036 - えっちなことをしてあげよう予告編
〈箱庭支配〉
育成した植物を中心に構成される「庭」において、環境調整やデザインを管理するための高位統合スキル。
既存の機能に加えて、植物の成長速度がさらに向上し、土壌・水質・大気状態の調整幅も広がる。
このスキルにおける「庭」とは、一体どこからどこまでを指すのだろう。
育成した植物を中心に構成される「庭」──
おそらくこれは、自分の所有地でなくても他人から頼まれた土地、レンタルした土地なども「庭」として扱えるようにするための文言。
けれどもし、メンデルそのものが「トビによって育成された植物」として扱われるのなら──
「──ここは、俺の "庭" になる」
スキルの拡大解釈。
俺は自分の "庭" を広げるために、無数のツルを這わせた。
戦場周りの建物すべてが、メンデルのための土壌だ。
壁を這うように大量のツルを伸ばし、亀裂や土に根を張り、補強する。
メンデルのツルによる補強に、夜の魔力による装甲強化。
さらに「庭内の土壌調整」──つまりは根を張った建物の強度やパラメーターをウィンドウから管理する。
ひたすらに硬く、強く、衝撃に耐えうるように。
ごっそりとスタミナがすり減っていく感覚がある。
口の中で飴玉を噛み、ノックスリリィ栽培で余った食料品もすべて放出。メンデルのエネルギーへと変換していく。だが──
「チッ……こっち向きやがった……!」
──ノームがこちらへと走り出す。
すべてのリソースを「メンデルを広げる」ことに割いている今、俺は無防備だ。
あっという間に目の前に迫る巨体に対して、躱すことも、防御することも間に合わない。
「ウォーターアロー!」
「えっ、メニーナさん!?」
動いたのはメニーナ。
あたりには無数の水の矢が降り注ぎ、そしてノームのヘイトがメニーナへと一瞬で切り替わる。
「水の矢に肥料を混ぜてばらまきました! 使ってください!」
「そ、それはいいけどメニーナさん! 死ぬって!」
栄養をたっぷり含んだ水を吸い上げたメンデルは、嬉しそうに葉をざわめかせる。だがそれどころではない。
たしかにそれなら俺は守られるけど──今度はメニーナさんが危なくなるだけ。メニーナさん、アンタは覚悟がキマりすぎだ!
ノームは土煙を上げてUターン、そしてメニーナとの距離を一瞬で縮める。跳躍するような突進。
そんなノームの頭を──何かが撃ち抜いた。
「……っ!?」
──ごうん、と低い風切り音。
ノームの頭部を横殴りにするように放たれ、突き刺さった黒鉄色の矢。
その大きさはまるで槍、あるいは杭だ。
騎兵用のランスにも似たその矢は、命中と同時に破裂音を轟かせる。
「ウーリ……!」
「超遅れたーッ! ごめーんっ!」
メンデルのツルによって補強された建物の上に降り立つウーリ。夕陽のような朱色の髪が美しくなびく。
巨大なコンパウンドボウを引き絞り、弓とは思えぬ強烈な射出音と共に連射される矢の数々。
それは幾度も撃ち込まれ、頭を殴りつけられたノームの巨体は地響きとともに仰け反る。
メニーナへの攻撃は見事に止まった。
怯んだノームは再びヘイトを変えて咆哮。
今度はウーリの立つ建物に向かって突っ込んでいく。ただし──
「これで間に合う……!」
メニーナ、ウーリの時間稼ぎによって、全域の補強が完了!
ウーリはぴょんと跳ぶように突進を躱し、ノームの巨体に激突された建物は──
「よし、耐えた!」
──びくともしなかった。
建物と地面を一体化させるようにツルが這い、街の地盤そのものが衝撃を吸収、分散させる。
どっと歓声を上げるギャラリーたち。
苛立ったように咆哮を上げるノームを背後に、俺は自分の身体に繋がったツルを断ち切り、メニーナの駆る土騎獣に回収された。メニーナはギャラリーたち──特にNPCたちに対して叫ぶ。
「皆さんのお家はトビくんが守ってくれます! だから今は生き延びることを最優先にしてください!」
……メニーナさん?
なぜ俺の名前を出したんですか?
