034 - 精霊は狂い啼く
犯罪プレイヤーには、犯罪プレイヤーなりの遊び方がある。
PK、窃盗、詐欺、いたずらに嫌がらせ。
そういった犯罪プレイを楽しむ愛好家は、どのゲームタイトルにも一定数いる。
クラン〈ブラックマーチ〉はそういった犯罪プレイヤーたちの集まりであった。
元々は取るに足らない小悪党たちでも、数が集まればそれなりの見栄えになる。
クランを立ち上げた彼らは調子付いていた。また王都に来たばかりの彼らが、幸運にも「隠しクエスト」を引き当てることができたというのも大きかった。
そう──彼らが現在こなしているクエストは、一定以上のカルマ値を持つ犯罪プレイヤーのみが受注できる特殊なクエストだ。
その依頼内容は「王都の各所に〈呪われた調霊針〉を埋め、魔力が溜まり次第回収・納品すること」──
この〈呪われた調霊針〉とは、王都を守る精霊結界の魔力バランスを崩すためのアイテムだ。地脈を乱し、精霊の魔力を吸い上げ、結界を弱める。ついでに吸い上げた魔力もそのまま頂いてしまおう、という悪質なデザインがされている。
どこからどう見たって王都破壊を目論むテロ組織による依頼でしかなかったが、クラン〈ブラックマーチ〉は深く考えずにクエストを受注した。
ルールは2つ。
〈呪われた調霊針〉を他の誰かに見つけられてはいけない。
〈呪われた調霊針〉は必ず回収し、納品すること。
だから彼らは、誰も立ち入らなそうな王都の各所に針を埋めた。長らく使われていない様子の廃墟や畑、水道、そして薬草園。あとはそれを回収するだけのラクな仕事のはずだったのに──
「クソッ……なんでこのタイミングで、あの空き地がクランハウスなんかに……!」
苛立ったように壁を蹴る男に、仲間たちは呆れた。
「言ったって仕方ないだろ。なんとか "調霊針" の回収方法を考えねえと」
「せっかくNPC避けに毒草まで植えといたのに、プレイヤーかよ……」
「あの女どもをキルして侵入ってのはできないんだよな?」
「ああ、無理だった。薬草園にだけでもと思ったが、そもそも敷地に入れねえ」
「ね、ねえ……もう諦めるって選択肢はないの?」
「こんな割の良いクエストを諦めるだぁ? それでバカみたいに高い違約金を払うのか?」
「それにこのゲームのAIは賢い。ここで失敗したら、次はもう隠しクエストを斡旋してもらえないかもしれない」
彼らは追い詰められていた。
廃墟だったはずの薬草園にはいつの間にか見知らぬクランが住み込み、その敷地はクランハウスとして封鎖。薬草園の土の下に埋めた〈呪われた調霊針〉を回収する目処は未だ立たない。
「とにかく、お前らは顔が割れちまった。今度は俺が行く」
「今は怪しまれてるぞ……」
「分かってる、分かってるけど……力尽くが無駄なら仕方ないだろ」
ひとりがそう言って駆けていき、あとの仲間たちは不安そうに見送る。そんな光景を──
「まぁ、大体事情は分かってきましたねえ」
──フルルはじっと見守っていた。
すぐ隣に立つ黒猫耳の少女に、誰も気付かない。はっきりと口に出した独り言にも、彼らは振り返らない。
現在フルルが取得してる隠密系スキル〈行方知れず〉は、〈気配遮断〉〈忍び歩き〉〈暗殺術〉という3つのスキルを統合進化させた高位スキルだ。
音や視覚といった範疇に収まらず、認識そのものから逃れる特異なハイド能力を有する。さらに闇属性魔法によるバフ、猫獣人による隠密補正強化を上乗せすることで、現時点の〈 DAYBREAK. Magic of the Deep Night 〉におけるフルルの隠密性能は全プレイヤー中堂々の第一位に君臨する。
「こちら無事です。怪しいヤツら見つけました、プレイヤーでした……"調霊針" というものについて、調べてください、っと……」
誰にも気付かれることなくメッセージを入力すると、フルルはそれをメニーナ宛てに送信する。キャラに似合わず、フルルは報連相のできる女であった。
「スクリーンショットを、えい、えい、えい」
全員の顔と体格が分かるように画面を撮影し終えると、ちょうど駆けていったひとりが曲がり角の向こうに見えなくなったところだ。よし、とフルルは頷く。
「じゃあ頃合いですねえ」
と言って──フルルは目の前のひとりの首を切り裂いた。
「へっ?」
「──ッ!?」
切り裂かれたプレイヤーは何をされたかも分からないまま青い粒子となって消滅し、一方それを見ていたプレイヤーの方は同時に顔を強張らせる。
硬直し、剣に手をかけ、剣を抜こうとする──その一瞬の間を割って入るように、目の前に迫るナイフの切っ先。
