037 - ドタバタ救出劇
ひび割れたノームの巨体は軋音を上げ、反撃の尾を振りかぶった。
大地が唸り、鋭利な尾刃が地面を裂く。
砕けた石畳が宙を舞い、破片が飛散する中、カウンター気味に振り抜いた殺人彗星は良い威力だ。
幾度も打撃を重ね、少しずつひび割れを大きく広げていく。
2つのプロチームは互いにヘイトを渡し合いながらリソースを調整し、じわじわと死に戻り被害を出しながらも鉄壁の前線を維持している。バックがこんなにも頼もしいことも他にない。
「おっと……魔法、かなり使ってくるようになったな」
鳴き砂の甲高い咆哮は、魔法の合図。
ツルを建物の屋根に撃ち込み、身体を横滑りさせるように移動した直後──地面からぎゅんと伸びた土の螺旋槍がノームの周囲を貫いた。
何人かのプレイヤーが身体を貫かれ、青い粒子となって消えていく。
今までも十分に全身凶器だったが、魔法を使い始めてからより殺意が高い。
地面に着地すると同時にウーリの弓が唸った。
ごうと風を切って飛来する金属矢が、ノームの頸部にもう何十本目か分からない杭を撃ち込む。巨躯が仰け反る隙に、魔法職のプレイヤーたちが一斉に連撃を加えた。
「おお、尻尾が落ちた……!」
首、そして尾。大きな体積を占める2パーツ。
ここを落とせば侵蝕が楽になる──というところで、先に落ちたのは尻尾。
ひび割れた土が乾いたようにぼろぼろと崩れ落ち、ノームは前のめりにダウンする。
「デカい隙だ」
皆、考えることは同じ。
ツルによって加速し振りかぶった殺人彗星、認識の外から現れるフルルの斬撃、ウーリの射撃、メニーナと小人ノームたちの一斉魔法砲撃。全員が一斉にやつの首を獲りにかかる。
なお、今回一番ダメージが入ってそうなのは小人ノームたちの土魔法だ。メニーナさん、本当によく連れてきてくれた。
しかし異形ノームの反応も早かった。
魔力を帯びた足が地面を蹴ると、吹き荒れる砂嵐。鋭い石片が肌を切り裂き、群がるプレイヤー全員にじわじわとしたスリップダメージを与える。
そして直後、空気が震え、全身を回転させる薙ぎ払い。
俺は上方へと跳んで躱すが、他の近接職はシビアな潜り抜けを強いられる。避け損なったひとりが吹き飛ばされるも、HPが0になる前に各方向から飛び交う回復魔法に救われる。
そして魔法職へと切り替わるヘイト──
地を蹴って一直線に跳んでいくノームの軌道は完全に読まれ、レッドバルーンの大盾に見事に弾かれた。
「今更だけど、盾一枚であれを受けきってるのも正気じゃないな……」
どこかのゲームのプロでも、他のゲームでその実力をそのまま発揮できるかは全くの別問題。メインのゲームが廃れ、移籍した先で結果を残せず消えていくプロも多くいる……そんな中でも、ハイファットエンジンの実力は全く見劣りしないように思う。
「トビくん、クールタイム過ぎました」
「っ!? びっくりしたぁ……ナイスコール……!」
背後から不意に響くフルルの声に、俺はビビりながらもドレ=ヴァロークの炎を再点火する。なぜこいつが俺のクールタイムをぴったり把握しているのかは謎だけど……今回ばかりは役に立つから良いとしよう。
ツルを放ち、再接近。
身体の加速を棍に乗せ、遠心力に任せた一撃を振りかぶる。
深いヒビの入った頸部に強烈な一打──さらに多節棍をしならせ弾くような打撃を重ねる。
夜の魔力によって強化された重撃は良い手応えだ。環状に発生する衝撃波に砂煙が乗り、空気の破裂する爆音が遅れて響く。
だが次の瞬間、ノームは甲高く鳴いた。
「やべっ……」
鳴き砂のような高い音は魔法の前兆。
咄嗟に跳び退くも、地中から伸びた土の螺旋槍が運悪くツルを穿ち、俺の支えを断ち切る。
制御の外で視界が回転し、背中を引く重力の嫌な感覚。
「これ間に合うか……!?」
ツルを撃ち込むのが早いか、落下が先か──
一か八かで腕を伸ばしたそのとき、だんッ! と地を蹴る音がした。
「無事っすか、トビさん!」
「……ッ! だ、誰? 何? オオカミ!?」
空中を跳んだ影。
銀灰の毛並みが俺の真下へと飛び込み、オオカミ獣人……いや、マジのオオカミそのものといった姿のプレイヤーが俺の身体を背で受け止める。
「俺、PEEK A BOOデイブレ部門で最近スカウトもらいました、オン・ルーっていいます。デイブレではクランのサブオーナーやってます。セミプロ時代のトビさん超追ってました。今、感激です」
「あ、ああ、どうも……」
「俺のが後輩なんでタメでいいっす。じゃあ投げ飛ばしますね」
「え?」
……なに言ってんの?