「そ、そうか……アンタらがそう言うなら……!」
「ありがとうなぁ、お花の兄ちゃん! バケモノ退治任せるぞ!」
「行くぞ、俺たちが居ちゃあ邪魔だってよ!」
ま、まぁ……それで避難してくれるならいいんだけど……。
いずれにしても、これで多少は気を遣わずに戦えるようになった。
戦闘は再開され、特に調子を崩されたノームは劣勢。全身にひび割れが伝播し、プレイヤーたちもここぞとばかりに猛攻を仕掛けている。
俺と同様、道中でウーリもまた回収し、俺は土騎獣の上でメニーナとウーリに前後を挟まれる形だ。
柔らかい。いろいろと。
「わお。トビくん、幸せな場所にいるねえ」
「今そういう話する?」
まだボス戦終わってませんよ。
「いやいや、大事な話だって。メニーナ、センシティブフィルター切ってる? オンにしてると、このくらいの接近でも弾かれちゃうから気をつけてね」
「あ、だ、大丈夫です……たしか切ってたと思います……!」
……そういうのも大事だけども。
ちなみに俺とウーリはしっかりオフだ。そうでなければドレ=ヴァローク戦でウーリを抱えて跳び回ったりなんて出来ない。
そういえば……さっきフルルを抱きとめても何の警告も出なかったから、あいつもちゃんとオフにしてるのか。
未成年はフィルター変更に保護者の許可が必要なので、そのあたりは言いくるめたのだろう。まぁなんとなく、あいつはリアルではいい子ちゃんを演じているタイプな気がする。
「トビくんは大活躍だったね。あとでご褒美にえっちなことしてあげようね」
「そ、そうでした……! トビくん、ありがとうございます……!」
「うん。いいけど冗談でもやめてね」
メニーナさんもなぜ何も反応しないんだ。アンタだけは否定してくれよ。
なおこのゲーム、フィルターをすべて切ると本当に「えっちなこと」が出来てしまうので、要注意である。
閑話休題。
現状、たしかにプレイヤー優勢だが、ここまででも死に戻りは多数。徘徊型ボスは封鎖型と違って挑戦人数の制限がないため、何とか命のバトンリレーが成立しているにすぎない。
それに……ノームの攻撃もやや変化している。
第二形態と言うべきか、ただの突進ではなく魔法を使うようになってきた。こちらにも飛んでくる巨大な土塊の弾丸を、騎獣がするりと躱しながら接近する。
「さて、こっからはもう火力で押し切るつもりで……」
「あ、トビくん。そ、それなんですけど」
「ん?」
ガンガンいこうぜ──と方針を固めようとしたところで、メニーナが口を挟む。
「このまま、ダメージだけで倒したら……多分、ノームちゃんが死んでしまいます」
「…………」
「なんとか針を取り出してあげることはできませんか……?」
無理を言っていることは分かっているのだろう。その声はやや自信なさげだ。
メニーナの膝や肩にしがみついているノームたちが、一斉に俺の方を見る。
「やれるかも……ってやり方はある。上手くいくかは分からないけど」
「ほ、本当ですかっ?」
「ああ。今度はあいつの身体を "庭" にする」
「に、庭……?」
スキル〈箱庭支配〉による土壌への干渉。
さっきの場合は、あたり一帯の建物壁面をツルで侵蝕することで、壁を "庭の土壌" としてスキルに認識させて強度のパラメーターをいじった。このあたりの建物が、園芸系スキルの干渉範囲内である石や土、粘土などによって作られていたからこそ出来たことだ。
今度は、あのノームの土の義体に同じことをする。
メンデルを侵蝕させて、あの巨体を俺の "庭" であるとスキルに誤認識させることで、土の中の構造をいじくる。
「ノームは土の中にいる……ってことでいいんだよな?」
「は、はい。あの大きな身体は土魔法で作った鎧、あるいは乗り物のようなものです。本体のノームちゃんは中にいて、小さいまま……だと思います」
「了解。だったらやってみる価値はある」
本体が異形化していないなら、針との分離を試みることは出来るかもしれない。それも土壌への干渉が出来るようになればの話だ。
「問題はスタミナだな。さっきも相当キツかった」
「さすがにデカすぎるからね。もう少し体積を削ってから挑戦したほうがいいかも。フルルちゃん、いる?」
ウーリが呼びかければ──
「いますよう」
「うおっ……!?」
──フルルは現れた。
現れたと言うか、ずっとそこに居たかのように土騎獣の尻に立っていた。
「フルルちゃん、他のプレイヤーたちに伝えてきて。ヒビが入って砕けそうな部位を落として、体積を削ることを優先してって」
「はあい、了解です」
たんっ、と蹴るように跳んで、フルルの身体が弾丸のように消えていく。
「いたのかよ、あいつ……」
「う、ウーリさん……よく感知できましたね」
「ううん、感知できてないよ。いるかもって思ったから話しかけてみただけ」
いなかったら恥ずかしい感じになるところだったぁ、よかったぁ、とウーリはへらへら笑う。
それにしても、感知系スキルを2つも取得しているウーリが感知できないとは……フルルの隠密性能はかなり高いらしい。
「それじゃあ私たちも削りにいこうか。狙い目は首から先だね。三角帽子をかぶったあの頭、落とせばかなり体積が減る」
「了解。首が落ちたら侵蝕を始めよう」
これまでの猛攻で、かなり深いヒビの入った首筋──たしかに狙い目。
死海露玉の毒ダメージ分をポーションで回復後、俺はツルを射出して跳ぶ。ウーリはメニーナ運転の騎獣に乗ったまま流鏑馬だ。
飴玉を噛んでスタミナを補充しながら、再度ヘイロウを組み上げて武器を展開。この際、装甲はもう不要だ。
射出、収縮、急加速──攻撃を開始する。
「せーのっ!」
加速の勢いをそのまま乗せた棍の殴打──
そしてウーリの重射撃が、ひび割れた頚部へと同時に撃ち込まれる。