「待っ──」
「えいっ」
──突き。
片目を貫き、たんたんっ、とリズムよくもう片目。
視界を潰されたまま振り抜いた剣はあっけなく躱され、すれ違いざまに首を撫ぜた剣閃がHPゲージを削り切る。
「こ、このガキ……!」
「PK!? なんで私たちが!」
PKはPKに狙われない──なんて、どういう思考をすればそんな結論に至るのだろう。
フルルは首を傾げながらも放たれた矢をナイフで撃ち落とし、もうひとりの剣士に迫る。ナイフを振りかざせば、男はそれを弾こうと剣を振るい──
「喰ら、えっ……?」
──その剣先が空振る。
「普通、引っかかりますよねえ」
やっぱりトビくんはすごかったなぁ──とフルルはぼんやりと呟いた。
気持ちの悪い、彼女だけのリズム。ナイフはがら空きになった空間を裂き、男の喉をえぐる。
突き立て、肉の中で刃を返し、もう一閃。
二度の剣閃に喉を切り裂かれた男の身体が消滅していく。
「さて」
「こ、来ないで……ッ!」
あとひとり。
たんッ──と距離を詰めれば、すでに弓使いが本領を発揮できる間合いではない。女の細腕を掴んでぐっと捻り上げ、ナイフをきらりとひるがえし──
「ッひ、ひいいいいッ!?」
「えっ。痛いですか?」
──フルルは、女の腕を切断した。
一定以上の痛覚はカットされるし、大丈夫なはずなんだけど……などと考えているフルルは、自分の腕が目の前で切断される映像のショッキングさを正しく認知していない。
驚いたようにしながらも女の口を塞ぎ、髪を掴み──流れるように喉仏に叩き込んだ膝蹴りが、女の悲鳴を一瞬で潰す。膝を喉にぐりぐりと押し込んだまま、もう片腕、そして片足をすらすらと切断していった。
「やっ、やだやだやだっ……」
「死なないから大丈夫ですよう。はい、ポーションあげますね」
インベントリから取り出したポーションを、ガラス瓶ごと口に噛ませ──顎に叩き入れる蹴り。
「ッぐ、ぶぼっ……!?」
口の中でガラスが破裂し、無数のガラス片が頬を貫きながらも、口に含ませたポーションがその効果を発揮する。
その薬効は、四肢欠損による出血ダメージの無効化。しかし四肢欠損自体を治癒するわけではない。すなわち、四肢をもいだまま死なせないための尋問用オリジナルポーションである。
「もうやだぁ……た、助けて……」
「いいですよ。でもあなたが受けているクエストのことは教えて下さいね」
四肢のうち3つを失った女のアバターを、残る片足を握ってずるずると引き摺っていくフルル。
この女と、駆けていったもうひとりの男──2人から別々に話を聞き取れば、とりあえず信憑性のある情報は得られるかなぁ、などと考えて曲がり角を曲がったそのとき。
「あ、トビくん」
「よう、フルル」
フルルは、駆けつけてきたトビに出会った。
「お仲間、こいつで合ってる?」
その片手には、無数のツルに絡め取られて拘束された男の姿。さっきひとりで駆けていった、最後のひとりだ。
フルルはそれを見て、「はい、合ってます!」と元気よく笑って答えた。
*****
フルルを追う道中、怪しい男とすれ違ったのは偶然だったが、なんとなくの直感で捕まえたのは正解だったらしい。
俺とフルル、それぞれ捕まえたやつらから話を聞き出し、内容を擦り合わせる。
「依頼人は匿名だけど、とにかく犯罪プレイヤー用のクエストで……〈呪われた調霊針〉ってアイテムを薬草園に埋めたと」
「ボクたちがクランハウスとして登録したから、入れなくなっちゃったんですねえ。どうします? 今、メニーナさんには調霊針について調べてもらってるんですけど」
相変わらず仕事が早いことで。
「針をこいつらに返してやるかは後で考えるとして……薬草園から撤去はしたいな」
「そうですね。どう考えても厄ネタですよね」
フルルの言葉に頷く。
〈呪われた調霊針〉というのが一体どういうアイテムなのか、彼らは詳しいことを知らなかったが……名前の時点で色々と不穏だ。そもそも犯罪プレイヤー限定クエストのアイテムだし。
さて、改めてメニーナに連絡をしようか──と思い立ったところだった。
「あっ、メッセージ」
「え? ああ、本当ですね」
メニーナから俺たちふたりへ──というか〈グレゴール薬師商会〉のクランチャット全体にメッセージが届いた。
『皆さん薬草園に戻ってきてください』
『ノームちゃんが変になってしまいました』
俺とフルルは顔を見合わせる。
何か嫌な予感。その瞬間。
遠くから、巨大な崩落音が轟いた。
*****
その異常に、最初に気付いたのはメニーナだった。
