032 - ヴァンクレイヴ・ソロ・チャレンジ
このゲームには、平時と戦闘時で処理の変わるシステムがいくつかある。
代表的なのが、スロットスキルの入れ替え。
平時では一瞬で入れ替えが行われるが、戦闘中には10秒の処理時間が発生する。戦闘スタイルの安易な切り替えを制限するためだ。
これと同じように、戦闘中にのみ長い処理時間が発生するもうひとつの処理として──「武器・防具の装備」が挙げられる。
ポーションや食料品、モンスター素材といった通常アイテムが一瞬でインベントリから出し入れできるのに対して、武器・防具の取り出しにはラグが発生してしまうのだ。
この問題を解消したのがヘイロウだ。
ヘイロウはただのアイテムであるため、戦闘時でもタイムラグなくインベントリから放出できる。あとはそれをツルを用いて一瞬で組み上げ、武器化・防具化してやればいい。
まぁ、とはいえ──
「700でも結構重いな! ちょっと強化するか……!」
──ビルマー製の武器だけあって、相当な重さにはなる。計算では1000までは肉体強化なしで扱えるはずなのだが……まぁこのあたりは段々慣らしていこう。
メンデルによる筋繊維強化を少し意識し、死海露玉を口の中に食む。少しは楽になった腕でヘイロウ製の棍──殺人彗星をくるくると回しながら、俺はゴーレムたちに迫った。
腕の薙ぎ払いを跳んで躱し、そのまま棒の先を赤熱する弱点部位に打ち付ける。
回転の威力を乗せた強打。黒炭の欠片が舞い、岩にヒビを入れる痛快な破壊音が響いた。ゴーレムはよろめき、尻餅をつくように転ぶ。
「おお、一撃でダウン取った……!?」
やはり遠心力と重さは正義……とはいえ、まさか一番ダメージの低い形態でここまで良い火力が出るとは。
転ばせたゴーレムが立ち上がる前に俺は跳び上がり、棍を振りかぶる。全身を捻るように叩きつける回転力は、ゴーレム胸部の赤熱核を容易に粉砕した。
「まず1体」
残り2体。
間髪入れず、挟み撃ちをするように両個体が迫る。
ぎり、と軋んでしなる殺人彗星を、俺は振りかぶり──そして、棍は伸びた。
「多節棍モード」
……というより、ヘイロウひとつひとつが細かすぎるおかげで、もはや鞭だ。
仕組みは簡単だ。スキル〈箱庭支配〉により、ヘイロウ同士を繋ぎ止めているツルの収縮をわずかに弱める。
その結果、棍状に張り詰めていた殺人彗星はぐにゃりと弛緩し──鞭状の多節棍と化した質量の塊は、ゴーレムの足元を薙ぎ払った。
Item:殺人彗星
Rarity:オリジナル
Slot:武器/片手
黒真珠鋼製の多節棍。
無数の〈ヘイロウ-1/5000〉によって構成され、その数によって長さと重さが可変する。最低数でも常識外れの重量。
軸紐の張力を調整することで、剛と柔の2形態を使い分けることができる。
「今のスキルスロット数じゃ〈箱庭支配〉と〈蹴術使い〉が両立できないのが難点だけど……」
まぁ、このあたりは今後の成長余地だ。
鉄と石がぶつかる衝突音。強烈な一打によろめいたゴーレムの足を絡めとり、ぐっと引く。
バランスを崩したゴーレムが転倒すると同時に、剛体へと再構成した殺人彗星を赤熱する脳天に叩き込めば、あっという間に2体目が沈んだ。
そして最後の1体。
「この感じだと、落下の勢いでぶん殴れば一撃で沈められそうだな」
ゴーレムが炎を放つと同時、天井へとツルを射出──岩肌にトゲをひっかけ、収縮を利用して跳び上がって攻撃を躱す。
そのまま一気に落下。
速度と遠心力を乗せた棍の先は、ゴーレムの弱点を背後から捉え、たった一撃で打ち砕いた。
「よし、このまま行こう」
たん、と翻って着地。
ゴーレムたちは壊滅し、残されたのはぽっかりと口を開けた隠し道──裏面のボスエリアへと続く通路だ。
インベントリから取り出したサンドイッチを腹に詰め込み、俺は先へと進んだ。
*****
透明な帳を抜ければ、さあボス戦である。
エリアに踏み込むと同時、ひび割れた壁面が崩れ、黒炭の骸骨巨人は現れる。
その名は炭守りドレ=ヴァローク──ではなく、2周目からは〈炭守りヴァンクレイヴ〉という名前らしい。
「様子見なんてせずに、一気に攻めようか」
わかりきった行動パターンに対して、過度な警戒は不要。敵が完全に姿を現すより早く、俺は棍を肩に担ぎながら、ツルを走らせ高所へと跳躍する。
弱点は、眼窩の奥。
巨人の腕が上がる前に、まずはツルを頚部の骨にひっかけ、収縮──加速、急接近、回転。
棍の先端にとびっきりの遠心力を乗せ、正面に跳び込むように振り下ろす!
