俺やウリもプロゲーマーの卵のようなことをしていた時期があった。
いわゆるセミプロというやつで、かつて同じチームに所属していた俺たち。
とあるトラブルによってチームは瓦解し、除籍処分を受けた俺は面倒になってゲームに熱中するのをやめてしまったし、元々ファンの多かったウリもチームを抜けて配信業の方に力を入れるようになった。
懐かしい、高校3年生くらいの頃の話だ。
除籍処分自体は当時の俺には相当ショックだったが、大学の推薦入試に受かったのも元セミプロという経歴があったからだし、すべてが無駄だったわけじゃない。今となってはいい思い出である。
まぁ、とにかく。
本来なら必要なアイテム類を買い込んでからフィールドに出る予定だったが、急遽予定変更。俺とウーリが悪目立ちしてしまったからだ。
今回はウーリの手持ちからアイテムを分けてもらいつつ、試しに戦闘と探索を遊んでみる。
「本来ならこの大草原がチュートリアルフィールドなんだけど、トビくんなら2段階くらい飛ばせるかな。とりあえず森を抜けようか」
「本当に大丈夫……?」
「うん、この前のイベントの方がハードだったよ。トビくんのおかげで私たち0デスだったしさ」
ウーリの言葉になるほどと頷く。
1週間前、例のリリース直前イベントはハードだった。あの寄生植物──プレデター・グリーンほどえげつないモンスターは以降現れなかったが、それでも厄介な動きをするモンスターは少なくなかった。
そんな経験を共にしたウーリが言うなら、間違いはないのだろう。
初心者プレイヤーたちが、大人しそうな草食動物に襲いかかるのを横目で眺める。ところどころに遺跡のようなオブジェクトが散見される、のどかな草原だ。
一方、目もくれずに前を歩くウーリに着いていけば、すぐに草原を抜けて森まで辿り着いた。
「ここが最初の森。超えたら山とトンネルがあって、そこを抜けるとさらに森がある。その先が王都だね」
「あ〜……つまり」
森、山、森にそれぞれボスがいて、今は2つ目の森のボスで攻略が止まっていると。さっき聞いた話と合わせれば、そういうことだろうか。
「まぁ、ひとまずここで慣らすことを考えるか」
「そうだね〜……あ、右斜めから来てるよ」
ウーリの大きな瞳がぎょろりと剥く。
アイドル顔負けの可愛らしい顔面とは裏腹に、こういうメリハリは相変わらず不気味だ。
俺が視線の方向に腕を向ければ……「来るよ」というウーリの合図と同時に、草むらから2頭のオオカミが飛び出してくる。
「すげえな、タイミングぴったりだ」
「この前のイベントで反省したからね、索敵サボると一瞬で壊滅するって」
「そうか……? 俺はあのときも十分助けられてたつもりだったけど」
相変わらず変なところで真摯というか……ゲームに対してストイックなやつだ。
駄弁りながら、射程圏内に入ったオオカミの片方に対して俺は腕から触手を──プレデター・グリーンのツルを射出する。
「ギャオンッ!?」
「よ〜し、捕まえた!」
イベントを走り抜けた12時間で、こいつの扱い方はもう覚えた。
伸ばしたツルでオオカミの後ろ足を絡め取り、そして勢いよく巻き取れば──体勢を崩したオオカミの身体は、地面を何度かバウンドしながら引き寄せられる。
「こいつらの名前は!」
「ブラックハウンズ。動きが速くて群れるから、このあたりじゃ初心者キラーってことで知られてる」
「簡潔!」
ウーリは動かない。
最初のエンカウントは俺に任せる、ということらしい。
引き寄せられ、宙に浮くオオカミ──ブラックハウンズ。
最適な場所に差し出されたその頭に、振り抜くように置いた回し蹴りを叩き込む。オオカミは、さながらサッカーボールのように吹き飛んでいく。
一方、もう1頭。
こちらは蹴り飛ばされたブラックハウンズの回転に巻き込まれた。
体勢を崩したなら追撃のチャンスだ。
再びツルを射出する。
木の枝の高い位置へとくくりつけ、そして巻き取るように引き戻す。そうすれば──
今度は俺の身体が宙に浮き、超高速でブラックハウンズの真上へと到達する。
「それ便利だな〜! アクロバティック!」
「ここからはスキル頼りだけどな」
つまりフックショットの要領だ。
植物のツルを使って高所を飛び回る──ただしこのとき、空中姿勢のコントロールは人間のセンスだけでは限界があった。
ここで頼りになるのが、今回から俺が新たに取得したスキル〈軽業〉だ。
こいつは跳躍力を高めたり、空中姿勢の制御をアシストしてくれたりなスキル。
スキルによって体勢を調整しながら、俺の身体はふわりと落下する。脚を高く構え、そして──
「──思いっきり、振り抜く!」
すなわち、かかと落とし。
落下に合わせて振り抜いた踵が、絡み合った2頭のブラックハウンズに直撃する。
ツルによって筋繊維を補強した一撃だ。序盤の雑魚が耐えられるはずもなく──2頭は叫び声を上げる暇もなく、青い粒子となって分解されていった。
「ほぼイチゲキかぁ……相変わらずトンデモ威力」
「こいつら、本来はタフなの?」
「うん。ちゃんと鍛えた武器でも2撃は必要かな」
なるほど。それならたしかに、1、2段階くらいは飛ばしても良さげな火力は出ている。
「それにしても、ウーリは索敵の精度がかなり上がってるな。新しいスキルか?」