そのときクランハウスにはメニーナひとりきり。トビとフルルは不審者を追い、ウーリは食料アイテムを売ってくれた各所への挨拶回りに出ていた。
フルルからの連絡を受けてそれらしい資料を書斎で見つけ、薬草園に出てみると……なんだか妙な様子のノームが見えた。
そのノームは、薬草園の手入れを命じられていた1体だ。
突如土の中から飛び出してきたかと思えば、なにか痛みに悶えるように暴れ、小さな腕をバタバタと振り回している。よく見れば、その片腕に刺さっているのは……
「……針?」
メニーナは塔の入口から身を乗り出し、じっと目を細めて見る。
他のノームたちも、どこか心配そうに悶えるノームの様子を窺っている。
「だ、大丈夫? 抜けないの……?」
作業中に刺さっちゃったのかな。
自分に治療できるだろうか。
とにかく小走りで近づこうとしたそのとき、ノームの周りで土が動いた。
「…………っ!」
まずい──とメニーナが思ったのは直感だ。
かつて〈炭守りドレ=ヴァローク〉との戦いの中で感じた、自爆攻撃が来る直前の嫌な感じ。前兆のような、ざわめく魔力の気配だった。
メニーナは飛び退くように塔へと戻り──
「の、ノームちゃんたち! こっち来て!」
──と叫べば、他のノームたちもまた逃げるように、わらわらとメニーナの方へ走ってくる。
メニーナは集まってきたノームたちを腕の中に抱え、背中を向けるようにして彼らを守った。そして直後──
──目の前で、土が爆ぜた。
ごうと吹き荒ぶ土煙。
無数の荒い砂が頬を裂き、血液の代わりに青白い光の粒子が傷口から散る。トビがせっかく植えなおした薬草たちも、根元の土から裏返るようにしてぐちゃぐちゃにかき混ぜられてしまっている。
メニーナや塔が無事だったのは、腕に抱えたノームたちのおかげだろう。
「……っ! ま、守ってくれたの……?」
爆風を防ぐようにせり上がったのは、無数の土壁。
ノームたちはこくこくと頷いて、それが自分たちの魔法であることをメニーナにアピールする。あちこちに発生した土壁は衝撃を受け流し、メニーナと薬草園の被害を最小限に抑えてくれていた。
けれど、その爆発を引き起こしたのもまた──ノーム。
土煙が晴れると、様子のおかしかったノームは未だその中央にいた。
否、メニーナからすれば、それが「ノーム」であると判断するには少々の時間がかかっただろう。
それは巨大な土の肉体を纏い、四メートル近い巨躯へと膨れ上がった四足歩行の獣。
頭にはかろうじてノームらしい特徴を残した円錐状の兜をかぶっているが、元の可愛らしさは微塵もない。あの巨躯であんな頭を振り回せば、それは凶器にしかなり得ない。
この世界の魔法学においては「ゴーレム」と呼ぶのが正しい土の肉体を得て──ノームは街へと駆け出した。
*****
彼らは真っ白い空間に棲んでいる。
何もない空間に棲んでいる。
否、実際にはその空間に漂っているのは "情報" だ。
あらゆる情報が空間を埋め尽くしているこの場だが、人間にはそれを目で見ることができない。
それが出来るのはこの世界の支配者──運営側の管理AIのみである。
『どうしてこんな場所にノームが……ああ、イヴがトビくんに送ったお助けNPCか』
白い空間にたったひとりで鎮座する彼もまた、管理AIの一柱。
その様相はさながら仏教における阿修羅のようで、3つの頭に6本の腕──頭のうちの1つが話し出せば、他の2つも連鎖するように口を開く。
『トビくんのクランハウスと件のイリーガルクエストがかち合ったということ? すごい偶然だね』
『地脈・精霊を狂わせる調霊針が、まさかノームに接触してしまうとは……どうする? 削除する?』
『それは可哀想だ。それに、常々思っていたこともある』
6つの腕は、それぞれが電子世界に漂う情報をすくい上げ、そして干渉する。
『封鎖型ボスに対して徘徊型ボスの数があまりに少ない。アンバランスじゃないか』
『じゃあ、増やす?』
『いいタイミングかもしれない。ポテンシャルは十分にある』
仲睦まじく、彼らはほのぼのと言葉を交わす。
たとえばイヴがシナリオ調整・クエストリーディングを担当しているAIであったように、彼らにもまた与えられた役割がある。彼らの仕事は「マップ環境・モンスターデザイン・戦闘難易度バランスの調整」──すなわち。
『僕らには権限がある』
『せっかくあるものは』
『使わなくちゃあ損だ』
彼らは、ボスモンスターを作り出す。
『徘徊型ボス〈狂い啼くノーム〉が確認されました』
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