「相変わらず硬いなぁ……!」
──ガキンッ! と良い手応え。散らす火花と炭の破片。
けれど致命的な一撃には至らず、小さなヒビが入るのみ。今思えば、この不自然な硬さも夜属性の装甲強化だったのかもしれない。
それならば、もう少し重さを増そう。
「800加算だ。メンデル、気張るぞ」
インベントリから放出した大量のヘイロウを、するするとツルが回収し、一本の棍へ。
700に800を加算し、計1500。棍のリーチは倍以上になり、重量も倍。遠心力と重さが増した分だけ、破壊力もさらに数倍だ。
全身の筋肉をメンデルの繊維によって補強し、変身なしの状態でギリギリ維持できるのがこのライン。
さらにランタンに青い火を灯す。
夜の魔力に反応して、棍のあちこちにぽこぽこと花を咲かせるノックスリリィ。筋力の強化、さらにヘイロウ素材である黒真珠鋼自体もまた夜属性の触媒であり、武器の硬度と威力を増す。
これが、変身なしでの最大威力だ。
「せーッの!」
回転を乗せ、思いっきり振り抜いた打撃が──今度は「ドゴオッ──!」と重厚な衝撃音とともに眼窩を打ち付ける。
良い手応えを確かめながら、そのまま後方に跳んで離れる。
炭片が崩れ、眼窩に刻まれる大きなヒビ。ヴァンクレイヴがかすかによろめく。ウーリの射撃をも大きく上回る威力だ。
ただし、相手もまた反撃に転じる。
胸部の炉がごうと燃え盛る。振り下ろされる腕を空中へと躱しながらも、そのまま放たれる火炎放射の余波が身体を焼く。このまま蒸し殺されるのはまずいので──
「──苔生す揺籃」
俺を熱波から守るように、やわらかなミズゴケのヴェールが膨れ上がった。
ミズゴケは多量の水分を含み、じっとりと湿った植物だ。物理衝撃をやわらげる他に、メンデルが苦手な火属性ダメージを軽減する。
「さあ、ダメージレースだな」
熱によるスリップダメージと俺の打撃、どちらが競り勝つか。
さらに空中を焼く火炎放射の薙ぎ払いを潜るように躱し、地面を蹴って再び跳躍。
腕骨の旋回攻撃をすり抜けるように棍を振りかぶり、ヒビの入った右眼窩の奥へと打撃を叩き込む!
「もっと欲張っていこう」
よろめくヴァンクレイヴ。
反動で跳ね飛ばされながらも、殺人彗星を多節棍モードへと切り替え。
ぐっとしなり、そして弾き出す鞭打ち。音を置き去りにする打撃が、亀裂の入った眼窩へとさらなる痛打を重ねる。ついに亀裂の奥から、赤い光が漏れ始める!