「うん、スキルと言えばスキルだね。でも一番はこれかな」
ウーリはがばっと口を開け、べろりと舌を出して見せた。
鋭い牙を見せて笑う大きな口と、二股に分かれた長い舌。
思えば瞳のデザインもイベントの頃と比べて少し変わっている。虹彩は俺と同じ金色だが、瞳孔がすらりと縦に長い。つまりこれは──
「──蛇?」
「正解、蛇の獣人」
なるほど。
分かったから口を閉じなさいよ、はしたない。
額にチョップすれば、ぬらりとしたピンク色の舌がしゅるりと引っ込む。
「蛇って地面の振動を感知できるんだよ。トビくん知ってた?」
「へえ、サーモセンサーは知ってたけど振動は初耳だ……にしても、獣人って動物の感覚器官をそのまま使えんの? 強くない?」
「ううん、一部のスキルがコスパよく取得できたり、効果が少し上がったりってだけだね。例えば私が持ってる〈振動感知〉は、トビくんが取得しようとすると3倍の経験値が必要」
「なるほど」
コスパや補正率の差はあるが、取得の機会は平等というわけだ。何をするにもスキルとスロットは必要になる。
「それより獣人は身体能力が高いね。代わりにMPの上限値が低い」
「そうか、物理向きで魔法は不向きか。じゃあウーリは物理特化のビルドにするの?」
「ううん。上限値が低いからってせっかくのMPを持て余すのも勿体ないでしょ。いずれは魔法も使う予定だよ」
……なるほど、そういう考え方もあるのか。
ウーリの視点に唸る。
MP──つまり魔力。
魔力が多ければ魔法を何度も使える。
MPが低いなら魔法にスキルを割くのは勿体ない……と俺は思っていたが、それはそれとして「せっかく余っているMPを全く使わないのは勿体ない」という視点はその通りかもしれない。俺も考慮しよう。
「じゃあ、物理と魔法は両立が主流になるのか。特化ビルドが不遇にならないか?」
「そんなことないよ。武術スキルと魔法スキルを両立すると物理も魔法も威力が下がる」
「マジかよ、もどかしいな」
一撃の威力を追求するならどちらかに絞った方がいい。
手数や手札を増やしたいなら両立する方がいい。
どちらにも良さがあり、悩みどころだ。
そんなとき、ウーリの蛇の瞳が再び、ぎょろりと草むらの向こうを見つめる。
接敵。
ひとまず俺のチュートリアルは済んだので、今度はウーリも戦闘態勢だ。ウーリが背中から腕に構えたそれは──
「──なんだそれ、コンパウンドボウ!?」
「うん。特注品、いいでしょ」
弓、それもかなりデカい。
折り畳み式のカラクリ機構をウーリは展開する。布で包まれていたおかげで、今まで武器だとは思わなかった。
前のイベントでは、ウーリの武器はメイスだった。
あれはあれで取りこぼした雑魚の掃討を見事にこなしてくれていたが、今の方が俺とは相性が良さそう。
そして、何より──
「──いいなぁ、特注品」
カラクリ機構であちこちに歯車や滑車が噛み合い、ゴツゴツと無骨なコンパウンドボウ──これはたしかにカッコイイ。
ウーリは自慢げである。弦を引き絞りながら「ふふん」と鼻を慣らした。そして……
「来た」
ウーリの攻撃は一瞬だった。
敵が草むらから身体を出す暇さえ与えない──あまりに正確で素早い射撃だ。
矢から手を離し、空気を切り裂くような轟音が響いた直後──オオカミの身体が吹き飛んだ。
ブラックハウンズの脳天に突き刺さった矢は、なんというか……俺が知っているより太くてゴツい。
その光沢はおそらく金属製で、見るからに重い。
宙に浮いたオオカミの身体が、ごろごろと転がった先で青い粒子に分解される。たった一撃だ。
「お〜い……ちゃんと鍛えた武器でも2撃は必要だって言ってなかったか?」
「そうだよ。こいつはちゃんと鍛えてない脱法武器だからね」
何が起こったかも分からぬうちに死んでいった仲間──その仇を討とうと、さらに2頭のブラックハウンズが鬼の形相で現れる。
「トビくんは右ね」
「はいはい」
肘からツルを射出し、ブラックハウンズが跳躍して無防備になった瞬間を狙い撃つ。
後ろ足を絡め取り、そのまま勢いよく巻き取れば、オオカミの体勢は空中で一回転した。
無防備に腹を向けて倒れるブラックハウンズ。
その真上に、すでに俺は跳び上がっている。
空中姿勢を調整。
遠心力を増幅しながら叩きつける回し蹴り。
振り抜いた踵がブラックハウンズの下顎を狙い撃つ。
頭蓋を粉砕するような鈍い感触と共に、オオカミの身体は粒子に分解される。
よし、ひとまずこのレベルの敵なら安定して倒せそうだ。
「ウーリ!」
「ん、大丈夫」
様子を窺うために振り返る。
遠距離武器の弱点は、間合いを詰められること──しかしウーリは相変わらずのんびりとしていた。
超至近距離で襲い来るオオカミの大顎に叩きつけられるのは、ウーリの右脚。
その鋭い歯は靴底に噛みつくが、貫通しない。頑丈な金属製だ。
ウーリはそのままブラックハウンズの口の中に靴底を押し込みながら、片足を高く上げた不安定な姿勢のまま弓を引き絞る。
この間、1秒足らず。
噛みつきの代わりに差し出された無防備な首筋に、直後、容赦なく解き放たれた金属矢が突き刺さった。
その身体が吹き飛んだ先で、消滅する。
「ウーリさん……」
「何〜?」
「あなた、やっぱり頭を踏みたがるのはそういう性癖なんですか?」
ウーリは何も言わず、曖昧な笑みで答えた。