と思った途端、オン・ルーは背中に乗せた俺の首根っこを牙で噛むと──そのまま「ぶんッ!」と放り投げた。
「うおおおッ!?」
「いってらっしゃーいっ!」
孤を描いて投げ飛ばされた先は、ノームの首元。
外殻には深く亀裂が走り、かなり際どいところまで追い詰めている。
いきなりぶん投げられたことについては今度ツッコミを入れたいところだが──
それでも攻撃のチャンス。勢いをそのままに殺人彗星を振りかぶり、土の身体に強烈な打撃が浸透する。
「イイとこまで割れてんだけどな……!」
あと、もう少しなのに──
そう歯噛みした途端、空を裂くような独特の射撃音が轟く。
「ウーリ!」
広げた亀裂をピンポイントで穿つ、巨大な杭のような金属矢。
なんてタイミングの良い──偶然か、それとも狙っていたのか、いずれにしても最高の一撃だ。
突き刺さった杭の頭をさらに押し込むように、俺は殺人彗星を振り抜いた。
「────ッ!?」
「今助けにいくぞ、ノーム……!」
頸部の打点。何度も同じ場所に加え続けた衝撃が、ついに結果を成す。
ノームは悲鳴を上げて仰け反り、その亀裂が頸部全域に広がったと思えば、致命的な破壊音があたりに木霊した。
土塊の頭部がずるりと滑り、もくもくと巨大な砂煙を上げながら崩れ落ちる。
「さあ、ここからは……」
ここからは、俺だけの課題。
地面に崩れ落ち、悶え苦しむように四肢を暴れさせるノームを見下ろし、上空から土の巨体へと降り立つ。そして──
──その "土壌" に、数多のツルを侵入させていく。
「いい調子だ……!」
みんなで散々体積を削り取った土塊のゴーレム。この大きさなら、ツルを全体に行き渡らせるのも無理ではない。
ツルは土の中を突き進み、分岐し、根を張るように支配域を拡張していく。
唯一の問題はスタミナ──というより、スタミナを持たせるために装甲や武器を外した結果、俺が無防備になってしまうこと。
ノームは暴れ、走り回る。
宙には魔法によって無数の土塊が生成され、それは周囲のプレイヤー、そしてノームにしがみつく俺をめがけて降り注いだ。だが──
「うおらァ! トビくんの邪魔せんといてぇ!?」
「ワンワンワン! ウワオーンッ!」
──まるで傘でも被せるように、振り上げた大盾で土塊を弾くレッドバルーン。
どうやってこの高さまで来たのかといえば、目の前で吠える灰銀のオオカミ、オン・ルーが乗せてきたに違いない。
「……っていうか、さっきまで普通に喋ってなかった?」
「あっ、これロールプレイです。ワンワンワンッ!」
「そ、そうですか……」
ふっと我に返ったようにそう答えると、オン・ルーは再び「ワオーンッ!」と遠吠えをする。あまり気にしない方が良さそうだ。
まぁいずれにしても……
「みんなのおかげで、ようやく届いた」
巨大なゴーレムの内部に、完全にツルが行き渡った感覚。
それは同時に、この巨大な土塊ゴーレムそのものを "庭" として認識することに成功した、ということだ。
俺は "土壌" を操作する。
〈庭師〉から統合派生した〈箱庭支配〉の機能は、土壌性質の調整だけじゃない。たとえば "庭" 内部のオブジェクト配置の調整だ。
さすがにNPCであるノーム本体を配置操作することはできないが、その周りの土を移動させることは機能のうち。土を回転させ、土の動きによってノームの身体を動かし──
──そして、俺は "針" を引き抜いた。
「よし、回収……!」
〈呪われた調霊針〉はノームの腕から引き抜かれ、俺のインベントリに無事回収された。そして同時、制御を失ったゴーレムの身体が崩れ始める。