「見えた、弱点だ」
かなり良いペース。このまま畳み掛ける。
薙ぎ払われる腕を上方向に躱し、上がってくる火の粉は殺人彗星をぐるぐると回転させることで振り払う。
肩に着地する直前、軽くしなるくらいの棍状へと切り替えた殺人彗星を強く突き立てれば、さながら棒高跳びのように俺の身体はふわりと舞った。
跳び上がった先は、赤い眼窩の目の前だ。
ちょうど良い位置。〈軽業〉により空中姿勢を調整。身体の回転に乗せるように棍を薙ぐ。
そして──砕いた。
「────ッ!?」
「よし、第一形態突破」
最初はあれだけ苦労したのが嘘みたいな破壊力。
叩き込まれた一打が悠々と黒炭の鎧を崩落させ、その向こうには赤熱するコアが覗く。
ここから第二形態──の前に、自爆攻撃が来ることを忘れてはいけない。
「メンデル、ありったけ花を咲かせろ!」
俺の言葉に答えるように、体内で彼女はざわめいた。
顔面の肉をぶちぶちと裂き、無数のノックスリリィが狂い咲く。ツルが這い、葉がゆらめき、枝が伸びていく。
敵は夜の魔力がぶわりと膨らませ、予兆のようにエリアを伝播する黒い波動。全身の赤熱部が深い藍色に染まった途端、色のない閃光とともに放たれる全方位攻撃を──
──俺たちはあっさりと耐えきった。
「こ、怖いくらい順調……!」
夜属性に偏った魔法ダメージは、ほとんどをメンデルが吸収。
爆炎の中を突っ切るように駆け抜ければ、そこには身体を失い頭蓋だけの姿になったヴァンクレイヴが鎮座している。
やつが立ち上がる前に、攻撃を重ねる。
がら空きになったコアに叩き込む棍の一撃。
クルクルと手の内で回転させる殺人彗星の両端が、剥き出しの弱点に幾度も連撃を叩き込み、その頭蓋を跳ね上げる。
あたりの石炭をかき集め、蜘蛛のように繋がれた手足もまた、棒術と足技によって弾き飛ばす。
……あれ?
本当に終わっちゃうぞ?
再び放たれる夜の炎を正面から受け止めながら、ぐっとしならせた棍を回転と共にコアに叩き込み──
『〈炭守りヴァンクレイヴ〉を撃破しました』
──俺の〈炭守り〉ソロチャレンジは、あっという間に達成された。
*****
「装備の恩恵、デカいなぁ」
思いの外、俺たちは強くなっていたようだ。
未だ俺とウーリ、メニーナ以外の利用者がいないという安全エリアで休息しながら、自分たちの成長と、それ以上に装備の大切さを実感する。
思えば能力値を簡単に上げられない以上、攻撃や防御に直結するのはまず装備品。このあたりも「素材と金さえあれば簡単に上に追いつける」という後追いのしやすいデザインを意識している気がする。
……などと、そんなことを考えてぼうっとしていれば、着信があった。
「メニーナさん?」
メニーナがメッセージではなく通話で連絡をしてくるとは珍しい。
とにかく通話に出ると、その声色はどこか狼狽えた様子だった。
『あ、トビくん。今、大丈夫ですか……?』
「大丈夫だよ。どうしたの?」
『それが……薬草園に、妙な人たちが訪ねてきまして……』
「妙な人たち?」
聞いてみれば、彼らは「王国の役人」を名乗って土地の様子を見に来た、数人の男たちだという。
だがどこか様子が怪しい。ちょうど俺もウーリも不在だったため、メニーナは「また後日来てほしい」と彼らの訪問を断ったらしい。
『ただそのあとで、フルルちゃんが「さっきの人たちが薬草園を何度も覗こうとしてる」って教えてくれて……やっぱり変だなって』
「あいつ、よく気付くなぁ……」
ウーリと同じく、フルルも感知系スキルをかなり上手く使っているプレイヤーだ。獣人だから、というのもあるんだろうけれど。
まぁそれにしても、たしかに様子は変だ。「王国の役人」というのも嘘な気がする。NPCかプレイヤーかも、聞いた限りでは分からない。
「で、そのフルルは?」
『それが……「不愉快なので見てきます」って言って、その人たちを追いかけていっちゃって。だ、大丈夫かな……あの人たち、フルルちゃんに殺されちゃったりしてないかな……』
ああ、メニーナはそっちを心配してたのね。
実際、PvPでフルルに勝てるプレイヤーの方が少ないと思うけど、いずれにしても……
「あいつはNPCは殺さないから、その人たちがNPCなら大丈夫だと思うよ。もしプレイヤーだったら……分かんない、もう殺されてるかも」
それはそれで、王国の役人などと身分を偽ったそいつらが悪い。
「とにかく、一度見てくるよ」
『ほ、本当? わざわざごめんね……場所、わかりますか……?』
「うん。クランメンバーはお互いの場所を把握できるはず」
ちょうど用事も終わったところだから──と俺はメニーナに断り、通話を終えた。
さて。個人的にも気になるところだし、さっさとフルルを追いかけてみようか。
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