「うわっ。やべえ、もうスタミナないぞ……」
「オン・ルー! ふたり行けるか!?」
「が、頑張りますぜ……ワンワンワンッ!」
ちょうどスタミナを切らした俺の襟首を咥え、さらにレッドバルーンの巨体を背負ったオン・ルーは、しんどそうに走り始める。
揺らぐ土塊の地面を蹴り、背後から迫る土煙の暴風に追われながら駆ける灰銀オオカミ。突風と砂に目を細めながらも──
──俺は、煙の向こうにそれを見た。
崩落する土塊の中に放り出される小さなノーム。
メニーナはその落下地点に回り込み、小人ノームたちは土のドームを形成して落石から彼女を守る。
メニーナの腕の中に「ぽすんっ」と落下したノームは、そのままぎゅうと抱きしめられた。
『〈狂い啼くノーム〉を撃破しました』
*****
その後、俺はハイファットエンジンやPEEK A BOOの皆さんから食料を分けてもらい、死に戻りギリギリでなんとか戦線に復帰した。
戦線といっても、ボス戦ではない。
ここからの戦場は、一連の戦いで荒れに荒れた街の復興作業である。
街の一角には倒壊したままの建物がいくつも残っていた。
俺たちが駆けつけてからの被害は最小限に抑えられたが、それ以前にノームが通った経路には深い爪痕が刻まれている。
「あ、トビくん。こっちにも反応あり」
「了解」
ウーリとフルルが感知系のスキルを使って生存反応を探し出す。そして瓦礫をどかす、あるいはツルで生存者を引きずり上げてやるのが俺の仕事。
ウチには回復役がいないので、その後の治療などは他のチームに任せる形だ。
「それにしても、トビくんの顔はなかなか戻りませんねえ」
と、見回りの道中、フルルが言う。
手を当てれば、未だ顔面の半分以上にはメンデルの黒花が咲いている。砂風に吹かれてざわめく。
「最近、メンデルがちょっと主張強めなんだよな。俺がそうしろって言ってんだけどさ」
お腹が空いたら言う、不満があるなら言う──いつもそうやって教えているからか、徐々にメンデルの感情表現は強くなりつつある。夜の魔力を多く与えれば、こうして嬉しそうに花を咲かせて応えるのだ。
「まぁ、そのうち引っ込むよ」
別に不便はないし、構わない。
まぁ他のプレイヤーたちから妙な目で見られている気がするが……これがNPCたちからは、意外と評判が悪くない。原因はおそらく……
「あれだよなぁ……」
見渡す限り、戦場跡周辺の建物に絡みつくメンデルのツル。
すでに本体から断ち切っているため動かすことはできないが、それはいまだ住宅街と一体化し、消滅しないままでいる。灰色のツルと黒色の花、そして黄金色に瞬く脈……
「おい、あれ! あの黒い花! 俺たちの家を守ってくれた兄ちゃんじゃないか!」
「ああ、守護者さま……」
「ねえお母さん、私がもらったお花飾りも同じ花なんだよ!」
「おーい兄ちゃん! アンタ、グレゴール薬師商会の人なんだってな! いつもありがとうなーっ!」
……まぁこのように。
少なくともこのあたりの住人からは、俺の奇怪な顔面は「家を守ってくれた人」の特徴として受け入れられているらしい。ついでにノックスリリィを売っていたのが俺ということも即バレした。隠す気なかったからいいけども。
やや気まずげに手を振り返したら、さらに大きな歓声で返ってきて怖かったので、俺は逃げるように次の救出作業へと向かった。
次回「えっちなことをしてあげよう実践編/エピローグ」
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